巡り合い
これより十五年前、原田武雄が通って居る学校の北方に有る福島家に新婚の夫婦が居た。
ある夜新妻は、不思議な夢を見た。夢の中で新妻は、夫と自分が仲良く寝て居る枕元にお寺で見た事のある様な仏様と仏様の後ろには、神主が着ている様な白い装束の者が付いて居た。
仏様の手には、白く光る卵大の玉が有り、仏様は、その玉を新妻の身体に入れた。
仏様は後ろを振り向き後ろに居る白い装束の者に何やら話しかけていたが、白装束の者は、仏様に頭を下げてお礼を言って居る様だった。
仏様と白装束の者は、寝て居る夫婦を見て笑みを見せながら消えて行った。
新妻は朝起きると夫に
「ねぇ貴方、私昨夜おかしな夢を見たのよ」
「ふーん、どんな夢なの」
「それがねっ仏様が私の身体に光る玉を入れたのよ」
「君、それは吉兆だよ、子供が授かったのだよ」
「本当に?」
十ケ月経って新妻は、玉の様な女の子を産んだ。
その子は、月子と名づけられ、両親と祖父母の愛情に包まれ、利発でよく笑い活発な誰からも好かれる女の子に育って行った。
転気が訪れたのは、月子が小学五年生に成った時だった。月子のクラスに一人の転校生が入って来たがその子は、動作が鈍く虐めの対象に成ったのだ。
月子はその転校生を庇った為にクラスの一部の女子から嫌がらせを受ける事に成る。
嫌がらせは、月子が六年生になるまで続いたがその転校生が転校すると虐めに加わって居た女子が手の平を返す様に月子にすり寄って来たのだ。
この時から月子は、友達も作らず何時も一人で笑う様な事が無くなったのだ。
中学生になっても何時も一人だった。月子は美山高校に進学したがクラスメートと打ち解ける事は無かった。
月子は、一学期に行われた模擬試験で成績がトップだったのである。当然男子の間では、ミス美山として注目を浴び、月子に言い依る者も居たが月子は、相手にしなかった。
その結果、冷血女とかガリベン女子と悪口を言われ、男嫌いと陰口を叩かれる事に成ったのである。
話は変わって、師走のある日曜日、僕は、市のスポーツセンターでおこなわれる。試合の応援の為家を出た。
先日教室で友達の今田が
「おい原田、今度の日曜日にスポセンで俺達最後の試合があるんだ。お前絶対に応援にこいよ」
「どうして絶対なんだ」
「実はな、試合の後に、仲間と打ち上げをするんだ。それにお前も招待する事にしたんだ」
「どうして僕を、退部して一年もなるのに」
「お前が家庭の事情でサッカーを続けられなかった事は、全員知って居るし、まだ仲間と思って居るからさ、だから絶対応援に来いよ」
「有難う、応援に行かせてもらうよ」
その日家を出て列車に乗ったが列車が遅れた為に僕は、駅前のバス乗り場に急いだがセンター行きのバスは出た後だった。
試合開始には、まだ時間が有るが、仕方が無いので隣町行きのバスに乗りスポーツセンターの麓の北側にあるバス停で降りた。
僕は、バス停からセンターまで歩きだしたが途中細い横道のある小さな交差点でセンターの方から一台の自転車が降りて来て僕が見ている前で自転車は、横道にハンドルを切り曲がろうとしたが、その時タイヤが滑りそのまま自転車ごと土手の下に悲鳴とスカートの花を咲かせながら落ちて行った。
僕は慌てて土手に駆け寄ると
「君、大丈夫かい」
と声を掛けると彼女は、僕の問いかけに足をさすりながら
「足が痛いけど捻ったのかしら」
僕は、彼女の顔を見てハットした。
「この子、幽霊の少女に似ているが、でも歳が違う」
僕は、彼女の制服を見てこの子は美山高校の生徒だと思った。
美山高校は、市内でも一番の進学校で有名な高校である。
