6 屋烏に及び、見たいが病
風音静來の姿を再び目にしたとき、彼女はあんなに美しい少女だっただろうかと我が目を疑った。いや、早乙女邸で横目に見たときから、綺麗な人だと思ってはいたのだ。こんな見目麗しい少女までもが戦場に立って戦うのかとおどろいたのを覚えている。しかしロワリアにて再び彼女に相まみえようとしたときには、早乙女邸で見かけたときよりも、騎士団の医務室で会ったときよりも、よりいっそう美しくなったように思えてならなかった。
長く艶やかな黄緑の髪に、凛と吊り上がった知的な青い瞳。色白だが健康さを損なわない血色のいい肌。その端麗な顔立ちは、じっと黙っていれば人形のように優美で、透き通った声で楽しそうに笑う姿に残るあどけなさは花のように可憐だ。彼女の姿を遠目に確認した途端から、セガルは今までの人生の中でも感じたことのないほどの緊張と高揚に襲われた。
一日目、雅日には静來が忙しそうだったので声をかけられなかったとセガルは言ったが、それは半分は本当で半分は嘘だ。たしかに静來は忙しそうだった。遠くから見ただけでは具体的になにをしているのかまではわからなかったが、子どもたちを集め、本を手になにかを教示しているようだった。なので邪魔をしてはいけないと思ったのは本当だ。しかし、いくらなんでも挨拶に赴く程度の隙くらいはある。時間を空けて何度か姿を確認しに行っただけでも、彼女が一人でいる瞬間はいくらでもあった。
正確には、ただセガルが声をかけられなかっただけなのだ。声をかけようと一歩前に出ただけで、心臓が早鐘のように鳴り始め、前に進もうとする足は止まり、全身が熱を帯びて頭が真っ白になり、言葉が出なくなった。最後に医務室で会ったときはこうではなかった。なぜ六歳も年下の少女を相手にこのような感情を抱いているのか、自分で自分が理解できなかった。
理解できないと言えば、今回セガル自身が雅日に同行することを強く望んだことも、よくよく考えてみれば不可解なことだったのだ。静來に詫びたい気持ちはもちろんある。事件解決に尽力してくれたギルドの面々に感謝を述べたい気持ちもある。だが、それならギルドと直接連絡のとれる主君、リラに頼んで伝えてもらえばそれで済んだ。贈り物がしたければ鈴蘭にでも頼んで配送してもらえばいい。だというのに自分で直接ギルドに行きたいと思ったのは――実を言うと、もう一度静來に会って話がしたいという、ただそれだけの感情に突き動かされてのことだった。そこまで思い当たるとセガルはおおいに動揺し、混乱のあまり、ついぞ彼女に声をかけることができなかったのだった。
そして二日目。この日もセガルはギルドにやってきて静來を発見するというところまでは順調に到達できたのだが、前日に同じく激しい緊張と不安に襲われ、遠目に様子をうかがっては隠れ、声をかける決心をして一歩前に出ては頓挫してまた隠れ、早まったまま静まらない鼓動に苦しめられながら時間を浪費していた。
彼女を見ていたいが、直視できない。話しかけたいが、近付けない。せっかくここまで来たというのに、今日こそは絶対にと決意を固めて来たというのに、彼女の姿を見た瞬間に弱気になってしまう。急に声をかけて迷惑ではないだろうか。贈り物を用意してみたはいいものの、本当にこれでよかったのだろうか。もし彼女の好みに合わなかったら? たいして親しくもない相手から贈り物など渡されて、不快な気分にさせてしまわないだろうか。
そもそも彼女は自分のことを覚えていてくれているのか? ひょっとして、もうすっかり忘れ去られているのではなかろうか。廊下の隅で、思わず頭を抱えてうずくまってしまう。杭かなにかで心臓を穿ち抜かれたかのように胸が苦しい。
「あれえ? まだ話せてなかったんだ」
頭の上から降ってきたのん気な声にはっと顔を上げる。紫色の大きな瞳がすぐ近くにあった。
「ぎ、ギルド長……」
