19 進む先は是であるか
「騎士として馬術は基本中の基本、必須となる技術だ。騎士団の馬小屋には騎士一人につき一頭ずつの馬が支給されるから、毎日世話をしてスキンシップを取るといい。……っつうわけで、お前の最初の仕事は、ここで自分の相棒を見つけることだ」
翌朝、仁が朱雀をつれてやってきたのは、モナルク騎士団と契約関係にある牧場だ。畜産物や農作物以外にも、健康で丈夫な軍馬の育成に力を入れていて、騎士団への軍馬の供給を長年に渡って続けてきた、信頼できる馬場でもある。その歴史は長く、大戦時代よりも前からこの場所で運営を続けていて、そのころから軍馬の養成所として活躍していたそうだ。
「馬主と話はつけてあるから、この馬屋からお前の愛馬を探すんだ。気になるやつがいたら、試しに乗ってみるのもいい。人間同士の関係と同じように、馬と騎手の間にも相性ってもんがある。性格もそうだが、自分の体格に合っているかどうかも重要だ。馬小屋はこの一軒だけじゃないから、ここでピンとこなかったら隣の小屋に行こう。自分には絶対にこいつしかないっていう一頭が見つかるまで、じっくり見てまわるといい」
「……はい」
仁に促されて馬小屋に足を踏み入れた朱雀だが、自分よりも大きな身体を持つ馬たちがずらりと並んだ光景に、やや尻込みをしている様子だ。新米騎士のほとんどは、ここまで来ると喜んで相棒探しに飛び出していくところだが、これまでの人生を地下ですごしてきた幼い彼には、馬は未知の生物だろう。はじめて間近で見た大きな生き物に対して、すっかり怯えてしまっている。
仁はなんとなく、自分の息子がまだ幼かったころのことを思い出した。はじめて乗馬につれて行ったときは今の朱雀よりも馬を怖がっていたのを覚えている。妻がそのときの写真をアルバムに収めてあるのだが、何度見てもひどい泣き顔だ。そんな息子も今ではすっかり馬をかわいがっていて、馬術の腕もあげている。今は怯えている朱雀も、いずれは馬を好きになってくれるといいが。仁は朱雀の肩に手を置く。
「馬っていうのは温厚な生き物で、俺たちが思うより臆病で素直だ。みんな基本的な訓練は既に受けてあるから、理由なく人を噛んだり蹴ったりして暴れるようなことはない。こっちが優しく接すれば、向こうも優しく返してくれる。かわいいやつらだよ、怖くないさ」
仁がそっと背中を押してやると、朱雀はおそるおそる、ゆっくりと馬小屋の奥へ足を進める。朱雀と仁を警戒する馬がいれば、不思議そうに首をかしげたり、興味深そうに覗き込んでくる馬もいる。馬たちの反応は多種多様で、仁にしてみればかわいらしいものなのだが、朱雀が仁のような余裕を持つまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。
肩を縮めながらも並んでいる一頭一頭を観察しながら小屋を進んでいった朱雀は、最奥まで行くと足を止めた。朱雀の視線が壁際のほうに釘付けになっているので、仁も立ち止まってその先を目で追う。彼が眺めていたのは、小屋の一番隅にいる、額に傷のある馬だ。他の馬たちよりも一歩うしろにさがった位置で目立たぬよう努めながら、どこか所在なさげにそわそわしている。他の馬に比べると少々小柄で、どこかしょんぼりと元気がないその馬は、自信のないような、不安そうな眼差しで目の前に立つ二人を見つめ返している。仁が一歩前に出て覗き込むと、耳をうしろに伏せて、また一歩うしろにさがった。
「こいつが気になるのか?」
朱雀は頷く。仁は小さくうなった。
