表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想(その思い)  作者: 富幸
1/6

蓮台廃寺

 久田川は、普段の水量は、少ない小川で有るが、その流域は、広く梅雨時とか長雨の際には、暴川となり甚大な被害をもたらす川として昔から恐れられ、この地を治める領主を悩ませて来た。

 この久田川の源流近くに蓮沼と言う沼地が有り、その蓮沼の側に蓮台寺と言う広大な敷地を持ち巨大な本殿や山門を有する寺が有り、その蓮台寺から遠く離れた北側には、岩田城と言う山城が有った。

 この岩田城は、福島家が居城としていて、この福島家の領地は、地下資源が豊富で近隣の領主は、この地を我が物にせんとして虎視眈々と狙って居たのである。

 その中でも西の朝田家とは、国境の鉱山を巡って長年いざこざが絶えなかった。

 東の森田家と福島家は、姻戚関係にあったが、しかし森田家は、福島家が備蓄していると言う財宝に目を付けて居たのである。

 福島家の当主は、吉介と云い。吉介の妻は、娘を出産しその子は、月子と名づけられた。

 吉介の妻は、元々身体が病弱なうえ、産後の無理が祟り二ヶ月後に赤子の月姫を残し亡くなってしまった。

 困った吉介は、近郷の百姓の妊婦で死産した新妻に赤子の月姫を預けたのだ。

 百姓夫婦に預けられた月姫は、百姓夫婦に我が子同然に育てられたが月子が三歳の時乳母の亭主が事故の為亡くなり残された女房と月姫は領主である吉介に引き取られた。

 その時吉介には、後妻が森田家から来て居たのである。

 当然幼い月姫と乳母は、後妻の憎しみの対象となり別棟の粗末な離れで暮らす事に成る。

 月姫と乳母は、後妻の住む本屋には、入れて貰えず、月姫と乳母は、城内では隔離された人質の様な扱いを受けるのであった。

 福嶋家の当主である吉介も生母が吉介を生むと産後の肥立ちが悪く吉介を生んで半年後に亡くなって仕舞った。

 領主である父親は、乳飲み子を側用人の兵吾に命じて蓮台寺横に住む百姓の妊婦に預けたのである。

 この妊婦は、吉介より半年遅く男子を出産していて、太一と名付けられていた。

 吉介と太一は、乳飲み兄弟として福島家を離れて育ったのである。

 二人は、兄弟以上に仲が良くて吉介の父親も息子を引き取る事をしなかったのである。

 当然吉介は、幼少期を乳母の家で過ごした為領主の息子とはいえ近所の百姓の子供と風体は、見分けが付かなかった。

 吉介と太一が六歳に成ると福島家の用人兵吾が来て吉介と太一を蓮台寺で学問と武術を学ばせたのである。

 この時、蓮台寺の小僧をしていた福助、後の越山と出会うのである。

 年齢が同じの三人が一つの学び屋で学問を学んだのであるが一人は、領主の息子、もう一人は、百姓の息子三人目は、孤児で寺の小僧、後にそれぞれが違う道を歩む事になるが、まだ此の時は、三人供一つの学び舎で学んだ良き学友だったのである。

 それ以来三人は、福嶋家の滅亡、蓮台寺の焼失の日まで友情が続くのである。

 戦国乱世の時代には、友好関係など薄っぺらい紙切れに書かれた只同然の約束事である。

 ある年、長雨が続き久田川が氾濫し下流に在る下田村が特に甚大な被害が出たのだ。

 当主の福島吉介は、比較的被害の少なかった上村から下田村を救済する為上村の名主である太一に黄金と備蓄米を運搬させたのだ。

 太一は、上村の屈強な若者五名と下田村に出かけた。

 吉介は、下田村以外でも困窮している民百姓の為,岩田城に備蓄していた金銀財宝や備蓄米までも放出し、これを救ったのである。

 この時、後妻は、財宝を使う事に反対したが吉介は、これを押し切ったのである。

 此の処置を怒った後妻は、残った財宝を持って生家である森田家に帰って仕舞った。

 これを見た朝田頼政は、今が好機とみたのか自ら総大将として朝田軍は、国境を超え岩田城に迫ったのである。

 不意を突かれた福島勢は、総崩れとなり岩田城に立て籠もったのであるが、城主の吉介は、敵の軍勢が城を囲む前に、月姫に僅かな黄金を持たせ夜陰に乗じ親交の有る蓮台寺に落としたのである。

