試作
これで何人仕留めただろうか。
遊撃戦を仕掛けて1人づつ撃破していったがどうやらそれも限界らしい。
相手はこちらの居場所に気付きつつあるようだ。
潜んでいるであろう場所に立て続けに攻撃を仕掛けてくる。
全て自分のいる場所からは少し外れているのは幸いといったところか……
構えた銃の重みが腕に伝わってくる。
残弾はあと1発のみ。
他の魔弾はすべて撃ち尽くしてしまった。
2人は無事逃げ切れただろうか……
この状況下、ピンチに陥っているのは自分のはずなのにそんな考えが頭をよぎってしまう。
「まさか最後の最後でこいつに頼ることになるとはな」
呻くように独り言ちる。
(頼む、力を貸してくれ。師匠)
弾丸に願いを込める。
もう俺には魔術は使えないのに、意味がないと分かっていても反射的にそうしてしまった。
呼吸を整え、狙いを定める。
ターゲットを見据えた俺は静かに引き金を引いた。
都を出てからもうどのくらい経ったのかよく覚えていない。
もうそろそろ着くはずなんだが。
周りに木々が生い茂る山道を馬車で下りていく。
もう何日も人と話していない。
確か、この間襲い掛かってきた賊が最後の話し相手だった。
1人旅もだいぶ慣れたがそれでも連れがいないのは寂しく思う。
俺が魔力を失ったのはいつだったかな。
下りながら少しでも気を紛らわせる為、考え事に耽ってみる。
俺は半年ほど前まで都で軍人を務めていた。
この世界では魔術は生活に欠かせないものとなっている。
軍人も例外ではなく、攻撃や防御といった戦闘行動にも魔術は必須だ。
もちろん俺もこれまで魔術を使って生きてきたのだが……
異変に気付いたのは1年前のある訓練時の事だった。
自分の放った攻撃の威力が普段より低く感じたのだ。
調子が悪いのか?
当時はその位にしか思っていなかった。
だが日が経つほどに威力は減衰していき、最終的に魔術そのものが全く使えなくなってしまった。
魔術が使えなくてはどうあがいても戦えない。
そう判断した俺は軍人という仕事を辞め、故郷に戻ってきたのだった。
「到着したら何をするかねえ」
都では質素な生活を心掛けていたおかげで蓄えはそれなりにある。
故郷で悠々自適に好きな事をして生活するのも悪くはない。
山道を下りきるとその先には小さな平野とそれに似合う規模の村がポツンと存在していた。
「ようやく見えてきたな」
懐かしい風景を目の当たりにして少し安堵する。
村へと続く道を進んでいると、少し前方に見知った人物を見つけた。
「おーいジェン兄、久しぶりだなぁ。何年振りだっけか」
そう声をかけると振り返り、こちらの顔を見て笑いながら手を上げる。
「おお、ミステルじゃないか。こっちに帰ってくるとは聞いていたけどまさか今日だったとはね」
「本当はもっと早く着く予定だったんだがねえ、思ってたより時間くっちまった。魔術が使えない以上馬の負担軽減もできないからな」
本来ならこの何倍も早く到着していただろう。
「それは仕方ないさ、無事に帰ってこられて何よりだよ」
そういって嬉しそうな表情を浮かべる知的そうな男はジェン、俺の幼馴染だ。
ガキの頃は兄貴のように慕ってよく後をついてまわったもんだ。
「まあ、立ち話もなんだ。馬車に乗りなよ、どうせ行き先は同じだ」
ジェンを馬車に乗せ、村へと進む。
「しばらく見ない間に随分と逞しくなったじゃないか」
隣に座ったジェンは俺をしげしげと眺める。
「まあな、10年以上軍にいたんだ。それなりにガタイはよくなるさ」
そういうジェンの方は昔から全く変わっていない。
少し痩せ気味の体に無造作に後ろで結わえられた髪、眼鏡まで昔のままだ。
