23 せき止められた時の奔流
夕食を済ませたあとで朱雀の部屋を訪ねてみたが、鍵のかかっていない扉の奥に部屋の主はいないようだった。彼はいつも部屋にいる間はベッドで丸まって寝ているか、部屋の隅で小さくうずくまっているかのどちらかだ。また床で丸くなっているのではないかと中に入って隅々まで確認してみたが、たしかに不在らしい。雅日は朱雀の一日のスケジュールを思い出した。
朱雀は自己管理ができず、放っておけば食事すら摂ろうとしない。なので毎朝、食事や入浴、睡眠なども含めた一日の予定表を作成して渡し、そのとおりに動くことで生活を成り立たせているという現状だ。予定表は基本的に群青と仁で作成しているが、朱雀に渡す前に雅日も目を通していて、ときどき意見を出すこともある。
風呂と食事の後は自由行動になっているが、朱雀はいつも就寝時間まで部屋でじっとしているか、馬小屋でティリーと一緒にいる。馬小屋はここに来る前に確認した。部屋にもいないとなると、誰かに呼び出されたか、もしかすると自分の意思で部屋を出たのか。どこに行ったのだろう――扉の外で考えをめぐらせていたとき、廊下の遠くのほうに隊正の姿が見えた。つい十分ほど前に風呂に入りに行くからと食堂前で別れたばかりだが、もう入浴を済ませたのか部屋に戻るところらしい。
「隊正くん、朱雀くんを見なかった?」
「朱雀? さあよ。……あー、いや、さっき本部のほうに歩いてったの見たな」
「本部に?」
雅日が聞き返すと、隊正はこちらに歩み寄ってくる。
「それって、どれくらい前のこと?」
「ついさっきだぜ」
「それじゃあ、まだそっちにいるかしら」
「なんかあったのか?」
「そういうわけじゃないんだけど、少しお話ししたいと思って。朱雀くん、最近なんだか元気がないみたいだから」
「ふーん」
雅日が歩き出すと隊正がうしろからついてくる。そのまま一階に下りて外に出た。本部と宿舎の間の渡り廊下は暗い。建物に明かりはついているものの、こう暗いと少し心細い気持ちになるので、隊正がついて来てくれて少しほっとした。そもそもここが暗いのは隊正のせいなのだが。
朱雀はすぐに見つかった。群青に朱雀を見なかったか尋ねようと医務室を覗いたら、ちょうどそこにいたのだ。群青と向かい合って座っていて、二人とも雅日たちに気付いてこちらを見る。
「こんばんは。朱雀くん、ここにいたんですね。どこかお怪我でも?」
「牙が抜けたから、それで少し診ていたところだ」
「生え変わりですか?」
「ああ。ひと月前、朱雀が騎士団にやってきた時点ではほとんどが乳歯だったが、既に半分ほど生え変わっている」
「全然気付きませんでした」
「神獣だけあって再生力が桁違いに高いからな。二日も経てば新たな歯がすっかり生えている。ぱっと見てわかるほどの歯抜けの状態なのは半日程度だろう。そもそもあまり喋らない子だ、気付かなくても無理はない」
「歯ってそんなにハイペースで生え変わるもんか?」
「普通の人間なら、五、六歳ごろから生え変わりがはじまって、下の前歯、上の前歯、そこから奥歯に向かって順番に生え変わっていき、だいたい十四歳までにはすべての歯が永久歯になるのが一般的だ。だが朱雀の場合、実年齢と身体年齢に開きがあって、身体年齢で言えば既にその時期をすぎている。そもそも普通の生き物ではないからな、既にある常識が当てはまるとは限らない」
「なんで今まで生え変わってなかったんだ? んで、なんでそれが今んなって急にボロボロ抜けてんだよ」
隊正の素朴な疑問に、雅日も頷いた。朱雀の身体年齢は十代半ばから後半程度と言っていたはずだ。今でこそ肉体的な成長はみられないが、生まれて五年程度でここまで身体が成長した過程で、歯の生え変わりも経験しているはずではないのだろうか。合成獣であることで身体と精神とがちぐはぐな朱雀だが、身体の中でもその成長に追いついていない部分があるのはなぜなのだろう。
群青は少し考え込んだ。
「あくまで推測だが……朱雀は地下にいる間、その成長を妨げられていたんだと思う。ろくな栄養も与えられていなかったようだし、肉体はもちろん、精神の成長を徹底的に妨害される環境だった。意図してのことか否かはともかく、地下から解放されて新たな生活を送ることで、ようやく止まっていた時間が動き出した――オレはそう考えている。なんせ、ここでは十分な栄養と、毎日の適度な運動、学習による知識も得られる。精神衛生面でも地下とは雲泥の差だ。心身ともに、成長するために十分な健康状態が得られる。歯の生え変わりは、目に見える変化のひとつというだけだ」
