表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世の旅【下】  作者: Z(ゼット)
1/1

前世の旅【下】

《前世の旅》【下】






【目次】

はじめに

1. 郡司一家の襲来

2. 銀次郎の妙案

3. 決着

4. 橋本屋の若旦那

5. 罠

6. 対決

7. 回想

8. 最後の選択

9. 現世









はじめに


私の前世は侠客で、こんなにも激動の世界を歩んで来た人だった。

しかし最後には一番信頼している我が父、親分の指示で殺されている……

手伝いとは何なのか?

現世から来た私の使命はなんなのか?

私はどう判断していくことが正解なのか?

日々疑問を持ちながら模索していく前世の旅であった。







1.郡司一家の襲来


私は自身の前世と繋り、前世が過ごした世界を旅することとなった。

前世は侠客という特殊な世界の人であった為、全てが未知で危険な旅でもあった。

現世に帰れる補償もなく、不安ではあったが、とにかくこの時代を生き抜くことに集中することにした。

私の前世である、銀次郎の身体に宿り、現在生活をしている。

私はこの時代で侠客として生き、栄五郎一家の一員となっている。

今は、栄五郎一家の縄張りに、郡司一家というならず者が入り込んで来たことで、一触即発の状態にある。

同盟を結んでいる侠客、寅五郎一家に応援を頼み、郡司一家を滅亡させることを狙っている。

やがて侠客同士の抗争が始まった……

御上は侠客同士のいざこざには口を出してはこない。

郡司一家は二十人で、栄五郎一家の縄張りに侵入し、若林屋から空家の提供を受け陣を構えている。

寅五郎一家には、手薄となっている武蔵 にある郡司一家の本拠地を、攻撃してもらえるようお願いしていた。

寅五郎親分はそれを快く引き受け、即武蔵に向けて子分を送った。

武蔵では、郡司一家に不満を持っている宿や料理屋を探し、郡司一家滅亡した後の生活安定を約束した上で、協力を仰ぎ、武蔵への侵入を果たした。

寅五郎一家は、総勢四十名という大人数で武蔵に乗り込み、郡司一家滅亡を企てた。

一方、栄五郎一家は若林屋に籠っている郡司一家に手を焼いていた。

若林屋には、郡司本人も居るらしいが、籠ったまま一向に出てこない。

若林屋の中に居る間は手出しが出来ない。

出て来ても二十人もの大人数で出て来られては騒ぎが大きくなり、江戸の民衆に迷惑を掛けることになるから避けたかった。

『郡司はどんな手を打ってくるのだろう』

郡司一家は一向に姿を見せない……

変わったことと言えば、数日前と比べ若林屋を訪れる商人が多くなったことぐらいで、若林屋の景気の良さが伺えた。

この人の出入りは二日間続いた。

私を含めた幹部が、栄五郎の屋敷に集まり作戦を練っていた。

その時! 「兄貴、大変です」

弥太郎の子分が、尋常ではない様子で屋敷に飛び込んで来た。

「どうした?」

「いろりが……いろりが、めちゃめちゃにされました」

「何だと? 誰にだ?」

「郡司一家の者です」

「なぜ郡司一家が町に居るのだ」

「わかりません」

「若林屋に変わった様子は無かったか? 出て行ったのでは無いのか? 見張りはどうしてたのだ?」

突然起こった、予想外の出来事であった。

「こちら側に何か抜けがあったのかもしれん」

私は一度この場を冷静にさせる必要があると感じ「弥太郎、いろりに直ぐ向かえ。念のために人は多めに連れていけ。うちの若い者も使ってたいいから」

「わかった、行ってくる」

弥太郎は銀次郎の子分も連れ、六人でいろりに向かった。

いろりに着いた弥太郎は、店主に対して申し訳ない気持ちで一杯になった。

店は目茶苦茶だった……

店主にその時の状況を聞くと……

突然四人の男がやって来て、大声で叫んだあと、店内の物を投げる蹴るで、グチャグチャにした。

男はこう叫びました。

「今からここは郡司一家の島だ。だから郡司一家にみかじめ料二両を払え。払えないなら、この店は今すぐ俺達の手で潰す」

店主「私共は栄五郎一家に守って貰って頂いてますから大丈夫でございます」

「栄五郎一家だと? 奴らはもうすぐ滅びるから」

そう言われた。

その後も店内の物を壊し、客に嫌がらせを続けた。

店主「分かりました、わかりました、これで何とかお許しを……」

と言って郡司一家に二両差し出した。

その話しを聞き弥太郎は、店主に五両手渡し

「これで店を直して欲しい。悪かったな……守ってやれなくて。これからはしっかり守っていくからな」

そう言って店を後にした。

店を出た弥太郎は

「あいつら絶対に許せない」

と言い唇を強く噛んだ。

唇からは血が落ちた……






2.銀次郎の妙案


いろりには三人の子分を見張らせ、弥太郎は栄五郎の屋敷に戻った。

戻った弥太郎は報告をおこない、今後の作戦を練った。

銀次郎「いろりには四人の者が押し掛けて来たのだな。奴らは二十人で押し掛けて来てるとの情報が合っているなら、四人で一個団体を組み、五団体で行動している筈だ。おそらく若林屋の家には、郡司一家の者は一人も残っていないだろう。こちらは一個団体を十二人で組み、それを五団体作り警備に就こう。これなら大丈夫だ」