僕は、低い土手を降りると、彼女に
「大丈夫かい。動けるかい」
と声を掛けながら手を差し伸べた。
「うん有難う、足が痛いけど立ってみるわ」
僕の声掛けに彼女は、顔を上げながら僕の手を取ると、僕の両手を握り締めた。
その瞬間彼女の背筋を、えも言われぬ感覚が突きぬけた。
彼女は、驚いた様に僕の顔を見つめたが、僕は彼女の両手を取ると
「立てるかい。引っ張るからね、よいしょ」
と声を掛けながら引き揚げると彼女は、一度は立ち上がったが余程痛かったのか
「痛い、痛い」
と言ってその場に崩れ落ちる様に、しゃがみ込んでしまった。
「立てないか、弱ったなぁ―、君お家は遠いいの」
「此の先を曲がった所よ」
「お家の人、誰か居るの」
「うぅん誰も居ないわ」
「そうか」
僕は、彼女の側に転がっていた自転車を道路に上げ彼女の所に戻ると、背を見せながらしゃがみ込み
「おぶさりなよ、お家まで送って行くから」
と背を向けると
「でも、私」
「何時までも此処に居る訳にもいかないだろう」
僕の説得に彼女は、僕の背中に手を掛けた。僕はその手首を掴み肩にかけ後ろ手で彼女のお尻に手を回すと
「よいしょ」
と声を掛けながら背負い上げ、そのまま土手を上がり一旦彼女を背負い直すと、彼女の言って居た方へ歩き出した。
月子は、男の広い背中に背負われて身体を揺すられると、身体の奥底から筆舌しがたい気持ちが浮き上がって来る。
それは幼い頃母に抱かれてまどろむ様な気持ちと同じだった。
「御免なさい。私、重いでしょう」
「そんな事は心配しなくて良いよ、それよりお家に帰っても一度お医者様に診て貰った方が良いよ」
「有難うそうするわ、私、福島月子と言うの貴方は」
僕は、彼女の名前を聞いて一瞬どこかで聞いた様な名前だと思った。
「そうだ福島月子、あの幽霊少女と同じ名前だ」
そう言えば、始めに見た時、面影が似ていると思ったが、名前も同じとは、これは単なる偶然だろうかと思ったが口には出さなかった。
「福島さんか、僕は原田武雄です」
「そう、原田さん、私は、以前貴方に合った様な気がするのだけど、私の勘違いかしら」
「僕は、知らないです、福島さんとは、初対面だと思いますよ」
「だったら、私の勘違いなのね」
月子は、そう言いながらも
「私は、何故此の人に気持ちが引かれるのだろう、此の人の云う様に初めて会ったばかりなのに、何故こんなに心が揺れるのだろう」
と思った。月子の心は、今、理性と感情が鬩ぎ合いをしているのである。
月子は、逞しい男の背中に背負われたまま身体の力を抜き彼の背中にその綺麗な横顔を着けた。
「私は、この人を知っている。けど思い出せないまるで深い霧の中で相手がぼやけて捜す事が出来ない。何故思い出せないのだろう」
男に背負われ鼓動を聞いていると月子は、その鼓動が何故か以前聞いた様であり、懐かしく心が安らぎ、心地よい気持ちになった。
暫く歩き道を曲がると
「その先が私の家よ」
道を曲がり少し歩いて居ると反対側の家の前で立ち話をしていた婦人の一人が私達を見て
「まぁ、月ちゃんどうしたの、男の子におぶさって」
「あっ、おばちゃん嫌だ、私、変な所を見られて」
彼女は、余程恥ずかしかったのか咄嗟に顔を隠した。
僕は、婦人に声を掛けられ彼女を背負ったまま足をとめた。
「どうしたの、怪我でもしたの」
「うん、大した事は無いの、その先で転んで足を痛め此の人に送って貰っているの」
「大丈夫かい。お家の人いないでしょ」
「はい、お家に帰れば大丈夫ですから」
「そぉ、大丈夫、大切にね」
と言って離れて行った。僕は彼女を背負ったまま軽く頭を下げた。
