スタンピート鎮圧軍との邂逅
森林地帯。
あれから数日歩き続けている。散発的に遭遇する魔物らを徒手空拳で屠っていく。
「素手の戦闘にも飽きたな…。剣とか槍とか何かアイテムを落とせばいいのに…」
よくあるゲームのように、敵を倒すと各種アイテムがドロップされるような世界だったらと、ため息をつく。
「…魔石ならかなり貯まったが、武器のようなものを落とすなど聞いたことがないな」
何気なくリリが呟く。
「え? なんかドロップしてたの?」
「ドロ…? 魔物を倒せば素材や魔石の採取は当然じゃろ。換金すれば旅の路銀にもなるしの…」
主人の攻撃はペチャンコやら消し炭やら消滅やら…強力すぎて素材はもちろん、魔石まで確保できないことも多いがな…などと笑顔で続けるリリ。
「なんてこった!」
絵に描いたように跪くハルバート。
そんなことなら、もっと気をつけておくべきだった。
ただ、入手できるものは、すべてリリの供回りたちが気を利かせて確保していだとのこと。
「リリ、グッジョブだ!」
「ひと風情が…リリ様に馴れ馴れしく…ッ」
「聞こえてるぞ」
ヒッという短い悲鳴を残して、脱兎の如く逃げ出す供回りの精霊。
「遅い!」
ぎゃーッという悲鳴が遠くの空に響く。
「ビー…」
ため息をつきつつハルバートを見つめるリリ。
「大丈夫。いつもの悪ふざけだよ」
オレと供回りの精霊ベアトリス(通称ビー)の関係は、最初の出会いからこんな感じだ。ある意味、少し和む関係性だと思っている。
ベアトリスは多分、そうは思ってないかもしれないが…笑
・・・
魔石や採取できた素材は、随時青の海の保管場所に転送されているそうで、リリを通していつでも出し入れ可能のとこと。バックヤードに貯めた魔石類で、当面の暮らしが成り立つらしいこともわかった。
この世界での懸案事項のひとつ、収入と支出の目処が立ったことは大きい。
収入は魔物を倒して魔石を確保すればOK。
生活費や宿泊費などの支出、いわゆる固定費は、それなりに倹約して暮らせば十分やっていけるだろう。
リリや供回りの者たちを養うためにも、アイツらにも倹約を旨とさせねばっ。
そんなことを考えつつ、思いを新たにするハルバートだった。
・・・
不意に気配察知が働く。
「リリ、周囲警戒、範囲200」
森林地帯で周囲が開けていないこともあり、リリに指示を出す。転移系の方法で、突然目の前に敵が複数現れたとしても、オレとリリで十分対処できるだろう。
そーいえば、昔やったゲームみたいに上空から遠方の監視ができれば、もっと安全マージンが取れるんだけどな・・・。
そんなことを考えるハルバートの耳に、誰かの声が唐突に聞こえた。
「へー、随分と戦い慣れした考え方なんだね」
聞いたことのない声。どうやら新しい呪い札が興味を持ってくれたようだ。
「誰だ?」
「サクネ。呪い札6枚目だよ。初めまして」
声の主は、軽い調子で答える。
唐突に中学生くらいの男の子が前方に現れた。何故かこちらを見ずに、上を見上げて佇んでいる。
どことなく“香ばしい”雰囲気だが、まさかな。
「・・・で? 上空からの監視はできるのか?」
状況は緊迫している。あまりダラダラと会話してる余裕はない。
「落ち着きなよ。もうやってる。ボクの“魔眼”はすべてを看過するのさ!」
「…それ、看破じゃね?」
何だコイツと思った直後、視覚共有で広大な森林地帯を十分見渡すことができた。
「魔物の討伐軍みたいだね。ボクの“魔眼”はすべてを見通すこ…」
「ハル、どーするの?」
トウカがサクネの声を無慈悲に遮る。
「どうやら、この地域の魔物を間引きするための鎮圧軍らしい」
リリにもその旨を伝えるが、初めてのひと種との接触。何が起こるか分からないので、引き続き警戒は厳とする。
迂回するのは遠回りになるし、こちらの世界に関するひと種側の情報が欲しいということもあり、そのまま進むことに決めた。
・・・
リンドガルド軍の歩哨が怪しげな影を発見したのは、夜も深まったころだった。
「そこで止まれ!」
