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思春期の独り言  作者: NARU
10/32

10.僕の名前は「元気」です。 ①

 どれくらい(ある)いただろう。(えき)なんて見えてこない。線路(せんろ)すらない。

 ここがどこなのか、(まった)くわからない。歩けど歩けど、見知らぬ景色(けしき)(つづ)くだけ。

 日が()れてきて、より一層(いっそう)わけがわからない。街灯(がいとう)も少ないし、人通り(ひとどおり)もない。


 (あし)(いた)い。(のど)(かわ)いた。もう(うご)けない。

 その()にへたり()んでしまった。(ふか)いため(いき)がでる。

 兄貴(あにき)裏切(うらぎ)りと自分(じぶん)不甲斐(ふがい)なさを蹴散(けち)らして、力強(ちからづよ)(あたら)しい一歩(いっぽ)()み出したはずだった。

 だけど、現実(げんじつ)(なに)もできない世間(せけん)知らずな(ぼく)が、力()きて(くず)()ちているだけだった。

 ため息をつく以外(いがい)に何が出来(でき)るのか。何も出来ない・・・・。


 へたり込んだところは、公園(こうえん)だった。もちろん知らない公園だ。

 寝転ねころがってみた。

 土がひんやりと気持ちいい。(つか)れて火照(ほて)った足をクールダウンしてくれる。

 (ほし)が見える。


 きれいだなあ。



 「星見てんのか?」

 突然(とつぜん)視界(しかい)(さえぎ)って、ホームレスらしきおじさんが僕をのぞき込んできた。

 (おどろ)いた。というか、ビビりまくった。(おも)わず奇声(きせい)をあげて、()()がり、(そば)のベンチの(かげ)(かく)れた。隠れたつもりで、はみ出しまくってたけど。パニクッてて、自分でも何やってるのか、わけわからなかった。


 「びっくりせんでええ。なんもせんけん。」

 ひどくなまりのある(しゃべ)(かた)だった。


 それから僕たちはポツポツと会話(かいわ)(はじ)め、少しずつ()()けていった。

 その人は「つねさん」といって、(よる)はこの公園を中心(ちゅうしん)()らしているらしい。

 色々(いろいろ)生活(せいかつ)仕方(しかた)(おし)えてくれた。

 ()(みず)なら公園のどこがいいとか、身体(からだ)(あら)うなら、どの水場(みずば)便利(べんり)だとか。

 ダンボールや新聞(しんぶん)はどこへ行けば、()いのが()(はい)るだとか。

 (あめ)の日の寝床(ねどこ)はどこがいいとか。

 ()(もの)調達方法(ちょうたつほうほう)とか。



 つねさんと一週間(いっしゅうかん)(とも)()ごした。何にも一人(ひとり)じゃ出来ない僕が、少しだけ成長(せいちょう)したような気がした。

 こんなに(やさ)しくて面倒見(めんどうみ)のいいつねさんがどうしてホームレスしてるんだろうと不思議(ふしぎ)に思えた。

 ()いちゃいけないのかもしれないけど、聞いてみたくなった。


 「ん?あーどうしてかなあ?自分でもよくわからんけどなー。

  結婚(けっこん)もしとったしな、子供(こども)もおったんよ。(おんな)()(おとこ)の子。

  どっちも可愛(かわゆ)うて、ええ子なんじゃ。

  (よめ)もべっぴんで、ええお(かあ)さんじゃ。

  ほんまに(めぐ)まれた(しあわ)せな生活しとった。

  仕事(しごと)もこう見えて一流(いちりゅう)のとこ(つと)めとったしな。

  高給取(こうきゅうと)りじゃ。ごっついローン()んで立派(りっぱ)(いえ)()てて、

  理想通り(りそうどおり)人生(じんせい)じゃったなあ。」


 ますます、つねさんのことがわからなくなった。何があっての(いま)なのか?会社(かいしゃ)倒産(とうさん)したとか、不倫(ふりん)してたとか。(じつ)(うら)(かお)があって、やばいことしてたとか。

 聞いてみたい・・・


 「田舎者(いなかもん)が、都会(とかい)に出てきて、根限(こんかぎ)()()って踏ん張って、一瞬(いっしゅん)の気も()

  ずに、理想の仕事と理想の家庭(かてい)(きず)きあげて、理想の人生を(すす)んどったんじゃ

  けどなあ。

  フッと途切(とぎ)れたんじゃ。なんかこう、(いと)()れるっちゅうんかなあ。

  あの日・・・

  いつも(どお)りに家出て、いつも通りに出社(しゅっしゃ)するはずじゃったのが、()()いた

  ら、知らん(まち)川辺(かわべ)土手(どて)()(ころ)がって、(そら)(なが)れる(くも)を見とった。

  気持ちよかったなあ。

  ホームレスの「つねさん」の誕生(たんじょう)じゃ。

  家族(かぞく)友達(ともだち)(おや)仕事(しごと)全部(ぜんぶ)(かた)から()ろしてもうた。

  すっきりしたと思うたんじゃけど、すぐ(うし)ろから後悔(こうかい)()()せてきよった。

  ほんでも(とき)すでに(おそ)しじゃ。

  もう(もと)には(もど)らん。

  どねーあがいてみたところで、わしが突然(とつぜん)姿(すがた)くらましてしもうたことは、

  ()わらん。

  ()わせる(かお)がない。」


 そんなの(あやま)ればいいのにと思った。きっとみんな(ゆる)してくれるよと。


 だけど、その一方(いっぽう)で、僕にはわかる気もした。

 一度(いちど)学校(がっこう)(やす)むとなかなか行けなくなる。(なん)とかしようとするんだけど、身体(からだ)(うご)かない。それでも気を()(なお)して月曜(げつよう)(あさ)頑張(がんば)るんだけど、これがまた物凄(ものすご)(むずか)しい。

