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1 この出会いは始まりにすぎず

モナルク騎士団が――というよりラセット・リラが――所有する敷地内には、リラが生活する小さな屋敷の他に、騎士たちの宿舎と騎士団本部の三つの建物がある。


雅日はまず最初に寮に案内され、女性寮の端に割り当てられた自室を見た。本棚にクローゼット、戸棚と小さなテーブルとイスのセット、壁際にはベッドがあり、備品は自由に買い替えていいらしい。不要になった備品は物置に持っていき、壊れている場合はそのまま廃棄になるが、そうでないものは一旦そこに留置される。模様替えや新しいものが好きな騎士などは、数か月おきにテーブルやソファなどを買い替えては使わなくなったものを物置に持ち込む者もいるのだが、短期間しか使用されていないそれらは新品と大差のない状態がほとんどだ。なので中古品であることが気にならないのであれば、気に入った家具を譲り受けることも許されているのだとか。案内が終わってひと息ついたあとに、雅日も少し覗いてみようと思う。


寮は一階に食堂や浴場などがあり、二階と三階、四階が騎士たちの宿舎になっている。リラが先に言ってあったとおり男性寮と女性寮に分かれているのだが、女性寮というよりは、女性騎士の部屋がその一角に集まっているというだけで、男性寮とは同じ建物内にあり地続きになっている。現在モナルク騎士団は女性騎士よりも男性騎士のほうが多く、男女比と人数の関係上、建物や階ごとの住み分けがしづらい状況にある。念のためと言ってはなんだが、男性部屋と女性部屋の間には何部屋かの空き室があり、男性と同じ階で暮らすのが気になる者は、男性寮から遠い奥のほうに部屋を取るらしいが、雅日はとくに気にならないので、男性寮に近いほうの女性寮の端にあたる部屋をもらった。階段が近くて便利だからだ。


騎士団本部は、主に騎士たちが鍛錬などをしてすごすための設備が揃った施設だ。剣道場や弓道場などの多種多様な訓練場のほか、医務室や資料室、図書館、武器庫、馬小屋もここにあり、この大きな敷地のほとんどはこれらの施設のために費やされている。


「騎士たちは毎日ここで鍛錬に励んでいます。日々の全体訓練に加え、弓が得意な者、剣が得意な者、槍が得意な者、それぞれがそれぞれに合った鍛錬を積み、実力を高め合っているのです。こちらの訓練場では、主に騎士同士での手合わせなど――ああ、ちょうどあちらでおこなわれていますね」


蘇芳が手で示した先では、黒い甲冑の騎士と赤毛の男が手合わせをしている最中だった。赤毛の男は甲冑どころか騎士団の制服姿ですらない。甲冑の騎士は剣を、赤毛の男は大柄な体躯に長柄のついた斧を担いでいる。武器はどちらも木製でできた訓練用のものだろう。甲冑の騎士は応戦しているというよりも、ほとんど振り回されているという印象だ。


「どうしたどうしたァ! そんなもんかァ騎士サマよお!!」


高く荒々しい衝突音が何度も激しく響きわたる。とても訓練とは思えない勢いで木製の武器がぶつかり合っており、周囲の空気は張り詰めている。勝負は赤毛の男のほうが力で圧倒しているようだ。甲冑の騎士は斧での攻撃を受け流すたびに重みで身体のバランスを崩しかけるが、間一髪で持ち直しては次の一撃を防いでいる。攻め切られるかどうかのギリギリの状態をどうにか保っている状態なのが、素人の雅日にも見てとれた。


「オラオラ守ってばっかじゃ勝てねえぞ! 攻めて来いよ根性なし!」


「く、っそ、うるさいな!」


「女の上で伸びてた腰抜け野郎が! そんなんだから王様一人の護衛もできねんだろうがよ!」


「黙れ!」


「ああ? どこ狙ってんだよ、俺の首はここだノロマ!」


いっそう甲高い不穏な音が響き、木製の斧が騎士の手から木剣を弾き飛ばした。いや、甲冑の騎士は剣の柄をしっかりその手に握ったままだ。木剣は刃が半分のところでへし折られ、つまり赤毛の男が木製の斧で木製の剣を両断したということだ。とんでもない怪力と技量である。


