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幻想(その思い)  作者: 富幸
3/6

僕と幽霊

 僕は、原田武雄、僕が高校三年生の時に学校行事の為帰宅が遅くなり最終列車で最寄駅に付いた時に下車したのは、僕を含め三名のみであった。

 駅を出ると明かりが有るのは、駅前広場だけであった。

 僕の家は、駅から一キロ程離れた山寄せに在り駅に出る時は、良いが帰りは、大変である自転車に乗れない急な坂道が二ケ所在り、その一つが蓮台寺跡の丘であった。

 道は、この丘を囲むように付いて居るが、近道が有り、それが細くて急な坂道で蓮台寺跡の広場を横断している道である。

 その道は、普段の通学には、利用はしていないが、その日は、最終列車で遅く成ったのとあまりに綺麗な月明かりに僕は、ふと近道をしようと蓮台寺跡の広場を通る道を選んだのである。

 その広場に在る御堂の前を通りかかった時に僕は、何かに触れ衝撃を受けると、その場に倒れ気絶をしてしまった。

 不思議な事に僕が、気絶している時に、僕自身が倒れている自分を見て居るのである。

 すると白い装束を着た者が小さな女の子を僕の身体の中に押し込めたのだ。

 女の子は、暫く僕の身体を出たり入ったりしていたが、やがて僕の身体に入ったまま出て来なかった。

 その時僕は、気が付いたのだ

「イテテテ,なんでこんな所で転ぶんだ、それにしても変な夢を見たものだ。あぁ気を失って居たから夢じゃないや、頭でも打ったかな、奇妙な事を思うもんだ」

 僕は、倒れている自転車を起こし周りをキョロキョロしたが辺りには、何も無く広場には、満月の光りの中に僕一人が居るだけであった。

 僕は御堂に軽く頭を下げて家路を急いだ。

「ただ今―母さん遅くなって御免」

「お帰り、お腹が空いただろ早く食事にしなさい」

 僕は、食事と風呂を済ませ部屋に入ると机に向かった。

 暫くの間今日学んだ復習と予習を済ませると寝床に入った。

 どのくらい寝て居たか分らないが誰かが僕の身体を揺すって居る

「ねぇねぇ起きて」

 僕は、薄目を開け横を見ると着物を着た少女が僕の側にチョコンと座っている。

 僕は、その少女を見ながら

「あぁ、又夢を見て居る。この少女は、御堂の前で白い装束の者と一緒に居た子で僕の身体に入って来た子だ、何故同じ夢を見るのだろう」

 寝惚けた頭で考えて居ると、少女が僕の頬をその小さな指でつぅつきながら

「ねぇ目が覚めた」

 僕は、これは夢じゃない。と思うなりガバッと飛び起きた

「もぅー吃驚するじゃない。急に飛び起きて」

 僕は、少女を見ながら

「君は、君は」

「大きな声出さないでよ、家人が起きるから、わかった」

 僕は、少女の言葉に思わずコックリと頷き口に手をやって小声で

「君は、誰なの何か僕に用が有るの」

「別に用って程では、無いのだけど今日から貴方の身体に一ケ月に限り住む事になったので、その挨拶に出て来たのよ」

「僕の身体に、どうして君が、君は一体何なの」

「私ね、名前は、福島月子と言うのよ、うーんそうね、幽霊みたいなものよ」

「何故、僕に幽霊が見えるの、それに君は、幽霊だと言うけど何故僕をつぅつく事が出来るの、それに君には、足が有るじゃーないか」

「そんなに色々質問しないでよ、元は私、人間だもの手足が有っても不思議でもなんでもないは、しかし死んで魂に成ったので貴方に取り憑いたの、取り憑くと言う事は、貴方の五感を供用する事よ、だから貴方には、私が見えたり触ったりする事が出来るけど貴方に取って私は、実体として感じる事の出来る幻なのよ、だから他の人には、私は見えないし勿論触る事も出来ないのよ」

