30.僕の名前は元気です ⑤
ゴトンゴトン ゴトンゴトン
揺れる電車より僕の心臓の方がはるかに大きな音を立てているように思えた。
なぜなら、なぜなら、・・・・つねさんに大切なことを伝えるために、電車に乗ったから。
まだ、半信半疑というか、信じられないというか、奇跡が起きたというか、だいぶ混乱している。隣にリョウ君がいてくれて、よかった。リョウ君がいなかったら、つねさんの元部下の人にも会えなかったし、つねさんの家族のこともわからなかった。
よかった。本当によかった。つねさんの元部下の人は、あの家を、つねさんの家を守るために、いつでもつねさんが帰って来られるように、買い取ってくれたんだ。奥さんも子供たちを連れて、すぐ近くのアパートに移って、子供たちがそれぞれに独立した後も、奥さんは一人で、つねさんの帰りを待ち続けてくれてたんだ。うれしい。すごくうれしい!
つねさんが知ったら、家族のもとに帰る気になってくれるかな?もう一度、家族がやり直せたらいいな。
だけど、ぼくが舞い上がっちゃダメだダメだ。リョウ君の言う通りだ。つねさんがどう思うかはつねさんにしかわからない。ちゃんとつねさんに話さなきゃ。つねさんの気持ちを確かめなきゃ。
つねさんの家族のことは元部下のえーっと、山根さんに任せて、まずは僕がつねさんと話さなきゃ。それから、山根さんと作戦会議だ。
リョウ君も、相談に乗ってくれるかなあ。ずうずうしいかなあ。こんなにお世話になったんだし、つねさんに会えたら、そこでありがとうございましたってことで、別れた方がいいかなあ。
「乗りかかった船だし、決着するまでトコトン、付き合うよ。」
え? 僕の心の声って漏れてる?
「あ、ありがとう。すごく心強いよ、リョウ君がいてくれると。」
「リョウでいいよ。君いらねー。」
「あ、うん。」
何だろう。なんかものすごく、「君いらねー」って言われて、うれしかった。
懐かしい・・・
つねさんと過ごした公園。まるで故郷に帰ってきたかのような感じ。
早速、つねさんのいつもの場所に行ってみたが、姿は見当たらなかった。公園中を探してみたが、つねさんはいない。もしかしたら、たまに、友達に誘われて、日雇い仕事に行くことがあるから、それかな?と思い、同じホームレス仲間のトモさんという人がいる高架下に行ってみた。
トモさんはいた。トモさんは僕のことを覚えていてくれた。僕の顔を見るなり、涙を浮かべ、喜んでくれた。
「おお、つねと一緒にいた坊主か?よく来てくれたな。ありがとよ。ありがとよ。」
「トモさん、ごぶさたしてます。その節はどうも。
あの、今日、つねさんって、どこにいるかわかりますか?」
トモさんの目に浮かんでいた涙が、大粒になって、ぽろぽろぽろぽろと流れ落ちてきた。
「役所におるよ。今ならまだ、役所におるはずじゃよ。行ってやってくれ。
誰も来んなら、共同墓地行きじゃ。ま、それでもマシな方じゃがな。
でも、もし家族が居って、引き取ってくれるなら、最後の最後に帰れるかもな。」
頭が真っ白になった。どういうこと?どういうこと?
「おいっ!元気! しっかりしろ。踏ん張れ。」
リョウの声で我に返った。
行かなきゃ!
僕たちは急いで、役所にむかった。
まさか・・・
こんな形で再会するとは・・・・。
もう話しかけても返事はない。
壺の中でつねさんは静かに眠っている。
凍死だった。つねさんは真冬の大寒波の翌日、ボランティアの人の見回り時に発見されたらしい。すでに息絶えていたそうだ。
再三ボランティアの人から、冬の間、宿泊施設に移動するように勧められたが、断り続けていたらしい。
つねさんは家族に繋がるようなものは一切所有していなかったため、町の規定に則って火葬され、保管期間を過ぎると、無縁仏として霊園の一角の町が管理するところに収まる予定になっていた。
僕がもっと早く、家族を見つけていれば、暖かい家に帰れてたかもしれないのに。
せめて時々様子を見に来て、僕も宿泊施設に行くように説得していたら・・・
この現実を、奥さんに伝えるべきなのか?