しいて変わったところを挙げるなら少し老けたくらいだろうか。
「ジェン兄は相変わらず道具屋やってるのか?」
仕事は道具と魔術を組み合わせることで効率よくこなすことができる。
10数年前までジェンは様々な仕事用の道具の制作、販売を周囲の村に向けて行っていた。
「道具屋は続けているよ。今日も隣村へ配達と道具の修理をしに行っていたんだ。今はその帰りって訳さ」
本当に何もかも昔のままのようだ。
「村に帰ったら父さんのところへ行ってやってくれ。きっと喜ぶよ」
ジェンの父親か……
彼の父親、フリトは俺に戦闘技術を叩き込んだいわゆる師匠というやつだ。
妙な道具を使って戦闘を行う変わった人だった。
俺はそんなところに憧れて教えを乞うようになったのだが……
曰く、昔どこぞの軍で兵士をしていたとのことだったがあの人の様な戦い方をする軍を俺はいまだかつて見たことはない。
「じゃあ、帰ったら真っ先に顔を出すことにするかね」
そう返答するとジェンは満足そうに頷いた。
「そういえば俺の家はどうなってる?」
村を出ていく際にジェンに管理を頼んでいたはずだ。
「しっかり手入れしていつでも住めるようにしている……というか今はカメリエが実験部屋として使っているんだ」
少し申し訳なさそうな様子のジェン。
「いや、好きに使ってくれって言ったのは俺なんだ。気にしないでくれ」
カメリエ、ジェンの娘か。
最後に会った時は小さな子供だったがもう10年も前の話だ、今はもう立派に成長している事だろう。
「実験ってカメリエは一体何をしてんだ?」
「新しい魔術の研究をしているみたいだよ。詳しいことは私にも分からないけれどね」
どうやら父親に似て優秀なようだ。
その後も昔話に花を咲かせる。
気づいたころには村に到着していた。
ジェンを家の前まで送る。
「あぁそうだ、着いたら渡そうと思っていた物があるんだ」
馬車の荷台から大量の剣やら槍といった武器から鉈、斧、鍬や鎌などの農具を抱え出して渡す。
「こんなに大量に一体どうしたんだい?」
山のように積まれた道具類を見てジェンは目を丸くする。
「ここに来る途中に賊に絡まれてな、返り討ちにしてやったんだ。そんで後で復讐されても面倒なんで武装を全部取り上げてきたってだけの事だ」
武器を根こそぎ奪うのは少しやりすぎたかもしれんが、相手は賊だ。
手加減する必要などない。
「まあ、道具作成の材料にでもしてくれ」
「いやはや、魔術が使えない状況下でも複数相手にここまでやってのけるとはねえ。本当に逞しくなったなあ」
道具の山を受け取りながら感動したような声を漏らすジェン。
「じゃあねミステル。後で晩飯を食べに来るといいよ」
「ありがとな、じゃあ遠慮なくご馳走になるよ」
またあとでな。
そう言って俺はジェンと別れた。
「ここに来るのは初めてか……」
ジェンと別れた後、俺は村から少し離れた場所にある墓地に来ていた。
ここに来た理由はただ1つ、俺の師匠に会うためだ。
刻まれた名前を確認してまわっていると、とある墓石の前にぽつりと佇んでいる少女を見つける。
俺はその横顔に見覚えがあった。
「よおカメリエ、久しぶりだな。随分大きくなったじゃないか」
突然声を掛けられ驚いたのだろう。
少女はビクッと身を震わせると恐る恐るこちらを見る。
「なんだ、ミステルおじさんか。いきなり話しかけられたからびっくりしちゃったよ全く」
やれやれといった感じでため息を吐きながら首を振るこの少女はカメリエ。
先ほどのジェンの娘で俺の師匠の孫だ。
俺が村を出たときには確か9歳だったから今は19歳ほどだろうか。
顔は随分と大人びているが、天真爛漫な雰囲気は昔のままだ。