更にこう続けた

「捕まえて、ヤキ入れても屈伏しない奴は、構わず殺せ。今後、栄五郎一家に逆らわないと誓う者は、左の小指を詰めて放免にしろ。良い目印となる」

私はこう提案した。

向こうの力に対し、三倍の力で立ち向かえば絶対に負けないと考えたのと、小指を落とした者はしばらくの間、勢力にもなれない、傷が治ったらあとも目印になるからである。

もちろん、小指の無い者が逆らってきたら、即座に殺すことが出来る。

栄五郎一家がこの方法で戦う事を、寅五郎一家に伝える為、寅五郎親分の屋敷に向け早馬を走らせた。

栄五郎一家は作戦を遂行する為に、幹部五人を含めた合計六十名もの人員を集め、五つの班に分かれ町の警備に就いた。

私が指揮する班が居酒屋で大声を上げ、暴れている男達を見つけた。

私達は十二人で店に近づき、中で暴れている四人の姿を確認した。

「おい、お前ら店から出ろや! 他人の縄張りに土足で上がって何してんだ」

四人はこちらを見て、あまりの人数の違いから、慌てて逃げようとした。

こちらは充分作戦を立ててあり、一人ひとり役割りがしっかり決まっていた。

三人で一人を狙う事を。

私達は誰一人逃がすことなく、あっけなく四人を取り押さえて、そのまま人気の無い場所に連れて行った。

当然、奴ら四人が持っていた、ドスや凶器は取り上げた。

四人に対し、ヤキを入れたあと、私はこいつらに質問した。

「お前ら何人で来た?」

「……」

四人は答えない。

四人に対し蹴りを入れた。

「お前ら何人で来た? 答えろ」

「……二十だ」

「ほーう、やっぱりそうか。お前ら、栄五郎一家の縄張りで暴れてタダで済むと思うなよ」

四人は硬直した。

「お前ら、栄五郎一家に、生涯絶対逆らわないと誓えば放免にしてやるよ」

四人は下を向いていた。

「誓えないなら、この場で殺す」

変わらず下を向いて震えていた……

銀次郎の子分の一人が「兄貴が聞いてんだ、答えろ! ぶっ殺すぞ」

「逆らわないと誓えば、本当に放免にしてもらえるのかい」

「約束してやる」

四人の内一人が「ち、誓います」

続けて三人が「あっしも誓います」

全員が誓う意思を伝えてきた。

「そうか、誓ってくれるか。それじゃ、誓いの印を着けさせてもらうわ」

私がそう言ったタイミングで、子分の五助がドスを抜いた。

「お前、左手だせ」

三人でそいつの身体を押え

「ちぃ――と痛いが我慢せいや」

「うわぁ」

そう言って左手の小指を切り落とした。

切り落とした小指は酒の入った陶器に入れ、小指を落とされたやからには布を与えた。

「これで括っていけ」

あとの三人も一人ずつ押さえ、小指を切り落とした。

四人を放免にし、警備に戻った。

他の班も同様に、店で暴れていた四人組を捕まえ、全員の小指を切り落としていた。

合計で十二人の小指を切り落とし、郡司の組織を切り崩し、弱体化させることに成功していた。

一人の死者も出すことなく。

江戸に残る郡司一家は、残り八人となった。

八人を取り押さえることが出来ないまま、朝を迎えた。

寅五郎親分の屋敷に走らせた早馬は、翌朝に着き、親分に伝える事が出来た。

「わしらも同じやり方でいくと、栄五郎親分に伝えてくれ」

寅五郎親分はそう伝言し、早馬を栄五郎の屋敷に戻した。

それからというもの、武蔵での寅五郎一家の働きは素晴らしいものだった。

郡司一家をほぼ壊滅に近い状態にしていた。

残るは、郡司一家の屋敷に未だに籠る、龍介の小団体のみになっていた。

江戸では、残る八人の炙りだしに苦戦していた。






3.決着


まだ、郡司と若頭の麟太郎が潜伏していて、見つからないままだ。

当然、郡司は劣勢を感じながら身を隠していた。

麟太郎の組以外の子分らが、時間になっても待ち合わせ場所に現れない。

『もしかしたら三つの組は殺られたか』

郡司は子分の一人に「また商人に変装して若林屋に入れ。

そして若林屋に早馬を借りて武蔵に行き、龍介から三十人の応援を送るように伝えろ」

そう言って子分を一人送り出した。

一方、栄五郎の屋敷内では……

私と四人の幹部が打ち合わせをおこなっていた。

銀次郎「町人と組員から、未だ一人の死者も出していないことに安堵している。できれば郡司一家も、郡司と若頭の麟太郎以外は殺さずに、この事態を乗り切れたらと思うが……しかし、郡司と若頭は絶対に殺せ」