スタンピートの最中、魔物鎮圧軍陣営真っ只中に突然現れた子ども。身なりは奴隷風? 歩哨は最大限の警戒をしつつ声を掛ける。
「何者だ? 何をしている?」
「・・・助けて下さい。魔物に襲われて…」
弱々しい声を上げる役者よろしくなハルバート。
「荷馬車が襲われて…命からがら逃げてきたところです。他の方々はもう、多分…」
怪訝な表情のまま、ハルバートから距離をおき様子をみつつ、いくつか問いを発する歩哨。
しばらくのやりとりの後、とりあえず陣地内のテントに案内される。
テント内でさらに詳しい事情を聞かれたが、そもそも奴隷風の身なりで、弱々しい子どもとくれば、それほど疑われたりもせず、温かいスープを振る舞ってもらえた。
そこにズカズカと大きな音をたてて入ってくる大柄の偉そうな初老男性。
「…お前は、どの方角から来た?」
険しい表情でじっと見つめられたハルバートは、キョトンとした表情から、一転、その場に跪き、頭を下げる。
「助けていただきありがとうございます! ハル…と申します!」
「質問に答えろ」
静かな声音がテント内に響く。
ハルバートは、慌てふためくフリをしつつ、状況を冷静に考えていた。
頭の中でリリアーナがささやく。精霊である彼女の姿は周りには見えていない。元々彼女にはテント周辺の状況確認をさせていた。
リリの話からすると、目の前の男はこの部隊を率いる責任者であるようだ。この男の不興を買わないよう慎重に話し出す。
「はい、森林地帯の西側から、こちらまでたどり着きました。手首を縛られ、目隠しをされた状態で荷馬車に押し込められていたので、状況はよくわかりません」
ふむ、とリンドガルドはうなずく。
「…お前の話ぶり、教育を受けているな? 奴隷落ちする前はどこにいた?」
「はい、西の紛争地域の街“ダリア”で、両親と暮らしていました。読み書き、計算は両親から教えてもらいました。読み書きができるだけで生きる確率が上がると…」
リンドガルドは静かに聞き入る。視線で先をうながされたハルバートは話を続ける。
「三年前の暴動に両親が巻き込まれて亡くなり、ひとりで暮していたところ突然拐われ、気がついたらここに…」
ひと息つくハルバートに、頷くリンドガルドと歩哨たち。
「なるほどな。読み書きができると生きる確率があがるか…よし、今回の遠征中に限り、お前を雇ってやろう。両親に感謝だな」
ニヤリと凄みをきかせた笑顔を見せるリンドガルド。
話を聞いていた歩哨たちも、良かったなと言いながら肩を叩く。
「リンドガルド様に気に入ってもらえるとは、お前ラッキーだな」
何気なく歩哨が言った言葉に、笑顔で頷くハルバート。
直後に聞こえたサクネの言葉に驚くが、悟られないように必死で笑顔を取り繕う。
「このじーさん、リンドカルド辺境伯本人だね。ボクの““魔眼”は、すべてを見通すのさ」
「依り代の記憶を探っただけでしょ? クスクス」
オオカのツッコミにうんざり顔のサクネ。
「何だよ、さっきからトオカもオオカも邪魔ばっかりして…!」
「あなたの“眼”は特別なのよ? “魔眼”なんて紛い物扱いは自虐的じゃなくて?」
「…魔眼って響きがカッコイイかと思ってさ…」
さっきから何なんだコイツ…厨二病か? まあ、いいや。
会話を聞く限り、鑑定や分析、情報収集とかに特化したタイプなのかもしれない。
「サクネの眼は特別なのか? なら、呪い札にかけて…“呪眼”とか、どーだ? 響きよくない?」
「…ふ、その通り。正式名称は“呪眼”なのさ!」
その名前、気に入った!という雰囲気を隠しもせず、もともと自分は以前からそー名付けてましたけど何か? みたいな表情でオレを見つめるサクネ。
「…ソーデスカ」
どーやらコイツはツッコミどころ満載さんらしい。
ある程度受け流しておかないと、どっと疲れてしまいそーだ…。
・・・
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次回は本日午後12時更新です。
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