父親と同じように髪を後ろ頭で結って綺麗に纏めている。
「カメリエも墓参りか?」
「うん、まあね。おじいちゃんのところにはよく来るんだ」
そういって墓石の方をちらりと見る。
つまりこれが師匠の墓か。
(ただいま、師匠。帰ってきたぜ)
墓の前で屈み、近況報告をする。
「いやあ、ほんと久しぶりだよね。おじさん」
報告を終え、立ち上がる俺にカメリエが話しかける。
「全くだな、昔はこんなにちっこいがきんちょだったのにいつの間にか立派になっちまってよ」
「えー、そんなに小さくはなかったよ」
手を腰の辺りまでもっていきながら笑うとカメリエがむくれた。
彼女は村に戻る俺の後をついてくる。
「そういえば俺の家で何かを研究しているらしいな」
歩きながら問いかけるとカメリエは少しばつの悪そうな表情を浮かべる。
「なんか勝手に部屋使ってごめんね。丁度いいところがあそこしかなくって、帰ったらすぐに片づけるから」
「俺1人では広くて持て余していた家だ、別に構わんさ。そのまま使っててくれ」
そう答えるとぱっと顔を明るくする。
「本当に? やった! おじさんありがとう!」
今にも飛びかかって抱き着いてきそうな勢いだ。
「それで、一体何の研究をしているんだ?」
「家に着いたら教えてあげるよ。それ関連の物でおじさんに渡してくれって頼まれているのもあるし」
いたずらっぽく笑うカメリエ。
俺に渡すもの? 一体何だろうか。
長年留守にしていた自分の家に入る。
「また随分と凄まじいことになってんな……」
思わず言葉が漏れ出てしまう。
居間はものすごい量の本と走り書きがいくつも書かれたメモで溢れていた。
「おい、まさか他の部屋もこんなんじゃないだろうな?」
すべての部屋がこの有様では俺の生活する場所がなくなってしまう。
「いや、この部屋だけだよ。使っているのは」
カメリエの言葉に少しホッとする。
「えっと、確かこの辺りに……あったあった」
部屋の隅をごそごそと漁り、何やら長い箱を取り出す。
「はい、おじさん。おじいちゃんからの最後の贈り物だってさ」
「師匠が? 俺に?」
カメリエから箱を受け取る。
箱はずしりと重い。
一体何が入っているんだ?
「開けてみなよ」
カメリエに促され箱を開ける。
「こ、これは……」
中には木と金属を組み合わせた杖のように細長い物が木くずに埋まって入っていた。
「おじさんなら使いこなせるっておじいちゃんが言ってたんだけど、使い方わかる?」
ああ、これは……まぎれもない、師匠が使っていたものだ。
確か名前は……
「銃……だな。師匠に使い方を教わったことがある。随分昔のことだが」
どういう原理かは知らんが魔力を使わずに遠距離から攻撃できる武器だ。
「なら良かった。あと、これも一緒に渡せって」
黒い鞘に入ったナイフと黄金色の小さなボトル状の形をしたものを1つ手渡される。
こいつは銃に装着できる武器と銃弾、だったかな確か。
弾……これがないと銃は使えないはずだ。
「なあ、弾が1発しかないんだが」
これでは1発使っただけで後は槍代わりにしかならんぞ。
「大丈夫、ちゃんと代わりの物を作ってあるから」
そう言って今度は薄い金属板で5発にまとめられた弾を渡してくる。
下の部分は先程の物と同じ黄金色の金属だが先端部分が淡い水色の結晶でできている。
「これは魔力結晶か?」
結晶を指でなぞりながら質問する。
もしそうならこの結晶には何かしらの魔術が込められているはずだ。
「ご名答、もう1つあった弾とその銃を調べて作ったんだ。その弾には爆発術と硬化術の2種類の魔術を込めてあるよ」
「爆発に硬化ねえ、2つの魔術にはもちろん意味があるんだろ?」
