プロローグ
たぶん、生まれたときからこうなる運命だったんだと思う。歯車が狂ったわけでもない。
私はきっと今日死ぬ。命が尽きる感覚がある。
私の身体は“呪い”に満たされている。
それが今日、身体から溢れ出す。死ぬことが不幸なのか、苦しみから逃れられることが幸いなのかわからないが、そんな死の予感が身体の中を駆け巡る。
昼夜問わず身体中を襲う鈍く、鋭く、激しい・・・あらゆる“痛み”に苛まれる。そんな30年の生涯。
「こんな人生、早く終わるにこしたことはないか…。」
ベッドの上で上半身をゆっくりと起こし、ぼんやりと窓の外を見つめながらそんなことを呟く。
ふと思いおこす。
私の家系はテドラシカ王国を支える公爵家として、王室と共に国を守る家柄の一つとして機能してきた。
王室を中心とした絶対王政の国家として、建国から1,200年あまり、周辺の他の国々よりも長い歴史を持った中堅国家。それがテドラシカ王国だ。
私はこの家の6男として生を受けた。母は子爵家の二女。家格の合わない付き合い、貴族によくある“お遊び”というヤツだったのだろう。
ただ、父はそれなりの責任は取ったようで、家格を整えるために母は侯爵家の養女となり、数ヶ月後、側室の一人としてこの家に嫁いだ。
母はもちろん歓迎されなかった。公爵家の本館から離れた小さな別邸に追いやられ、他のやんごとなき方々との交流はほぼなかった。
父が別邸を訪れることも少なく、寂しい日々を送っていたのだと思う。
そんな中、私が生まれた。母の喜びは大きかったと思うが、産後の肥立ちが悪く、2年後に亡くなってしまった。なので、私には母の記憶がない。
その後、父は私を不憫に思ったのか、そのまま別邸で暮らすことを認めて、世話をする使用人もつけてくれた。
きっと私のことを不憫に思ったなどと、父はそれなりに優しい…などという思い違いに気がついたのは3歳のとき。
・・・
この後の話を理解してもらうには、王室の“呪い”について、まず話しておかなければならない。
この国には、王室を守るための極秘の秘法がある。
曰く“呪い封印”の神聖魔法。
この国の初代王が国を興すきっかけとなった争いの中で受けたいくつもの呪いが、代々王室の子孫に発現する。その呪いを身代わりの依り代に移し、封じる秘法。
これは王室に連なる家柄にしか明かされていない、王国の極秘事項となっている。
この秘法は、建国から約250年後、当時の神官総本山である神殿総管理宮の神官ルノーをよって、その可能性を見出された。
それまで、呪いの発現後の解呪はもちろん、苦しみを抑える各種の魔法の類までまったく効果がなく、ただただ苦しみながら事切れていく次代を担うはずの王室の子息たち。
その呪いは王室に連なる系譜の子孫にもたびたび発現し、ときには国家の存亡に関わる事態に結びつくこともあったと、いくつかの記録に残っている。
一介の神官にすぎなかったルノーは、辺境の小さな村落の呪術師が行う土俗的なまじないに興味をもち、数年をかけて分析研究を行った結果、神聖魔法による”病の転移による封印”へと昇華させた。
これを基本にした呪いの転移魔法開発を神殿総管理宮が総力をあげて行ったものの、王室の呪いを封じることだけは叶わずであった。
その後、数年経ち、病に倒れた当時侯爵家だった何某の元当主が、老体である自分の身を呪い解呪の献体として差し出したところ、当時の皇太子の呪いは見事に転移し封じられ、皇太子は無事、次代の国王として国の統治に励むことができたのだった。
この事実は、王室の存続に躍起になっていた当時の王室主流派と絶対王政からの脱却を狙う民主的王政派の争いに終止符をうち、以後、絶対王政の国として、安定した国家運営を行える素地となっていく。
当然その家の跡継ぎは、このときの貢献が認められ公爵へと陞爵を果たす。それが我が家系である。
元々王室との繋がりがあったが、貴族社会の中では何故か疎まれるような雰囲気があった家柄だそうで、この陞爵により、社交界で疎まれ避けられることが減っていくきっかけになった出来事だったようだ。
しかし、この呪い封印の成功により、王室と血統が近しい家柄は身代わりとなる依り代の確保を余儀なくさせられることとなったのである。
・・・
窓の外から小鳥のさえずりが聴こえる。木漏れ日と木々を抜けてくる微風を髪の毛に感じ、風が運んできた外界の活発な匂いが胸の中で言いようもないくらいの焦燥感に変化する。
割り切った振りをしたって、この世界に何の未練もないはずがないことは、自分自身がよくわかっていた。
もうすぐ、何度目なのかわからないほど行われた“呪い封じの儀式”が始まる。
それが終われば、私はもう生きてはいないだろう。
儀式での激痛に次ぐ激痛を堪え、その後、日々続くさまざまな苦しみに耐えながら過ごした30年の人生。
言いようのない悔しさが溢れ出し視線の先が滲む。
もし次の生を受けたら、こんな虚しい人生ではなく、自分の心の赴くままに生きられますように・・・。
すでに神を信じなくなって久しいが、胸に手を当てて、この世界を超えるような何か大きな存在に祈らずにはいられなかった。
数時間後。
日が傾き、数人の従者を引き連れた幼子と神官たちが別邸の門を抜けていった。
一行を見送る門番の目の奥には、寂しくやりきれない感情の色が灯っていた。
・・・
お読みいただきありがとうございます^^
初めての作品なので、気長に見守っていただけるとありがたいです。
ある程度書き溜めてあるので、週末にかけて順次掲載していこうと思っています。
次回は本日午前6時更新です。
今後ともよろしくお願いします。