 と言って少女は、手を伸ばした。僕は恐る恐るその可愛い手を取ると少し冷りとした感触だが確かに掴む事が出来る。

 幽霊を掴む事が出来る。僕は、今現実に起きている事が理解出来なかった。

 目の前に座っている可愛い女の子を見て恐怖を感ずるより、疑問が湧いた。

「君は、女の子の幽霊でしょ、何故男の僕に取り憑いたの、女の人にとりつくのが普通でしょ」

「私にも分らないわ、だって地蔵様が貴方に取り憑く様に、と言われたのよ」

「地蔵様って誰なの」

「地蔵菩薩様よ、貴方知らないの」

「エッ仏様、君見たの」

「当たり前でしょ,会わなければ、此処には、居ないわ」

「フーン本当に居るんだ」

 僕は、いつの間にか相手が幽霊だと言う事を忘れて、目の前の少女と普通の会話をしていた。

 何しろ幽霊とはいえ姿形は、可愛いし世間でいう幽霊とは、かけ離れて居て恐怖心は、湧かないし、僕も一人っ子で高三に成っても彼女は、居ないし学校も工業高校で男女共学とはいえ圧倒的に女子は少ない。

 そんな僕が幽霊とは言え、夜中に異性との会話に夢中になり時の経つのを忘れたのも不思議では無い。

 それに幽霊というものを初めて見たものだし、その幽霊も僕が想像しているものとは、かけ離れていて、姿形が可愛いから恐怖心より好奇心の方が勝って来るすると突然少女が

「私そろそろ帰らなくちゃ」

「帰るってどこへ」

「勿論貴方の身体の中よ」

「エッ僕の中に」

「そうよ、でも帰る時は良いのだけど来る時がね」

「来る時って」

「私には、通力が無いので出れるのは、貴方が寝て居る時とか気絶している時しか出れないの、貴方が起きて居る時には、貴方の五感に関与する事が私には出来ないのよ、だから私は、出る事が出来ないの」