「礼でいいよ、呼びにくくない? 俺もあんまりそういう呼ばれ方は慣れてないし、ザ仕事って感じで好きじゃないんだよね。礼なら二文字だよ、なんなら一文字を伸ばすだけで済むし」
「馴れ馴れしいやつだな……」
馴れ馴れしすぎてこちらまで騎士としての顔を忘れてしまう。ついつい敬語が外れて、彼への態度も私的なものに戻ってしまっていることに気付いたが、もう遅い。少なくともこの來坂礼の前では、今さら丁寧な態度を取り繕ったところで意味などない。ため息が出た。
「そんなに緊張することないじゃん。この前のお詫びとお礼ですって言ってそれ渡して、ちょっと世間話でもする程度のことなんだろ? 依頼人とか任務先で出会った人があとから挨拶に来てくれるのは、別に特別珍しいことでも変なことでもないんだからさ」
「それは……そうかもしれないけど」
「堅くなりすぎだよセガルは。もっと気楽に構えて堂々と会いに行けばいいんだって」
「ぼ、僕が堅いんじゃなくて、お前がゆるすぎるんだよ!」
「俺が呼んでこようか? このままだと今日も声かけられずに終わりそうだぜ。明日の晩には発つんだろ?」
「い、いや、いいって! そんな……」
「おーい静來!」
「うわーっ! おいバカお前っ!」
思わず礼に掴みかかって手で口をふさごうとするが、もう遅い。礼の声に振り返り、セガルと礼の姿を見た彼女は、長い髪を揺らしながらこちらに歩いてくる。
「礼、なにか用ですか?」
「用があるのは俺じゃなくてこっち」
言いながら、礼はセガルの両肩をうしろから掴んで、ぐい、と前に押し出した。振り向いて文句を言おうとしたセガルだが、静來の前であることを思い出して堪え、その場に敬礼する。先ほどまでは離れて見ているだけだった風音静來が目の前に立っている。確実に、リラで見たときよりも美しくなっている。セガル自身の気持ちの問題なのか、はたまた本当に彼女が以前より美しくなっているのか。
「あなたは……」
「っり、リラ国正規近衛部隊、モナルク騎士団のセガルです。お、覚えておいででしょうか」
「もちろん。お久しぶりです。怪我はもうすっかり良くなったみたいですね」
「は、はい、その節はどうも……」
「それにしても、リラ国の騎士とこんなところで会うだなんて。ロワリアには仕事で来られたんですか?」
「雅日さんが琴琶に魔術を習いに来たんだよ」
「ああ。騎士団で働くことになったらしいとはロアから聞いていましたけど、そうですか。琴琶の教え方は感覚的ですから大変でしょうね。今回はその付き添いですか?」
「はい、名目上は護衛として……」
「……一緒にいなくていいんですか? それ」
「あ、あのはい、ご心配なく。東雲さん専属の護衛騎士は既に決まっていまして、彼女にはその者がついています。僕はその、別の用があってご一緒させていただいただけですから……」
「なるほど。だから名目上は、なんですね。私に会いに来たんですか?」
「はい。……はっ! あっいえその、えっ?」
「そうだよー」
「礼! 勝手に返事をするな!」
「あの事件のことでしたら、私よりも探偵のほうが正確に把握していると……ああ、今日いないんでしたっけ、あの人。たしかに私はギルド員代表として騎士団に挨拶しましたけど、別にリーダーってわけじゃないですから、話せることは多くありませんよ」
「あっ、いえ、事件のことでお話を聞くため……というわけではなく、ですね。その」
礼がまた横からなにか言おうとしたので、肘で小突きながらキッと睨んで黙らせる。
「ぜ、前回の騒動の際に……僕はあの異形との戦いで、あなたに怪我をさせてしまいました」
「ぶつかりはしましたけど、怪我まではしていませんよ。あの状況では仕方のないことですし、私が避けなかっただけですから」
「それでも僕は、あなたに……あのときのお詫びがしたいと思っていたのです。それだけではありません。医務室であなたが僕をかばってくれたから、僕はまだ騎士を続けられています。そのお礼も伝えたくて」
「かばったつもりはありません。私は事実を言っただけです」
