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幻想(その思い)  作者: 富幸
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神々の溜息

 上村集落の村はずれに在る蓮台廃寺跡の広場に建てられている御堂は、長い間人の手が入らず、瓦はずれたり割れたりして雨漏りは、ひどく壁は落ち無残な姿を晒していた。

 崩れかけた御堂の横には、地神様と蓮台廃寺の石碑と荒神様の小さな社が在ったが、どれとて草叢の中に沈んでいた。

 その姿を憂いた。上村の老人達が寄り合い御神講を結成し御堂の建て換えを決め元棟梁の石見左吉を中心に御堂を自分達で建て換える事にしたのである。

 作業は、順調に進み御堂は、新しく甦った。新しくなった御堂の前で集落の年寄りが集まり、落成式と集落の繁栄を祈念すると共に御堂に祭られている神・仏様の祭りを行ない奉物をした。

 御堂の前で老人達が車座になり宴会を始めたが参加者の中に若者・子供は、居なかった。

 その夕方に土地神様は、御堂の神様や仏様を招いて観月会を開く事にし御堂の前の広場に結界を張り神々を招待した。十月の月の綺麗な夜だった。

 蓮台寺跡の御堂の前の広場に土地神を中心に蓮台寺跡に祭られている神や仏様が御堂の前に集まり奇妙な月見会の宴会が始まった。

 土地神が

「本日は、上村集落の人々が我々の為に御堂を建て換え、この様に盛大な祭りを催し奉物をしてくれた。御蔭で、この観月会を開く事が出来ました。このように今宵の月は、特別に綺麗だ。この様な月は、最近では、久しぶりだ」

 地蔵が土地神を見ながら

「最近この様に皆様が集まるのも何十年ぶりですかな―、この御堂にも参拝する者も居なかったからのぉー、それはそうと戎様、貴方様は、何故にこの様な山間の地に参られたのです」

「私と大黒様は、元は石見の国の小さな漁村に祭られて居たのだが、有る年に地震と津波によってその漁村は、壊滅してしまたのじゃー、辛うじて生き残った者達が故郷を捨て新天地を求めた時に、私達をこの地に連れて来て、ここに納めたのだ」

「つまり大黒様も戎様も人間の都合でこの地におられるので」

 地蔵の疑問に大黒は

「そういう事になるが、我々は、人の思いに寄り添わなければ存在意義が無くなるからね」

「以前祭られていた所が懐かしくありませんか」

 すると戎が

「わしは、今すぐにでもあの漁村の高台に帰りたい。

 わしは、漁業を司る神だが、この地ではなぁー、あの高台で見る月も綺麗な月だった」

 薬師が戎の嘆きを聞くと感慨深げに

「そう言えば此処に在った蓮台寺が焼け落ちた時には、赤い大きな月が出て居たなー」

 地蔵が土地神に

「土地神様は、この中で最古の神様ですが、生じられたのは、何時の頃です」

「そうだなー人間が初めてこの地に足を踏み入れた時だから今から一万二・三千年前かのー、男女二人で来て女が

「良い地であります様に」

 と祈念してわしが生じたのじゃよ、その時も今宵の様な綺麗な月が出て居たのぉー」

 地蔵の側にいた薬師が

「私なぞ蓮台寺の本尊として祭られて居た頃は、毎日住職や坊主、信者に参拝者が念仏や祈念をしていた頃は、私もそれなりの通力を発揮出来たものだが蓮台寺が焼け落ちる際に木造りの私まで炎の為に消失して寺も再建されず、わずかに蓮台寺跡の石碑にその名を残すのみ、この様な石碑なぞ人々は、碑を見て通っても手も会わせやしない」

 と嘆く薬師に羅刹が

「薬師様それは、無理のない事ですぞ、私なぞ此処百年あまり牛の刻参りなぞする者も居ないので杉の御神木の中で眠って居ります。しかし今の人々は、牛の刻参りって何ぞや、と言う者ばかりで世の人々は呪とか恨みと言う様な感情を失くしたのですかねぇー。このままだと私や怨霊は、消滅するしか仕方無いのです、かねぇー」

 土地神が羅刹の嘆きを聞き、全員を見渡すと溜息をつく様に

「私達は、人の祈念から生まれ、人の祈念により通力を得る事が出来る。我々は、人と共に在り、人が我々に関心を示さず願も掛け無くなると、通力も弱くなるというものだ」

 土地神の思いを聞くと地蔵が羅刹に向かって

「羅刹の通力が薄くなるのは、無理も無いわな、今時牛の刻参りなぞする者も居ないから無理も無いわなー、蓮台寺の本尊であった薬師様でさえ小さな石碑が有るくらいだもの」

「私も蓮台寺の本尊で在った頃は、人々の信仰を集めて居たが、蓮台寺其の物が消失したのだから人々の信仰の対象から外れるのも無理のない事かも知れない。しかしその時生じた怨霊は、生じた時から強大な通力を持っていたから人々は、その力に恐れをなして蓮台寺の再建を望まなかったのかも知れない」

