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無血戦争  作者: 瑞原螢
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魔法餡子

 何故、バラバラに粉砕するか、グチャグチャに潰すかすれば、確実にゆっくりを殺す事が出来るのか? それを考えるには、まずは何故ゆっくりが『生きている』のかを先に考える必要がある。

 饅頭そのものであるゆっくりが生きているというのは、常識的に考えて理解し難いことだ。いや、常識的以上に、科学的にでもだ。


 突如としてこの世界に現れたゆっくりという生物が、どのような仕組みで生きているのかが研究されるようになったのは、それほど最近の話ではない。物質的には饅頭に過ぎない物が生物として振舞っているのは、科学者達にとっても驚異だったのである。

 しかし結局のところ、その本質的な部分は世界中の科学者の頭脳を持ってしても解明できないまま現在に至っている。ゆっくりの体をいくら調べたところで、饅頭に過ぎなかったのだ。


 そして、これさえも仮説にしか過ぎないが、「ゆっくりは『魔法』によって生物としての挙動をしている」という結論に至ったのだ。

 『魔法』と言うと突飛な印象があるかも知れないが、現代の科学だって昔の人類からしてみれば『魔法』と呼ばざるを得ない。そして、現代の科学で解明出来ないオーバーテクノロジーも、私達は『魔法』と呼ぶしかないのだ。


 要するに、私達が餡子や皮にしか見えないゆっくりの内容物は実際に餡子や皮ではあるが、『魔法』の掛かった餡子や皮であり、『ゆっくりを構成する一部』という存在だというのだ。

 常識に囚われる限りにおいて、これはとても理解し難い事だろう。

 ファンタジーの世界で言うなら、物質的には同じ『銀』であっても、魔法が掛けられた物を『ミスリル(魔法銀)』と呼び、別の物として扱うような事だ。……いや、これさえも空想世界の話ではあるが、今の私達にとってのゆっくりという存在自体が、空想としか思えないような不可思議なものだという事でもあるのだ。


 そんな理論的根拠が不明な中でも、実験的な側面から少しずつゆっくりの動作原理が解明されていった。

 厳密な意味では勿論違うのだが、餡子が神経、皮が筋肉や器官のような挙動をする事が徐々に分かってきた。


 しかし、ゆっくりが粉砕されたり潰されたりすると死ぬという点に関しては、それでもまだ疑問な点が多かった。

 一般的には『多量の餡子が体外に出てしまうと死ぬ』という認識ではあったが、これも具体的な説明とはなり得なかった。何故なら、循環器も器官も無い存在にとって、体内か体外かという区別自体が無いからだ。どういう事かというと、餡子が体外に出てしまうという事は、皮に対して表から裏へと餡子が移動しただけであり、見方によっては体内に世界(!)を取り込んだ状態とも言えるからである。

 餡子が体外に出るという意味を、餡子が空気に触れる事だと定義しようとする動きもあったが、実際にはそれも無理のある話だった。体内にある餡子だって、空気には触れているのだ。


 だが、研究が進む内に、餡子の単独の存在状態ではなく、ある餡子に対する周囲の状態が重要な意味を持っているのだという事が分かってきた。

 餡子の一部分(と言うか、組織としての最小構成単位)は、常に周囲の餡子や皮とある種の信号のようなものを交換し続けており、その刺激が持続することによって『魔法餡子』としての機能を維持出来るらしいというのが分かったのだ。

 ただ、『魔法餡子』としての機能を維持するにはある程度以上の数の刺激が必要で、周りの『魔法餡子』や『魔法皮』の数が不足してしまうと、『魔法餡子』としての機能は壊死してしまい、ただの餡子になってしまう。そして、一旦それが起きてしまうと、その周囲の餡子も連鎖的に壊死を起こす可能性が高く、全体、つまり、ゆっくり個体としても機能不全を起こしてしまうという事だ。


 この説に対しては、いくつかの追試が行われた。

 ある実験では、ゆっくりの外皮を傷付けないように注意を払いつつ、平たく広げるように潰していった。すると、餡子が漏れ出した形跡は全く無いのに、ゆっくりは絶命してしまった。

 一方、これも外皮を傷付けないように周囲から全体的に圧力を加えていった場合、ゆっくり自身は圧迫の苦しさを訴えるものの、体積が七割程度になるまで圧縮しても死ぬ事は無かった(但し、それ以上の圧縮を試みたところ、皮が破裂し、餡子が大量に流出して死んでしまった)。