婦人は、話相手の所に戻ると
「御免なさい待たせて」
「あの子大丈夫なの」
「本人が大丈夫って言って居るから大丈夫でしょ、でもちょっぴり吃驚したわ」
「どうして」
「だってあの子男嫌いかと思っていたから、まさか男の子におぶさって、あんな笑顔を見せるとは、夢にも思わなかったもの」
「そうなの、そんなに変った子には見えなかったけど」
「そうなのよ、あの子何時も一人で笑って居る所や友達と一緒の所など見た事は無いのよ」
「貴方の云う事が本当なら確かに変わって居るわね、でもどうしてそうなったの」
「それはね、あの子が小学五年生の時にね、転校生の虐め事件が有ってね、あの子が一人味方をしたの当然あの子も虐めの対象となったのだけどあの子は、一年間負けなかったの、その転校生も六年生に上がる時に転校したの、その時からあの子は、笑わない子になったのよ」
「へーぇそんな事件があったの、知らなかったわ」
「そうでしょ、虐めた子供の親に有力者が多数いて事件そのものを握り潰したのよ」
「それでどうなったの」
「あの子は、五年生に成るまでは、朗らかで頭は良く綺麗だしスポーツもテニスと水泳をしているし、普通の子なら友達に成りたいと思うでしょ、でもあの子は、虐め事件から何時も一人で友達は居ないと言うより作らないみたい」
「虐めの後遺症なの」
「そうらしいわ、お婆さんが言っていたけど、家の孫娘が笑わなくなったって、でも挨拶は、きちんとするのよ」
「良い子は、良い子なのね」
「そうでしょ、そんな子が男の子におぶさって嬉しそうにしているのよ」
「あの子も、あの男の子が好きなんでしょ、好きな人に背負われて嬉しくない子なんていないもの」
「そうでしょうね、あの笑顔だものね、あの子も普通の女の子だったのね」
僕は、彼女を背負って歩き生垣の大きな家の前に来ると
「ここが君のお家かい」
「そうです。でもお家の玄関は、締って居るから横に回って呉れる」
云われた通り横のドアを開け小縁に彼女を降ろすと
「一人で大丈夫かい。お家の人に連絡した方が良いよ」
「今日は本当に有難う御座いました。これから母に連絡して病院に連れて行って貰いますから」
「それでは、僕はこれで失礼するよ、お大事にね」
と言って僕は彼女の家を出てスポーツセンターへ急いだ。
センターに着くと試合が始まる直前だった。僕が応援席に行くと今田が駆け寄って来て
「おい遅いぞ、どこで油を売っていたんだ。試合が始まるじゃないか」
「御免・御免遅くなって」
「何かあったのか」
「別に、ちょっと寄り道をしただけさ」
「そうか」
僕は、その日応援が済むと友達の誘いを断って真っ直ぐ家に帰った。
忘れようとしていた幽霊少女の事が、あの女子学生と出会った事で様々と思い出されたのだ。
「母さん、只今帰りました」
「おや、もう帰ったのかい早かったね」
「はい、試合が早く済みましたからね、僕、裏の畑に行きます」
「お前、無理はしなくて良いよ」
「僕なら大丈夫、昨日の残りを、かたづけて来ますから」
僕は、鍬を肩に裏の畑に出かけた。家に居ると幽霊少女の事ばかり思ってしまう、心が乱れた時は身体を酷使するに限る。
疲労しきった身体と頭を空っぽにしてぐっすり眠れば心がバランスを取り戻し、乱れた心が落ち着く事に成る。
次の日学校に行くと今田がやって来て
「おい原田、何故昨日帰ったんだ」
「御免、用事を思い出したから失礼したよ」
「残念だったな―原田、俺達あれから美山のテニス部の女子と合懇したんだぞ」
「それは良かったね、でもお前によく美山高校の知り合いがいたもんだ」