 羅刹が愚痴る薬師に

「薬師様それは、怨霊が生じた日ですな―蓮台寺が焼け落ちてから、わしや薬師様は、通力が薄くなるばかりじゃーが怨霊は、あの時に蓮台寺と運命を共にした者は、三十名をくだらなかったのですぞ、その人々の恨みの念を受けて生じた怨霊には、初めから巨大な通力が付いているのですぞ、わしみたいに月に一人か二人の祈念でも相当の通力を得るのに三十名もの最後の念を受け、その魂をも取り込んだ怨霊が力を持つのは、当たり前の事ですぞ」

「そうじゃなー、怨霊は、仮にも一国を滅ぼす程の通力を得たものだ。しかし通力と言うものは、人間の五感では感知出来ないが第六感で感ずる事が出来るからな―」

「薬師様は、そう言われますが世の人々は、朝田家が滅びたのは木戸兵馬の裏切りにより滅びたと思っておりますぞ」

「羅刹よ、怨霊は、その木戸兵馬に取り憑きこれを拠代として毛利軍を引き入れ朝田を攻め滅ぼしたのだ。そして兵馬自身も裏切り者の烙印を押され森田軍に殲滅され、蓮台寺の焼き打ちに加担した者達は、全部滅びてしまった。朝田家の忠臣で信任の厚かった木戸兵馬が何故に裏切りを企てたのか判明しない事に世の人々は、その理由が分らないまま、朝田家が滅びたのは、蓮台寺で焼き殺された人達の呪いのせいにしたのだよ」

 すると羅刹は、隅に居る怨霊に向かって

「わしとお前様は、この席では人の呪いとか恨みにより生じたり、その恨みが果される事により消滅するものだが、私には杉の神木が有る限りその神木を依代として消滅する事は無いが、お前様は、朝田家が滅びて恨みが晴らせたのに何故に消滅しないのかね」

「わしも確かに国を滅ぼす通力を持つ事は出来たが、その通力も大半の魂が満足し昇天した今は、通力も弱くなってしまった」

「取り込んだ魂が満足して昇天したと言うのに、怨霊のお前が消滅しないのは何故だ」

「地蔵様聞いてくだされ、わしは、あの蓮台寺が焼け落ちた時に間違えて恨みを、もたない魂を取り込んだのです、この為に消滅しようにも消滅出来ない事にな

 ったのです。そしてわしは、薬師様と同じ所に留まって

 います。地蔵様、この魂何とかなりませんか」

「私に、それは無理と言うものだ。取り込んだお前様でなければ昇天させる事が出来ない。第一怨霊が迷える魂を取り込む事は、迷える魂に怨霊のお前様が取り憑かれたのだ。此の上は、その魂が満足して昇天するまで付き合う事だね」

「この魂が満足するでしょうか」

「一体誰の魂だね」

「蓮台寺に匿われていた月姫様です」

「何だ、蓮台寺が焼け落ちた時取り込んだのか」

「そうです、あの時に強烈な恨みを抱く魂を三十余名程取り込んだ時誤って迷っている魂迄取り込んだのです。その後朝田家を滅ぼした時に他の魂は、昇天消滅したのですが月姫様の魂が残ったのです。その日以来わしは、怨霊でありながら怨霊で無い時を過ごしているのです」

「蓮台寺が焼け落ちた時に運命を呪わなかった者が居たと言う事に成るし、その様な者が何故に怨霊に取り込まれたのだ」

「あの時月姫様も乳母に状況を聞いて一瞬ですが迷われたのです。その時私に取り込まれたのです。だから私が朝田家を滅ぼし恨みは、果たした時に魂のほとんどが消滅したのに月姫様の魂だけが残ってしまったのです。わしも消滅したいのですが、わしの中に恨みを持たない魂が一つ残ったのです、わしはその一つの魂が有る為消滅する事が出来ないままに、ここに存在しているのです地蔵様本当に何とか方法がありませんか」

 すると地蔵が

「お前様が取り込んだ魂は、お前様が何とかするしかないだろう、お前様が月姫様の魂をり込んだ時に逆にお前様は、月姫様の魂に取り憑かれたのだよ、こうなればその魂が消滅するまで付き合わなければならないだろうね」

「その魂ですが目的が不明なのです。地蔵様、どうすれば良いでしょう」

「それはそうだろう、迷っている魂だから怨霊のお前様に取り憑いたのだ。何れにせよ迷っている魂を取り込んだお前様が悪い。怨霊のお前様が抱えた魂は、お前様で無ければ、解消する事は出来ないだろうね、幾ら我々が人の祈念に寄り生じて通力を得るものであっても取り込んでは、ならない魂まで取り込んだらその魂が満足して消滅するまで付き合う事となる」