折れた剣先が勢いよく回転しながら、一直線に雅日たちのほうへ向かってくる。雅日が身を守る体勢をとるより先に、蘇芳と仁が素早く前に出た。仁が雅日を背中に隠し、それと同時に蘇芳がリラの前に立ち、白銀の盾を構えて木片を叩き返す。役目を果たした盾はうたかたのように消えていく。蘇芳の持つ武装系の能力によって召喚された装備だ。彼が身に着ける白銀の甲冑も、その能力によって形作られたものらしい。


「おっ、王様ー!」


長柄戦斧の男がこちらに気付き、手をぶんぶんと振り回しながら駆け寄ってくる。甲冑の騎士が地面に倒れていた。武器を破壊された直後に強烈な蹴りをくらってしまい、そのまま気を失ったようだ。試合の様子を遠巻きに見守っていた他の騎士たちがあわてて駆け寄り、倒れた騎士を担いでどこかへ運んでいくのが見える。


隊正たいしょう、ずいぶん楽しそうだね」


リラは冷静に言う。見えない不安など感じさせない堂々とした振る舞いだ。隊正と呼ばれた赤毛の男は木製の斧を肩に担いで高笑いをあげる。肩に届きそうな襟足をうしろで結んだ赤い髪に、吊り上がった灰色の目。その強靭な体躯もさることながら、そこから発せられる声まで非常に大きい。顔には右の頬から額にかけて斜め一直線の大きな傷がある。


「ハハハ! セガルの野郎が相手しろってうるせえから伸してやったぜ! あいつは前の事件で王様を守れなかったこと、まぁだ気にしてんだよ。アホだよなあ!」


仁が自分の額に手をやり、頭の痛そうな顔でため息をつく。


「喧嘩していたわけじゃないんだな」


「おうよ。この俺があんなのと喧嘩なんかすっかよ団長! あんなんじゃすぐ殺しちまうぞ!」


「隊正くん、あまりむやみに訓練用の武器を壊さないように。リラ様と雅日さんに当たるところでしたよ」


「王様にゃ蘇芳がいんだから平気だろ。死んだら死んだでそんときになってから考えらァな! そもそも訓練用の武器なんざ壊してなんぼだぜガハハハ!」


蘇芳が諫めても反省の色を微塵も見せない隊正に、蘇芳も仁と同じく深いため息をついた。雅日はおそるおそる蘇芳に声をかける。


「あ、浅……蘇芳くん、こ、この方も騎士……なん、ですか?」


「彼は隊正くんといいまして、わがモナルク騎士団の一員で間違いありません。他の騎士たちよりも少々……血気盛んなところはありますが……ああ、でも戦っている間が少しアレなだけで、素行はまだ……その、いや……はい」


蘇芳は言葉を選びながら答えるが、結局は苦笑いを浮かべながら具体的な返事をにごした。


「もともとは傭兵として活動されていた方です。当時……既に想像はつくと思いますが、今よりも荒れた生活を送っていたところを、リラ様に実力を買われて入団することになったのです。隊正くんを選んだリラ様の目を疑うつもりはないのですが――」


「おいなに言ってんだよ蘇芳! 目を疑うもなにも、王様は最初っから目なんか見えてねえじゃねえか! ダハハハハ!」


雅日でもわかる。今のはかなりギリギリの発言だ。


「隊正くん!!」


「ヒャハハハ悪い悪い! セガルのアホがな、あいつだんだん腕あげてきててよお。最近あいつとのチャンバラごっこが楽しいんだわ! なんか今すっげー気分いいんだ俺! 笑いが止まんねえな!」


「おい、やっぱりなんかヤバいもんでもキメてんじゃないのか、こいつ」


「調べたほうがいいかもしれませんね、群青先生に頼んでおきましょう。隊正くん、あとで検査を受けてくださいね」


「で、そっちの女はなんだ? ほー、ちと地味だが胸はでけえな。いいことだ」


「……こちらは東雲雅日さんです。これから騎士団の一員として、訓練のデータ記録やその他の雑務をお任せします。いわゆるマネージャーですね。それと今の発言はセクハラですので反省文を書いてください」


