社畜男の最期・・・からの転生?
「ここは、どこだ…?」
どうやら小舟に乗っていることはわかるが、ただ闇が支配する空間であり、時間の感覚もなく、周りが海なのかも湖なのかも、はたまた大きな河なのも判断がつかない。
記憶がボヤける。ここはどこなんだ。
…少しずつ思い出す。
オレは普通のサラリーマンで、今年で30…だったか? もうおっさんの部類かもしらん。
…だからなんだって話だ。オレは非モテだ。だからどーした。だからってブラック企業で奴隷のように働いた結果がこれか。
…思い出した。
オレ、さっきトラックにはねられたんですけど…。
不思議なくらい痛みはない。
損傷が激しいと脳が勝手に痛みを緩和する脳内麻薬的な物質をドバーッと出しまくるって話だから、きっとそのせいだろう。
…ってことは、オレ、もうダメなんじゃない? 身体はまったく動かないけど、思考だけが激しく展開する。
オレ死ぬの…?
まじで?
オレ死んじゃうの?
童貞なのに?
会社に連絡しないとやばいかな?
すみません、死んじゃいましたって…。
明日のミーティングの資料、画像が抜けてたページをパワポ で修正すること、課長に伝えてなかった。また怒られるよ…。
昨日特売で買った特製牛肉たっぷりコロッケとベーコン盛り盛りポテトサラダ、冷蔵庫にあるんだよなー。ビールのつまみにしようかと思ってたのに、もう食えないかなー。まあ、ビールって言っても“第3のビール”だけどねー。
…あー、酒飲みたい。もう今日は仕事終わったし、とっとと酒飲んで寝たいよ。明日も早いんだし…。
…明日、雨予報だったから、コインランドリー行かないと…パンツが…なかったよーな…。
床に落とされた操り人形のように四肢が有らぬ方向に曲がり、それが転がったアスファルトには点々と肉片がこびり付いていた。
すでに事切れているであろう先程までオレだったそれは、広がり続ける血溜まりの中で、ただの肉の塊と化していった。
・・・
で、気がつくと、オレは小舟に乗せられ、新月の闇の中を揺蕩っている。
手を伸ばしても指先が見えず、存在自体を黒く塗りつぶされてしまったような感覚。
リアルな絶望を感じながら、叫び出したい気持ちを抑えつつ、じっと前方に目を凝らす。
何が見えるわけでもなく、ただ闇が、押しつぶされそうなほどの質量を感じる闇が、世界を覆っているように思えた。
「三途の川ってことかな…。死んじまったのは間違いなさそーだし、もう仕事のことを考えても仕方ないか…」
緊張を解すように、軽口を叩きつつ背伸びをし、小舟にゴロンと仰向けになる。
瞬間、脳裏に閃くものがある。いや、眼前に浮かび上がっているようにも見えるそれは…。
「札?」
「ふーん、久しぶりの依り代は雰囲気が今までと違うのね…」
唐突に聞こえる声に驚き、視線をさまよわせると、札の浮かんでいた場所に可愛らしい女の子が一人立っていた。
西洋風のドレスというか、80年代アイドル風というか…? 赤と黒のドレスの色合いとお団子のようにまとめあげたヘアスタイルも可愛らしさの演出に一役買っている。
「あなた、何処からやってきの?」
その声を聞いた瞬間、自分の記憶と知らない誰かの記憶が混ざり合い吐き気を催す。
ひとしきり嗚咽を繰り返し、
「まさか…オレ、転生…とか、そんなアニメみたいなことが…? お前は女神…とか、そーいうことか?」
口元を拭いながら、胃液の不快さを堪えつつ答えを待つ。
「女神? うーん、そーね。“呪いの女神”ってことでもいいわ」
クスクスと笑いながら、自己紹介を始める自称女神。
「なんだか不穏な単語が出てきてるけど、“呪い”って?」
「ワタシはトウカ。あなたと混じり合った…もう一人の依り代につきし呪い札1枚目」
彼女の名前を聞いたところから、またしても記憶が混じり合い、自分の存在が溶けていくような感覚に襲われる。
「結局、オレは誰なんだ…」
混濁する意識の中、オレは何も出来ずに小舟の上で気を失った。
夢の中で黒い何かの独り言が聴こえる。
・・・憎い・・・
呪いが…憎い
私の人生は呪いによって塗り潰された。
生きた時間のすべてが苦痛だった…。
苦しい…何故、自分だけがこんな目に…。
国を存続させるための生贄として、彼らは私を生きながらえさせたのか…。
同じように激痛にのたうち回る姿に…いつの日か…。
薄れていく声の主は、オレが混じり合った依り代の声か。
それとも犠牲になった歴代の依り代たちの声なのか…。
今のオレには何もわからない。
・・・
お読みいただきありがとうございます^^
次回は本日午後12時更新です。
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