「今まで妨げられていた変化が、今になってまとまって現れている……のですか」
「その急激な変化が精神に悪影響をもたらさないか、少し心配ではあるが……。牙が抜けるのは二度目だな、綺麗に抜けている。四本とも、これからも定期的に生え変わるだろう。まだ生え変わっていない歯もそうだが、食事と一緒に飲み込まないように気を付けなさい」
「はい……」
「それで、東雲と隊正はなんの用だ? 怪我をしたわけでも仕事でもないようだが」
「俺は姫様の付き添いだ」
まずい――雅日は冷や汗を浮かべる。本来の用途以外で医務室に人が集まることを彼はよしとしないのだ。このまま蹴り出されても不思議ではない。
「あ……すみません、実は朱雀くんを捜していたんです。お話ししたいことがあって……そ、そうだ! 群青先生にもご同席いただけますか? 同じ教育係として……」
群青は白々しい光景を見るような目で雅日を見つめたあと、ため息まじりに朱雀へと視線を移した。
「朱雀のことならオレも無関係ではないな。特例として認めよう、入れ」
追放を免れたことにほっと胸を撫でおろしつつ、雅日は隊正をつれて二人のもとへ足を進めた。実際、朱雀の態度の変化については群青も気にしていたことだ。それに彼は後見人なのだから、朱雀に関することならばなんであれ無関係ではなく、把握しておくべき事柄だろう。今回はそれに助けられた。
「このごろ、朱雀くんの授業態度がどこか上の空であることは群青先生も既にお気付きかと思います。団長さんも心配していらっしゃいました。もちろん私もです。そのことで朱雀くん本人にお話をうかがいたいと思って」
「……そうだな。ジョオウバナ騒動があって以降の朱雀は、それまでと比べて明らかに様子が変わった。このままでは訓練に支障が出るだろう。訓練中の注意散漫は大きな怪我につながる危険性がある」
雅日は朱雀の傍に屈んで目を合わせた。朱雀はやはり、いつもよりどこか愁いを帯びた目をしている気がする。
「朱雀くん、……なにか悩んでいることでもあるのですか?」
「なやみ……」
「最近の朱雀くんは、なんとなく悲しそうというか……なにか嫌なことでもありましたか? 思っていることがあるなら、なんでも言ってみてください」
そう促すと、朱雀は一度薄く口を開いたが、すぐにぎゅっと結びなおし、困ったように顔をうつむかせては、雅日から目を逸らしたり合わせたりを繰り返す。
「話しにくいことなのか?」
「わ……わか、りません……」
自信なさげな朱雀に隊正は肩眉をつり上げる。
「わかんねえってなんだよ、自分のことだろ? なにで悩んでんのかわかんねえのか? それとも自分が悩んでるかどうかすらわかんねえのか?」
「いえ……あの……」
「どう説明すりゃいいのかがわかんねえのか?」
「……はい」
「っつーことは悩み自体はあんだな」
隊正が雅日に椅子を持ってきてすすめる。礼を言って腰かけてから、再び朱雀に向き直った。
「朱雀くん……それが誰にも話したくないことなら、話す必要はありません。でももし、私たちに話してもいいと思えることなら……ゆっくりでいいので、話してみてくれませんか?」
「はい……」
朱雀が頷いたので、雅日は一度群青と顔を見合わせる。彼が自然に話し出すのを待つか、それともこちらから質問をして聞き出そうか――雅日が戸惑っていると、群青が切り出した。
「朱雀、それはジョオウバナの騒動と関係のあることか?」
「いえ……ありません」
「では騎士団と関係のあることか?」
「……ありません」
「なら、お前がいた地下と関係のあることか?」
「はい……」
雅日は思わず息をのんだ。彼のトラウマに迫るようなことなのだろうかと、鼓動が乱れる。話の続きを聞くのが、途端に恐ろしくなった。雅日の意思に反して、群青の尋問は続く。
「合成獣との関係は?」
「ない……と思います」
「ならお前の製造主……お前がかつて母と呼んだ者のことか?」
「いいえ」