「でしたら、僕があなたに救われたのも事実です。あ、の……こ、こちらを、よろしければ受け取ってください。たいしたものではありませんが……」
そう言ってセガルが差し出したのは、後ろ手に隠し持っていた小さなパステルカラーの紙袋だ。中にはキレイにラッピングされた箱が入っている。
「なにがお好きかわからなかったので、お店の方にお聞きして選びましたが……もし風音さんの好みに合わなかったり、ご迷惑でしたら捨てていただいてもかまいませんので……」
静來は手渡されるがまま受け取ってから、首をかしげた。
「これは?」
「はい、あ……すみません、店名まではきちんと覚えていないのですが、その、最近になって三番街に新しくできたカフェがありまして、そのお店で売られているティーバッグです。フレーバーティーが人気らしくて、評判もよかったので……」
「三番街……ああ! 雅日さんが行きたがってたお店ですね。実はあの任務のときに話は聞いてて、一緒に行こうって言ってたんですけど、結局時間がなくて行けずじまいだったんですよ。ありがとうございます、うれしいです」
「よかったじゃん。静來レモンティー好きだったよな?」
中身を見ていないにも関わらず礼が言う。たしかにセガルが選んだのはレモンフレーバーの紅茶だ。店で一番人気との噂で、実際にそのカフェに行ったことがあるという女性騎士からも好評だった。礼がエスパー系の能力者であることは、昨日の晩に雅日から教えてもらったので、この程度ではもうおどろかない。
「フレーバーティーはだいたい好きですけど、どれが一番好きかと言われると、まあそうですね」
「そ、そうだったんですか?」
「つまり静來への贈り物としては大正解。やるねえ、優男」
「このためにわざわざロワリアまで来るなんて、律儀な人ですね」
「こういったことは、やはり面と向かって直接お伝えしたいですから……、……あ、あ、あの!」
「なんでしょう」
セガルは思い切って息を吸い込んだ。顔が熱い。全身に汗がにじんで鼓動の乱れが収まらない。
「も、もし風音さんのご迷惑でなければっ……今度また僕がロワリアに来ることがあれば、そのときも僕とお会いしていただけませんか!」
「はい? はい、私は別にかまいませんけど。その日が非番なら問題ないですよ」
「あ、あ――ありがとうございます!」
「妙に気合いの入った人ですね……」
「そうだ静來、セガルにロワリアを案内してやんなよ。次に来たときも土地勘ないんじゃ困るだろ? 静來がどこにいるかも探せないし。観光できるような場所はとくになんにもないけど」
「れ、礼、お前はなにを……いきなりそんな、風音さんにも悪いし」
「いいですよ。今日はとくに予定もないですから」
「えっ」
「あと私のことは静來でいいです。兄や弟と一緒にいるときに苗字で呼ばれるとややこしいので、名前で呼んでください」
「えっ!?」
「それじゃあ行きましょうか」
「行ってらっしゃい」
「れ、礼は行かないのか?」
「俺はほら、さっきからあそこで郁が怖い顔して俺のこと見てるから……あはは、休憩はこのくらいにして、おとなしく仕事に戻るよ。じゃ、ごゆっくりー」
*
頭痛とめまい。胃が痛くなる一歩手前のような、お腹の奥がなんだかズンと重たい感覚。定期的な休憩を挟んだとはいえ、数時間にわたって新たな知識を湯水のように浴びせられた雅日の頭はパンク寸前だった。
「――で、術式の簡略化にはこういう一定の規則があるから、基本的にはそれに従って簡略化していけば正しく術を成立させられるし、多少は融通の利く改造もできるんだけど、ここで重要なのは強化とか防御とか効果の種類によって簡略化の公式が違ってくる部分と、もうひとつ――」
「は、はい……」
「――だから、この筋力強化の術式の場合だと、本来の術式はこっちでも私はこう簡略化して使ってるんだけどね。たとえばこっちの魔法陣のこの部分、ここを省いちゃうと持続時間が落ちるけど、さっき言ったようにここにこの公式を代入することによって持続時間は短縮されても効果の倍率があがるの。これはこの魔術言語が術式の要であるこの部分に作用してるからで――」