「こいつなあ、もともとはここじゃない別の馬主んとこで生まれたんだが、前の責任者がとにかくひどいやつだったとかで、ここの馬主が見かねて買い取ったんだ。当時はあちこち傷だらけで、今じゃそのほとんどはキレイに治ったんだが……見てみろ、額に傷痕があるだろ? 人間はもちろん、仲間の馬たちともいまいちなじめないみたいでな。まあいじめられてはないみたいだが、いつも隅っこでじっとしてんだよ。近付くと威嚇して、無理に触ろうとすると噛みついてくる。人間が怖いんだろうな。他の馬よりちょっと小さいが十分立派だし、健康状態もいいから乗れなくはないんだが、このとおり近付くのも嫌がるくらいだから当然、乗らせてもくれない。ここの馬主にすらなついてなくて、世話をするのもひと苦労なんだそうだ」
別の馬小屋につれて行こうと朱雀の背中に触れたが、彼はその場を動かずに、じっとその傷跡の馬に見入っている。馬ははじめこそオドオドと戸惑った様子だったが、朱雀を見てなにかに気付いたように顔を上げると、数秒彼と見つめ合ってから耳を前に向けてぴんと立てた。朱雀もまた、ヒトより薄く長い耳をひくひく動かし、馬から目を逸らさない。仁は思わず己の気配を殺すように息をひそめた。なぜか咄嗟に、邪魔をしてはならないと感じたのだ。
馬が探りを入れるようにそっと鼻先を突き出してくる。呼応するように朱雀が一歩前に出て、ゆっくりとした動きで控えめに手を差し出すと、馬はたしかめるようにその手を嗅ぐ。そのまま頬に触れても嫌がる様子はなく、朱雀もまた、怯えている様子はなかった。仁はその光景を見て、ほう、と感嘆の息をもらす。
「おどろいたな。そいつが誰かになでられてるところなんて、一度も見たことがなかったんだが……どうする、そいつにするのか?」
「僕は……」
朱雀はなにかを言おうとしたが、結局次の言葉はなく、黙って馬に両手を伸ばした。馬のほうもそれを拒むことなく前に出て、その手にすり寄った。遠慮がちでか弱く、すがるような抱擁。それが答えだった。
その馬は朱雀にだけ心を許し、朱雀もその馬にだけ心を開いた。それは傷ついた臆病な馬に朱雀が寄り添っている――というよりも、お互いの傷を舐め合うような、お互いがお互いに寄り添って、なぐさめ合うかのような、どこか物悲しい邂逅だった。
幸いにも、他より小柄なこの馬は同じく小柄な朱雀の体格に合っている。朱雀が傷痕の馬を選んだ――あるいは馬が朱雀を選んだ――ことを知った馬主は仁と同様、非常におどろいた様子だったが、それだけこの馬の行く末が心配だったのだろう。涙ぐみながら朱雀の手を握り、この子をよろしく頼むと切願した。朱雀は目の前に迫ってきた馬主の男にやや怯えていたが、身を固まらせながらも、はい、とだけ答えた。
傷痕の馬をつれて騎士団に戻ると、雅日が朱雀に気付いて駆け寄ってくる。訓練場に向かう途中だったらしい隊正とセガルも一緒だ。
「朱雀くん、馬場に行ってきたんですね」
「はい……」
「意外と早く決まったんだが、こいつはあそこで一番臆病な馬でな。体も小さいし、騎士団の馬屋に移したあと、他の馬にいじめられたりしないかってのもちょっと不安だが……」
「馬同士でもそういうことが起こるのですね」
「馬にも感情はあるからな、喧嘩やいじめも起こるときは起こる。……とりあえず隊正の馬からは離れたところで過ごすほうがいいな」
いざとなれば専用の馬屋を用意することになるだろう。馬同士にも相性はあるのだ。こればっかりはひとまず様子を見てから判断するしかない。セガルと隊正が雅日に追いついてくる。
「団長、おかえりなさい。朱雀はちゃんと馬を決められたんですね」
「お、ビビリ馬! お前、そいつを手懐けるたあ、やるじゃねえか!」
隊正が声をあげると朱雀は肩をびくりとさせた。大きな声におどろいたのだろう。隊正はガハハと豪快に笑いながら朱雀の背中を叩こうとした。彼にしてみればなんてことのない、ただの挨拶程度のスキンシップなのだが、朱雀にとっては違う。隊正が手を振り上げたのを見ると、途端に身を守るように縮こまった。
