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PRISONER 2  作者: 桜坂詠恋
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 放課後、倉木と鈴音は残されていた。

 何も不始末をしでかして罰を受けているのではない。

 古典の金山が是非にと、鈴音に資料室の整理を頼み、倉木は進んでそれに付き合っているのである。

 資料室は薄暗く、日当たりが悪い。

 その上、気味の悪い剥製や、悪趣味な石膏像なども転がっている。

 そんな中、2人はゴチャゴチャと積み上げられた箱から、英語の教材を取り出しては壁に配された書棚に並べていた。

「桜井」

 倉木は作業の手を止めしゃがみ込むと、無言で段ボール箱と格闘している鈴音を覗き込んだ。

「今日、元気ないよな。なんかあった?」

 鈴音はちらりと倉木を見たが、直ぐにダンボールに目を落とした。

「なんでもない」

「そうか?なんかあったら言えよ?」

「……」

「さ……桜井」

 倉木は制服の胸を掴むと、がくりと項垂れた。

 鈴音が、無言で何かを訴えるように倉木を見上げたからである。

「その上目でじっと見るの、俺のツボなんだけど」

 喘ぐようにそう言うと、倉木は目を閉じ、唇を突き出した。

「さ……桜……」

「おーい、倉木!」

 突然がらりと資料室の戸が開き、Dパックを肩に下げた男子生徒が顔を出した。

 クラスメイトであり、倉木の友人でもある青木である。

「なに校長の石膏像といちゃついてるの、オマエ……」

 青木は、目の前で禿げ頭の石膏像の唇に自分の唇を重ね、ひっくり返っている倉木を呆れたように見下ろした。

「うおええええっ!」

 石膏像は、唇を突き出し迫ってくる倉木に、鈴音が身代わりとして押し付けたものだった。

 資料室に、倉木の悲愴な声が響いた。

「なーにやってんだか。都筑が呼んでっぞ」

「は。俺?桜井じゃなくて?」

「うん。そう聞いたけど?」

 倉木はきょとんとして青木を見た。

 都筑が自分を呼び出すなど、あれ以来だ。

 鈴音を得たと言う、勝利宣言をされたあの日。

 今度は一体何だと言うのだろう。

 倉木はちらりと鈴音を見た。だが、鈴音も思い当たらないらしい。

 小首を傾げた。

「んじゃ、俺帰るわ。またな」

「お……おう。サンキュー」

 戸口で青木を見送ると、倉木は鈴音を振り返った。

「ちょっと行って来る」

「うん」

「桜井」

「ん?」

「元気出せよ」

 そう言って、倉木は鈴音の頭を撫でて廊下に出ると、資料室の戸を閉めた。


 カチャン。


 戸を閉めた勢いで、柱にかけられている、白いプラスチック製の「管理責任者」プレートが揺れた。

 普段、誰も気に留めることなどないプレートだ。

 この資料室のプレートも例外ではなく、誰も意識してその文字を読む事などなかった。

 未だ惰性でゆらゆらと揺れる、「第二資料室・管理責任者・藤堂黎教諭」の文字を。





 倉木が出て間もなく、資料室のドアが静かに開いた。

「倉木君?」

 何か忘れ物でもしたのだろうか、それとも、途中で都筑に会ったのか。

 廊下から差し込む西日で逆光となり、戸口に立っている人物は黒い影となり見えない。

「残念。俺だよ」

 影はそう言うと、ゆっくりと戸を閉めた。

 背後からの光が遮られ、その姿が露になる。

 藤堂だった。

 手を背に回し、そっと資料室の内鍵をかける。

「そんなに構えないでくれる?」

 藤堂は自嘲的な笑みを浮かべると、鈴音の方へと歩み寄った。

「昨日はごめん。謝りたかったんだ」

「……ホントに?」

「ああ」

 藤堂は頷くとスツールを引き、そこに腰掛けた。

 そしてそっと鈴音の手を取り、長いまつげに縁取られた大きな目を覗き込む。

「怒ってる?」

「怒ってるとかそんなんじゃ……」

「まだ俺が怖い?」

 鈴音は答えない。それを肯定と受け取ると、藤堂は短い溜息をついた。

「だよな。でも、あの時言ったのは嘘じゃない。誰でも良い訳じゃない。もう、桜井じゃなきゃダメなんだ」

 そう言って鈴音の旨に額を押し当てると、苦しげに呟いた。

「必要なんだよ」

「私……」

 何か言いかけようとした鈴音の身体を引き寄せると、藤堂はぎゅっと抱き締めた。

「鈴音」

 耳元で何度も鈴音の名を呼ぶその唇は、次第に白く柔らかな鈴音の肌を求め始める。

「やめ……」

 襟元に押し当てられた時、鈴音の膝から否応無しに力が抜けていった。

 それは緩められた襟元から鎖骨、鎖骨から首筋、耳へと、確実に鈴音の弱点を探り当てていく。

 がくりと膝が折れると、藤堂は鈴音の身体を掬い上げるようにして膝へと上げ、横抱きにした。

「震えてるのか」

 互いに触れ合う胸を通し、鈴音の震えが藤堂に伝わる。

 再び襲い掛かる動悸と眩暈。

 どうしようもなく愛しかった。全てを手に入れたかった。

 だが、藤堂は自ら誰かを愛した事がなかった。

 どうすればいいのか、ただ闇雲に相手を求める事以外にその術を知らなかった。

 狂おしい想いに痛む胸を押さえ、藤堂は鈴音をかき抱いた。

「鈴音。好きだよ。可愛い」

「お願い、やめて」

 鈴音は藤堂の胸の中、短い呼吸を繰り返している。

 抗う力もない。ただ懇願しているだけだ。

 そんな鈴音を愛しそうに見つめると、藤堂はそっと鈴音にキスした。

「俺もお願い。鈴音を──」

 柔らかな髪。

 滑らかな肌。

 震える唇。

 優しい心。

 君を。

 君の全てを。


「俺に──頂戴?」

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