その時、栄五郎親分が私達が居る部屋に現れた。

「おう、ようやってくれとるな。本当にご苦労なことじゃ、ありがとう。必ず町人を守ってくれ、頼んだぞ」

何故だか栄五郎の目には涙が浮かんでいた。

私は栄五郎親分の涙を見て、私を救ってくれた我が父、栄五郎のため、一家を信頼し期待てくれている町人のため、私は命を掛けようと思った。

郡司が送った早馬は、翌日の夕方、武蔵に着いた……

しかし郡司の屋敷には、ナンバースリーの龍介と子分が三人しか残っていなかった。

郡司一家の本拠地は瀕死の状態であった。

早馬で出た子分は、その状況を理解し、郡司の居る江戸に急いで戻った。

郡司は、町の警備を何とか逃れながら若林屋に戻っていた。

若林屋には小指を落とされていない六人の子分が戻ってきた。

翌日の朝、早馬が戻り、戻った子分は郡司にこう伝えた。

「武蔵に寅五郎一家が攻め込んでおり、屋敷には龍介と子分三人だけが残る、まさに瀕死の状態でありました」

「なに? 寅五郎だと? 何故ゆえに……栄五郎、謀ったな」

郡司は自分を含め八人になったこの状況では勝ち目がないと判断し、江戸からの逃亡を考えていた。

この頃、栄五郎は大きな決断をしていた。

「若林屋に押し入るぞ。絶対に郡司を生きて返すな」

栄五郎は六十人で攻め込むよう指示を出し、即実行された。

栄五郎一家の陣は、若林屋を取り囲むように配置された。

正面からは、私を中心とした二十人で攻めに入った。

郡司らは驚き、裏から逃亡を謀ろうとするが失敗。

その後は、侠客らしくドスを抜き、最後の抵抗を見せてきた。

私は太刀を抜き、ドスを握っている郡司の右手目掛けて太刀を振った。

郡司の手からは血が吹き出し、郡司の手からドスが落ちた。

私達は一気に畳み掛け、八人全員を捕らえた。

そして八人を栄五郎の屋敷に連行した。

建物を出ると若林屋の店主がこちらを睨んでいた。

銀次郎「おう茶太郎、騒がせたな。しかし、お前もおめでたい奴だな。自分の息子、彦三郎を殺した奴らなんかを、今までよくかくまっていたもんだよな。ご苦労さん」

私はそう言い放ってやった。

「なに! 郡司一家が彦三郎を殺した?」

郡司は振り返り一言……

「そうだ」

茶太郎はその場でしゃがみこんだ。

私達は若林屋を出て、栄五郎の屋敷に向かった。

到着後は屋敷の裏庭に連れていき縛り上げた。

栄五郎が屋敷の奥から現れ一言「ご苦労であった」

そう言って笑顔を見せた後、今まで見せたことのない形相で郡司を睨み付けた。

「お前が郡司か? 生かしては帰さん。俺を誰だと思ってる? 栄五郎一家をなめるなよ」

栄五郎の迫力に私達も震えた。

「おう、全員で子奴らにヤキ入れろ」

全員で殴り、蹴飛ばし、散々痛めつけた……

しかし、郡司と麟太郎の顔を痛めるのは程々にした。

最後に二人の顔が認識出来るようにだ。

銀次郎「おう、偉玉の二人以外に聞く、お前らは生きて帰りたいか?」

「うるせえ、殺せ」

「死にたくなければ、お前らは放免にしてやる、どうだ?」

「……」

「どうせその偉そうなその二人は死ぬのだから、そいつに気を使う必要はねえぞ」

「……」

「……生きて帰りたいです……お願いします」

「分かった。二人以外は縄を解け。印付をけて置け」

二人以外の縄を解いた。

「縄解いたの奴らの身体押さえろ」

そう言って銀次郎がドスを抜いた。

私は六人の左手小指を落した。

「おめえら放免だ。何処にでも行け。今後、栄五郎一家に逆うことがあれば、即殺す。いいな!」

六人は小指を押えながら歩き、放免となった。

栄五郎が郡司に語りかけた「よう郡司、悔しいか?」

郡司は唾を吐いた。

「おう、それでこそ侠客よ。銀次郎、二人を殺せ。もう認識の必要ないからな」

殺しは一番酷いやり方、殴り殺しの指示だった。

全員で殴り捲った。

やがて二人は息もしなくなったが、最後は心臓にドスを突き刺した……念のためにだ。

二人の遺体は、人が入らない様な山中に放り捨てた。

一方、寅五郎一家もナンバースリーの龍介を殺し、武蔵を完全に制圧していた。

郡司一家は完全に滅びた。

栄五郎は若林屋の主人である茶太郎を呼び出し、謝罪と慰謝料の請求をした。

茶太郎は役人を一名連れやって来た。

「おい若林屋の茶太郎、お前はこの江戸の町に、どれだけの迷惑を掛けたかわかっているか?」

「承知しております」

「ほお、わかっておるのか、それは話が早いわ。慰謝料を出せ」

「ここに、百両用意して来ました」

「百両? はぁ? 足りん、全然足りん。お主は何か勘違いしておるのかの?」