しまった――仁があわてて止めに入ろうとするが、それより先に背後の馬が激しくいなないた。全員の視線がそちらに移ったと同時に、傷痕の馬は隊正に向かってまっすぐ突進する。隊正はさっと身をひねってそれを避けたが、馬は朱雀と隊正の間に割って入ると前脚を挙げて立ち上がり、浮かせた脚を威嚇するように交互に動かした。
思わずなだめようと一歩前に出ようとした仁に対し、馬は今までに見たことのない鋭い目つきで振り向いて牽制した。朱雀以外は警戒対象なのだった――むやみに近付けば余計に興奮させてしまうだろう。馬は隊正に怯えるどころか、鼻にしわを寄せ、歯をむき出しにして怒りをあらわにしている。
「なんだ馬ァ! やんのか!」
「びっくりしたあ……隊正、お前が急に大声出すから馬がおどろいただろ!」
「ああ? 俺のせいかよ!」
「当たり前だろ!」
「隊正くん! 朱雀くんにそういうのはしないであげて。男の人が怖いのよ」
「んだそりゃ、馬がビビリなら飼い主もビビリか?」
「臆病な馬だってわかってるんだから、むやみに怖がらせるなよ。他の馬よりちょっと小さいからって、また今みたいに暴れたりしたら危ないだろ」
「ケッ、馬に蹴られたぐらいでくたばるかよ!」
「僕たちは大丈夫でも、もし雅日さんや朱雀が蹴られたり噛まれたりしたら大変だぞ」
「姫様が怪我したときゃ馬が死刑だ」
「東雲は非能力者だぞ。馬に蹴られちまったら怪我どころじゃ済まんだろ。そもそも馬に責任能力はないから、死刑になるとしたら馬が暴れる原因を作ったお前だ、バカモンが」
本来、四足歩行で背中を平らにした状態が正しい体勢である馬にとって、後ろ脚だけで立ち上がるというのは、体に大きな負担がかかってしまう非常に危険な行為なのだ。バランスを崩して転倒して怪我をすることや、打ちどころが悪ければ命を落とすことだってある。
朱雀は呆気にとられたのか、ただぽかんとした表情で馬を見つめていた。彼はこれまで一方的な暴行を受け続ける日常を送って来た。自分より大柄な男性に怯えるのはそのせいだ。隊正が手を振り上げたのを見て、咄嗟に、殴られると思ったのだろう。おそらくこの馬も同じように感じたのだ。そして自分が立ち上がれば人間が怯むということを知識として知っていた。
体に負担がかかる上に転倒のリスクもあるというのに、そもそも自分だって隊正が怖いだろうに。それでも隊正から朱雀を守ろうとした――仁にはそのように見えた。今さっきはじめて出会ったばかりだというのに、朱雀とこの傷痕の馬の間には、当人同士にしかわかり得ない、深いつながりのようなものができあがっている。
「フィ……」
朱雀の口から吐息のような声がもれる。馬はそのかすかな声を聞きもらすことなく、無事を確認するかのように朱雀を覗き込んだ。
「もうすっかりなついているみたいですね。朱雀くん、その子の名前は決めましたか?」
「そうだな、名前がないと不便だ。なにか考えておくといい」
「名前……」
自信なさげな朱雀の頬に、馬がそっと頭を寄せる。朱雀はその首元に優しく触れながら、かすかな悲愴を帯びた声でつぶやいた。
「……ティリー」
そう呼ばせてほしいと冀うかのように。朱雀が呼ぶと、馬は目を細めてただ彼に寄り添った。思考力が極端に欠けている朱雀がすんなりと名付けをおこなったことも意外だったが、仁にはその馬――ティリーの、朱雀に決定を委ねるような態度にもおどろいていた。朱雀の気持ちや言葉を、すべて的確に理解しているとしか思えない。
馬という生き物は人間が思うより頭がよく、声や態度などから人間の気持ちを理解することができるのだが、今しがた出会ったばかりの二人の関係は、既にそういった馬と人との通常のコミュニケーションの範疇からは外れている。いくら境遇が似ているとはいえ、ここまで親密で緻密な相互理解が可能になるものだろうか。