 こういったような種々の実験により、餡子が『魔法餡子』たり続ける条件の仮説は、正しいのではないかと思われるようになった。


 ゆっくりの外皮であるところの『魔法皮』についても、同様の仮説が立てられ、実験が繰り返された。

 『魔法皮』もやはり、『魔法餡子』からの刺激が存在しないと壊死を起こし、ただの饅頭皮になってしまうらしい。


 皮に関しては、焼いてしまうことでその部分が動かせなくなる事、例えば、底部を焼いてしまうと歩行が出来なくなるなどが知られている。

 ただ、これは皮の壊死とは無関係で、単に物理的に皮が固くなる事が原因らしい。そのため、焼き色が付く程度に軽く焼かれたぐらいなら充分に歩行は可能だし、逆に固く焼き上げられた場合は、無理に動かそうとするとそれ自身が割れるか周りの皮に引っ張られて裂けるかし、そこから餡子が流出して死に至る場合もある。



 今現在、カイトに女性隊員は二人居る。リョウコと(女として勘定に入れて良いというのなら)私だ。

 ただ、この隊に限らずの話だが、軍隊、特に、前線部隊に女性が必要なのかという疑問は常に有る。私に限らず、世間の多くの人が思っている事かも知れない。

 一般に兵士としては、女性は男性より劣る。これは当たり前の事だ。

 筋力、体力、体調の問題など、兵士として重要な要素は殆ど劣っている。せいぜい、耐苦痛、血を見る事に対する耐性、同時並行行動能力、反射能力ぐらいが僅かに優れている程度と言えるだろう。


 中でも、体調の問題は重要だ。女性は男性に比べて体調の変化が大きい。これは生物として根本的な問題で、努力によって克服出来るものではない。

 シェフの殆どが男性であり、料理研究家の殆どが女性であるという事実が、体調の問題の重要性を物語っている。自分の味覚に頼るシェフは体調の変化が大きい女性には難しいし、レシピを正確に記録し体調の変化が影響しないようにする料理研究家には女性が向いているという事だ。


 そして、兵士の体調によって部隊の能力が変化してしまうというのは、軍隊としては致命的な問題となり得るのだ。

 勿論、女性兵士が存在する事によって、男性兵士の士気が上がるという効果は有るとも言われている。が、それがマイナス面を補って余りあるものかというと、それは大きな疑問なのだ。


 私個人としては、兵士として一番重要なのは、敵を沢山倒す事ではなく、仲間を守れる事だと思っている。これは陸戦のみならず、空でも海でも同じ事だとも思っている。

 『僚機を一度も墜とされた事が無い』のが、坂井三郎氏が最高のエースとして讃えられている理由の一つである事からも分かる。

(※注:『坂井三郎』"大空のサムライ"の渾名を持つ大日本帝国海軍のエース・パイロット。1916年8月26日生、2000年9月22日没)

 それから考えても、部隊の『足手まとい』になるかも知れない『女性』である私がカイトにいる事は、私としても心苦しかったのだ。


 そもそも、私がこの部隊へと召集された理由もよく分からない。

 表向きは、指揮能力が評価されたという事らしい。だが、カイトのような少尉という階級が存在しない部隊においては、中尉の私は一番の下っ端のようなものだ。むしろ、前線での経験が豊富な伍長や軍曹の方がよほど頼りになるのではないだろうか?

(※注:特殊部隊や統合精鋭部隊においては実戦経験を重視するため、通常は士官学校を出たばかりの少尉はそういった部隊には存在しない)


 一方で、リョウコがこの部隊に召集された理由は良く分かる。彼女は、文字通りオリンピック級の射撃の腕前を持っているのだ。

 射撃に関しては、私自身もそれなりに自信は有った。300m射撃では、いわゆるF的(人の上半身のシルエット型の的)を外した事は無かった。

 そんな私の自信を喪失させるぐらい、リョウコの射撃能力は凄かったのだ。

 ただの射撃でも格の違いは有ったが、彼女の真骨頂は動目標に対する射撃能力だった。それは恐らく天性のものなのだろうが、狙いの正確さと、目標の動き、風を含めた周囲の環境、銃の癖の把握が、とてつもなく高いレベルで融合しているのだ。