「なるほどなあ! よくわかんねえけど女が増えるのは喜ぶべきだな! 騎士志願のゴリラ女どもとはまた趣向が違っていいじゃねえか!」


隊正が歓迎の挨拶として雅日の肩を叩こうと手を振り上げる。


「隊正、待て」


しかし、その分厚く大きな力強い手は、雅日に触れる寸前でぴたりと止まった。リラが一歩前に出て隊正を見上げる。


「いいかい。雅日は非能力者で戦闘経験もない、非常にか弱い女性なんだ。決して叩いたり、押したり、引っ張ったりしないように。君が他の騎士たちによくしているような肩や背中を叩くスキンシップは、雅日が嫌がらないなら多少はかまわないが、そのときはタマゴを触るときと同じように、いやそれよりもっと、優しくそっと触れるように」


「無茶言いやがるぜ、タマゴなんかちょっと触っただけですぐ割れちまうのによ!」


「君がいつもの調子で雅日を叩けば彼女の骨はそれだけで折れるし、肉はもげるし、手を引っ張れば腕が肩からすっぽ抜ける」


「えっ、いえ、さすがにそこまででは」


「げぇーッ!? 女って能力者とそうでないのとでそんな違うもんか!? 俺が知ってる非能力者の女はもっと丈夫だったような……あっぶねー、殺すとこだったぜ」


「私は岳の家ではじめて雅日と会ったときから、ずっとこの子がほしかったんだよ。こうして手に入れるまでにどれだけの時間がかかったと思うんだ?」


「は? なんだよ愛人か! それならそうと早く言えよ王様!」


「愛人ではないけど、雅日が嫌がることをしたり傷をつけたりしたら、私は怒るよ隊正。絶対に乱暴な真似はしないように気を付けてくれ」


「かーっ、自分のもんのことになるとおっかねえぜ王様は」


「君は騎士たちはともかく、私の肩を叩いたりはしないだろう?」


「王様は王様だしなぁ。目ん玉がガラスでできてんだから、叩いたらポロッと落っこちそうでいけねえ」


「なら、雅日のことは全身がガラスでできているお姫様だと思って接するように。この子はもう私のものなんだから、しっかり守ってくれ。傷つけた者は死刑だよ。……雅日、さっき話した君に任せたい騎士というのはこの子のことだ。問題なさそうなら彼を君専属の護衛騎士にと思っている。少々気が短くて荒っぽいところのあるやんちゃな子だけど、戦いが絡まなければ比較的……おとなしくはないが……君が思っているほど扱いにくい子でもない。実力は保証するよ」


「そういうことなら俺は護衛でもなんでもするが、なんで俺なんだ?」


「歳が近い相手のほうが打ち解けやすいだろう。とくに君と雅日は同い年だからね。慣れるまではなにかと大変だとは思うが、仲よくしてくれると私もうれしい」


「仲よくぅ? 仲よくなぁ……」


「ど、努力します……よろしくお願いします、隊正さん」


ぺこりとお辞儀をした瞬間に、視界の端で白い線が光った気がした。妙に思って見上げると、雅日の頭の上では隊正が蘇芳に向かってナイフを突き出しており、対する蘇芳は至極冷静に彼の腕を掴んでその刺突を防いでいるところだった。数秒遅れて理解する。隊正が隠し持っていたナイフで蘇芳を刺そうとしたのだ。しかしその間も隊正の視線は雅日に向いたまま。それは息をするかのごとく当然さをまとっており、まるでなんてことのない日常の一部であるかのようだった。


