鎮圧完了。そして、リンドガルドの思惑
テント内では、これまでの流れを検討していたが、情報量が少なすぎて、想像の域をでない。
「ところで奴らが転がした丸い容器は何だったのですか?」
ミライの問いかけに、テントに入ってきた側近の聖魔術士が答える。
「はい、ダークマターと呼ばれる闇の物質でした。リンドガルド様に吸収させて殺害、または操ろうとした可能性が高いと思われます」
「なるほど…不発でよかったですね」
「…その話じゃが…ハル、お前か?」
唐突に話の矛先が自分に向けられ、あたふたとするハルバート。
「逃げた影だが、あやつも突然拘束されたようにもがいていた。ミライの剣気に当てられて…とも考えたが…?」
静かに首を横に振るミライ。
「正直、自分でもよくわからないのです…。怖いのが先に立ってしまって…」
「スキルの扱いがまだ未熟ということか…見たところ、12歳ほどかな?」
なんとかごまかせたことに安堵しながら、小さく頷く。
実際、影の拘束と丸い容器が開かないようにしたのはハルバートだった。
あからさまに危険な雰囲気だったこともあり、トオカの呪いのチカラをを飛ばし、包み込んでおいたのだ。
うまくいってよかった。
影が弾けて逃げられたことは予想外だったが、どうやら先ほど、リリが捕まえたようだ。
さて、ここからどうするか・・・。
「ふーむ、今後の展開とすり合わせながら、我らの進むべき道筋を見つけていくしかないな」
リンドガルドはそう呟き、明日の斥候の報告など、追加の情報を受けてから、再度検討することになった。
ただ、その前に伝えたおかないとなと、ハルは徐に手をあげると、
「あのー」
「なんじゃ、ハル」
「はい、とても微弱なのですが…あちらの方向に、先ほどの影の雰囲気が留まっているような気がするのです…」
すぐさまミライを中心とした8名のチームが編成され、ハルの指示する地点に急行、無事に影を運んできた。
「衰弱しており、特に問題なく捕縛できました」
ミライの報告に、聖魔術士が続ける。
「ダークマターの酷使が、極度の衰弱に繋がったのでしょう」
「よし、そのまま拘束と見張りは厳重に。あとは、明日の斥候からの報告を待って行動を決める」
リンドガルドの言葉でテント内は解散となり、朝までとはいえ、平穏な雰囲気が陣地に漂う。
次の行動のためにも気持ちを解しておくことの重要性が部隊に行き渡っているようだった。
ハルは、ミライなど側近が詰めるテントの一角で休むこととなった。
過分すぎる扱いに困惑したが、「お前の危機察知はリンドガルド様の安全を高める」というミライの助言もあり、簡易ベッドで休めることになったのだ。ミライに感謝だ。
横になりながら、リリに念じる。
…状況はどーだ?
…平穏そのものじゃな。
…リリが捕まえた影、どんな様子だった?