「ふーん、何時でも自由に出入り出来ないのか、それならずーと出て居れば良いのに」

「それが駄目なの魂は、取り憑いた依代を出て一刻も離れるとすごく疲れるし依代に帰らないと浮幽霊となって昇天出来ずに無間地獄に落ちるのよ、そんなの厭でしょ」

「では君は、僕の中で何をしているの」

「魂が休む為に何もしていないの、魂は、一日の半分は、依代から出る事が出来るけど、それも一刻が限度なの私は、貴方が起きて居る時は、通力が無いから何も出来ないのよ」

「と言う事は、君は僕としか話が出来ないの」

「そうよ、だからこうやって挨拶に出て来たのよ、でもこうして出て来て話をする事は、すごく疲れるの、だから私帰るわね」

 と少女は、立ち上がるなり抱きつく様に倒れ掛かって来た。

 布団の上に居た僕は、一瞬思わず受け止めようと両手を広げたが少女は、なんの抵抗もなしに、僕の中に入って行った。

 僕は、布団の上で呆然としていた。今迄の出来事が信じられないというより常識外の出来事に理解出来なくなり思考停止に陥ったのだ。

 布団に横たわり目を閉じると御堂の前の出来事から先程の事までが頭を渦のごとく、何故・何故と回って居る。

 そのうち睡魔に襲われ深い眠りの淵に落ちて行った。

 どのくらい寝たのか分らないが身体を揺すられて眼が覚めた。母が心配そうな顔をして覗き込んでいる

「お前大丈夫かい何度呼んでも起きて来ないから、学校に遅れるよ」

 母に言われて時計を見たら、もう始発列車に間に合わない。

 次の列車に乗る事にしたが、学校は完全に遅刻である。

 朝食を済ませ家を出て駅の待合室で暫く待つと二番列車が来たが乗客は、まばらである。

 僕は、座席に座り頬づえをし、何時もの見なれた車窓をぼんやりと見て居ると何時の間にか寝てしまった。

 肩を叩かれ、ふと目を開けると目の前に少女がいる。僕は思わず声を出した。

「君は、君は」

 すると少女は、可愛い口に指を立て

「シィー声を出さないでよ」

 僕は思わず小声で

「君は、幽霊なのに朝でも出るの」

「貴方、先程居眠りしたでしょ、その時出たのよ、これで二度目だからそんなに吃驚しないでよ」

 それでも僕は、辺りを見回したが他の乗客は、何の反応も無い。

 正直ホッとして少女に

「大丈夫かい他の人もいるけど」

「私なら大丈夫よ、他の人には、見えないもん、それより、これなぁーに?まるで空を飛んでいるみたい。それにお家が沢山あるわ」

「あぁ君は、初めてかい。これは汽車と言う人や荷物を運ぶ乗り物さ」

「乗り物なの、これが?牛も馬も居ないのに、どうして動いているの」

「これはね、エンジンと言う機械で動いて居るんだよ」

 少女は、窓べりに両手を乗せ流れ行く車窓の風景を食い入る様に見つめている。

 その姿は、幼子が窓を見つめる姿に似て居ると思わず苦笑した。僕は少女に

「そんなに珍らしいかい」

「だって私が生きて居たときには、こんな物無かったのよ」

「でも君は、幽霊だから空を飛べるでしょう」

「バカな事言わないでよ、人が空を飛べる分けないでしょう」

「フーン空は飛べないんだ」

「私幽霊と言っても人なのよ、確かに実体は無いけど空は、飛べないわ、どうして幽霊は空が飛べると思ったの」

「だって幽霊は、足が無くて宙に浮いているとばかり思っていたから」

「変なの、人は、死んで魂になっても人の形をとるものなのよ」

「そうか、死んでも人の形を取るものなのか、ところで君には、惨い事を聞くけど君は、幾つでどうして死んだの」

 すると少女は、一瞬辛そうな表情をしたが

「私、蓮台寺が焼け落ちた時乳母とその場に居たの、その時乳母に抱かれて一緒に死んだの、私が十二歳の時よ」

「その時から幽霊をしているの」

「そうよ、その時蓮台寺に居た人達は、全員死んで恨みを持つ魂が怨霊に取り込まれたの」

「君も恨みを抱いたのかい」

「それがよく分らないの、本堂の隠し部屋で乳母に抱きかかえられ、お坊様の読経を聞いて居た。とこまでしか思い出せないの」

「怨霊に取り込まれた他の人の魂は、如何なったの」

「それは、怨霊が朝田家を滅ぼし木戸兵馬も滅びた時に満足し昇天消滅したわ」

「君は、何故その時昇天しなかったの」

「それが判らないから此処に居るのよ」

「そうか君は、迷える子羊か」

「なぁーにそれ」

 僕は、苦笑しながら首を振った。そしてこの少女の幽霊とは、暫く付き合う事になるのだろう、と思った。

 僕と少女が話をしていると通路の向こう側に座って居た。男の子が母親に