 蓮台寺の住職の越山と福島吉介とは、長年の親交があり、吉介は熱心な信者でもあった。

 越山は、月姫を快く受け入れ、月姫の持参した黄金は、底無し沼と呼ばれている蓮沼に沈め月姫と付き添った乳母と共に本堂の須弥壇の後ろに在る隠し部屋に匿ったのである。

「ねぇ、かか様、私達どうなるのでしょう」

「姫様は、この、かか、が命をかけても、お守りしますから大丈夫です」

「お父上様は、どうなったのでしょう」

「私達がお城を出た時は、西の方に敵陣が有りましたから今頃は、戦に成っているかも知れません」

「お父上様も無事で在ります様に」

「姫様大丈夫ですよ、森田家から応援が有りますから戦は収まると思います」

「かか様、それは当てには、ならないと思いますよ」

「そうでしょうか、こんな戦が起こらねば姫様にも良き殿御が出来ますものを」

「まあ、かか様ったら、でも戦が無ければ、この様な場所に隠れなくても、私生まれ変わりが出来るのなら戦の無い世に生まれたい」

「姫様生まれ変われたら、優しくて誠実な殿御と添いなされよ、必ず姫様の思いは、伝わりますから、人の思いは、消えないと言いますから」

「もし生まれ変われたら、かか様の言う通りの殿御を捜しますわ」

「そうしなされよ、不憫な、かかの大事な姫様」

 と乳母は、月姫を抱きかかえ泣き崩れた。

 岩田城を落とした朝田勢は、焼け落ちた岩田城に在ると言われた黄金を求めて城中を捜したが黄金は出てこなかった。

 この時、朝田勢に密通した者があり朝田勢は、蓮台寺に軍を進め寺を包囲し寺に居る坊主から墓守りまで捕縛し本堂の前で朝田頼政は、住職の越山に月姫と黄金を差し出す様に迫った。

「坊主しかと返答せよ、さもなくば、この者達の命は無きものと思え」

 と越山に迫ったが越山は

「義に寄って預かった者を、たとえ人質の命と交換とでも引き渡す訳にはいかない。人は、此の世に生を受け死すまで、夢幻の時を過ごすだけである。ここで死ぬるも一興である。はははは」

 激怒した朝田頼政は

「えぇい、坊主達は、本堂で焼き殺せ、他の者達は、首をはねい」

 兵は、大将の命令で縛られたまま読経を続ける坊主達を本堂に閉じ込め蓮台寺に火を放った。

 次に捕縛した人々の殺戮を始め出した。越山以下蓮台寺に居た三十余名もの寺の関係者が惨殺されたり焼き殺されたのである。

 本堂の中は、火炎地獄、前の広場は、阿鼻叫喚の地獄になり、殺戮される人々の恨み、呪い怨嗟は、怨霊を生じたのである。

 この時越山も月姫も蓮台寺と運命を共にし,此の時に,月姫の思いも怨霊に取り込まれたのだ。

 岩田城の異変を知った森田勢は、軍勢を国境付近まで進めたが、時すでに遅く岩田城は、落ちた後だった。

 朝田と森田は、互いに使者を出して福島の領地を割奪したのである。

 只、蓮台寺の近くに在る上村集落の住人達は、朝田軍勢が来る前に峻険な岩尾山に逃げていた。

 太一達が異変を聞いたのは、朝田と森田の手内が済んだ後だった。

 太一達は、下田村を出て上村に急いだが上村に帰ると上村集落は、一面の焼け野原であった。

 蓮台寺が焼失した後は、誰しもが、祟りを恐れて近づく事は無かったが、太一の家族だけは、元の地に家を立て代々蓮台寺で亡くなった人々の慰霊を続けたのである。


 時は移り戦国乱世は、遠い昔に成ったが焼失した蓮台寺の後地には、鎮魂の為の御堂と石碑が立つのみであった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