ハルバート・ベンジャミン
「ただな、お主の面影にワシは見覚えがあるのだよ…ハルバート…ベンジャミン」
混じり合った記憶の渦が、オレの中で拡散、収束を繰り返す。目の前の色が次第に薄くなり、暗闇の中でひとりの男の子が不思議そうな表情で佇んでいた。
・・・
窓の外から小鳥のさえずりが聴こえる。
木漏れ日と木々を抜けてくる微風を髪の毛に感じ、風が運んできた外界の活発な匂いが胸の中で言いようもないくらいの焦燥感に変化する。
この少年の“呪い”を転移封印する。この儀式で、きっと私の命は終わるのだろう。
もし次の生を受けたら、こんな虚しい人生ではなく、自分の心の赴くままに生きられますように…。
日が傾いたころ、数人の従者を引き連れた幼子と神官たちが別邸の門を抜けていった。
・・・
そうか、これがハルバートという依り代の最期の想いなのか…。
目の前のアルカディアという人物の呪いの転移封印の儀式の結果、亡くなって、そのあとオレが転生してきた…。
あれ? でも目の前のアルカディアってジジーは70歳近くに見える。そーか、オレが転生するまでの時間は、ファンタジーあるあるの“時空の歪み”とかなのかもな…。
「へー、意外と冴えてるのね」
トウカの声とオオカのクスクス笑い声が聴こえてきた。
「多分貴方は歴代の依り代の中で、もっとも呪いに満たされた存在よ、クスクス」
「嬉しくねー」
無表情に呪い札の2人に言い返すと、目の前の色が、少しずつ戻ってきた。
「ルカ…」
ハルの口から溢れた単語に反応するカテリーナ。
「なぜ! 貴方がその呼び名を!」
厳しい視線を投げかけるカテリーナの横で、呆然とするリンドガルドが呟く。
「…ベンジャミン…」
・・・
辺境伯リンドガルドのアシュレー家は、テドラシカ建国後から国家に従属することを決めた新興の貴族のひとつである。
テドラシカ王国には、建国前から王室と協力関係(親族関係含む)にあった5つの名家と、さまざまな技能で王国を守る7つの家柄(新興貴族含む)の、合わせて12の家門がよく知られている。
それぞれ“クインテットアイ”、“セプテットソード”と呼ばれ、テドラシカ国内では畏敬の念を持って知られている存在であった。
リンドガルドのアシュレー家は、“セプテットソード”に列せられており、王国のチカラの一角を担う家柄。またリンドガルドとアルカディアは同年代で幼馴染でもあったことから、より近しい間柄でもあった。
アルカディアと出会ったとき、彼は生きる希望に溢れ、溌溂とした少年貴族という雰囲気であり、そんな明るい太陽のような人柄に惹かれて、少年リンドガルドは毎日のように彼と野山を一緒に駆け回ったものだ。
“馬があった”ということだろう。
16歳になった頃、アルカディアから、ひとつの秘密を告白される。
曰く“呪い封印”の神聖魔法。
アルカディアは、この儀式によって、今こうして元気に生きられるのだと。
ただ、転移封印には依り代が必要であり、当時の依り代はベンジャミン家にあったそうだ。
依り代のほとんどが15歳を待たずに呪い封印の犠牲になるということだが、ベンジャミン家の依り代は、稀に見るほど“呪い”耐性が高かったそうで30歳まで生き長らえていたそうだ。
アルカディアはその儀式の成功によって生きながらえ、その後、次代の王を継承し、今、賢王と讃えられる存在までになったのだった。
呪い封印、依り代の存在は、国家の秘匿事項であり、厳重な箝口令が敷かれている。
現在の依り代についてのも、いるのかどうかさえ判然としない。
それは国王アルカディアにとってとも同じことらしく、“呪い封印”の神聖魔法の存在は、神殿総管理宮が厳しく管理しているそうだ。
ベンジャミン家の依り代は、アルカディアが3つのときの儀式によって亡くなったという。これは、その後、アルカディアが気になって長い期間とその権限をかけて調べた結果なので、間違いのないことらしい。
そのアルカディア自身が、今、目の前にいる少年を“ベンジャミン”と呼んだ。
これをどう自分の中に落とし込んでいいのか、リンドガルドは混乱の中にいた。
「お主は“ベンジャミン”なのだろう?」
アルカディアは静かに問う。
「だとしたら…どーするのです?」
「あのときの礼を…賢王と呼ばれるほどの人生を与えてくれた…その礼をしたい」
賢王アルカディアは、落ち着いた声で、答えを繰り返した。
・・・
街は、昨日の騒動が嘘のように、いつもの日常を取り戻していた。
昨夜、大騒ぎの元となったヒュドラはすっかり解体され、貢献した領兵、冒険者の褒賞やミットガルドの街に暮らす人々の糧になっていく。
陽が登りはじめたころハルバートは城郭都市を巡る壁の巡回路から、ミットガルドの街を眺めていた。
「賢王と呼ばれるほどの人生を与えてくれた…その礼をしたい」
賢王アルカディアの言葉を思い出す。
ハルバートの最期の思いを知るオレは呟いた。
「自由を」
アルカディアは目を閉じ、そして、静かにかに一言だけ呟いた。
「わかった」
その後、リンドガルドの疲れたという一言から、執務室の面々は解散となった。
ヨシュアという侍中長から、辺境伯邸内に滞在用の部屋を用意されたが、ロレーヌがひとり待っていることを思い出し、オレは昨日の安宿に戻ることにする。
この国に対する歴代の依り代からの憎悪の記憶は、胸の中に燻っている。
ハルバートにだって、そういう気持ちがなかったとはいえない。
ただ、最期の想いは…何者にも縛られない自由な存在として在りたいと願っただけなんだ。
混じり合ったもう一つの魂であるオレには、そう伝わってきた。
だから、喜怒哀楽というひとらしい感情を、オレは、オレが思ったように表現していこうと思う。
もしかしたら、転生者のオレはひとという種類から逸脱しているのかもしれないけど…。
サラリーマンだったころ、徹夜明けの仕事帰り、朝日の眩しい山手線ホームにひとり佇んでいた記憶が甦る。
「朝の眩しさは、何処でも変わらないんだな…」
オレはただ、自由で在るだけでいいんだ。
「今後の道行の指示を。主人よ」
いつも間にかリリアーナが隣に立っている。
「そーだな…とりあえず、朝飯でも食うか」
「ふむ。そーだな。昨日身請けした娘も腹を空かせているだろうしな」
辺境の街ミットガルド。荒々しく野蛮で、しかし魅力に溢れたこの街の新しい一日が始まろうとしていた。
・・・
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