「ねえママあのお兄ちゃん一人でブツブツ言ってるよ」

「いっちゃん、あっちを向いては駄目よ、ママの方を向いて居てね、あのお兄ちゃんは、おかしいのよ」

「ママどうしておかしいの」

「いっちゃんも、あんなに長く独り言言える」

「うぅん僕言えない」

「そうでしょ、だからおかしいと言うのよ、分った。だから見ては駄目よ」

「はーい、ママ僕もう見ないね」

 そうこうしている内に列車は、学校の在る駅に着いた。僕は少女に

「さぁここで降りるよ」

「どうして、私もっと乗っていたい」

「無茶言うなよ、僕これから学校だよ、さぁ行くよ」

 と言って少女の手を取ると確かに手を握ったと言う感触が有る。

 僕は、再度辺りをキョロキョロと見まわしたが誰も見えて居ないのか、見えないのか普段通りに僕達の前を通り過ぎて行った。

 僕は、少女の手を取って改札口を出たが駅員は、何も言わなかった。

 やはり少女は幽霊だったのである。安心した僕は、少女と手を繋いだまま駅前に出ると少女は、走って居る車を見るなり眼を丸くして

「あの箱は、何なの?凄い速さで走って居るわ」

「あれは自動車と言って、汽車と同じエンジンで動いて人や荷物を運んでいるのだよ」

 少女は、余程驚いたのか辺りをキョロキョロし通行人や車を見ながら

「凄いのね。人は、どこまで変わるの」

 と独り言の様にポツリと言った。

 僕は少女と手を繋いだまま駅を出て学校の方に歩き出した。

 少女は余程珍しいのかあちらこちらを見て驚いて居る。暫く歩くと僕の学校に着くと

「ここ何処なの」

「僕が通って居る学校だよ」

 「学校て、あぁ寺子屋なのね」

「そうだよ、僕達は、ここで勉強をしているのさ」

 僕は、一時間目を欠席し、少女を連れて学校を案内した。

「ねぇあそこに女の人がいるけど」

「そうだよ、今は男女の区別なしに全員学校で勉強をしているのだよ」

「子供が全員なの」

「小・中学校は、義務教育といって全員が学校で勉強をするのさ」

「今の時代は、凄いのね、私が生きて居た時とは、天と地程の違いが在るわ」

「そうだろうね」

 僕は、少女に学校の事や教育の事を懇切丁寧に説明すると、少女は教室や教材を熱心に見て回って居たが途中少女が僕の手を引き見上げながら

「私疲れたから戻るわね」

 と言うなり僕に抱きつく様に身体に入って行った。僕は、呆気に取られたが二度目であり

「またね」

 と独り言を言ってグランドに出てベンチに腰掛け時間が立つのを待った。

 授業は、途中から受け授業が済んで帰宅組の僕は駅に急いだ。

 一つ、列車を乗り遅れると一時間待つようになる。母と二人の家庭では、家事や畑は、僕の担当なのだ。

 母が近くの縫製工場から帰るまでに晩の用事を済ませ無ければならない。

 何時もの列車に乗り座席に座り今日は、居眠りをしない様にと思っていたが、もうすぐ最寄駅に着くと言う時に居眠りをしたらしい。

 肩を叩かれて眼を覚ますと少女がにこにこしながら立っていた。僕は

「あぁ、又居眠りしてたかい」

 少女に問いかけるとコックリと頷き

 「さっきね、だから出て来たのよ、これで一刻は出て居られるわ」

 僕は降車駅が近づいたので降りる仕度を始めた。すると窓を見て居た少女が

「もう降りるの、つまんないなぁーもう少し乗りたいのに」

「無理言うなよ、此処で降りないと家に帰れないじゃないか」

 と言って渋る少女の手を取るとドアの前に立ったが僕は、幽霊とは思えない少女の態度が可愛いやら、可笑しいやら思わずクククと含み笑いをすると、少女は僕を見上げながら

「厭ねぇ―含み笑いなんかして」

「御免・御免笑ったりして、君がダダをこねたから可笑しかったんだ」

「だって私もう少し乗って居たいのに、出た途端に降りるって言うんだもん」

「そんなに汽車が好きなのかい」

「だって乗って窓を見て居ると空を飛んでいる見たいだもん」

「だったら今度学校が休みの時に連れて行って上げるから」

 と言って僕は少女の手を取りドアが開くとホームに降りた。すると少女が

「ねぇー約束よ、本当に連れて行ってよ」

 僕は思わずプーと噴き出した。

「失礼ね、何が可笑しいのよ、噴き出したりして」

「だって君幽霊でしょ、幽霊からおねだりされるんだもの」

「だって乗りたいんだもの」

 と言って少女は、下を向いた。僕は、そのいじらしい姿に少女の手を強く握りしめ自転車置き場の方に歩き出した。

 家に帰り服を着かえて台所に行くと僕の後を追って着いて来た少女が不思議そうに

「ねぇここ厨房でしょ何をするつもりなの?」

