31.なんでこんなことに ②
おかしい。絶対におかしい。
俺は、誰よりも努力した。誰よりも勉強した。誰よりも我慢した。
何よりも勉強を優先し、あらゆる楽しい誘惑を断ち切り、すべて勉強にささげた。
歩いているときも、電車に乗っているときも、風呂に入っているときも、常に勉強した。
さらに、より質の高い学びを追求し、いろいろなことを試してみた。様々な暗記法。集中力のための精神修行。気分が乗らない時の心理状態の分析。ひらめきを鍛えるための頭の体操。食事の時間、量、メニュー。効率の良い睡眠のとり方。体力向上のための筋トレ。
ありとあらゆるものを試し、自分にあったものを取捨選択し、一流の頭脳に磨き上げた。
なのに、おかしい。絶対おかしい。
一流高校、一流大学、一流企業、そして自分で塾を開講し、トップに立った。最初は小さな一部屋を借りて、生徒を集めたが、評判が広まるにつれ、規模を拡大していった。
苦労して勉強してきた俺は、個人個人のレベルに合わせた最適な学びを与えられる自信があった。生徒たちの学力はみるみる伸びていった。
勉強は決して裏切らない。だから、生徒たちの最大限を引き出し、学ぶ大切さと喜びを教え、輝かしい未来を創造する子供達の教育に尽力してきた。
確かに最初は邪な思いがあった。俺をコケにした奴らを見返してやりたい。有名になって、金持ちになって、てっぺんから下々の者たちを見下してやりたい。それが勉強のきっかけだった。
だけど、勉強に夢中になるうちに、考えが変わってきた。人を見下すとか、見返してやりたいとか、なんて小さくて、愚かなことかと。下を見るんじゃなくて、顔を上げて、世界を、未来を見なければダメだと。
そのためにも学びは大切で、世界中、だれでも自由に学べる環境を作っていかなければと。貧富に関係なく、個々の能力に応じたきめ細やかな教育がどこにいても受けられる。才能を埋もれさせない。取りこぼしをしない。そのための新しい教育の場を作りたかった。
順調に進んでいるはずだった。ことをスムーズに進めるには、政治家との密接な関係が必要不可欠だった。だから、めぼしい政治家には求められる通りに、金をばらまいた。必要経費だと考え、未来のためだと思い、政治家たちを支援してきた。
だが、俺は成長し過ぎてしまった。便利な金づるだった俺が、教育の理想を掲げ、メディアに多数露出し、教育改革を謳いだした頃から、俺は鼻につく存在となっていった。そのことに気づかず、日々、新しい学校作りに没頭していた。
突然の事情聴取。そして、贈収賄の容疑で逮捕。しかし結局、不起訴処分となり、釈放。
素晴らしいやり口だ。俺だけがダメージを受ければ、それでいい。政治家たちはノーダメージ。
イメージというのは、恐ろしい。「逮捕」という言葉は、大きなマイナスイメージになった。俺の今までの努力とカリスマのポジションを一気に奪った。生徒たちは次々と転塾し、社員や講師たちも、次々と辞めていった。
それでも残った生徒と講師でなんとか立て直していこうとしていた矢先、ワイドショーでの派手な逮捕報道。とどめを刺された。今までニュースにもならなかったのに、ワイドショーは各局一斉に大々的に取り上げた。
俺はすべてを失った。僅かに残った生徒も講師もみんな居なくなった。
なんでこんなことに・・・・
教育の未来のために、次世代の子供たちのために、頑張ってきたのに。
どこで間違った?
もう絶対間違わないと誓ったのに。
なんで、場末の小汚いBARの二階の空き店舗で、毎日ただただ、窓から、人の往来を眺めるだけの生活をしているんだ!?
あと少しだったのに。
世界が、未来が、教育が変わるはずだったのに。
なんでこんなことに・・・
しかも、よりによって・・・
一番頼りたくない奴の店に転がり込んでいたとは、まぬけにも程がある。二度と会いたくないと思ってた奴に、今こうして、寝るところを提供され、飯を食わせてもらい、世間の目から匿ってもらってる。
あの日、俺を卑怯にも闘わずして貶めた男。伝説のヤンキー。
忘れられない屈辱。なぜ俺を助けた?俺に気づいてないのか?それとも、俺のことなど、覚えてもないのか?こっちは忘れたことはない。だが、まさかこんなみじめな姿で再会するなんてな・・・
結局、俺はあの頃も今も変わらず、頂上目前で崩れ落ちていくカッコ悪い男ってことか・・・
ドンドンドン ドンドンドン
「おっさん、いる?」
ドンドンドン ドンドンドン
「おーい、おっさん。カリスマだったおっさーん。」
チッ。BARの小僧か。うるさいガキだ。
「なんだ?」
「おっさん、頼みがある。」
「金は、ねーぞ。金だけじゃねー。もうなーんにもない。」
「ある。おっさんにしかできないこと。」
「はあ?」
バカかこのガキは。
「俺、高卒認定取って、大学に行きたいんだ。
だから、俺の先生になってよ。」
「は?おまえに勉強なんか必要ないだろ。
勉強なんかしたってな、最高学歴でもな、俺みたいなことになったら、終わ
るんだよ、簡単に。」
「なあ、頼むよ。どうせ、暇なんだろ。断るのはありえないから。」
「なんで勉強したいんだ?」
「面白い奴に出会って、そいつの一生懸命な感じ見てたら、何ていうか、
なんかこう・・・
ああ、もうそんなのどうでもいいから、決まりな!
早速明日から。
じゃ、俺、行くわ。今から、下でバイト。」
図々しいバカだ。俺の授業料いくらだと思ってるんだ。
くそっ、いい眼してたなあ。ああいう眼をしてる時ってどんどん吸収して伸びるんだよなあ。
再起不能だと、自分に見切りをつけた心に、火をつけにくるバカがいたとは・・・
あのバカに教えてみたい・・・
どうせ行く当てもない身だ。こうなったら、一番世話になりたくない奴にしがみついて、生き延びて、クソガキの頭をピカピカに磨いてみるか。まずは、「カリスマだったおっさん」ではなく、「カリスマの中のカリスマ」だということを教えてやらないとな。
クソガキの思い描く景色、俺も覗いてみるかな。
もし、出会い方が違っていたら、友達になれたんじゃないか。俺はそう思ってる。
だから、ここからゆっくり始めよう。おっさんの友情物語。




