リリアーナの誤算
リリアーナは先ほどまで目の前で繰り広げられていた殲滅行為について思い返していた。
あれは、なんだったのだろう…?
“検証”だと言っていたが検証とは? 何か確かめたいことがあったのだろうか? あやつはどこから来たのか? 外見はひと種だが、中身は違う生き物なのかもしれない。
動きは油断しなければ私でも十分見えるし反応できる。前回は油断しただけだ…。
でも、攻撃の凄まじさは桁外れ。たぶん、妾でも正面から受けたら…いや、正面から受けなければ…。
途中から自身が戦った場合のシミュレーションに切り替わり、思考が、解を見つけるためにグルグルまわる。
…リリ…リリ…
ハッと気づくとハルバートが目の前に立っていた。
「…おい、呼びかけを無視するということは絶対恭順は口だけということか?」
ハルバートは、ジロリとリリを睨みつけ呟く。
リリアーナは思わず膝をおった。美しい髪の毛が地面に広がり、どこかの姫君が真摯な祈りを捧げてるような姿にも見える。
ハルバートは頭の中で悶絶する。
女性を脅すような言葉を投げかけた上に、跪かせてしまうとは、何と野蛮な行為か。
しかし、ここで隙をみせては、リリアーナのような強力な力をもつ者を御することはできない。一気に主従の関係が入れ替わってしまう可能性だってあるだろう。
戦って負けることはないとは思うが、精霊とかって、どんな隠れた能力があるかわからないし、龍に変化されて暴れられても面倒だ。
敵対しないで穏便に、しかし主従の関係はしっかりと維持できるように、ギリギリのところで踏ん張るしかないのだ。
ハルバートは心を鬼にして、リリアーナを睨みつけた。
「申し訳なかった、主人よ。先ほどまでの主人の行動を思い出していた。無視していたわけではないことは信じてほしい」
「…いいだろう…ところで先ほどの行動…何か気になることでも…?」
リリアーナは先ほどの検証の件について話し出した。
・・・
リンドガルド一行に斥候からの連絡が入ったのは、夕方近くなってからのことだった。
魔物は現在森林地帯外周に点在。
確認済みの群れ、約30。
主な魔物はゴブリン、シャドーウルフ、オーク、トロールなど。
その他、サイクロプス40、地竜8、オロチ5、確認。
総数・・・約数千。
注、昼三つ刻、森林地帯中央部に於いて巨大な爆発音と余波による衝撃波を確認。
中心付近は未だ近づけず、現在状況不明。明日の夜明けとともに、再び詳細確認行動に移行。以上。
「わかった・・・。外周の魔物との会敵は夜明けにしたい。ここで待機する。各部隊は必要な行動に移れ」
リンドガルドは報告を聞いたあと、すぐさま指示を出す。各所が一斉に動き出す様は、辺境伯領部隊の練度の高さを感じさせた。
「地竜が少し厄介ですね。しかし、魔物を統率する高クラスの報告が少ないのが気になります」
参謀を兼ねるグラナダ侯爵の言葉とともに、本部テント内にざわめきが戻る。
「確かに、最初の報告からするとスタンピートの規模が小さすぎる。空を飛び回る厄介な翼竜もいないとなると、そもそもの報告が間違っていたのか?」
本部詰めの騎士数名が囁き出すが、規模が小さいことは、不幸中の幸いでもあり、周りの声のトーンに余裕が感じられるようになってきた。
「静かに! 夜明けと共に魔物と対するのは間違いない。各個撃破できるように、各部隊の編成を行う。
部隊長に集合をかけよ! 隊員は十分に身体を休めておくように指示出せ!」
リンドガルドの言葉に全員が頷く。
そんな様子をテントの外から伺っていた2つの影が、ゆらゆらと揺れながら、宵闇の中に溶けていった。
「…どーいうことだ? ダークマターの量からすれば、今回のスタンピートで、テドラシカ王国の半分は壊滅させることができると見込んでいたはずだが…」
・・・
リリアーナの説明は・・・まとめるとオレの力が凄まじ過ぎてビックリ…ということだった。
「…ホント?」
「主人の力は我らの高位の者をも凌駕する可能性がある。ひと種の世界にこれほどの力を持つものが存在することを妾は知らない」
「…」
「先ほどの“検証”で何を知りたかったのかはわからぬが、最後のチカラは、私がかつてお爺様から聞いた“白の龍”と酷似していた」
リリアーナ曰く、あれはひと種が使っていいチカラでない…らしい。
「ひと種が使っていいチカラじゃない? お前、何様だ…?」
「ヒェッ!」
無様な悲鳴を発したかと思うと、すぐさま跪くリリアーナ。
「主人様に対し失礼な言動、申し訳ございません!」
「…今後、似たような侮辱行為があれば…精霊種を問答無用で消炭にしてやる…」
仄暗い微笑みでリリアーナを見つめるハルバート。転生前のコンプレックスからくる彼の底意地の悪さの発露は、このときからはじまった。
そして、以後、たびたびリリアーナ含む彼の関係者を苦しめることとなる。
閑話休題
リリアーナの話を聞き、オレは呪い札たちと話し合うことにする。
「お前たちのチカラは、この世界では規格外みたいなんだけど…」
「そりゃそーよ。“神様”だもの」
ドヤ顔で胸を張るトウカ。
「シュゴウの“白”は、広範囲な上に強烈だものね…クスクス」
目の前が真っ白になってキレイよね、と艶やかに呟くオオカ。
当のシュゴウは何が問題なのかわからず頭を傾げている。
「それにしても、私たちの“思い”が十全に伝わるなんて久しぶり」
どうやら、依り代によっては“言霊”の発現にムラが出るらしかった。
「ホント、珍しい依り代よね、ハルって…」
この世界の依り代にオレが転生したことで、何がしかの効果が上積みされているのかもしれないが、お陰でひと種の枠を超えた存在になっているはうれしい誤算だ。
攻守ともに強力な上に、体術だけでも十分通用することは、今回の魔物との検証で実感できた。
この世界でのハルバートという人物の素性がわからないこともあるし、目立たないように行動するためにも、今後は札のチカラはできるだけ控えておくことにしよう。
・・・
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次回は本日午前6時更新です。
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