「まーそうだな、そういうことなら怪我させねえようにがんばってみらァよ! ハハハ! あーあとタメなら敬語もさん・・もなしでいいぜ、姫様!」


「え……えっ、……え?」


「ああ、気にしないでください雅日さん。これは彼なりの私への挨拶のようなものですから」


「ほ、本当に大丈夫なんですか? いろいろと」


「暴れ足りねえな。おい蘇芳、相手しろよ!」


「私は遠慮しておきます、仁さんにお願いしてください」


「団長団長団長団長!!」


「あーあーうるさいうるさい。俺と蘇芳は東雲を案内してやらないといけないんだ。今日は他の騎士を鍛えてやってくれ。明日相手してやるから」


「よっしゃあ言ったぜ団長、明日だ! おい、死にてえやつはいるかァ!? 俺を殺せる自信があるやつはいねえのか! 我こそはと言うバカは前に出ろ!!」


隊正は訓練場に戻っていくが、去り際に舌打ちし、ぼそりとなにかをつぶやく。雅日の聞き間違いかもしれないが、それはこう聞こえた。


「……あれでも殺せねえか」


蘇芳を見るが、隊正の言動を気にするそぶりも見せない。雅日はなんだかめまいがした。


「私……彼と本当に、仲よくなれるのかしら……」


「あー……まあ、なんだ。今のあいつを見ていると説得力がないように聞こえるだろうが、隊正はあれはあれで正義感の強い男なんだ。倫理観がちょっと……なだけで。普段はちゃんと話も通じ……る、と思うし……裏表がなくて素直なやつだよ。まあ、二十七歳と思って接してやってくれ。慣れれば扱いやすいやつなんだ。俺たちからも怖がらせないよう言いつけておくし、そう深刻に考えなくていい」


仁も蘇芳もリラも、彼の素行に関してだけ急に歯切れが悪くなる。雅日の不安を拭おうとフォローしているつもりなのだろうが、かえって不安を煽られるようだ。


「が、がんばります……」


そうとしか言えない雅日に、蘇芳が一瞬、どこか同情的な目を向けた。しかしすぐに思い直したように前を向いて歩き出す。


「それでは、次は医務室のほうへ案内します」


引き続き仁と蘇芳のあとに続いて進んでいく。訓練場からそう離れていない位置に医務室はあった。仁が扉をノックすると、男の声が返ってくる。中に入るとほのかに消毒液の匂いがした。壁も床も天井も清潔な白で統一された広い部屋は横に長く、部屋の手前に背の低いテーブルと椅子があり、そこで問診票に記入するのだろう。壁際にはデスクと、その目の前の壁に刀が一振り飾られている。卓上カレンダーは日付の部分に赤いペンで射線が引かれていて、今日の日付にも既に印があるようだ。部屋の奥側には患者用のベッドが並び、大きな薬品棚が壁に沿って配置されている。


デスクに向かっていた和装の男が、椅子に座ったままくるりとこちらを向いた。長い銀髪を後頭部で結い、群青色の瞳はどこかうつろな雰囲気だが、色白で美しい顔立ちだ。装束の下に詰襟の白いシャツを重ね着しており、十字架のペンダントらしきものが装束の襟元から見え隠れしている。


「ああ、これは陛下。なにか目に異常でも?」


銀髪の男がリラを見てまずそう言った。リラは首を横に振る。


「いいや、どこにも異常はないよ」


「それはなにより。健康ならば結構、ここは健康な者が来る場所ではありません。怪我でも病気でもないのなら、本日はどういった用向きですか?」


男の言葉はどこか刺々しいが、リラはその冷たい対応にも構わず雅日を手で示した。


「この子を案内するついでに、君にも紹介しておきたくてね。本日付けでこの騎士団に加わることになったマネージャーだ。騎士たちの訓練のデータ管理と、他にもなにかと雑用を任せるだろうから、君とも顔を合わせる機会は多いはずだ」


「はじめまして、東雲雅日と申します」


群青二葉ぐんじょうふたばだ」


群青と名乗った男はさほど興味なさげに雅日に一瞥をくれた。蘇芳が横から補足する。


「雅日さん、群青さんはわが騎士団のお医者様です。医療班には他にも何人かの医師が所属していますが、現在は彼が班長を務めています。もし体調に異変を感じたら彼におっしゃってください。体調や怪我に関すること以外でも、基本的になんでもできるお方ですから、なにか困ったことがあれば頼りにするといいでしょう」


「いい加減なことを言うなよ、蘇芳。私は他の者よりも少し迅速かつ的確に怪我の手当てができるだけで医者が本職ではないし、そもそも医療班の班長というのもあくまで臨時で担当しているだけで、言うなれば班長代理だ。それと、あまり私の実力を買いかぶりすぎないように。お前からの評価は嫌味にしか聞こえないが」


群青はそこまで言ってから部屋の奥に目をやった。彼の目線の先を目で追うと、今しがた訓練場で隊正と手合わせをしていた甲冑の騎士が、応接間で会った例の商人――楼蘭の手を借りながら甲冑を脱いで寝かされているところだった。あの騎士は雪国の生まれなのだろうか。白に近い金髪に薄い青緑の目。顔は熱で真っ赤に染まっているが、もとは色白なのだとわかる。色素が全体的に薄い。汗をかいた額に前髪が張り付き、ずいぶん疲れているのかぐったりとしている。無理もない。