「親分はどれだけと……」

「五百両だ」

「ご、五百両でございますか?」

「そうだ、お前は耳が良いの、茶太郎。出さぬなら店を没収する」

「わかりました、すぐに用意いたします」

「そうか、では今直ぐに持ってこい」

茶太郎は急いで若林屋に戻り、金を用意して栄五郎の屋敷に戻ってきた。

栄五郎は持ってきた五百両を受けとると内百両は、茶太郎と一緒に来た役人に渡した。

「これでお収め下され」

「あい分かった」

そう言って役人は茶太郎と一緒に栄五郎の屋敷を後にした。

この郡司一家の事件は、寅五郎一家の協力もあり無事解決した。

寅五郎一家も武蔵という新たな縄張りを手に入れた。

ただ……栄五郎一家は、腕を失った者、足を失った者が出た。

悲しいことだ……

そして若林屋のように息子を殺された上、更に息子を殺した連中からも利用もされ、散々な思いをした者も居た。

江戸には再び平和が訪れたが、今回のこの事件は、考えさせられる事が多い出来事だった。






4.橋本屋の若旦那


あの郡司との事件から二ヶ月が経った頃、新たに不思議な事が頻繁に起こるようになってきていた。

ある日突然、自身の全財産を失ったことから、自殺に追い込まれるという事件が相次いだ。

儲け話に乗っ掛り、金をドンドン注ぎ込み、投資主は財産の全てを失い、最後は自ら死の選択をしたようだ。

この事件には強く、橋本屋が絡んでいると言う。

そう、私が殺される原因となった、あの橋本屋だ。

私はここからが勝負だと襟を正した。

橋本屋は栄五郎一家にみかじめ料を払っていない店だ。

米と塩の卸売を中心に、金貸しもおこなっているため、各地方との黒い繋がりもあり、そのため用心棒を三人も抱えている。

だから容易に手出しができる相手ではないが、ただ、苦しむ民衆を見て見ぬふりをする訳にもいかなかった。

この時、栄五郎親分は決断を迫られていた。

親分は、若頭の久兵衛と私を呼び出し、橋本屋の対応にあたるよう指示した。

私と久兵衛は、子分を二十人ほど使い、橋本屋の身辺を調べた。

そして江戸で多発している自殺が、地方にも飛び火していっていることにも注目した。

なんとか、民衆の自殺を食い止めなければとの想い、その対応にあたった。

地方での自殺者急増にも橋本屋の名前は上がり、やはりこの事件には橋本屋が深く関わっているようだ。

橋本屋の中でも、特に頻繁に出てくる名前がある。

橋本屋の若旦那、松太郎だ。

松太郎は口が達者で、儲け話だと言っては金を集めていた。

この儲け話で、実際に儲けた者も居たことから、松太郎が持ち掛ける話しが全て嘘と言う訳でもないようだ。

儲け話の内容は、現代で言う先物取引と株の購入といったとこだ。

ただ、松太郎が持ってくる話の大半は、嘘っぱちの詐欺話し。

手口は、仕事である米・塩の取引きで出掛けた帰り道に寄り道をして、居酒屋等で出会った客に対して投資話しを持ち掛けるといったやり方。

ここ一ヶ月で自殺した人数は、江戸だけで八人もいた。

死んだ八人とも一文無しで、おまけに家まで取られていた。

追込みの最後は、用心棒を連れて訪問し、借り主を脅している可能性もあった。

私は久兵衛と作戦を練り、先ずは松太郎を四六時中張り込むことにした。

翌朝、栄五郎の屋敷に役人の伸次郎がやって来た。

「栄五郎親分、もう噂は聞いていると思いますが、橋本屋の若旦那、松太郎のことはご存知ですか?」

「うちも、あれこれ調べておるところだ」

「やはりそうでしたか。奴は根こそぎ財産を奪い、最後は人の命まで奪っています。死人は自殺ということになっていますが、本当は奴が殺しているのではないかと考えています」

「どういう事だ?」

「殺す一歩手前まで追込み、自殺に見せかけて殺している。これは口封じが狙いだろうと思っております。しかし役所としては、橋本屋の松太郎をしょっぴいても、今は無駄だろうと考えております。親分、頼みがあります。松太郎を殺してはもらえぬか?」

栄五郎は……「やはりそうか……久兵衛、銀次郎居るか」

「はい」

二人は栄五郎に呼ばれ、伸次郎から聞いたことが伝えられた。

その後の指示は……「松太郎を殺せ。今回は役所からの依頼じゃ。抜かりなくな」

「承知しました」

二人は別間で話し合い、松太郎を始末する方法を考えた。

子分達は、松太郎のことを、片時も離さず張り付いた。

久兵衛「奴が詐欺話しを持ち掛ける場所は必ず居酒屋だ。居酒屋には一人で行っているので、拉致するには最適、最良ではないかと思っている。私と子分でやってみようと思うがどうか?」