「俺に、そんなもの居る訳無かろう、高田と言う一年坊主の同級生が、たまたま入った喫茶店に居てそいつの引きつり引っ張りで美山のテニスの連中と合同したのさ、そこで美山の二年の子と意気投合してさ、楽しかったぜ」
「それは良かったね、女の子には縁が無かった君にも女子の友達が出来たんだ」
「あぁ俺も今までは、サッカーが恋人だと思っていたが昨日女の子と話をしてみて楽しいと思ったぞ」
「遅まきながら、君にも春がきたわけか、所でその二年の女子とは、今後どうするつもりだ」
「あぁ細田さんか、バッチリ今度二人で会う様にしている」
「へーえ、君にしては、手回しが良いね、細田さんて言うんだ」
「とてもいい子だぜ、そのうちお前にも紹介してやるから」
「うん、楽しみにしているからね」
今田は、ルンルン気分で教室を出て行った。
その頃月子は、傷めた足をかばいながら松葉杖を頼りに教室に入って行くと同じテニス部の橋本末子が月子を見るなり
「まぁ福島さん怪我をしたと聞いたのに大丈夫なの」
「有難う、昨日の講習と練習サボって仕舞って御免ね」
「そんな事は、いいけど怪我はどうなの」
「たいした事は無いのよ、少し足首を痛めただけだから」
「その足では当分部活は、駄目ね」
「仕方無いわ、放課後に部活の先生に、当分部活を休みます。と連絡するわ」
「残念だけど仕方ないわね、それより貴方には悪いけど昨日面白い事が有ったのよ」
「何か有ったの」
「それがね、練習が済んで先輩がコーヒーを飲みに行きましょ、と言いだして喫茶店に入ったら私の中学の同級生が居てね、その子工業でサッカーをしているんだって、私達が立ち話をしていたら双方の先輩達が良い機会だ、お互いに紹介しようではないか、と言う事になり美山高校のテニス部と工業高校のサッカー部が合懇したのよ,内が一人欠席者が居ますがと言うと相手も一人欠けているけどと言って居たわ、それからは話に夢中で楽しかったわ」
「良かったわね、お知り合いが増えて」
「そうよ、カップルも三組程出来たのよ」
「あらまあ、それって誰誰なの」
「二年の細田さん、今田さんて言う三年の良い人よ、あれはもう細田さんの方が夢中ね、もう一組は、二年生同士で町田さんと山下君と言う男子よ」
「それで、もう一組は?」
「へへへ私」
「えっ貴方もなの」
「同級生の高田君と話していたら、僕達付き合わないかって口説かれてつい連絡先教えちゃった」
「それで、これからどうするの」
「少し付き合うつもりよ、福島さんも来てたら良かったのにね」
「私は、いいわ、興味無いもの」
「そんな事云って居るから男嫌いって陰で云われるのよ」
「あら失礼ね、私でも好きな人は居るわ」
咄嗟に口から出た言葉に月子は、昨日の原田武雄の事を思い浮かべた。
昨日別れてから月子の心は乱れに乱れていた。理性と感情がぶつかり合って自分自身が制御出来ないのだ。感情が
「私は、何故あの人に魅かれるのだろう」
と思うと理性が
「今日初めて出会って、たかが数十分程背負われて別れただけの人なのに魅かれる事が理解出来ない」
すると感情が
「好きに成るのに時間の長短は関係ない」
理性が反論する
「あの人の何を知って居るつもり、たかが数十分程で、百歩譲って好きに成ったのは仕方ないとしても、私だけの思いこみにすぎない」
月子は、ベッドの上で悶々と一晩中考えて
「私はあの人に恋をしたのだ」
と言う結論に達した。理性が
「恋とは、その様に簡単に出来る物なの?」
理性の問いかけに、一つ一つの感情を考えると結論は正しいと思わざるを得ない。一旦そう思うと不思議に心が落ち着いのだ。
昨夜の事を思い浮かべ月子が黙って居ると