「は、は、はい……」
「――っていうのが私が使う魔術なんだけど……えーと、大丈夫? 理解できてる? ちょっと休憩しよっか?」
「いえ……休憩は先ほどしたばかりですから……」
「じゃあ区切りのいいところまで話したところだし、術式構造の話は一旦おいといて、魔力操作の練習でもしようか。ちょうど試しておきたいものもあるんだよねー」
「試したいもの?」
「うん。私が作った魔法道具とか、魔法薬とか。魔力を保持してるなら空者でも関係なく効果が出ると思うし……ま、そもそもちゃんと効果が出るかすらわからないんだけど。一度も試したことないから」
「一度も試したことがないから……?」
「あー心配しないで。平気平気、身体に害はないから。たぶん」
最後に余計な言葉がぼそりと付け足されたのを雅日は聞き逃さなかった。そのひと言が耳に届いた途端に莫大なほどの不安感が胸に募る。そんな雅日をよそに琴琶は棚や引き出しをガサゴソやり、青色に光る液体の入ったビンと、手のひらに収まる程度の小さな箱を持ってきた。
「これあげるね。弟子入り記念ってことで」
琴琶が雅日の前に置いた小さな箱を、そっと手に取って開けてみる。中には透明な宝石が一粒あしらわれたシルバーの指輪と、青みがかった黒い鉱石が入っていた。
「指輪……?」
「つけてみて。どの指でもいいよ」
言われるがまま右手の中指に指輪をはめてみる。指輪は内径が大きく、雅日の指にはサイズが合わない。大きすぎますね――と言おうとしたとき、ぶかぶかだった指輪がぎゅっと縮み、雅日の指にぴったり収まった。同時に、透明だった宝石がやや赤みのある黄色に変色する。
「わっ……」
「魔法道具のひとつでね、魔力の管理を手伝ってくれるものだよ。魔力操作や循環の手助けもそうだけど、魔術や魔力の暴走を防いだり、周囲の魔力を感知したり、応用すれば他にもいろいろな使い道ができるから、慣れてきたら試してごらん。それと簡単な防衛術式を組み込んでるから、もしも隊正くんが一緒にいないときになにかあっても、少しなら指輪が守ってくれるよ。お守り」
「よろしいのでしょうか。こんな高価そうな指輪……」
「いいの。もともと私がこの日のために作ったものだから」
「……ありがとうございます」
「指輪と一緒に入ってるそっちの石は、魔力を通すと光るんだけどね、ちゃんと魔力の流れを安定させないと光も安定しないし、魔力が弱いと光も弱くなるの。自分の魔力操作の精度を知るための道具ってとこかな。それ以外はあんまり使い道ないかもだけど、魔力操作をどれだけ正確に緻密におこなえるかは、魔術師としての実力にも直結してる部分だから、魔術を練習するうえでは結構重要なんだよ。安定して強い魔力を流し込むと宝石に光を当てたみたいに綺麗に光ってね、目が痛いような眩しい感じっていうより、より煌びやかになるって感じ」
鉱石を手に取って眺めてみる。表面は光沢があってツヤツヤしており、硬くひんやりした質感だ。
「これをいかに安定して美しく光らせることができるかで、自分の魔力操作の精密さを視覚で認識できるのですね。ちなみに琴琶ちゃんが使うと、どのくらいの光になるんですか?」
「あー、何度かやったことあるけど毎回破裂しちゃうんだよね。許容量を超えちゃうみたいで、カッと光ってパーン! って」
「ええ……」
「だって私はほら、天才だから……」
「な、なるほど……?」
当惑している雅日に、琴琶は指輪の箱と一緒に持ってきていたビンを出した。
「じゃあ、はい。これ飲んでみて」
「これは?」
差し出されたビンを受け取りながら、おそるおそる尋ねてみる。
「魔法薬だよ。大丈夫、魔力の活性化に役立つもので、ちゃんとした材料と手順で作ったものだから。心配なのは効果がちゃんと出るか出ないかってだけで、本当の本当に害はないよ」