銀次郎「私も一緒に行きましょうか?」

「大丈夫だ。たかが米屋の若旦那だぞ」

久兵衛から出る、あまりの自信に私は、それから身を引いた。

「若頭、お気を付けて」

「おう、銀次郎もな」

久兵衛は今晩から、子分を五人連れ、松太郎がよく利用している、三軒の居酒屋を中心に見回った。





5.罠

三日目の夜、松太郎が夜烏(よがらす)という居酒屋に一人で顔を出した。

久兵衛は子分を二人連れ、三人で店に入り、飲食をしながら監視した。

あとの子分三人は、外の見回りをしながら待機した。

久兵衛は、松太郎の座っている席からは見えにくい席を選び、なにくわぬ顔で食事をしていた。

いっぽう松太郎は一人静かに飲み食いをしていた。

今のところ、特に変わった様子はない。

松太郎が座る隣りの席では、大工と思われる二人の男が酒を飲んでいた。

「最近は仕事が減って、身入りが少なくなったな」

「本当だぜ、なんか良い儲け話でもあれば直ぐにでも飛び付くわい」

松太郎としては格好の餌だった。

すかさず松太郎は「へえ、そんなに仕事が減ったのかい。だったら、ちょっと儲け話にのってみねえか?」

二人の男は興味を示した。

「おう、その話し教えてくれや」

「まあまあ、そう焦るなよ、今日ここで顔会わせたのも何かの縁だ。お祝いと言うことで、少し飲まねえか」

三人はそれから酒を酌み交わし盛り上がった。

大工の一人が「おい、そろそろ儲け話とやらを教えてはくれねえか」

「いけね、おうそうだった、その話しを忘れてた」

それから松太郎は二人に話しはじめた。

話しはじめた内容は、投資話。

知り合いの造船業者が、幕府から大量の船の注文を受けたということを内々に教えてくれたと言う。

かなりの儲け話だ。

しかし、この話しには問題がある……

造る船の数があまりにも大量な為、用意しなきゃいけない材料やら、人夫やらで、かなりの金が必要になるらしい。

その金さえ揃えることが出来れば、間違いなく儲かる。

今は資金不足から、受注することが出来ていないことから、頭を抱えてるという。

そこで、金集めに奮闘していると松太郎は言う。

投資として金を貸してくれた人には、幕府に船を納品後、高額な配当を支払うと約束している。

貸し付ける期間は三ヶ月。

三ヶ月間、金を貸し付けた後の配当は、貸した金の倍を支払うというものだ。

造船屋は、千両を限定に金を受付けている。

松太郎はそれに、三百両出しているらしい。

話を聞いていた二人の大工は目の色を変えて「そいじゃ、一両出したら二両になって返ってくると言うことかい。そんなおいしい話しあるかい」

「ある、三ヶ月で一両が二両になるんだ」

「俺は、家に貯めてある十両出す。どうしたらいい」

「おめえの家は何処だ?明日、家まで取りに行ってやる」

もう一人の大工は

「俺も十両くれい出したいけど、二両が精一杯だな……それでもいいかい?」

「大丈夫だ。さあさあ、住所教えてくれや、明日取りに行くよ」

松太郎は二人の大工から住所を聞きだし店を後にした。

店を出た松太郎の後を追うように、久兵衛達も店を出た。

松太郎は家を目指して歩いてる……

久兵衛は、松太郎の歩く道が暗闇に差し掛かるの待った。

殺る予定で……

暗闇に近づいた頃、久兵衛ら六人が後ろから声を掛けられた。

振り返ると役人だった。

役人は四人の浪人を連れていた。

「お前ら、こんな夜中に集団で何をしておる」

「私共は夜回りをしております」

「夜回り? 妙だの……ちょっとこっちへ来い」

久兵衛は、厄介な者に絡まれた……運が悪いと思ったが、それは大違いであった。

なぜか松太郎がこちらに向きを変え戻って来た。

「おう、こやつらに付けられておったか? 用心しておいて良かったわ。宗右衛門あとは頼んだぞ」

役人は宗右衛門という者であった。

「わかっております、若旦那」

松太郎は、自分から少し離れた場所に用心棒を置いていたのだ。

それも役人を……役人は賄賂で買収されているようで、松太郎の用心棒の一人であった。

役人「わしは橋本屋の若旦那から警護頼まれててのう。お前ら全員、番屋に連れていく、来い」

この時点では役人に逆らうことは出来ない、おまけに四人の浪人を連れていたこともあり、役人の言う通りに従った。

『まあ長い時間にはならないだろう』久兵衛はそのように考えていた。

全員、手首を縛られ、腰の後で繋がれている状態で連行された。

しかし番屋までの連行にしては、やけに暗い道を選択しながら進んでいると感じていた。

道中、一番後ろを歩いていた子分が突然……

「うわー」と大声を上げた。

久兵衛が振り返ると、子分は地面にうつ伏せの状態で倒れていた。

「おいどうした?」

子分は背中から血を流していた。

浪人「こいつ、突然暴れ出したから、やむなく斬りました」

役人「それは仕方ないの。全体責任として、こやつらにも死んでもらうか」

その言葉のあと、また子分の一人が浪人に斬られた。

「お前ら何てことするんだ」

久兵衛が叫んだ。

「こんなことして、栄五郎親分が黙っていねえぞ」

「栄五郎? はあ? 侠客なんぞ知ったこっちゃねえ。笑わせるな、こっちは御上だぞ、わかってんのか?」

「うおー、てめえら許さねえ」

久兵衛が暴れた。

しかし、手と腰を縄で縛られているため攻撃は出来ない……

子分が次々と斬られていく。

そしてついに、久兵衛だけとなった。

「早く殺せ。お前ら、明日以降は怯えて暮らせ」

「はぁ? クソ侠客が」

役人が斬りつけたあと、浪人四人が久兵衛の身体を刺した……ほぼ即死だった。

役人達は、手首と腰を縛っていた縄を解き、その場を立ち去った。





6.対決

翌朝、六人は通りがかった魚屋に発見された。

役人が集まり、現場を調べた。

その中には、伸次郎と宗右衛門が居た。

「酷いことしやがる」

伸次郎が言葉した……

それに対して宗右衛門は

「ここに死んでいるのはたかが侠客、事件にもなりませぬな」

役職的には伸次郎が上であったこともあり、伸次郎は大声で叫んだ。

「これは事件だ。惨い……惨すぎる。絶対に下手人を上げる」

そう言ってその場を後にした。

伸次郎は栄五郎の屋敷を訪れ、栄五郎に土下座した。

侠客の親玉、栄五郎の目からは大粒の涙が流れ落ちていた……

「久兵衛、すまぬ……松太郎は絶対に始末するから許せ」

栄五郎は、私を呼び出した。

「久兵衛が殺された。橋本屋の若旦那、松太郎の手下の仕業だろう。松太郎を殺せ」

栄五郎は鬼の様な形相で私に話した。

私は怯えた……初めて見た栄五郎の顔に。

「銀次郎、頼んだぞ」

私は八人の子分を付けてもらい、松太郎狩りを始めた。

私は、その時点で松太郎の顔をハッキリと認識してはいなかった。

それと、夜はかなりの危険が伴う為、松太郎を警護する者が、どれほどなのかを判断するまでは、昼間のみの調査とすることにした。

その間、私は松太郎をチラッと見る機会があった。

『あれが松太郎か……どこかで見たことがあるな』

わからないが、松太郎に妙な懐かしさを感じるところがあった。

一週間かけ調べた結果、松太郎には常に五人以上の警護が付いているようで、容易に手出しすることが出来ないことが分かってきた。

『久兵衛は、あやつらに殺されたのだろう』

夜、栄五郎の屋敷に八人の子分を集め、酒を酌み交わしながら作戦を立てた。

「お前ら、今回は気合いを入れていかないと、命が無いぞ。俺はこの中から、一人の死者も出したくない。だからよく聞いてくれ。この八人を二班に分けて、先ずは松太郎にくっ付いている虫、用心棒を炙り出し、叩きのめして最後に奴を殺す。今回は間違いなく皆殺しだ」