末子がすかさずたたみかける様に
「嘘、嘘よね、福島さんと似合いの人なんていないもの」
「そんな事は、無いわ私にだってちゃんと好きな人は居ます」
「本当に」
「えぇ本当よ」
「だったら名前教えて」
咄嗟に云われて月子は、言葉に詰まった。すると末子が
「ねえ、どこの誰なの名前ぐらい教えてよ」
クラスメートも私達の会話を側耳を立てて聞いて居る。月子はやむなく
「原田武雄さんよ」
「原田さん、我が高校の人なの」
月子が首を振ると
「違うのね、他校なのね、何処の学校の人なの」
月子が黙って居ると末子は
「もうここまでバレタのだから云いなさいよ」
「もう仕方ないわねぇ工業の人よ、ただしこれは私の片想いよ」
「えっ、ミス美山の貴方が片想いだってウッソー」
二人の会話は、瞬時のの内に全校に広まった。
「男嫌いのミス美山が片想いをしているって」
「嘘だろう、そんな、うらやましい奴どこの誰だ」
「なんでも工業の原田って奴らしいぜ」
次の日僕が教室に入ると今田が飛んで来て
「おい、原田お前聞いたか」
「何を」
「何だ、聞いて居ないのか、いいか驚くなよ、ミス美山がお前を好きだってよ」
「誰だい、ミス美山って」
「お前知らないのか、ミス美山こと福島月子だよ」
「あぁ、あの子か」
「知って居るんだな、このヤロウ俺にも黙って居やがって」
「違うよ、この前の日曜日にスポセンの北側の交差点で自転車が転んだ所に行き合わせ助けただけだよ」
「お前が遅れたのは、それか、ミス美山とは、それだけか」
「それだけだよ」
「可笑しいなーミス美山が恋人宣言をした男が原田武雄と聞いたんだが」
「誰に聞いたのだ」
「高田が俺の所にお前の事を聞きに来たんだ。ミス美山がお前に惚れているって」
「君の聞き間違いだろ、僕は、福島さんとは、あの時に初めて会ったんだよ」
「そうだな―野暮天のお前にミス美山が惚れる訳など無いわなー人違いだなぁ―高田に確かめてみよう」
と言って今田は、教室を出て高田の所に行くと
「おい高田、原田は、僕は福島さんは知りません。と言って居るぞ」
「可笑しいですね、確かに橋本さんは、原田武雄と言っていたけどなぁー、今田先輩他に原田武雄と言う様な人が居ますか?」
「俺が知っている限り原田と言う名字の三年生は五人居るが原田武雄は一人だけだぞ、一年生か二年生では無いのか?」
「おかしいなー、一年にも二年にも確かめたのですが居なかったんです、本当に原田先輩は知らないと言ったんですね」
「原田は、この間の日曜日に初めて会ったばかりでそれも数十分程だったらしいぞ」
「それだったら惚れると言うのも可笑しいですね、まさかミス美山が原田先輩をダシにつかったとか」
「まさかね、ミス美山はどうして原田の名前を言ったのだろう、おい高田、お前も訳が知りたいと思うだろう」
「そうですね、今田先輩、僕橋本さんに連絡して聞いてみます」
[後で俺にも教えてくれるか]
「分りました」
高田は、橋本末子に連絡した
「橋本さん、原田武雄と言う人は、今田先輩の友人だったので先輩に聞いてもらうと原田先輩は、福島さんの事は、知らないと言う事ですよ」
「えっ本当に、でも確かに福島さんは、原田武雄って言っていたけど」
「それがね、原田先輩の云う事には、先日の日曜日に怪我をした人を助けたのが福島月子さんと名のった。唯それだけだ。と言ったらしいですよ」
「日曜日に福島さんが怪我をしたのは、間違いないけど福島さんは、自転車で転んだだけと言っていたけど、その時原田さんと知り合ったのかしら」
「今田先輩が聞いたら原田先輩は、その様に返答したそうですよ」
