初めての戦いと新月の末裔
「ここは、我が守護する海域“青の海”。今は何と言ったか…そう、テドラシカ王国に接する海の上じゃ。
そなたを乗せた小舟が、波に揺られていたのを我が供回りが見つけ警戒していたところ、突然とてつもない脅威を感じ、何事かと確認しようと近づいた結果、こうして踏みつけられている…というわけじゃ」
「なるほど」
オレは必死に威厳を保とうと自身のキャラクターを意識的に変える作業に苦慮し続けていた。
そもそもただの三十路のサラリーマン。会社員勤めの弊害か、平穏無事に、日々社内の軋轢に巻き込まれないように立ち回ることだけを考えていた程度の男だ。
しかし、死の淵から甦り、何故かこの場にあってはもっとも強力なチカラ持った存在となっている。
しかし、足元のそれからも周りの従者からも桁違いの力を感じているのだ。
とにかく威厳を保てと、主導権を渡してはならないと、オレは自身を叱咤激励しつつ、必死に語気を強め、尊大な態度に徹していた。
もちろん、同期する“呪いの女神”からも同様の思考が伝わってきていた。
トウカから聞いた話と大まかには違わなかったが、彼らが何者かということがわからない。
「で、お前たちは?」
「この海域を守護するもの。人とは違う次元の存在、それが我ら、海の精霊じゃ」
「…精霊」
そんな物語の中の存在が目の前に、というか踏みつけているって…。トウカの力ってどんだけなんだよ。
・・・
「そろそろ、起き上がってもいいであろうか? 主人よ」
オレは身体をずらして、起き上がることを許す仕草をとった。
私は…と言ったきり少し間を開ける豪奢な海の精霊さん。
「私の名は…リリアーナ。青の海を守護するが役目」
「! リリ様、ヒト風情に御名をお教えになるなど…っ」
供回りの精霊たちが一斉に騒ぎ出す。なんのことかわからないオレは、成り行きを見守ることにする。
「我らはすでに主人のもとに降った身。全てを差し出す覚悟の証は、ハッキリと示さねばならん」
凛とした表情で供回りへと視線を向けるリリアーナ。
覚悟とは何なのか? さらに問おうしたそのとき、頭上から何本もの雷が何の前触れもなく破滅の輝き共に降り注いだ。
「チィ…」
小さな舌打ちと共に、同期するトウカに全権を委任する。
警戒は最初から最大限にしていた。オレの意思を受けたトウカも状況認識は共有している。
従って、精霊たち以外に存在する頭上からの敵意はすでに把握していたが、オレには、何をどうすればいいのかわからない。
トウカにすべて委ねるしがないのが実情だった。
瞬間、クスリと笑ったトウカが顕現する。
時が止まる。
これだけの雷を防御できるのかわからないが、オレは不思議なくらい落ち着いた気持ちになっていた。
「赤の龍麟」
トウカの口元から厳かにこぼれ落ちた言葉とともに、いく筋もの雷が一気に霧散していく。
そんなさまを驚きの表情で眺める精霊の供回りたち。
そんな中、リリアーナだけはすかさず反撃を行なっていた。
「激蒼」
霧散した雷の余韻を切り裂き、轟音を響かせた竜巻が莫大な海水を巻き上げつつ、頭上の何かを砕き滅する。
激しい空気の振動があたりを包み込むが、その衝撃たるや、それだけで一つの街を破壊せしめるのではと思うほどだった。
オレは心の中で顔を引きつらせていた。この力を出される前に、話し合いで決着がついて良かったと。
しかし、悟らせるわけにはいかない。
「い、今のは…?」
「新月の末裔じゃろ」
「新月の末裔…とは?」
「…そうか、ひとには見えないのか。しかし、見えないものはないとするその思い込みが、ひとという種族を不幸にすることがあると肝に銘じるがよいぞ…おっと、失礼した。貴方は、私たちの主人様であった…。」
オレはトウカにも確認しようと思うが、何故か呪い札が揺れているだけ。
混ざり合ったもう一人の依り代の記憶にもそれらしいものはなかった。
それぞれの存在が混じり合った結果、あらゆる記憶が朧げでどうにも自身の存在自体があやふやな、なんとも言えない気分に陥る。
そんなことに思いを巡らせていると、
「さて、主人よ、これからいかがする? 主人にすべてを差し出したからには、常におそばに寄り添う所存。今後の道行のご指示をお願いしたい」
「…青の海の守護はいいのか?」
「妾と青の海は常に繋がっている。何か有ればすぐに戻れるし、とくに何もなければ供回りのものだけでも十分差配できる」
リリアーナからの言葉を受け、オレは、今後の行動を考え始めた。
小舟の上で目覚めた後の展開が目まぐるしかったが、さて、この後はどうしよう?
・・・
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