ヘタの考え休むに似たり
リリアーナ龍は、そのまま王都に向かおうとしたため、慌てて海岸線付近の人気のなさそうな場所に下させる。
「こんなバカでかい龍の姿で人が大勢いる場所に向かったら、大混乱間違いなしに決まっているだろう!」
「すまん、主人よ。これまでひとのことなど意識の外だった故…」
言葉とは裏腹に、ひとへの関心などほとんどないような雰囲気に、この先が思いやられる。
ため息をつきつつ、ここから、どうやって王都に向かうかを考え始めた。
・・・
ただ、その前に…。
「その格好、もう少し普通の衣装にはならないのか?」
人型に戻ったリリアーナの姿をまじまじと見つめる。
その豪奢な、何というかイブニングドレスのような、夜の舞踏会を思わせる衣装に身を包んだリリの姿に、ため息とともに伝える。
どーやら大精霊さんには、何のことなのかさっぱりわからないようだ。
リリアーナは長身の上、青く長い髪を美しく纏めなびかせている。服装は大きな胸をさらに強調するように深く谷間を露わにし、キラキラと海のような印象の光る素材であり、旅の衣装としては、あまりも…アレであった。
そう言いつつ自身の服装も眺める。小舟のときにも思ったが、頭からかぶる貫頭衣のような生成りの衣装…奴隷の身なりといってよかった。
こちらの世界の依り代が着る服ってことは、たぶん死装束だったのだろう。
それにしてもダボダボだ。せめてサイズくらいはあわせてくれてもよかったのに…と思いつつ、リリアーナの衣装に話を戻そうとして驚いた。
「このような感じでよいかの? 主人よ」
「え? 着替えたのか? いつのまに?」
どうやら精霊であるリリアーナは衣装チェンジも簡単なことらしい。
地味目のフード付きマントを羽織った旅装に変わっていた。
彼女はよいとして、オレ自身は着替えもないし、裾や袖を捲って簡易的に整えようかと思っていたところ、リリが着替えを差し出してきた。
「主人よ。供回りのものから届いたので、これを」
「ありがとう。便利な魔法だな、助かる…って、なにこれ、子供サイズじゃないか?」
手渡されたマントを取り上げ、不満を訴える。
「主人の身体の大きさは、供回りのものがキチンと測っている。サイズは間違いない…姿見をここに」
リリの呟きとともに大きめの鏡が現れ、オレを映し出す。リリのライトの魔法で自分の姿を確認した。
「オレは一体どーなっちまったんだ!」
・・・
リリアーナによって旅の衣装に着替えようと、自分の姿を鏡で確認したときだった。
「これは、オレなのか…? 子供の姿って…」
年頃としては12、3歳くらいか。30歳だった自分が何故こんなことに…。
…この死装束がダボダボってことは、きっとこの世界の依り代も大人だったんだろう。
きっと呪いのせいで亡くなり、舟葬のような葬儀か何かで小舟で流されている間に、オレが転生して子供の身体に戻ったってことか。
まさか、このまま成長しないなんてことはないだろうな。
姿見で見る限り、鏡の中の少年は、黒い髪でなかなかのイケメンぽく見えた。日本にいた頃のオレがこの姿だったら……やめよう。涙が滲んでくるから。
「はぁ…まぁいいか。行こう」
サラリーマン時代に培った割り切りの早さで、さっさと次の行動に移す。
グズグス考えていても変わらないものは変わらない。もたもたしてると次の納期が来て、今以上に辛い状況になるばかりなんだ。
昔のひとも言っている。
“ヘタの考え休むに似たり”と。
着替えを済ませて、歩き出す二人。
海岸線に沿って生茂げる広大な樹木の海に足を踏み入れる。もちろん、警戒レベルは最大限だ。すでに幾つかの敵意は捕捉しており、穏やかな足取りではあるものの、いつ何時の襲撃にも応えられるような態勢をとっていた。
・・・
樹海を歩きながら、オレは現状について考え続けた。
そもそも“呪い札”とは何なのか?
トウカ、オオカ、シュゴウってのは何なのか?
呪い札には、どんなチカラがあるのか?
オレ自身へのリスクみたいなものはあるのか?
そーいえば「呪い札は9枚」だとオオカは言っていた。
じゃあ、あと6人の“呪い神”ってのが出てくるのか?
…わからないことだらけだ。
オレはこれからどこに向かって進むのが正解なのか? 指示のない人生は、サラリーマンになってから初めてのような気がする。
結果の責任を負うことに、そこはかとない恐怖を感じる。結果如何によっては、今度こそ本当に死んでしまうかもしれないし、奴隷など、基本的人権を奪われ、苦しみ続ける人生になってしまうかもしれない。
やはり、この世界の事情の早期把握を第一目標にして、わかる範囲で現状分析を続けることにしよう。
リリアーナにも、この世界について聞いておかなくては。
「精霊ってさ、いつも何かを企らむ存在なんだよ?」
唐突に思考に割って響く声。視線を巡らすと、オレの右側にシュゴウが浮かんでいる。
シュゴウの見つめる先にはリリアーナの後ろ姿。
オレはただ、その可愛らしい少年の横顔を見つめ続けた。
・・・
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