呪い札1枚目と青の海の守護者
「ねー、まだ起きないの?」
可愛らしい声が、唐突に意識に殴り込んでくる。
「ここは何処だ…?」
気怠さと不快さに沈む気持ちを抑えて、オレはタールのような意識の中から浮上する。
「ぶっきらぼうな言い方。気分悪〜い。死んじゃえばいいのに…って、もう死んでるんだっけ?」
頬を膨らませつつ話はじめたと思ったら、最後にはクスクスと意地悪く笑う女の子。
「あぁ、誰かと思ったら“呪いの札子”ちゃんか…」
額の汗を拭いながら、ぶっきらぼうに言い返すが、今は嫌味の言葉くらいが精一杯。
「ワタシは“トウカ”! 変な名前で呼ばないで!」
「はいはい、それで呪い札のトウカちゃん、何の用なんだ。オレは…その…死んでるのか? やっぱり…」
少しずつ冷静さを取り戻すも、イマイチ現実感が湧いてこない。
小舟の上で場違いなドレス姿の少女と問答してるこの状況を、必死でリアルに落とし込む作業に苦心する。
「……あなたは別の世界からきたんでしょ? まとってる雰囲気が、この世界のものと違うもの」
「ここは何処なんだ? 日本じゃない…んだろうな…たぶん」
「この世界は“ジュノー”と呼ばれているわね。で、ここは“青の海”の上。こんな小舟に揺られて何処までいくつもり?」
そーだった…小舟に乗ってた。三途の川じゃないってことはわかったけど…。
じゃあ、オレは生まれ変わったってことか…。ここからどーすれば良いのか全然わからない…。
思考の中で混乱に次ぐ混乱を続ける。
目の前に佇むトウカは混乱するオレを楽しそうに眺めるだけ。
「ねー? このままでいいの?」
トウカの意味深な言葉と同時に、耳の奥でチリチリと鈴のような音が微かに聴こえた。
・・・
“青の海”を統べる海域の守護者は、ゆっくりと小舟に近づいていく。当初小舟になど興味を持っていなかった。しかし、守護者たる所以か、怪しいものへの警戒は怠らない。
先ほど、その怪しさの警戒度が跳ね上がっため、近づかざるを得なくなったのだ。
放置は自身を危険に晒す。
青の海の守護者は、そう判断した。
青の海の守護者は、全くの無警戒に見えるそれに対して、極度の緊張感をもって近づいていた。自身の絶対攻撃範囲に入るまでは、決して気づかれることがないように気配を殺してゆっくりと進む。
自身の攻撃範囲まであと80メートルほどあった。これまで以上に慎重度を高め、気づかれない様にスピードも落とし始めた瞬間だった。
自身の周りに何かがまとわりついている。身体の自由が効かなくなったと思ったときには、何かが身体の上に乗っていた。
「!」
「敵意を持つものに容赦はしない」
何者かの声が響く。その声音は冷徹で絶対的な蒼い言霊となって辺りに浸透していく。
青の海の守護者は動けなかった。自身の存在が消え去る運命にあることを瞬時に悟っただけだった。
そのとき、幾つもの小さい光りが青の海の守護者の回りを囲みはじめる。
光りは何か意思があるようにゆらゆらと揺れる。
「…言いたいことがあるのなら早く言え」
・・・
オレには自身の力の源が何なのか未だにわからない。
ただ先程の自称“呪いの女神”トウカの力によって、この状況を維持できていることだけは理解していた。
あの瞬間、トウカとオレは完全に同期した。そうとしか言いようのない、自分ではない何かに動かされる感覚。彼女の力がオレの中を満たしていく。
この場を制するほどの何かが、オレを中心に渦巻いているようだった。
「…言いたいことがあるのなら早く言え」
もう一度オレが命じると、少しずつ、光りからの意識が伝わってくる。
「この海域から去れ!」
「不届き者!」
「ひと風情が! 許されることではない!」
「主人様から離れろ!」
「主人様…?」
オレは足元のそれを見つめる。すでに敵意は感じない。ただ、こちらを凝視しているであろう雰囲気だけは伝わってきた。
「姿を見せない輩は胡散臭い。消えるか?」
歪めた口元から意地の悪い言葉を発する。
とたんに足元のそれは海域の守護者たる豪奢な姿を現し、周りの光りも、守護者の従者然としたカタチを現しはじめた。
「女なのか…全員?」
「人の存在と我々は違う。そもそも男女の区別などない」
足元から美しくも凛とした硬質な声が響く。
「で? 突然襲おうとしたオレへの謝罪と誠意は、どう償うつもりだ?」
ここからはさらに強気で。サラリーマン時代に培った教訓その4。“相手の非だけを執拗に責める”。今、その教訓を活かさなければ!
「ゲスっ」
「あ? 死んじゃうか?」
コッソリと呟いた従者の一人をトウカの“呪い”で拘束し、苦しむ姿を冷めた視線で眺める。
この場を制するためには、どんな卑劣な方法だろうと厭わない。しがないサラリーマンだった過去を持つ自分の力量など高く見積もらない。
立場の逆転が身を滅ぼすことだけは肝に銘じろと、トウカの思考が頭の中に浸透していた。
「ま、待て、待ってくれ!」
海域の守護者は、オレに対して必死に声をかける。
「我らは貴方の命に従おう。謝罪と誠意は、今後の我らの行いによってカタチとしたい!」
海域の守護者はそう必死に叫ぶと、オレの様子を伺う。
トウカと同期したオレのチカラがどれほどのものなのか、オレにはまったくわからないが、彼らがオレのチカラを怖れているらしいことは察していた。
とはいえ、そもそも踏みつけた相手からは敵意は感じなくても、周辺の存在も含めて発せられる何某かのチカラは、気を抜けば圧倒されそうなほどのプレッシャーなのだ。
警戒の意識は最大限に高まっている。
「ほぉ、お前のすべてを差し出す…と?」
「え?」
オレはギラリと鋭い視線を飛ばす。
「…そーです(棒読み)」
危険を察知し、感情を殺して肯定の意思を告げる青の海の守護者。
「…いいだろう。では、説明しろ。お前たちはなんだ?」
・・・
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