8.やさしい先輩 ④
昨夜の母親の話が頭から離れないまま、今日も仕事に行った。
いつものように、やさしい先輩は軽トラで迎えに来てくれて、現場まで送ってくれた。
今日は工事現場だった。俺を降ろして、いつものように、仕事終わりに迎えに来るからと言い、やさしい先輩は、別の仕事に向かった。(はずだ。)
その日はいつもと少し違うことが起きた。
雨だ。急に降りだした雨は結構激しく、止みそうもなく、仕事は一時間早く打ち切りになった。
いつもなら、俺の仕事が終わる前に、やさしい先輩は到着して、報酬を雇い主から受け取り、軽トラの中で待ってる。
俺が軽トラに乗り込むと、「お疲れさん」と優しく声をかけてくれて、その日のバイト代を渡してくれる。もちろん、仕事を立ち上げるための資金の積み立てと借金返済用を抜いた分を受け取るから手元に入るのはほんのわずか。だいたい2~3千円。
だけど、その日は、やさしい先輩がまだ到着してなかったので、現場監督は俺に直接渡してくれた。
バイト代の入った封筒を渡しながら、俺の顔をのぞき込んで、喋りだした。
「急に人が足りなくなって困ってたんだけど、助かったよ。
でも、まさかピンハネされてないだろうな。ん?大丈夫か?
おれらもついついアイツに声かけて、人数集めてもらっちまうけど、
まあ、とにかく口が達者で、後輩を丸め込んでは働かせて、大胆に
ピンハネするからなー。
そういう噂は聞いてたから、気を付けてはいたんだけど、つい
こないだもな、16の子を18歳だって嘘ついて、連れてきて、
さんざんピンハネしてやがったから、叱り上げたとこさ。
もう二度としませんって言ってたけどな、どうも信用ならねー。
お前は大丈夫か?アイツにいいように利用されてないか?
借金で困ってるとか、金を貯めて、一緒に会社やろうとか言われて
ピンハネされてないか?」
その日は、現場監督が家まで送ってくれた。助手席に座って、シートベルトして、携帯を取り出し、やさしい先輩を消去した。
・・・・・バイバイ、やさしい先輩
俺にいろんなことを教えてくれた人
この日から俺は引きこもりになった。あのバイク事故を起こすまで。