 たまたまなんとか行けたら、その(しゅう)何日間(なんにちかん)かは行ける。

 でも月曜日だめだと、その週は全滅(ぜんめつ)。なんかこう、仕切(しき)(なお)して、(いち)からって思ったその(いち)の月曜日にうまくいかないのって、すごくダメージなんだ。なんか全部(こわ)れてしまったような感覚(かんかく)になるんだ。

 だからなんとなく、、、

 僕なんかとは全然(ぜんぜん)(くら)べものにはならないんだろうけど、つねさんの気持ちのほんの一部(いちぶ)共有(きょうゆう)できる気がした。

 きっと、失踪(しっそう)(まえ)(もど)れたらって、何度(なんど)も思ったんだろうな。失踪してしまったこと、(だれ)よりつねさんが一番(いちばん)(ゆる)せないし、そのことでそれまでの完璧(かんぺき)(くず)れたことも()()れられないんだろうな。

 

 今、つねさんの家族はどうしてるのかなあ?。()いたいとか思わないのかなあ。家族のことどう思ってるんだろう。聞いたら(きず)つけることになるかなあ?図々(ずうずう)しいかなあ。色々(いろいろ)聞いたしこれ以上(いじょう)失礼(しつれい)かなあ?・・・


 「もちろん、気にはなっとるし、幸せに()らしとって()しいと思うとる。

  じゃけど、()うわけにはいかん。家族を()てたんじゃからな。

  ほんでもいっぺん、こっそり様子(ようす)を見に行ったことがあるんじゃ。

  一目(ひとめ)でええから、(とお)くからでええから、子供と(よめ)(かお)が見とうてな。

  姿(すがた)()してから三年(さんねん)くらい()っった(ころ)かなあ。

  下の子が小学生(しょうがくせい)になっとるはずじゃった。

  小さい体に大きいランドセル背負(せお)うとんかなあと思うたら、たまらん会い

  とうなって、家の近くまで行ってしもうた。

  じゃけど、家から出てきたのは、わしの元部下(もとぶか)とその子供じゃった。

  (たの)しそうに行ってきまーす()うて、一緒(いっしょ)出掛(でか)けよった。

  わしの家を()()ったんじゃろうな。

  エリートだったわしが建てた家のローンを二人の子供を(そだ)てながら

  嫁が(かえ)していけるわけがないけんな。

  嫁と子供らがどこへ行ってしもうたんかは、わからんかった。

  今頃(いまごろ)は、子供らも結婚(けっこん)でもしとるかもしれんなあ。

  (しあわ)せになっとってくれたらえんじゃけどなあ。

  嫁も再婚(さいこん)でもして、(おだ)やかに()らしとってくれたらなあと思うで、そりゃあ。

  勝手(かって)な思いじゃけどな。」


 なんかキューっと(むね)()()けられるようなせつなさに(おそ)われた。

 つねさんは(わる)くない。誰も悪くない。ほんのちょっと、何かがズレただけ。本当(ほんとう)にほんのちょっと。

 ほんのちょっとなのに、どうして(もと)には(もど)らないんだろう。どうして元に戻せないんだろう・・・



 「よう、元気(げんき)(くん)よう」

 つねさんが、(しぼ)り出すような(こえ)で、(ぼく)名前(なまえ)()んだ。


 「(かえ)る家があるなら、あるうちに、帰っとけ。

  そうせんと、二度(にど)と帰れんようになるけんな。

  ここは元気君の()るところじゃない。

  長居(ながい)すんな。」

 僕はうつむいた。そしてうつむいたまま、うなずいた。



 翌朝(よくちょう)、つねさんが最寄(もよ)りの駅まで()れて行ってくれた。最寄りと言っても30分以上歩いた。

 (なに)かつねさんに(はな)しかけようとするんだけど、言葉(ことば)()てこない。

 あんなにたくさん(はな)したり、二人(ふたり)(いろ)んなことをしたのに。

 なぜだか、言葉が見当(みあ)たらない。

 つねさんも何も(しゃべ)らない。

 ただただ、黙々(もくもく)(おな)じペースで足を交互(こうご)に前に出すだけだった。


 駅に()いて路線図(ろせんず)を見て、ようやく僕は自分が今どこにいて、どう帰ればいいのか理解(りかい)した。

 つねさんにお(れい)()って、僕はつねさんの姿(すがた)が見えなくなるまで、その後姿(うしろすがた)見送(みおく)った。

 そして見えなくなると、深々(ふかぶか)(あたま)()げた。


 つねさん、この御恩(ごおん)一生(いっしょう)(わす)れません。



 切符(きっぷ)()って、大きく深呼吸(しんこきゅう)して改札(かいさつ)(とお)った。


 (かえ)るんだ、堂々(どうどう)と。()げない、絶対(ぜったい)に。

 「元気」の名前(なまえ)引け目(ひけめ)(かん)じない自分になるんだ。


 (いさ)ましい気持ちとは裏腹(うらはら)に、足はガクガク(ふる)えていた。


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