「だったら福島さんは、怪我をした時原田さんに助けて貰って好きに成ったと言う事なの」
「そうでしょうね」
「だから片想いって言ったのかしら」
「そうでしょうね」
「ねぇ、ねぇ高田くん良い事を思いついたのだけど聞いてくれる」
「何を思いついたの」
「あのね、私達で福島さんと原田さんを引き合わせて見ない」
「うん、それは面白そうだ。今田先輩に話をしてみるよ」
「お願いね、あの理知的な福島さんが私の片想いと言う人と会ってどの様に告白をするか、私思っただけでワクワクするわ」
「僕は、原田先輩がミス美山に告白されて、どの様な顔するのか、それからどの様な態度をとるのか、これは見ものだね」
高田は、今田に橋本の提案を話すと
「おい高田それは、面白い明日打ち合わせをしないか」
「良いですね、僕橋本さんにその様に連絡します」
その日橋本末子がテニス部の部室に入ると細田綾子に呼び止められた。
「橋本さん、貴方達面白い事を企んでいるのね、私も混ぜなさいよ」
「細田先輩、何の事です」
「惚けても無駄よ、私今田さんから聞いたのだから」
「そうだった、先輩は、今田さんと付き合って居たんだ。だったら細田先輩、他の人には内緒ですよ」
「分ったわ、他の人には話さないわ、所で打ち合わせは何処でするの」
「明日は、部活が有りませんから放課後に駅前の喫茶店を予定していますが」
「明日の放課後ね、私絶対行くから誘ってよ」
「はい、では明日呼びに行きますから」
「お願いね」
次の日四人は、喫茶店で会い入念な打ち合わせの上二人を次の日曜日にこの喫茶店に呼び出し会わせることにした。
幸い二人共付き添う相手方の顔は、知らない。つまり武雄は三人の女性の内月子しか知らないし、月子は、三人の男性の内武雄しか知らないのだ。
次の日橋本末子は、教室で月子に
「おはよう福嶋さん、今度の日曜日に付き合ってくれない」
「何か有るの」
「うんテニス部の事でちょっと、駅前の喫茶店で十時に会う様にしているの」
「テニス部、いいけど他に誰か来るの」
「私と細田さんだけよ」
「良いわ、駅前の喫茶店で十時ね」
そのころ武雄も今田に
「おい原田、今度の日曜日暇か、暇ならら俺に付き合って呉れないか」
「良いけど」
「じゃー約束したぞ、日曜日の十時に駅前の喫茶店で会おう」
僕は、日曜日に家を出て列車に乗り駅に着くと駅前に今田と高田が待っていてくれて
「おーい、原田こっち、こっち」
と手招きしてくれた。それより少し前に女性陣三名は、喫茶店に入って行ったのだ。
「原田、そこの喫茶店で打ち合わせをするぞ」
「今田、何の打ち合わせをするんだ」
「いいから、いいからお前にプレゼントを考えているのさ、喫茶代は、俺が奢るからさ」
「珍しいね、君からその様な事を聞くとは、な」
と言いながらお店に入ると先に入った今田が席を指定したが隣の席には、女学生が三人いて内一人が背を向けて座って居て、その女学生の背中合わせの椅子を今田は引き出し僕に
「おい、お前ここに座れ」
僕は云われるままにその席に腰を降ろし対面に今田と高田が座り二人共何が可笑しいのかニヤニヤしていた。
「所で何の打ち合わせをするんだ」
「まあまあ、慌てるな、折角こうして喫茶店に来たのだからゆっくりして行こうぜ、なっ高田」
「はい先輩もゆっくり出来るんでしょ、僕コーヒーを頼んで来ますから」
僕と今田は、話のきっかけがないまま、後ろの女学生の会話を聞くとは無しに、ぼんやりと窓の外を見ていた。
「ねぇ細田先輩、彼氏とは、その後どうですか」
「嫌ねぇ、私の口から云わすの、私依り橋本さんの方はどうなのよ」