…新月の末裔じゃな。そこそこのダークマターを扱っておったし、上位に繋がる依り代じゃろ。
“依り代”か…。少し間を置くハルバート。
…どうした主人よ。
…うーん・・・やっぱり“ハル”と呼んでくれ、どーも主人は違和感がある。
…ふむ、承知した。
もう少し“新月の末裔”について聞いておこうとしたとき。
「ハル、ちょっといいか?」
唐突にミライから声が掛けられる。
「…はい、なんでしょうか?」
寝ぼけたフリで答えるハルバート。
「ほう、こんな場所で眠れるとは見かけによらず肝っ玉が座っているようだ」
ミライに続いてグラナダ侯爵が入ってきた。
確かリンドガルドと共に部隊を率いてきた参謀だったか。彼は値踏みをするかのようにハルを見つめる。
「ハル、こちらはグラナダ卿。どーしても確かめたいことがあるとのことだ」
ハルバートはすぐさま跪き、寝ぼけまなこの非礼を詫びる。
「よい、夜更けだ。こちらもいささか性急だしな」
「お許しいただきありがとうございます。ところで確かめたいこととは…?」
グラナダ侯爵は少しテント内を見回した後、徐に口を開く。
「…お前の精霊に話を通してもらいたいのだ」
ハルバートはしばらくの間、声が出なかった。
「…どういうことでしょうか? ボクには…」
グラナダ卿は、ゆっくり首を横に振り、回りくどい話はやめよと告げる。
「私は幼い頃から微精霊たちと契約を結んでいるのだ。だから…偉大な精霊の存在が、お主のそばにいることがわかる…」
まっすぐに見つめてくるグラナダ卿の瞳は、いささかもぶれない。
ハルバートはため息をつき、もう一度頭を下げる。
「申し訳ございません。ボクには精霊に話を通す力がありません。ごく稀に声が聴こえるだけなんです…」
ハルバートはリリアーナの存在とその力が、とてつもないものだということは、青の海での出来事で十分にわかっていた。不用意に漏らしたら、どんなことに利用されるかわからない。
依り代ハルバートとして使い捨てにされた記憶は、不確定ながら転生体の中にも混じり合っている。その結果、この世界への不信感を、今のハルもそこはかとなく感じているのだった。
「なるほど…お前の“危機察知”も、そのあたりが関係しているのだろうな…」
納得しつつ、何某かを考えるグラナダ卿。
「わかった。確かに今は魔物鎮圧という作戦行動中であり、この場で長々と話すわけにもいかん。帰還後に、また会うとしよう」
いろいろなことに巻き込まれ始めた感のあるハルバートだったが、ミライから、明日は魔物との戦闘がある旨を告げられたこともあり、簡易ベッドで身体を休めることにした。
・・・
翌朝、魔獣使いの操るジャバババードによる空からの偵察により、魔物との会敵まで、約1時間ほどという告知がなされた。
魔物の数など前日の報告よりも減っている上、オロチや地竜など高レベルの魔獣が何故か撤退しているなどの追加報告ももたらされ、鎮圧部隊は落ち着いた行動に終始した。
鎮圧行動の前半はハルの危機察知(サクネの索敵、リリの警戒行動)により、比較的弱い魔物集団から撃破することができた。
また、その後の乱戦でも、ハルはトウカの「赤の風壁」で部隊を守ったり、オオカの「黒の圧縮」で地形を削り、足元を不安定にさせるなど、目立たないように鎮圧部隊の支援を続けたことも有利に部隊展開できた一因となった。
とはいえ、圧巻はやはりミライの剣技だろう。疾風のごとき動き、振れば複数の魔物を撫で斬り。止まることのないその剣によって彼の回りの魔物は一掃されていく。遠目から見ると、常に彼の回りだけ、ポッカリと穴が空いたかのようだった。
一方、リンドガルドは戦況を見つつ、本部テント内で指揮するに留まり、当初想定されていた自らが前線に立つこともなく、体調を憂慮していた参謀本部の誰もが胸を撫で下ろしていた。
昼過ぎにはグラナダ卿率いる複数の部隊により、地竜2体が無力化され、ほぼ魔物鎮圧は完了。
各部隊の損耗も軽微であり、出立時の悲壮感がまるで嘘のような雰囲気となった。
・・・
斥候からの報告。昼前に昨日の爆発地点到達。爆発の規模は約5キロ四方に及び、荒れ果てた地面が露出する状況。
新しい兵器によるものか、極大クラスの魔法、魔術の類いなのかは不明。
爆心地外周に魔物の死骸複数あり、ほぼ炭化状態。
スタンピートで湧き出した魔物の多くが、この、爆発に巻き込まれた可能性高し。
調査の続行に関して指示を請う。
以上。
報告を受けたリンドガルドは、斥候に対し帰還を指示。スタンピート鎮圧が完了したことを踏まえて、このまま部隊の帰還を急ぐことにした。
鎮圧部隊派遣のため、辺境伯領の守備兵の絶対数が大きく減少している状態を長びかせることはできないと考えたからだ。
翌日昼までには、短文送信と翼竜便による一級連絡によって、スタンピート鎮圧完了及びリンドガルドの無事、不明の爆発のことなどが、王都に伝えられた。
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