いただきます。
荷物のそばにはゴミ箱があって、床は長いこと磨かれていない茶色をしていた。不潔な、でもなぜか不快でない魔法。
グラスについたリップを指で拭い取り、彼女は机に視線を落とした。「マスクをしていない顔を見るのに慣れなくて」と彼女は笑って言っていた、マスクの上に覗く丸い目を細めて。
耳の上で揃えられた黒髪が、窓から差し込む光で茶色に光る。そういえば彼女の素顔を見たのは、だいぶ久しぶりな気がする。
「あの、そんなに見られると…」
指先を鼻のあたりに持って行き、顔の半分を隠すようにする。マスクをするのが当たり前になってからの癖のようなものだろうか。
「みられると、何?」
「もう」とうとう顔ごと、背けられてしまった。「いじわる」
店員が注文していた定食を届けに来た。忘れられていたウェットティッシュを二つくれるよう声をかける。
手をふき、箸を割って、彼女は指先を合わせた。「いただきます」