「私ですか、勿論ラブラブですよ」
「まぁ抜け抜けと、所で福島さんの噂を聞いたのだけど、あれ本当のところ如何なの」
「私ですか、どの様な噂です」
すると末子が
「ほら私に、云ったでしょ、貴方の好きな人よ」
「噂は、本当なの?」
綾子と末子の問い詰めに月子は、頬を染めながらコックと頷いた。
「本当なのね、それで貴方どうするの」
「どうするって」
「じれったいわねぇ、その人に告白するの、しないの」
「だってその人とは、会えないもの」
「だったら、もし会えたら告白するの」
月子は、暫く下を向いて考えていたが、首を上げ二人を見つめ、きっぱりと
「はい、そのつもりよ」
それを聞いた綾子が
「今田さん、今の言葉聞いたでしょ」
「あぁ確かに聞いたよ」
月子と武雄は、吃驚して誰と話をしているのかとお互いに後ろを振り向くと
「あっ君は」
「えっ貴方は」
二人共見つめ合い絶句した。暫く見つめ合っていたが月子は
「嫌だ、あたし」
と言うなり両手で真っ赤になった顔を隠した。僕も今田に
「これはどういう事だ」
すると今田は、ニヤニヤしながら
「だから言っただろ、プレゼントをするって」
今田は、綾子に
「細田さん、そろそろネタあかしをしょうぜ、おい原田席を変われお前の席は、細田さんが座って居た席だ」
と言って今田と高田、細田と橋本の四人が立ち上がり、僕を月子の正面に座らせると、僕とと月子の前に立ち
「さあ俺達は、邪魔者だから退散しょうぜ」
すると末子が月子に
「福島さん頑張ってね」
と小声で云うと四人は、笑いながら喫茶店を出て行った。
残された二人は、暫く無言でお互い視線を会わせなかった。
僕は、彼女の顔をまともに見られなかったのである。
幽霊少女に似ていると言うよりあの子が此の人の歳になったら、この様な姿形に成るのだろう、と思うと胸の奥底を絞られる思いがする。
口火を切ったのは月子だった
「あのぅ、その節は有難う御座いました」
と頬を染めながらお礼を言った。
「足の方はどうですか」
「あれからお医者様に行きまして足首を痛めているから、お大事にと言われました」
「大事にならなくて良かったですね」
これを機に二人は、会話を始めたが、月子が思いつめた様に武雄に
「原田さん、私確かめたい事があるのだけど手を貸して頂けます」
「えっ、手をなぜ?」
月子は、頬を染めたまま返事が出来なかった。その様子を見た僕は
「僕の手で良かったらどうぞ」
と言ってテーブルに手を置くと月子は、恐る恐る両手を伸ばし僕の手を取り、握り締めた。
その瞬間月子の背筋を得も言われぬ感覚が突きぬけた。月子は思わず
「これよ、この感じよ、私やっぱり貴方と手を繋いだ事が有るわ」
僕は、訳が判らず、手を握られたまま
「どうしたの、福嶋さん前にも言ったけど君とはこれで二度目だよ」
すると月子は、武雄の手を握り締めたまま首を激しく振り
「違う、違うは、私、貴方と手を繋いだ事が有るのよ、でも其処から先が判らないのよ」
「どうして、そう思うの」
「分らない、分らないのよ、でも、でも手が覚えているのよ」
と訳の分らない事を言う
「君、手が覚えている。とは、どういう意味なの」
「笑わないでね、私にも、分らないけど、でも貴方と手を繋ぐと頭の中で手を繋いだ事が有る。と思うのょ、私って変でしょ」
「君は、何時からそう思う様になったの」
「貴方に助けて貰った時よ」
「今迄に、こんな事が有った事有るの」
「いいえ、この様な感覚は、貴方が初めてよ、だから私は悩んだのよ、何故、何故って一晩中よ」
「そうでしょうね」
