29.僕の名前は元気です ④
待ち合わせよりずいぶん早く着いてしまった。
同級生と待ち合わせしたことなんかないし、待ち合わせどころか、喋ることさえ、ほとんどなかった。そもそもほとんど学校に行かなかったから、同い年の知り合いがいない。
だからなんか緊張して昨日はなかなか寝付けなかったし、今朝は早く眼が覚めてしまった。
ドキドキが止まらない。リョウ君、本当に来てくれるかな?
からかわれたんじゃないかな?
でも、親切そうな人だったし。
この辺のことよく知ってそうな人だったし。
でも、僕なんかとした約束おぼえてるかなあ?
待ってる間に、期待と不安の気持ちが、大渋滞になって、呼吸が乱れてきて、軽いパニック状態になっていた。
待ち合わせ時間が近づき、期待は薄れ、緊張と不安だけが僕のそばにいた。立っているのがやっとで、周りを見る余裕がない。
「よっ」
誰かに声をかけられたような気がして、うつむいた重い頭をなんとか持ち上げた。たぶん、ぼくはこの時、顔面蒼白で、過呼吸状態になってたと思う。顔をあげると、そこにはリョウ君がいた。来てくれた。泣きそう・・・
僕は、ずるずるとその場に崩れ落ちた。
「大丈夫か?!」
リョウ君は僕がかぶっていた帽子をとって、ぼくの口に当て、「ゆっくり息するぞ。いいか? ゆっくり吐いてー ゆっくり吸ってー ゆっくり吐いてー」と僕の呼吸を整えてくれた。
ゆっくり呼吸するうちに、ドキドキが治まり、落ち着いてきた。
リョウ君が缶コーヒーを買ってきてくれた。僕にはカフェオレを。リョウ君はブラックを。なんかブラックに憧れるな。いつか飲めるようになりたい。
カフェオレを飲み干し、リョウ君と一軒目の家を見に行った。
なるほど。確かに高級住宅街じゃないけど、立派な家で僕が話した外観と一致してる。家の周りをぐるっと一周してみた。だけど、なんだろう。うまく言えないけど、ピンと来ない。でも確かめてみなきゃ。どうやって?インターフォン押して聞いてみる?つねさんって人のご家族知りませんか?って。絶対変な人だって怪しまれるよな。
あれ?リョウ君?どこ?え?
リョウ君は近くの畑で農作業しているお年寄りと談笑してた。「じいちゃん、ありがとな。」と言って、服に着いた土を軽く払って、戻ってきた。
「ここじゃないな。」
「どうして?」
「あのじいちゃんが10年前はこのあたり全部畑だったって。
地主が年取って、畑辞めて、売りに出したのが10年前。
ということは、元気の話とは食い違うだろ。
もっと前に建ってるだろ、探してる家。」
「う、うん。」
「じゃ、次行こ。」
すごい。絶対、僕にはできないし、思いつかない。近くにいるお年寄りに話しかけて、仲良くなって、世間話しながら、聞き出すとか。
次の家も立派だった。さっきの家より古そうだからこっちの方がより条件に当てはまる気がする。今度は周りに畑もないし、インターフォン押してみるしかないか・・・。
「あの、ちょっとすみません。
自分は、保育園の頃、引っ越した友達を探してやって来たんですが・・・
このあたりにお住まいの方ですか?」
「あ、はい。」
「ここのお宅は20年ほど前に引っ越して来られたんじゃないでしょうか?」
「こちらはずーっとお住まいですよ。
それこそ、20年ほど前に建て替えはされましたけど。
もう代々ここにおられる方ですから、違うんじゃないかしら。」
「そうでしたか。じゃあ、探している友達の家ではなさそうです。
すみません、お時間とらせまして。ありがとうございました。」
近所に住んでる50代女性って感じの人に、突然声をかけたリョウ君。あっという間に情報を聞き出した。リョウ君には人を安心させる何かがあるのかな。すぐ人と打ち解けて話すことが出来る。しかも相手に合わせて、話し方や距離の詰め方も絶妙だ。
すごいなあ。僕には到底真似できない。ありがたいけど、自分の不甲斐なさが身に染みて、ちょっと悲しくもなる。
「次いこう」
リョウ君の言葉に我に返り、目的に引き戻された。そうだ。家を探しに来たんだ。だけど、次もまた、だめだだったら、どうしよう。もう、どうしようもない。いよいよ、諦めなきゃ・・・
「次だめだったら、作戦会議だ。もう一度記憶を整理して、精査しよう。
探索地域を広げてみるのも、検討してみよう。」
リョウ君は全然諦めていなかった。しかも、たまたま知り合った僕なんかのためにここまでしてくれるって・・・。
三軒目の候補の家へ向かった。
「実は次が俺的には、一番の候補なんだ。
場所的には、元気の話からは一番可能性低いんだけどな。
ただ、それ以外のことは一番しっくりくるんだよな。
もう間もなく見えてくると思うんだけど・・・
あ、家の前に誰かいるなあ。
なんか業者っぽい人と男の人が話してる、あの家。」
確かに、今までで、一番ピンとくるものがあった。ただ、白い家という感じではないけど。古くなって、黒ずんだのかな。家の前で話してる声がギリギリ聞こえるくらいの距離まで近づいたとき、急にリョウ君が立ち止まって話しかけてきた。
「あれ、え、そうなん?えー見せて見せて、スマホ。」
何のことかわからず、とりあえず、スマホを出した。するとリョウ君もスマホを出して、「へー、それおもろいなー」と言ってきた。リョウ君のスマホの画面には、「テキトーに喋りながら、あの人たちの会話を聞こう」と打ち込まれていた。なるほどそういうことかと思い、適当に喋りつつ、会話を盗み聞きした。
「塗りなおしでいいんです。」
「築20年を超えてますし、外壁の塗りなおしというより、家全体のことを考え
て、少し本格的なリノベを検討されるのもいいかと。」
「いえ、塗りなおしだけで。」
「たとえば、今後のことも考えて、家の性能を上げるような改修というのもお
ススメです。
コストはかかりますが、暮らしやすさや今後のメンテナンス費用のことを考え
れば、ランニングコストとしてはお得かと。」
「いや、全く同じで。
家の印象を変えたくないんです。
この家を建てた人が、帰ってきたときのために、変えたくないんです。
だから、全く同じように、建てたときと同じ色で塗ってください。
内装も補修だけで。」
「そうですか・・・
わかりました。奥様もそれでご納得されてますか?」
「はい。」
「では、見積もりが上がり次第お持ちします。」
もしかして・・・スマホを握った手が急にじわっと汗ばんできた。
「おい、行くぞ、元気。お前の出番だ。」
リョウ君の声が僕の背中を押した。
「あの~、す、すみません。」




