26.僕の名前は元気です ②
家出から帰還した僕は、解体と足場作りの会社で働き始めた。
つねさんと別れて電車に揺られ、降り立ったら、駅前は改装工事中だった。ちょうど足場を組んでいるところだった。
その様子をじーっと見入ってしまった。工事が終われば撤去されて、出来上がった建物のように賞賛されることはない。だけど足場がなきゃ、建物を建てることも壊すことも出来ない。
人知れず、たくましく、支えてる。守ってる。なんか、凄みを感じた。
「坊主、何見てんだ?危ないから、立ち止まらずに行け。」
声をかけてくれたのが、社長だった。
僕にも出来ますか?と聞いてみた。
「興味あんのか?」
頷いた。
そして翌日から働くことになった。
家に帰ると、母親が号泣して、何をしゃべっているのかさっぱり聞き取れないが、とにかく喜んでくれてることと、ものすごく心配かけたということは、わかった。
ほんとうにごめん。
父親は普段より早く帰宅したが、別段変わりなく、じろっと、僕を見ただけだった。
塾から帰ってきた弟の勇気は、僕を見るなり、軽く舌打ちして、すぐ、自分の部屋へ入っていった。
夕食は全員揃って食べたが、父親と勇気は一言も喋ることはなく、早々に食べ終えて、それぞれ書斎と勉強部屋に行き、母親と僕が食卓にポツンと残された。
翌朝、すっきり目覚めた。こんなこと初めてだ。うん。気持ちがシャンとしてる。
大丈夫、大丈夫。自分にそう言い聞かせ、仕事に向かう自分をイメージしてみた。
行ける。大丈夫。大丈夫!
母親が朝食を用意してくれていた。僕が早いのに合わせて、早起きしてくれたのだ。ありがたいやら、申し訳ないやら。照れくさいやら。
出かけるときには、お弁当とお茶も持たせてくれた。僕はそれを受け取って、「行ってきます」と頭を下げた。
仕事は体力的にも、精神的にもきつかった。毎朝毎朝、起きられるだろうかという不安と闘いながら、大きな目標は立てず、まず一日何とか頑張る。それが出来たら、次の日も何とか一日頑張る。という具合に小さな一日をギリギリのところで、積み重ねていった。
くじけそうになると、つねさんのことを思い出し、踏ん張った。
そのうち、毎日心の中でつねさんに話しかけるようになった。「おはよう」「いってきます」「今日もがんばるよ」「ただいま」「おやすみ」って挨拶したり、今日はどんな仕事を覚えたとか、失敗したとか、うまくいったとか、いろんなことを心の中で報告した。
つねさんに心の中で話しかけるようになってから、少しずつ、キツイキツイと思っていた仕事が、きついけど、辛くはないと思えるようになり、面白さもわかってきはじめた。そうなると、改めて、足場作りのすばらしさを再認識し、一日も早く、一人前になりたいと思うようになってきた。
会社は、そこそこの規模で、社長が一代で、この会社を作り、成長させていったらしい。なかなかの荒くれ達が揃っていたが、みんな、社長のことをすごく慕って、尊敬していた。
社長のことは、外では「社長」。内輪では、「親父」とみんな呼んでいた。先輩後輩は、外では先輩は「さん」づけ。後輩は苗字の呼び捨て。内輪では、先輩は下の名前に「兄」「姉」をつけて○○兄さん○○姉さんと呼び、後輩は、下の名前の呼び捨てで呼ばれた。
先輩後輩は、会社に入った順。中途採用の場合は同じ職業なら、経験年数を加算。異業種からの転職なら、ド新人。キッチリ、上下関係が決められていた。
もちろん、僕は、一番下っ端。だから仕事というより、使いッパシリというか、何でも屋というか、とにかく言われたことを全力でがんばった。
だいぶ、毎日働くことに体力も精神力も慣れてきたころ、社長に呼ばれ、「今日からコイツの下につけ。」と言われた。
俊明兄さんという眼光の鋭い、いかにも強そうな人が僕の教育係になった。教えるというより、見て盗めタイプの人だった。
一日も早く一人前になりたくて、夢中でがんばった。俊明兄さんの一挙手一投足を見逃さないように、そして、見よう見まねで、挑戦する。ちゃんと出来ないと、どやされる。うまく出来ると、無表情で小さく頷いてくれる。俊明兄さんの反応を見ながら、必死で仕事を覚えていった。
毎日、腹ペコで、帰宅し、母親が温かい食事を用意して待っててくれた。ご飯がおいしいっていうのも、働き始めて、初めて知ったような気がする。
自分の人生を一から生き直しているようだった。
父親は相変わらず、僕の存在を無視していた。思うようにならない僕がうっとしいんだろう。父親との価値観のズレが一生埋まらない溝に思えた。
勇気とは、幼い頃は仲のいい兄弟だった。僕は勇気がかわいくてかわいくて、たまらなかった。勇気も僕を慕ってくれていた。僕が小学校に上がり、その頃から不登校気味になり、弟とも、父親とも距離ができていった。
父親は期待外れの僕に見切りをつけ、自分の夢と希望と理想のすべてを弟に期待した。
そしてその期待に応え続けてきた。弟はすごい。メンタルも強い。頭もいい。名前の通り「勇気」があって、たくましく生きている。本当に尊敬してるし、こんな兄ちゃんで申し訳ないと思ってる。
母親は、いつも父親の顔を伺いつつも、僕たち兄弟を分け隔てなく育ててくれた。あの傲慢な父親によく耐えているなあと感心する一方で、少し苛っとする気持ちもあった。あんな奴ほっといて、僕たちを連れてこの家を出てくれたらいいのにって思ったことも少なからずあった。
今思えば、引きこもりになったのも、父親に対する反発のような、絶望のような、そんな気持ちが大きく関係していたように思う。
だけどとにかく今はまず、しっかりと自立して、母親や勇気を守れる男になりたいと思ってる。人にしてもらうことばかり期待して甘えるんじゃなくて、自分で何かできる人間になりたい。
そのために一日一日を乗り越える。小さい一歩を進める。慌てず焦らず、でも、前へ進む。だから、僕は明日も仕事に行く。まじめに働く。
今出来ることをするよ。
おやすみなさい、つねさん。
いいよなあ。親に溺愛されて、好き勝手自由に生きて。気楽なもんだよなあ。
こっちはどれだけ苦しんでるか!