「へい」

「明日の晩、決行する」

松太郎は明日の夜、居酒屋で人と会う約束をしているとの情報を掴んでいた。

また詐欺の投資話だ。

狙うのは、居酒屋から家までの帰り道。

それから銀次郎は念入りに打ち合わせをおこなった。

翌日の夕方、松太郎が待ち合わせにしている居酒屋に向かった。

二班に分け配置をおこない、三人は店の近くで待機、私を含めた六人は少し離れた場所から居酒屋周辺の様子を確認していた。

三人は通常通りドスを携帯したが、周りの六人は全員、太刀を携行させた。

予定通りの時間に、居酒屋に松太郎は顔を出した。

近くで待機していた三人は居酒屋の中へと入り、松太郎の近くの席を陣取り、その様子を見ていた。

店の周りでは、役人が一人ウロウロ歩き廻っていた。

それと浪人数名が、店から少し離れた道のわきで座り込み、壺に入った酒を飲んでいた。

松太郎は、待ち合わせしていた客と二時間くらい話をして店を出た。

その様子はかなり上機嫌だ、自身の詐欺話が上手くいったのだろう。

江戸からこれ以上の被害を出さない為にも、松太郎は始末しなければならない存在であった。

店に入っていた子分三人は、店を出て松太郎のあとを追った……

店の周りで壺酒を飲んでいた浪人達も腰を上げ歩き出した。

周りに居た我々六人は、更に二手に分かれ、三人三人になり、その三人団体はお互いに距離を置いて歩きだした。

松太郎が暗い道に差し掛かったころで……

役人が何処からともなく現れた。

その役人の下に浪人が集まり、松太郎の近くを歩いていた銀次郎の子分三人に声を掛けてきた。

「お主ら三人は、こんな夜中に何をしておるのだ」

「居酒屋からの飲みの帰りで、ただ家路に向い歩いているだけでございます」

「妙だの、この辺で人殺しがあったばかりだ。参考までに番屋に来い」

「先を急いでおりますので、ごめん」

その場を去ろうとした時、役人が「ふざけるな」

大声を上げた。

そのあと、その場に居た浪人四人が三人に近づいて来た。

松太郎は立ち止まり、こちらを見ている。

後から分れて追っていた私ら六人は、役人と浪人を左右から挟んだ。

役人と浪人は合わせて五人、私らは九人。

私共は、数も配置でも優勢であった。

役人「お主ら何者だ?」

銀次郎「栄五郎一家の者だ」

役人「人別帳にも名前の無い、札付きどもか……」

浪人「じゃあ殺しても問題無いと言うことですね」

役人「そういうことだ」

浪人らは刀を抜いた。

銀次郎ら六人は太刀を抜き、前に居た三人はドスを抜いた。

栄五郎一家は役人と浪人を目掛け、左右と前から一気に襲いかかった。

浪人は剣術があり、中々身体まで太刀が届かず、私達は苦労した……

攻防の中、私の太刀が浪人の腕を捉えた。

すかさず、脇腹に太刀を入れ、上に向い一気に太刀を振り上げた。

そして浪人は倒れ込んだ……

相手も体力が消耗してきたのか、あとの浪人達も次々と斬られ、倒れていった。

その光景を見て松太郎は逃げ出しはじめた。

役人も逃げようとしていたが、追いかけ捕まえた。

銀次郎「おい役人、俺達は人別帳にも名前が無い札付きだ。だから、お前を殺しても問題は無いだろう」

役人は必死に命乞いしてきた。

「お願いだ……助けてくれ……さっき、あなた達のこと悪く言ったことは謝る、悪かった……だから殺さないでくれ」

銀次郎「今日は皆殺しだ」

役人を子分達が四方から突き刺した。

役人はその場に倒れ、死亡した……

「おい、松太郎を追うぞ」

全員で松太郎を追った。

しかし松太郎は中々見つからない。

途中で三つ手に分れて探したが、それでも見つからない。

『もうすでに家に着いているのか……そんなことは無いはず。もしかしたら松太郎は、あまりの恐怖から動けなくなって、何処かで身を潜めているのではないか』

銀次郎「おい、松太郎が潜んでいそうな所、暗闇という暗闇まで、隅々探せ」

路地の隅、家と家の隙間、立て掛けてある物の裏、あらゆる場所を探した。

私ら三人は川の周辺を探した。

歩いていると微かに聴こえてくる人の息づかい、それに気付いた。

「おい、誰か居るのか?」

「うわー、助けて下さい、助けて下さい……」

松太郎が居た。

草陰にかくれ、地面に伏せて震えていた。

「おい、松太郎立て」

松太郎は身体を大きく震わせ、とても立てる様な様子ではなかった。

「松太郎、顔を見せろ。顔を見せろ!」

顔をこちらに向けた。

松太郎の顔を見たその瞬間……記憶が甦ってきた。

「あんたは……」





7.回想

十五年前の話し

私が十六歳の時はとてもやんちゃで、毎日喧嘩をして暴れ、人から金や物を奪っていた。

奪った物は、全て売って金にしていた。

ある日、綺麗な飾りが施してある箱を持っていた男二人が居たので、私は言い掛かりを付けて殴りかかった。

二人はあっという間に動けなくなり、私は、箱と財布を奪いその場を去った。

二キロばかり離れた人気のない場所で、財布と箱の中身を確認した。

二人の財布には合わせて七両もの金が入っていた。

持っていた箱は、箱そのものが高価な装いで、箱の中には、綺麗な細工がされている短刀が入っていた。