群青の質問に思わず朱雀の手を握った雅日だが、答えを聞いて安堵する。過去のつらい記憶に関連することではない。同時に疑問にも思った。つまり地下での出来事に関係はあるが、朱雀を虐げていた研究者とは無関係の部分で悩んでいる、ということだ。
「それじゃあ……その人のもとを離れて、外に出て蘇芳くんに会うまでの間に、なにかあったということ?」
「外に出るまで行動をともにしていた者たちのことか」
「あ……はい」
「ま、この感じ見てっと自分から外に出ようって考えたりしなさそうだしな。そいつらになんかされたのが今んなって気になってんのか?」
「……はい」
「……ひどいことをされた、というわけではありませんよね?」
半分は雅日の願望だ。朱雀は一瞬きょとんとした顔で雅日を見た。
「ひどいこと……?」
「痛いこととか、嫌なこととか、怖いことを……です」
朱雀の手を握る手に思わず力がこもる。そうであってほしくはない。緊張しながら問いかけた雅日に、朱雀ははっとしたように顔を上げ、あわてて首を横に振った。
「いえ……いいえ!」
雅日も群青も、隊正までもが、朱雀の態度におどろいていた。いつにない感情的な反応。今までに聞いたことのない大きく強い否定の声だ。彼はこんなにはっきりとした声を出せたのか――と見当違いな感想が浮かぶ。
「ぼ……僕は……」
声を詰まらせ、またうつむいてしまったが、朱雀はぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「あの……あの人たち、は……僕を……殴りませんでした……怒鳴りませんでした……は、はじめて……ほめてくれて……僕のために……僕の、代わりに怒って……くれました」
「……優しい人たちに出会ったんですね」
「やさしい? やさしい……はい……」
朱雀は少し間をおいて、また話しはじめる。
「でも……外、に出てから……忘れそうになります。少しずつ……。でも……ときどき、思い出す、ことがあって……急に、あの、頭に……浮かぶんです」
「フラッシュバックっつーやつか? そりゃちと違うか。あれってトラウマんなってることを急に思い出しちまうんだよな?」
「似たようなものだろう、おかしな話じゃない。生まれてはじめて自分に優しくしてくれた相手なら、強烈に印象に残っているだろうからな。誰かに優しくされるたびに当時のことを思い出すのだとしても自然なことだ」
「そう言われると……たしかにそうですね」
「あの、最初は……なんとも、なくて……でも、外に出て……ここで、すごしていると……だ、だんだん……苦し、く……なってきて」
声が揺れ、同時に顔からなにかが落ちた。膝に丸い染みができている。朱雀の顔を見ると、彼は泣いていた。心の傷となっているはずの注射を前にしても、隊正の大声や粗暴な態度を前にしても、ただ怯えるだけで涙など見せなかった朱雀が、感情を堪えきれずに涙を流している。当の朱雀は、己の目からあふれてこぼれ落ちていく感情に、ただ困惑しているようだった。
「わ……忘れたく、ないです」
かすれる声でそうつぶやく。一度あふれた感情は留まるところを知らず、朱雀は苦しそうに顔を歪めて背中を丸めた。
「ティリー……ティリー……」
なぜか愛馬の名前を呼ぶ朱雀。雅日にはひとつ思い当たることがあった。
「ティリーは……そのとき、あなたに優しくしてくれた人たちの中の、誰かの名前をお借りしたんですね」
朱雀が愛馬として選んできたあの傷痕の馬に、名前をつけろと言われてすぐにその名をつけたこと。その直前には、隊正に怯えた朱雀を見たティリーが、隊正に強い怒りをあらわにして二人の間に割り込み、暴れようとしたというアクシデントがあった。まるで朱雀を守ろうとしたような振る舞いだったのを覚えている。おそらくだが、地下でも同じようなことがあったのかもしれない。きっと、そのときには既に彼の苦悩ははじまっていたのだろう。
朱雀は黙ってうなずいた。
「つまり、会いたいってことか? そいつらのことをだんだん忘れそうになんのが嫌で、そのことばっか考えてっから訓練にも集中できねえってことだろ?」
「だとしても、それがどこの誰だかわからないことにはどうしようもないな」
おそらく隊正の解釈は的を得ているのだろう。朱雀は小さな声でささやくように、なにかをつぶやいている。身を乗り出してよく聞こうと耳を寄せた。
「……、……、……ィストさん、……探偵さん」