そして朱雀とティリーの関係が一般的な騎士と愛馬の関係とは少し違っているという事実は、馬術の訓練をはじめたことで、よりいっそう顕著になって表れた。通常、騎手は馬をきちんと躾けて主従関係を理解させた上で、信頼を築き絆を深めていくものだ。そうでなければ馬は言うことを聞かなくなるし、性格や相性によっては乱暴な性格になってしまうこともある。上下関係というものは、人間と馬との間には不可欠だ。
その点、朱雀とティリーはあくまで対等。朱雀が撫でると、ティリーは朱雀の意思を感じ取ったかのように動く。朱雀は無理にティリーを従わせようとはせず、その意志を尊重している。ティリーは素直に従っているが、もしも嫌ならばそれでかまわないと言うような。命令に従うというより、それは頼みごとを受け入れるような感覚であった。
朱雀は初日からティリーを走らせることができた。正しい姿勢を一度教えただけで覚え、跨ってすぐに、既に他の騎士たちと遜色がないほどの馬術を身につけたのだ。理解が早いのか、覚えがいいのか、馬を扱う才能があるのか。仁が教えたことをすべて、その場で自分自身の動きに反映させてみせた。
しかし朱雀の乗馬にはひとつだけ問題があった。騎士一人一人に愛馬がいるのはもちろんだが、騎士たる者、慣れ親しんだ愛馬以外の馬であっても乗りこなせなければならない。ティリーが朱雀以外に心を開かない点はともかく、朱雀もまた、ティリー以外の馬には乗るどころか触れることすらできなかった。朱雀が怯えずに近付けるのはティリーだけだったのだ。仁がなんとかフォローしながら他の馬の背にまたがらせてみても、歩かせることができなかった。合図を出せないのだ。
馬を走らせるためには脇腹を足で蹴り上げて発進の合図を出す必要があるが、朱雀のティリーへの指示は首元をトントンと撫でるように優しく叩くだけだった。ティリーはそのひとつの合図だけで、歩く、駆ける、跳ぶ、止まる、などの騎手の望んだすべての動作をおこなうことを可能とした。
脇腹を蹴ると言っても、当然ながら痛みを与えるのが目的でないし、馬が痛みを感じるほど強い力を込めたりはしない。動作の説明として蹴り上げるという表現を使っているものの、その言葉から感じ取れるほど強く乱暴にしてはいけないのだ。足首を柔らかく上下に動かし、優しく圧迫するだけでいい。馬にも一頭一頭に特徴があり、鈍感な馬には少し強めて合図を送る必要があるが、反応のいい馬なら軽く触れるだけでも合図が伝わる。
だが、ただ軽く当てるだけの合図であろうとも、朱雀には馬を蹴るということができなかった。彼らにとって「蹴る」という行為は、自分が受けた暴力のうちのひとつであるからだ。ティリー以外であっても、とくに温厚で優しい性格の馬であれば、中には朱雀の合図で動く馬もいたが、結局は朱雀のほうが怯えてしまって次の合図が出せずに馬の上で硬直した。不思議だったのは、仁やセガルが同じ馬に同じ方法で合図をしても、馬は一歩も動かなかったことだ。
ティリー以外の馬に怯えてしまう。代替策があるといえ、脚での合図が出せない。そういった欠点はあるものの、総合的に見て朱雀の乗馬は優秀だ。先に述べたとおり、朱雀は仁が教えたことをすべて忠実に身につけていくのだ。それは馬術に限った話ではなく、体力づくりや筋肉トレーニングをはじめとしたその他の訓練や、座学に関しても同じことだった。
体の動かし方には、人それぞれに癖のようなものがある。思い込みで無意識に間違った動きをしている場合、その癖を矯正する必要があり、それは簡単なようで難しい。たとえば筋トレなどでもそうだ。正しいフォームで効率的に鍛えるには、間違って覚えて癖になっていた動きなどを見直さなければならず、癖になっている間違った動きから、正しい動きを身体に覚えさせるまでには多少の時間がかかる。しかし朱雀にはそういった癖がほとんどなく、あったとしても、指摘すれば即座に矯正し適応してみせた。