僕はなんのために、つねさんの家族を探したんだ?
悲しませるため?
つねさんになんの恩返しも出来てない。
もっとつねさんと話したかった。
涙が止まらない。こんなに涙って出るんだ。
体中の水分が涙になって流れて、全身全霊悲しいと叫んでる。
こんなに悲しくても、僕には何もできない。泣くことしかできない。
もう、つねさんに奥さんが待ってることを伝えることもできない。
つねさんと家族を会わせてあげることもできない。
もう一度、家族をやり直すことも・・・
なんにもできない・・・
もっと僕がしっかりしていれば・・・
もっと何かできたはず・・・もっと何か・・・
「行くぞ。泣いてる暇はないぞ。泣くなら全部終わってから泣け。
やれることは、全部やれ。」
リョウの言葉にハッとした。
僕は悲しんでる場合じゃないんだ。ずっと、ずっと、待ってた人がいるんだ、つねさんには。何にも出来ないなんて、泣いてる場合じゃない。
僕たちは山根さんと会い、話をした。
山根さんは何かを押し殺すように、拳を握りしめ、泣いた。
三人で相談して、まずは山根さんからつねさんの奥さんに伝えてもらうのがいいだろうということになった。奥さんの様子次第で、僕もつねさんの奥さんに会いに行くかどうか・・・山根さんからの連絡を待つことに。
山根さんから連絡を受け、つねさんの奥さんに会いに行くことになった。リョウも一緒に来てくれた。
奥さんの顔色は悪く、涙目になっていた。山根さんからの話をどんな想いで聞いたんだろう。その悲しみは僕なんかにはとてもとても想像がつかなかった。だけど、強い人なんだろうなと思った。なぜなら、僕を見てこう言ったんだ。
「主人が大変お世話になりました。」
深々と頭を下げられ、僕も精一杯頭を下げた。そして、腹に力を入れ、ありったけの声を出した。
「僕の名前は元気です。
つねさんは、とてもやさしい人でした。
見ず知らずの僕のことを救ってくれました。
なのに、僕は、僕は、お役に立てず、申し訳ございません。
だけど、これだけは、どうしてもお伝えしたいと思います。
つねさんは家族を、奥さんやお子さんたちのことを、とても愛していました。
ずっとずっと変わらず、家族を愛し、家族の幸せを願っておられました。
突然いなくなってしまったことを悔いておられました。
どうか、つねさんのこと、許してあげてください。
今すぐでなくても、いつか、許してあげてほしい・・・
お願いします。」
「どうぞ、頭をあげてください。
とっくの昔に許してます。・・・いえ、そもそも、怒ってなんかいません。
むしろ、一人で何もかも抱え込んで、苦しんでいることに、どうして気づけな
かったんだろうって。
自分を責める毎日でした。
そんな毎日からやっと開放されました。
こうして帰ってきてくれたんですから。
本当にありがとう。あなたのおかげです。」
僕は頭を上げて、奥さんを見た。
きらきらと涙で光る眼に少し安堵の表情と穏やかな微笑を見た。
あ、つねさん、帰ってきたんだ。
そう思えた。
つねさん、おかえり。
僕、生まれて初めて、大きな声で自分の名前言ったよ。
つねさんのおかげだよ。
僕、これからも、頑張ってみるよ。つねさん、見てて。
僕は一歩一歩進むから。もがき苦しんでも、それでもほんの少しでも足を前へ出すよ。
ありがとう!つねさん。