「私、初めて貴方に出会った時に初対面とは、思えなかったの、だから貴方に尋ねると知らないと言われるし、一晩中悩んだわ」
僕は、彼女の言葉を聞きながら不思議な思いがしていた。
目の前に居る彼女と幽霊少女が重なって来る様な気がし、彼女が僕の心の空洞を埋めて行く様な気もした。
すると彼女が思いつめた様に僕を見つめると
「私、貴方にお願いが有るの」
「僕に、僕に出来る事なの」
「えぇ、貴方は別に何もしなくても、唯、私確かめたい事が有るの」
と言いながら彼女は、席を立ち僕に
「そこに立てって呉れます」
僕は、彼女に云われるままに席を立った。すると彼女は
「御免なさい」
と言うと、そのまま僕の身体に抱きついた。吃驚したのは、カウンターに居たマスターとウエイトレスだ。
二人が、まさか店内で抱き合うとは、思わなかったのであるこの事は、学生の間に静かに広まった。
僕に抱きついた彼女は
「これよ、私が求めていたものは、離さないもう絶対に離れない」
彼女は、僕に抱きついたままだったが僕は、周囲の好奇な目にさらされたが不思議に恥ずかしいとは、思わなかった。
僕は、静かに彼女の肩を持ち身体から離すと
「君は、僕に何を求めたいの」
彼女は、暫く僕を見つめていたが首を振り振り席に着くと
「分らない。分らないのよ、何故か貴方に抱きつくと気が昂って、変な女って笑わないでね」
「離さない。離れないとは、どういう意味なの?君にも言って居る様に僕は、君と会うのは、これで二回目だけど」
僕の質問に彼女は頬を染めながら僕を見つめ前屈みになりながら小声で
「それがねっ、笑わないで聞いてくれる」
僕も彼女に合わせ前屈みになった。二人の距離が近くなり、傍から見るとまるで恋人同士の会話に見えると思えた。
「どの様な事なの」
「実わね、私、貴方と手を繋いだり、貴方に抱き付くと以前にも貴方と手を繋いだ事が有ると思ってしまうのよ、それが不思議な事に何時の事か判らないのよ、思い出そうとすると霧が掛った様に右も左も判らなくなるの、私って変なのかしら」
「今迄、その様な事が有ったの」
「無いわ、貴方が初めてよ、私、男嫌いと陰口を云われるぐらいだもの」
僕は、彼女の話に頭を上げ彼女を見つめた。此の人は、今迷っている。
理性と感情のコントロールが出来ないのだ。この様な時に
「君の魂は、幽霊少女で君は、その生まれ変わりだ」
と教えても彼女は、混乱するばかりだし、第一今迄福島月子として、過ごしてきた時を否定する様な気がした。
此の人の前では、あの幽霊少女の事は、絶対に話してはいけない。と思ったので僕は冗談を言う様に
「ひょっとすると、君と僕は、前世で夫婦か恋人同士だったのかも知れないね、ははははは」
すると彼女は、反論するどころか
「そうね、そうかも知れないわ」
と僕の冗談に納得する様に頷いた。僕はその様子を見て彼女に
「君、そんな冗談で納得してもいいの」
「私だって冗談だって判るけど、けど」
「けど、なに」
「貴方の云う冗談が一番ぴったりくるのよ」
「それは、冗談が冗談でないと言う意味なの」
彼女は、うつむいて居た顔を上げると
「そうよ、貴方、私、嫌い」
彼女に見つめられ正面を切って云われると、僕は慌てて
「好きとか嫌いとか云われても、こんな僕で良かったら友達に成りますけど」
「本当、本当に私と交際してくれる」
「僕は、かまわないけど、君、本当に良いの」
僕の言葉に彼女はテーブルの上に手を出して
「約束よ、指切りをしてくれる」
僕は、黙って彼女の小指に絡ませて指切りをした。
「私、嬉しいこれで落ち着くわ」
僕と彼女は、少し話をし、次の日曜日に会う約束をして、喫茶店を出た。