「何をって,晩の食事の用意をするんだよ」

「えっ貴方男でしょ、男の人が食事の用意をするの」

「そうだよ、家は、母一人子一人の家庭だから、お母さんが仕事から帰るまでには、晩の用事を済ませるのが僕の仕事さ」

「あなた、料理も出来るの」

「当たり前だよ、大した事は出来ないけど簡単な料理ぐらいなら出来るよ」

「貴方って凄いのね、私、男の人が厨房で仕事をするのを始めて見るわ」

「じゃーぁ君は、台所で食事の用意なぞした事無いの」

 僕の問いかけに少女は、恥ずかしそうにコックリと頷いた。

「それだったら、僕が君に料理を教えて上げるから、台所で僕の側に居てよ、君は、僕のする事を良く見て居るんだよ」

「良いわよ、私邪魔はしないから」

 僕は、少女に夕食の用意の手伝いをさせた。と言っても少女は、物を掴む事は出来ない為僕が少女の後ろから抱き締める様に手を取って料理をする。

 つまり二人羽織で夕食の料理と用意をするのだ。手間は、掛るが少女には僕の五感を通じて実際に自分が料理している感覚になる。味見も

「良いかい、ここで少し味見をするんだよ」

 と言って僕は、少女の後ろから皿に取って口に入れ

「ねっ、味が判るだろう」

「えぇ、判るわ、美味しい」

「この味は、君が作った料理の味だよ」

「これが私の作った料理の味なのね」

「そうだよ、こうやって料理をするんだよ」

「私でも料理が出来るのね、嬉しい」

「そうだよ、何でも挑戦してみる事だね」

 僕達が夕食の用意を済ませ、お風呂を焚いて居ると僕の側に少女が来てチョコンと、しゃがみ込み

「貴方は、男なのに料理も家事もしなければならないのね」

「当たり前だよ、今の時代は、男女同権だよ」

「そうなの、男も女も同じなのね」

「だから男の僕が食事の用意をしても可笑しくないだろう」

「そうね、今は男女の仕事に区別をしないのね」

「そうだよ、今は男女の区別なしで仕事をしている女性は、大勢居るよ、君も学校で勉強をしている女の子を見たでしょ」

「うん、私、学校で勉強している女の人を見て羨ましく思ったわ」

「どうして」

「だって貴方の話だと学校では色々な事が学べるのでしょ、私も料理や学校での勉強をして見たかったわ」

「だったら君も勉強したら、僕で良かったら教えてあげるよ」

「本当に、教えてくれる」

「良いよ、確か中学三年間の教科書が押し入れのダンボール箱に在ったから、正し教えてあげるのは、夜の九時から十一時までの二時間だけだよ、其れから先は僕も寝ないと身体が持たないから」

「良いわ、本当に私、料理も勉強も教えて貰えるのね」

「そんなに勉強がしたいかい」

「だって私が生きて居た時は、読む事と書く事しか習わなかったのよ、しかし貴方に取り憑いて色々な事を見聞きするたびに心が乱れるのよ」

「えっ、心が乱れるって、君幽霊でしょ」

「そうよ、私、実態はないけれど人間だったもの、心は有るのよ、貴方の五感を通して生きて居る時と同じ様に感じる事が出来るの」

「ふーん、心も有るのか」

「当たり前でしょ、心が無かったら迷わないわよ」少女は、少しうつむきながら悲しそうな表情を見せた。

 僕は、それもそうだと思った。この子も心が有るから迷いが生じ肉体は滅びても現世を、さまょっている。

 その為あの様な悲しそうな顔をするのかと思ったら、何故か気の毒な様な、可哀そうな様な説明しがたい気持ちになり思わず僕の側にしゃがんでいる少女の手を取るなり引き寄せ少女を無言で抱きしめた。

 少女は無抵抗だったが、抱きしめて居る僕を見上げて

「急に、どうしたの」

 僕は、少女から離れると

「御免、君を見ていたら、つい」

「良いのよ、私、貴方の気持ちが判るから、それに何故か乳母に抱かれている気がしたわ」

 と何時もの無邪気な笑顔を見せてくれた。僕は、晩の用事を済ませると押し入れからダンボール箱を取り出し中から中学の教科書を取り出し少女に

「これが教科書だよ、君には、少し難しいかも知れないが分らない事は、僕に何でも良いから聞いてね」

 僕は小机を出して少女の前に教科書を広げたが

「私、見る事は出来るけどページをめくる事は出来ないわ」

「そうだね、じゃーあ、開いているページを見て覚えたら僕に教えてくれる」

 その日から僕は、幽霊の料理の師匠と勉学の教師になり、夕食を済ませると母には、勉強すると言う名目で自室の布団に、もぐり込むのが日課になった。



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