「だから私は、この時代でも存在しているのですか」

 と怨霊は、寂しそうに笑った。その顔は、生じた時の怨霊とは異なり可愛い野仏の様な雰囲気を漂わせていた。

 羅刹は、怨霊でも取り込む魂に寄りこれほど変わるものかと思った。

 地蔵は、首を振りながら怨霊を見て

「そうだねぇー、迷う魂なら、魂に目的を持たせば良いだろう、それには、お前様では駄目だ。人の依代を捜すのが一番だね」

「人に迷える魂を取り憑かせるので」

「お前様が消滅する為には、もう一度人に取り憑き、お前様が取り込んだ魂が消滅するまで付き合う事だね、それしか解決する方法は無いだろう、怨霊のお前様なら人に取り憑くのも、取り憑かせるのも得意だろう」

「それは簡単な事ですけど、わしから魂を抜いたら、わしは、空になるけど空のままで居なければならないのか、まるでわしは、蝉の抜け殻のままで居なければならないのか ?」

「仕方が無いよ、お前様は、その魂が昇天するまでは、消滅する事が出来ないからね、怨霊は、器みたいな物だから恨みを持った魂が昇天消滅すれば、今度は違う恨みを持つ魂が入る事が出来るが器の中に魂が残って居れば他の魂が入る事が出来ないからね」

「その様な依代になる人間が居ますかね?」

 地蔵は、怨霊を見て二コリと笑い

「大丈夫もう少ししたら依代がみずからやって来るから、それに取り憑きなされ」

「地蔵様この様な夜更けにこの御堂にお参りに来る者も居ないでしょう」

「それがな、ほれ来たぞ、今此処は結界を張っているから生身の人間が結界に振れるとショックを受け気絶するからその隙に取り憑きなされば良いじゃろう」

 その時向こうから広場に上がって来た者が居た。その者は、広場に上がるなり自転車にまたがり御堂の前を横切る様に突っ込んで来るなり結界に振れ滑り転んで気絶してしまった。

 すると地蔵が怨霊に

「ほれ依代が出来たぞ、早く取り憑きなされい」

 怨霊は倒れている者を見降ろしながら

「地蔵様この依代は、男ですぞ、私の中にいる魂は、月姫、女子ですぞ、それでも宜しいかな」

「そうだな、少し拙いかな、では怨霊のお前様がその男に取り憑いて魂に合う依代を捜す事だね」

「この魂に合う依代が見付かるでしょうか」

「こればかりは?それに幾ら吾らの通力といえど魂を変える事は無理と言うものだ、その魂は、今から言えば何百年も前の時代の魂だから果して移り変わりの激しいこの時代にその魂が満足するかは、分りかねる」

「私が取り憑いても、この人間を支配する通力は、ありませんが」

 すると地蔵と怨霊のやり取りを聞いて居た薬師が

「それはそうだ、怨霊のお前様がこの男に取り憑いて月姫の魂が入る依代を捜すより、その魂をその男に取り憑かせて魂が何を望んでいるかを調べれば理由が分るじゃろ、しかし人に取り憑かせる期間は、一ケ月以内にしなさい、それ以上人に取り憑いて居ると今度は依代の方が、お陀佛になるからね。怨霊のお前様なら、この娘の魂をこの男に取り憑かせる事は出来るじゃろぅ」

「薬師様は、月姫の魂をこの男に取り憑かせよと」

「そうだ、何百年も解決が出来ない事は、これから先も解決出来る見通しはつかない。それならば人の魂は人に寄って解決してもらうしか方法が無いじゃろぅ」

「女の魂を男の依代に?よいのかのぅー」

「そうだ、この男には、悪いが辛抱してもらうしか、しょうがないだろう。しかし月姫様の魂には怨霊のお前様が取り憑く期限と趣旨を、よく説明し魂が納得する事が一番大切だ」

 すると怨霊が

「薬師様、わしは、この魂を説得し納得の上この男に取り憑かせて見守るだけで」

「そうそう、お前様は、この魂が昇天するまでは、消滅する事が出来ないからね」

「果してこの魂が満足するでしょうか」

「それは、この依代しだいだ。人に任せた事は、我々には見守るしかない」

 怨霊は、月姫の魂に

「月姫様、貴方様は、私に取り込まれて何百年も経ちますが私には、貴方様の心が理解出来ず昇天させる事が出来ません。そこで貴方様をこの男に一ケ月取り憑かせますが、その期間内に迷いを解消して頂けませんか、それとも今のままで、すごす事を選びますか」

「怨霊様、私やってみます、私をその人に取り憑かせて下さい」

「そうですか、決心されましたか」

 怨霊は、そこに気絶している男に月姫の魂を取り憑かせたのだ。



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