先生・・、セガルはもう放っておいてかまいませんよ」


「いやいや、頭を打っているかもしれんのだ、二葉。油断はできまいて」


「お医者さんならもう少し心配してくれませんか、群青さん……」


げっそりしたセガルが弱弱しい声で抗議するが、対する群青の目は冷ややかだ。


「相手の口車に簡単に乗せられて、そのたびに医務室送りになっていては世話がないな。お前の手当てにはもう飽き飽きだ。薬もタダではないし、医療班だって暇じゃないんだぞ」


「う……」


「なあ群青、そういじめてやるな。さっき隊正が言っていたが、セガルも少しずつ腕を上げてきているようだぞ」


「うん、それにセガルはもともと成績がいい。伸び悩んでいた時期こそあれど、隊正との手合わせがいい刺激になっているのはたしかだ」


「そうですね、隊正くんにとってもそれは同じです。ある程度の相乗効果が得られているのはたしかですし……」


「そんなことはどうでもいい。最終的に医務室に来ている時点で同じだ」


一対三になっても群青は折れない。きっぱりとそう切り捨て、彼はセガルに向き直った。


「セガル。お前はその短気を見直して、もう少し冷静さを身に着けろ。いくら身体を鍛え技を磨いても、それらを正しく扱うに値するだけの精神が伴っていなければ、結果はいつまでも変わらないぞ。あいつの勢いに乗せられて全身に無駄な力がこもり、基礎がおろそかになっている。だからお前はいつまでも隊正に勝てないんだ」


「まあまあ。今日のところはそのあたりで勘弁してあげてください、群青さん」


「蘇芳、お前はどの口が……まったく」


なおも辛辣な群青を蘇芳が諫める。群青はため息をついてからリラを見た。


「本題に入りましょう、陛下。新人の案内と紹介だけならば陛下自らが同行なさる必要はありません。わざわざ大勢でやってきたということは、なにか具体的な用件があるのでしょう」


「話が早くて助かるよ。実は雅日には隊正の魔力管理を任せたいと思っているんだ。彼の問題に関しては、医者として面倒を見てきた君が一番詳しいだろう。雅日は非能力者で魔力学の知識も浅い。なので君から彼女に事情を説明してあげてほしい」


「……あれの面倒を見たつもりはありませんが、王命ならば従いましょう。では先生・・、蘇芳と陛下には席を外していただきますので、今のうちにご用事をお済ませください」


「おお、これはすまない、気を遣わせた。リラ殿、それでよろしいかな?」


「かまわないとも。こちらから呼びつけたというのに、待たせてしまって悪いな。では私たちは行こうか、蘇芳」


「は。……仁さん、あとはよろしくお願いします」


「ああ」


楼蘭とリラ、そして蘇芳が医務室を出て行く。残ったのは雅日と仁と群青。セガルは医療班の者から手当てを受け、今は横になって氷袋で後頭部を冷やしながら休んでいる。大丈夫なのだろうか。


「あの、先ほどの商人さん――楼蘭様とはいったい? 先生とお呼びしていましたが」


「恩師だ。幼少のころから面倒を見ていただいている。オレはあのお方を師範として文武を修め、しばらく鈴蘭の用心棒として働いていたが、今は一時的に騎士団に身を貸しているんだ。陛下に忠義を誓った騎士ではなく、オレはあくまで師範せんせいの弟子であり、臣下であり部下としてここにいる」


「お弟子さんなのですね、どうりで親しい間柄だと思いました。話の腰を折ってすみません。それで、彼……隊正さんの問題、というのは? リラ様は魔力管理を私に任せたいとおっしゃいましたが」


雅日が話を戻すと、群青は仁と雅日に椅子をすすめた。二人が腰を下ろしたところで口を開く。


「隊正には会ったか?」


「はい、先ほど……訓練場で少し。ご挨拶だけさせていただきました」


「そうか、では単刀直入に言おう。隊正は先天性の魔力不全なんだ」

次回は明日、十三時に投稿します。

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