「……探偵さん?」
どうにか拾えた声を復唱する。朱雀はうつむいたまま、うるんだ目だけで雅日を見る。
雅日が最後にギルドを訪れたのは約一か月前。ギルドの医務室で療養中だった不知火三月は、スーリガ国で大怪我をしたらしい。あのときたしか琴琶はこう言っていた。探偵だけ帰りが遅れている――と。それは彼がスーリガ国で三月とともに行動していたという意味だろう。長時間治療を受けられない状態で活動せざるを得なかったというのは、朱雀がいたのと同じ地下施設に囚われていたからではないだろうか。そして蘇芳が朱雀と出会った場所も時期も、おおよそそれに符合する。
「探偵さん、って言いましたか? その、もしかして……赤茶色の髪に青い目で、背が高くて……」
「はい……」
「姫様、知ってんのか?」
「ギルドの方よ。琴琶ちゃんのところに通うようになってからは、タイミングが悪くてまだ一度もお会いできていないけど……」
「目潰し事件のときにリラ国に来ていたようだな。オレは会ってないが……間違いないのか?」
「朱雀くん、もしかして……その地下で出会った方の中に、三月さんや善丸さんという方もいらっしゃいましたか?」
「はい……」
「……それじゃあ、間違いないです」
「なあ姫様、三月の屋敷がどこか知ってんのか? 魔術関係のモンでいらねえやつやるから、落ち着いたら連絡よこすみたいなこと言ってたろ」
「まだ連絡はないわ。だから居場所がわかるのは探偵さんしか……」
「ロワリア国か」
群青が腕を組んで三秒黙る。
「東雲、ギルド本部の建物は周囲の建物と比べてどうだ、目立つのか?」
「そうですね、一番大きな建物ですから。ひと目でわかります」
「なら……そうだな、わかった。オレがなんとかしよう」
「なんとかって、なにをどうすんだよ?」
「決まっているだろう、朱雀がロワリアに行けるよう手配する。陛下からギルドに話を通してもらうのが早いな。蘇芳と団長には伏せておくから、そのときは朱雀の行方を聞かれても極力知らないふりをするように」
「え、内緒で送り出すのですか?」
「考えてもみろ。今までなにをしていても無感動だった朱雀がはじめて自分の意思を示し、涙を流すほど会いたいと願う相手だぞ。蘇芳はギルドに朱雀をとられると思って却下するだろうし、団長はその探偵という男をいたく嫌っているようだからな。せめて朱雀が無事ギルドに辿りつくまでは伏せておいたほうがいい」
「リラ様は許可してくださるでしょうか」
「陛下の説得は簡単だ。朱雀がその探偵と会うことができれば、それ以外の全員の消息についても情報が得られるだろう。朱雀、近いうちにお前の願いを叶えてやる」
「あ……あり、がとう、ございます……」
「お前、朱雀にだけやけに甘いよな」
「ジョオウバナ騒動での活躍があるからな、なにか褒美になるものを与えようと思っていたところだ」
「群青先生、本当に大丈夫なのですか?」
「お前に任せるよりはよっぽど大丈夫だから任せておきなさい」
*
「東雲、隊正、今朝から朱雀の姿を見ないんだが、どこかで見かけなかったか?」
動きがあったのは二日後だった。朝に医務室の近くで朱雀の姿を見かけて以降、一度も彼と顔を合わせていないことには気付いていたが、まさかこんなに早く――と半信半疑な心持ちで正午を迎えたとき、仁が雅日と隊正をそう呼び止めた。
もし群青が既に朱雀をロワリアへ送るために動いたのであれば、言われていたとおり、仁や蘇芳から問い詰められたとしても知らないふりをしなければならない。一番の問題は雅日の演技力だ。隠し事が下手な自覚があり、自然に振る舞えるかどうか自信がない。
「いんや、見てねえな。なあ姫様」
「え、ええ……そうね」
「……東雲、本当か?」
名指しで問い詰められ、ぎくりとする。不意に蘇芳の顔が頭に浮かんだ。嘘の中に真実を混ぜる。隠したいことにあえて軽く触れてみるか、そこに意識が向かないよう会話で誘導する。顔が強張ったまま固まっていると不審に思われるので意識して笑ってみる。以前に彼から教わったのはその三つだ。
「そ……そうですね、実は医務室の近くで一度だけ見かけました。声をかけようと思いましたが、そのときは他にすることがあったので……それ以降は私も見ていません。見たと言っても今朝のことですから、お伝えするほどのことでもないかと思って」