「魔法薬……」
「魔法薬はその効果も様々だけど、たとえば魔力の弱い人や魔力操作の苦手な人、他にも能力はあるけど効果や発動自体がなかなか安定しないって人が飲めば助けになったり、疲労回復や魔力の補給になるものだったり、まあ基本的には栄養補助のサプリメントとかエナジードリンクとかと同じ感じ。でもたまにドーピングまがいのやつとか、危険で違法になってる薬だったり、まだ違法じゃないだけのヤバい薬もあってね。誰かから買ったりもらったりする場合は慎重に、信頼できる相手からもらった魔法薬以外は飲まないほうがいいよ」
「そうなんですね……ちなみに、これにはどういった効果が?」
質問しながらビンのフタを開け、そっと口に含んでみる。甘いような、少し酸っぱいような、なんとなく舌の先がピリリとしびれるような感覚。さっぱりしていて飲みやすい。サラサラしたのど越しに、ハーブのようなさわやかな香りが鼻に抜けていく。味については、まずくはないが、おいしいかと言われるとよくわからない、明確な味というものが特にないというのが本音だ。
「えーと、さあ……なんだっけ」
想定外の答えに動揺のあまり咳き込んだ。隣で隊正が笑い声をあげる。ビンは手のひらに収まるくらいでそれほど大きくなく、中身はもう半分ほど飲んでしまったあとだ。安全なものしかないとわかっているからこそだということは理解できるが、管理がずさんすぎる。
「製法とか材料のちょっとした分量の違いとか、温度や湿度でも色が変わったりするから、何色はどれってわかんないんだよね。日ごとに変色するやつもあるし。勇來とカナにあげたらゲーミングポーションって言われたんだけど、結局なんのことなんだろう。あ、そういえば露臥も前に同じこと言ってたなあ。よくわかんないけど珍しく笑ってたからいいや」
「ほ、ほんとに実験台じゃないですか……!」
「大丈夫大丈夫、全部ポーションなのに変わりはないから。結構ね、長期任務だったりサバイバル的な状況が想定される任務の前には、持って行きたいからいくつか作ってほしいって頼まれることもあるんだよ。あ、この際いろいろ試してみる? これも余ってるから持って行っていいよ」
魔法道具も魔導書も魔法薬も、雅日にとってはどれもこれもが後学のために役立つ貴重な品々だ。師匠と弟子という関係に免じて、希少なそれらを融通してもらえるのは非常にありがたいことではあるのだが、琴琶は先ほどから、ただいらないものを処分したいだけなのではなかろうか。
「そのような管理体制で、本当に大丈夫ですか?」
「さすがに全部が全部こんなテキトーな扱いしてるわけじゃないよ。いつもはビンごとにラベルを貼って、ちゃんと箱に入れてどれがなんの魔法薬かわかるように保管してるし。さっき言ったような死の呪いがかかってる本とか、うかつに触ると危険な薬品とか、危ないものは全部別の場所に分けて厳重に保管してあるから。そのへんの棚に置いてあるやつは試作品とか余りものだから、それでたまになんの薬だったかわからなくなるだけ」
「うーん……」
「あ、ほら、今やってみて。魔力操作」
言われるがまま、胸に手を当てて体の内側に意識を集中させる。心臓の脈動がすんなりと見つかり、その周囲を囲うようにして、脈打っているものがある感覚がうっすらと伝わってくる。昨晩の雅日が数時間かけてようやく見つけられた気がした程度だった感覚が、今日はずいぶんとスムーズに辿りつけたものだ。
「どう?」
「……ええと、心臓と魔力の脈動は見つかりました。昨日は何時間もかけたのに……今は、昨日よりずっと安定して感知できていると思います」
「よかった、ちゃんと効いてる。今の薬は魔力を活性化させる効果があるものだね。じゃあ、今日はそのまま続けてみようか。指輪もあるから昨日よりうまくいくと思うし、ゆっくりで大丈夫だからね」
「わ、わかりました……やってみます!」
次回は明日、十三時に投稿します。