『おっ、これは高く売れそうだ』

その日は大金が入ったこともあり、宿に泊まり、明日売りに行くことにした。

奪った場所の近くで売ることは危険だと考え、五キロほど離れた質屋で売ることにした。

質屋に持っていくと「ほう、これはなかなか高価な物ではないですか。少し見させてもらいますので、さあ、中でおくつろぎ下さいませ」と言って中に通された。

一時間くらい経った頃……

「お待たせしました。さあ、こちらにどうぞ」

更に奥の部屋へと案内された。

襖が開くと五人の男が座っていた。

銀次郎「これはどういう事だ?」

店主「あなたは、この箱をどこで手に入れたのですか? 私は元々の、この箱の持ち主をここに呼んだだけですが、なにか?」

私は唖然とした……

店主は、質ぐさとして持ってきたこの短刀を買い取るのではなく、この短刀の持ち主を呼んだとは、どういうことだ……

私は若かった……私の考えはあまりにも浅はかであった。

私が盗んだ物は、とても高価な品であり、元の持ち主が包囲網をかけていて、私は質屋に通報されてしまった。

中に居た五人は私の着物を掴み、外へと引きずり出して連れていかれた。

人気の無い空き地で、私は五人から暴力を受け、そのまま意識が無くなった。

身体も服もボロボロ、おまけにその日降っていた強い雨に打たれ、まるで死にかけのノラ猫のようだった。

金も全て奪われ、ここで死を待つだけのような状態でした。

そこに偶然通り掛かったのが、松太郎だった。

松太郎は、自分がさしている傘の中に私を入れ、雨に当たらぬようにしてくれた。

「どうされた?」

そして優しく声を掛けてきた。

「暴力を受け、動けないのです」

「私が肩を貸しましょう。そうすれば歩けますか? 今日は私と宿に泊まるがいい。さあ行きましょう」

この時に出会った松太郎は優しく、思いやりある男でした。

松太郎は傘を閉じ、歩く事さえ儘ならない私の肩を抱き、ゆっくりと歩き、宿まで連れていってくれました。

宿では、汚い私を見て宿泊を許否していましたが、そんな私を泊めてもらえるように、松太郎は懸命に頼み込み、そして一緒に泊まることが出来た。

それだけではなく、松太郎は医者まで呼んでくれた。

初めて出会った他人である私の事、を献身に尽くしてくれました。

松太郎とはその宿で三泊、一緒に居てくれました。

宿代、食事代、治療費の全てを松太郎が負担していました。

そして三日間の治療で体調も良くなりましたが、まだ外に出れる状態では無かった。

松太郎「私は仕事があるので、これで失礼するが、あと三日分の宿代は払ってあるので、ゆっくり治したらよい」

私は嬉しくて涙が出た。

五歳の時を最後に、どんなに辛いことが有っても、涙など流したことが無かったのに……しかし、この日は涙が止まらなかった。

松太郎から受けた優しさがとても嬉しくて、嬉しくて……

いつかこの人に恩返しすると心に決めた。

そして今日再開した。

最悪の形で……





8.最後の選択

あんなに優しかった松太郎との再開は、私が恩返し出来る場面でもあった。

私は、命の恩人である松太郎の命など奪うことが出来なかった。

あれ以来、まだ涙は流していなかったが、私の目からは涙が溢れてきた……

「何故だ、何故あんなに優しかった貴方が、どうして人様の命を奪う結果になったのだ? 私にはわからぬが、改正してくれ。松太郎、行け。あの時はありがとう。貴方に恩返しが出来て良かった」

そう言って松太郎を逃がした。

子分達は唖然とした……

「兄貴、こんなことして大丈夫ですか?」

「親分には俺から正確に話す。お前達に迷惑は掛けないから心配するな。全員集めろ、帰るぞ」

松太郎以外、全員殺し、子分達と屋敷に戻った。

私が率いた団体からは、一人の死者も重傷者も出すことなく戻れたことは良かった。

ただ、私は親分の命令に背き、松太郎を自らの手で放免とした裏切り行為、それは死を意味するものであるということは、十分に理解していた。

結局私は、前世が選択した行動と同じ行動をとり、結果も変えることができなかった。

何も変えることができず、前世に対して手伝うこともできなかった。

今から変えることができるとしたら……

裏切りの上塗りをして、自ら組を立ち上げ、栄五郎一家と抗争状態になる、そんなことしかないだろう。

そんなことは到底無理、無駄な話しであることぐらいは直ぐに判った。

私は屋敷で朝を待った、栄五郎にありのままを報告するために。

朝を向かえ、身体に変な電気が流れた。

そして汗が止まらない……極度の緊張が身体に異変を起こしていた。

栄五郎が起床し、しばらくして話ができる準備が整った。

「銀次郎、良いぞ」

「失礼いたします」

栄五郎が鎮座する部屋に入った。

栄五郎はまだ昨日のことは知らない。

「ご報告致します。昨日の夜、松太郎成敗の作戦を決行致しました。松太郎は用心棒として、四人の浪人と、町奉行の役人一人を用意しておりましたが、用心棒全員を殺しました。最後、逃げた松太郎を探し発見しましたが、私の判断で放免にしました。私は親分の言いつけに背き、松太郎を生かして帰しました。誠に申し訳ございません」