朱雀を教育するにあたり、群青が勉学の教示を担当すると申し出た。既に騎士団と商団とを掛け持ちしている身で忙しいだろうに、彼は忙しくなる分には歓迎だと、仁にはよく理解できない意思表示をして教育者をも兼業することになった。騎士団に来る前までは、他人になにかを教えていた経験があったらしい。仁より二十年近く短い人生の中で、武人であり医者でもあり、さらに教育者でもあるとは。騎士の家系に生まれて騎士として育ち、騎士として働き、紆余曲折あり騎士団長にまで駆け上がってきた、生まれてこの方常に騎士道一本の仁とは、また別の意味で濃い人生だと思う。経験という面に関しては、彼のほうがあらゆる人生経験を積んでいるだろう。
知識を与えるのは群青と、読み書きや簡単な歴史や計算などは雅日や撫子が手伝うことに決まり、実技に関しても群青と撫子がほとんど担当することになりそうだ。体力づくりや体術などの基礎訓練は雅日も一緒になって習っている。護身を身につけたいらしい。仁は騎士団全体での訓練を見ていなければならず、時間がある日には馬術や剣術を教えてやれるが、毎日は無理だ。蘇芳もリラの警護があり、必要に応じて各地への潜入に向かうことも少なくないため、朱雀の教育に関してはほとんど群青と撫子と雅日の三人に任せきりになるだろう。蘇芳よりまだ仁のほうが朱雀に関わっている。自分が拾ってきたくせに――と思わなくもないが、群青が思いのほか乗り気なので、あまり気にしなくていいのかもしれない。
蘇芳が朱雀を騎士団につれてきた目的は、そこに眠る素質を引き出したいと思ったからだ。彼はこの原石が磨かれた結果を見たいだけで、彼が手ずから磨いたわけでなくても、その目的自体は達成できる。もしこのまま朱雀が蘇芳より群青になついて、騎士ではなく群青の後継に、あるいは彼についていって鈴蘭の武者商人になりたいと言い出しても、それはそれでいいだろう。磨いた結果そうなったというだけのことだ。蘇芳も文句はないだろうし、世話を預けっぱなしの彼に文句を言う資格はない。
先に触れた座学について、朱雀は運動と同様に学んだことを確実に、忠実に身につけた。さすがに一日で公用言語をマスターしたわけではないが、それでも一般的な識字の習得速度を大きく上回っており、このペースでいけば簡単な読み書きくらいはすぐに覚えられるだろうと雅日は語った。一日に割ける講義の時間はそれほど多くなく、かといって一度であれこれ詰め込みすぎるのもよくない。適度なペースを保ちながら、朱雀は確実に教養を身につけていくことだろう。
朱雀は自分の意思を持ち、それらをもとに物事を判断して行動するということがめっぽう苦手で、知識を身に着けること自体は順調でも、自主性に関してはまだまだだ。誰かに言われなければ、なにをすればいいのかわからない。自分が今なにをするべきなのかを考えられない。誰かが指示しなければ、ずっとその場で立ち尽くしている。なにをすればいいかわからないときは誰かに聞くように早いうちに伝えておいたので、最初の数日以降はそういった姿もあまり見かけなくなったが、とにかく自主的になにかをするということができない。
だが反対に、ここをこうしろ、そこはああしろ、と具体的な指示を与えさえすれば、大抵のことは迅速に、完璧にこなすことができた。馬術の覚えが早かったことや、識字の習得が早いこともそうだが、入団から一週間ほどしてから少しずつ習い始めた剣術や槍術などの武術に関してもそうだった。細やかな戦術や臨機応変な立ち回りなど、実際の戦闘で必要になる技術や判断能力はまだこれからだが、武器の構え方や間合いの取り方など、基礎を身につけることに関しては習得が早く、養成所に通う騎士の倍以上の順応力を見せた。実力としては見習い騎士程度だが、まったくの未経験の状態から半月とかからずそこまで成長したというのは極めて異例だった。
次回は明日、十三時に投稿します。