「そうか。朱雀の今日の予定表はどうなってる? 群青が作ったのか?」
「受け取っていると思いますが、私はまだ目を通していません。今朝は少しばたばたしていたので、すっかり忘れていました」
「妙だな、なんで急に東雲のチェックを飛ばすんだ?」
「さ、さあ……私が朱雀くんの予定表に目を通すのは、ただ習慣になっているだけで、なにも絶対ではありませんし……あ、そういえば朱雀くん、牙が抜けたそうなんです。今朝に医務室で生え変わりの経過を診ていただいて、予定表はそのときに群青先生から直接受け取ったのでは?」
「じゃあ群青に聞いてみるか」
「そ、う、ですね……なにかご存知かもしれません」
「おい姫様、そろそろ飯行こうぜ」
「あっ、ええ、そうね。では私たちはこれで……」
逃げるようにしてその場を去り、食堂へ向かって歩く途中。仁から十分に離れたところで隊正が立ち止まり、どことなく哀れむような目つきで雅日を見た。
「姫様よお……引くほど嘘下手だな」
「えっ!? そ、そんなに? 私の中では、今までで一番自然に振る舞えたと思ったんだけど……」
「まあ団長が気付いたかどうかは知らねえけど、なんか隠してる感すごかったし超不自然だったぞ」
「うーん……やっぱり蘇芳くんみたいにうまくはできないわね……」
「あんなやつの真似なんかすんなよ」
「じゃないと、もっと不自然になってたわよ。……あ、群青先生に丸投げしちゃったけど、大丈夫かしら……」
「朱雀が向こうに着くころまで時間稼げば、結局団長と蘇芳にも本当のこと言うんだろ? 言うなって言われたのは居場所についてだからな、群青に振る分には文句ねえだろ」
「まあ……群青先生は私と違って不自然な態度にはならないでしょうけど……」
「あいつは嘘ついてごまかしたり隠したりしなくても、真正面から堂々とはねつければそれで済んじまうだろ。相手が団長とか王様とか関係ねえんだ。だから嫌いなんだよ」
群青は医療班の班長代理という立ち位置で、騎士団内の序列としてはよくても団長、副団長、団長補佐の次といったところだろう。しかし実際のところ、彼は団長である仁とほぼ対等に接していて、なおかつそれが当然のように許される立場にある。はじめて会ったときからずっとそうだったので見落としていたが、たしかに隊正の言うとおり騎士団の序列からは除外された存在だ。
一方で隊正は集団のボスに対して比較的従順な傾向にあり、蘇芳や撫子の命令には聞く耳を持たないが、仁とリラの言葉にはある程度素直に応じている。リラに従うのは彼女が十分な報酬を支払う雇い主であるからだが、仁に対しては騎士として――というより戦士としての敬意を払っているらしい。仁に従わないから群青が嫌いというわけではない。なにかとそりの合わない、気に食わないと思っている相手がそのような態度であるから、悪印象に拍車がかかってしまって和解から遠ざかっているのだ。
「……群青先生は団長さんやリラ様に従わないわけじゃないわよね? 普段はたしかに、誰に対しても強気だけど……もしリラ様や団長さんが命令すれば、それはそれて従うのでは?」
「王様も団長も、あいつには命令できねえんだよ」
「どうして?」
「そりゃ、あいつが騎士じゃねえからだ」
「騎士ではないけど、騎士団の一員ではあるでしょう?」
「おう。王様があの編み笠野郎に頭下げて頼み込んで、条件付きでならってことでどうにか引っ張ってきたって話だ」
「条件?」
「俺がいねえころの話だから詳しいことは知らねえよ。あとで団長か本人に聞いてみろ。俺が知ってんのは、あの編み笠野郎がどうしようもねえ親バカで、群青の野郎も同じくらいの子バカってことだ」
隊正の言い方は刺々しい。楼蘭と群青が師弟でありながら親子のような関係でもあり、お互いをなにより大切に思っているということは知っていたが、まさか楼蘭は群青の身になにかが起これば、国際問題に発展させることも厭わない姿勢なのだろうか。恐ろしいまでの軍事力と人脈を隠し持つ楼蘭との争いを望む国家など今の世の中にはいないだろう。楼蘭の弟子がいるからリラ国には手を出せないというセレイアの言葉と、リラ国は今この瞬間戦争からもっとも遠いところにあるというスーリガの言葉の意味とは、まさか本当にそういうことなのだろうか。
次回は明日、十三時に投稿します。