「何故じゃ? 何故殺さなかった」

「私の甘さからです」

「甘さ? なにゆえ甘さが出た?」

「私は十五年前、松太郎に命を救って貰いました。その恩からでこざいます」

「銀次郎、お前は甘いの。親に背いてまで助けたい者がおったか。覚悟は出来ているのか?」

「はい」

「今日は、寅五郎一家から、一人の男がくる。そいつは、うちの幹部として預かることになっている。豊丸という。それと交換に、我二郎が寅五郎一家の幹部として行った。これからも寅五郎とは親密にやっていくつもりだ。侠客として、お前のやらかした事は、組織としては絶対に許せない行為だ。これを許したら、寅五郎一家にも示しがつかん。銀次郎、顔洗って独房で待っていろ」

「承知いたしました」

私とのやり取りの中で、栄五郎の顔は鬼では無く、終止哀しみの藍顔だった。

手塩に掛けた息子の裏切りは、いつになっても映らない、映画館のスクリーンを観てるかのような気持ちだったのかもしれない。

私の前世である銀次郎と私は、何にも変わらないのかもしれない。

それから一時間ぐらいして、栄五郎の屋敷に豊丸が入った。

豊丸の最初の仕事が、銀次郎の処分となった。

私を刺した人物だけが知ることがなく、今まで、私の前に現れなかったことの謎が解けた。

豊丸は屋敷入りしたあと、栄五郎と打ち合わせをして、私の居る独房に現れた。

『こいつだ! 私の額にドスを突き刺した男は』

豊丸は独房の扉の鍵を開け中に入り、私が座る直ぐ傍まで来た。

「銀次郎さん、私は貴方に会えるのを楽しみにしてきました。一緒に、栄五郎一家を盛り上げていきたいと思っていた。貴方が寅五郎一家を訪れた時、なんとも、格好良い方なのだろうと憧れておりました。親父の寅五郎親分も『栄五郎んとこの、銀次郎という奴は、発想がとても豊かで行動力もある頼もしい奴だ、栄五郎が羨ましわ』とよく言っていた。そんな貴方から、いろいろ教えて頂きたかった。何故ですか? 何故こんなことになったのですか?」

「これは私の責任です。詳細は冥土まで持っていきます」

「そうですか……栄五郎親分は、私との話しの間、目に泪を浮かべてました。そして私に『銀次郎の処分を頼む。一瞬で終わらせてやって欲しい。痛みがないように。最後ぐらい苦しまずに逝かせてやりたい』

その言葉の後、親分の目からは涙が止めどなく落ちていた。銀次郎さんをとても可愛がっていたのでしょう。私も辛いです」

侠客の世界で、親分は親である。

私は親を裏切った。

その親は、私にとてつもない、大きな愛を与えていてくれたことが嬉しかった。

「さあ、行きましょうか」

豊丸が私に声を掛けた。

玄関で弥太郎と源右衛門が合流し、山に向い歩き出した。

景色は夢で見たものと同じ、四人に流れる重い空気も、嫌だが、同じであった。

ある場所に着くと、両腕を弥太郎と源右衛門に抱えられ、ひざま付かされ、豊丸がドスを抜いた。

そして豊丸は、私の額めがけてドスを突き刺した……

私は、苦しむことなく逝った……

栄五郎の優しさであった。

プッン、と突然切れたテレビのように画面が真っ暗になり、前世の旅は終わった。





9.現世

そのあとで、また私の前に光りが灯った。

そして声がした……

「和幸、かずゆき」

あっ、そこは病院のベッドの上だった。

呼んでいたのは母親だ。

そっか、俺は車にひかれたんだ。

じゃあ現世に戻ることができたのか……良かった。

母親「良かった意識が戻って……四日間も昏睡状態だったのよ」

医者「もう大丈夫ですよ」

『身体中がとても痛い』

しかし、これが現世で生きているという証拠だ。

その時、銀次郎の声が聞こえてきた……

「和幸よ、ありがとう」

「いいえ、私は何も手伝いが出来ませんでした。何も変えることが出来ませんでした」

「それも答えじゃ。主の出した判断は、私とまるで同じ答えじゃ。私の判断は正しかったということで安心した。それが判れば良い。これからは自分に与えられた課題を克服していくが良い。それは私が克服できなかった課題じゃ」

「私の課題……銀次郎が出来なかったこと……」

「和幸、とにかく生きろ! しっかり生きるのだぞ」

そう言って銀次郎は去って行った……

課題とは何だ。

親?

銀次郎は実の親と侠客の親、どちらにも背いた。

私も親を大切にはしていない。

これなのかな……

判らないが、これからは親を大切にしよう、当たり前の事なのだが……



おわり


(ゼット)通勤時間作家


その他の作品

・昨日の夢

・哀眼の空

・もったいぶる青春

・私が結婚させます!

・ニオイが判る男

・幽霊が相棒の刑事




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 【下】を読み終えました。 前編・後編合わせても、そんなに長い文書ではないので時間がない人向けな作品ですね。 江戸時代に居た一人の生きざまを主人公と共に共有した感じです。 果たして、前世の旅…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