俺には見当もつかないがちゃんと考えて作られているのだろう。
「ぶっちゃけ硬化に関しては他の魔術でも問題ないよ。オリジナルと同等の貫通力を得る為だけの魔術だし」
自信満々な表情で説明を始めるカメリエ。
「重要なのは爆発の方、おじいちゃんが残した資料と私が弾を調べたところによるとね、銃は燃える粉……火薬っていわれてるみたいだけどこの火薬の爆発力で弾を飛ばしているみたいなの」
火薬、聞いたことないな。
「火薬の作り方は色々調べてみたけどどうしても分からなかった。おじいちゃんも作ろうとしていたみたいだけどうまくはいかなかったみたい」
「そこで火薬の代わりに爆発術を使おうって思った訳。でもこれが結構難しくって、元々火薬を使うことを前提にしていたから魔術を利用してもうまく動くようにするのが大変だったんだ」
爆発が強すぎても銃が壊れちゃうしね。
そう言って苦笑いを浮かべる
「なるほどなぁ……なあ、試しに使ってみても良いか?」
各部の状態を確認しながら聞くとカメリエが待ってましたと言わんばかりに喰いついてきた。
「勿論!テストならおじいちゃんが使っていた場所があるからそこを使うと良いよ」
なるほど、あの場所なら人も通らないから流れ弾の危険もなさそうだ。
「じゃ、さっそく行くとしますか」
銃についている革製の紐を肩にかけ、近くの山に向かおうとすると俺の後をカメリエが追いかけてくる。
「なんだ、一緒に来るのか?」
「おじさん一人で行くつもりだったの? その魔弾を作ったのは私なんだから一緒に行かなきゃ。それに良いデータが取れるしオリジナルとの違いはどうか知りたいし」
振り返りざまに問いかけると彼女は少し不機嫌そうな顔をする。
「魔弾ねぇ、またずいぶんとストレートな名前だな」
「魔術の弾丸だから魔弾。物の名前はわかりやすさが肝心なんだよ」
どうやら名付けに強いこだわりがあるようだ。
「そういえばさっき聞きそびれたが俺の家で何の研究をしているんだ?」
目的地への道すがらずっと気になっていたことを聞いてみた。
「ん~、簡単に言うと新しい魔術の開発……かな」
後ろ頭に手をやりながら答える姿は彼女の父親にそっくりだった。
「おじいちゃんが亡くなって遺品の整理をしていた時の事なんだけどね。部屋から沢山の本が出てきたんだ」
カメリエは話を続ける。
「本の内容はおじいちゃんの日記、他にはメモ書きが多数や何かの図面が描かれている物もあった」
「日記にはとても興味深い事が書いてあって、おじいちゃんがこの世界の住人ではない事。元いた世界では魔術は衰退していて代わりに科学というものが発達している事。おじいちゃんはこの国と同じ名前の国、つまりアルメリア王国で軍に入っていた事が事細かに書かれていたんだ」
「おじいちゃんはずっと元の世界に帰る方法を探していたみたい。メモ書きのほとんどがそれに関係することばかりだったから……」
結局最後まで見つけられなかったみたいだけど……
少し沈んだ調子でそう呟くが、すぐに元の明るい声に戻る。
「私はそんなおじいちゃんが最後まで叶えることのできなかった願いを実現する為に研究を続けているんだ」
「仮に別世界へ行けるようになったとしたらお前さんはどうするつもりなんだ?」
話を聞いていてふと疑問に思ったことを口にしてみる。
「おじいちゃんのお墓を移してあげたい。生まれ育った場所の方がいいだろうし何より元の世界に戻ることが悲願だっただろうから…… それに私もその世界にすごく興味があるんだ。魔術の無い世界なんて考えられないから一度この目で実際に見てみたいんだよね」
そういって彼女は無邪気に笑った。