 リョウコが狙撃兵という任務に就いたのはこの部隊に入ってからの事だが、彼女はその狙撃によって『仲間を守る』という役目をよく果たしていると思う。

 実際にカイトの隊員は、彼女の目が届く場所ならば必ず援護を受けられるという、安心感に似たものさえ感じているのだ。


 狙撃兵という任務は、全く孤独なものだ。勿論、命令が有ればそれに従うが、そうでなければ完全に自分の判断で行動する事になる。部隊を指揮をする必要や、他の隊員達と行動を同じくする必要は無いが、代わりに全ての判断を自分で行う責任が有る。

 狙撃兵というと、安全な離れた所から狙撃するだけのようなイメージを持っている人がいるかも知れないが、それは正しくない。狙撃兵は勝手にポジションを離れる事を許されていないし、仮に敵の攻撃を受けたとしても、一般兵士のように身軽に退却や移動も出来ないのだ。

 場合によっては、前線から遥かに離れた敵陣のど真ん中に取り残されているとしても、撤退命令が出ない限りは淡々と任務をこなさなければならない。

 そして、リョウコにはその能力が有るのだ。


 前に一度、狙撃兵という任務についてリョウコに聞いてみた事があった。たった一人でそんな任務をしていて怖くないのか、と。彼女は「仲間が守ってくれているから平気」だと言った。『お互い様』なのだと。

 じゃぁ、部隊が壊滅したり、撤退命令が出なかったりしたらどうするのか、とも聞いてみた。「その時は、弾が無くなるまで撃ち続けるだけ」とだけ、彼女は答えた。

 弾が残っている内に彼女に近寄れるようなゆっくりはいないだろうが、実際にその状況になったとしたら、彼女は本当に最後の一弾を撃ち尽くすまで任務を遂行するだろうと思ったものだ。それぐらい、彼女の芯は強いのだ。

 彼女もまた、自分なりの兵士観というのを持っていた。かつてそれを、こう表現していた。

 「兵士というか人間が死んだ時に重要なのは、『何故死んだか』ではなく、『いかに生きたか』なのだ」と。


 そういえばたった一つだけ、私がカイトに招集される理由になりそうな事が思い当たる。私はかつてゆっくりに関わる仕事をしていた事があり、一般人よりは多少(?)ゆっくりの生態、それも臨床的な実態については詳しいという事だ。

 ただ、それがカイトにとって何の役に立つのかはわからない。あまりにも感覚的な事が多い上に、体系的な情報ならカイト側でも既にマニュアルとしてまとめられているからだ。

 まぁ、私の知らない内に自分の身を守る事に役立っていて、そのお陰で今まで生き延びてこれたのかも知れないが……。


 そうそう、先にも言った通り、軍の側としての女性兵士の価値は理解し切れないが、女性の側としては軍隊に入るメリットは無いわけではない。

 取り敢えず、嫁の貰い手には困らないという事だ。どんなにブスでも、だ。

 それぐらい女日照だという事なのだが、とにかく、質さえ問わなければ結婚相手はいくらでも見つかる。

 この私でさえ、憶えているだけでも二桁はプロポーズされたぐらいだ。もっとも、未だにただの一度もそれを受諾した事は無いのだが。



 外傷に対する自己治癒能力の低さも、ゆっくりの大きな謎の一つだった。

 ただそれは、非常識な生物であるゆっくりの事を一般生物の常識に照らして考えようとしたための勘違いでしかなかった。逆に、『魔法』のレベルで考えれば、むしろ現代科学に近いぐらいの理由だった。


 実は、私達がささいな切り傷だと思っていたのは、ゆっくりにとっては部位欠損に相当する大怪我だったのだ。

 人間だって部位欠損、例えば、手や足を失ったとすれば、それが自然に生え変わって再生する事はない。完全に治癒するには、特殊な細胞を使った再生医療が必要となる。それと同じ事だ。

 ゆっくりの外傷に対して、水溶き小麦粉などを塗布する事によって傷が治る事があるが、それは水溶き小麦粉が幹細胞の役目をして再生の基点となるからなのだ。


 怪我をしたゆっくりにオレンジジュースをかけて治療するという話も、よく聞くものだろう。

 実は、オレンジジュースに含まれているショ糖とクエン酸が同時に与えられると、ゆっくりにとってはスロードラッグ(代謝能力を一時的に向上させ、自己治癒を促進させる薬)と同じ効果が得られるそうだ。

 つまり、オレンジジュースと名が付いていてもショ糖かクエン酸のいずれかが入っていなければこの効果は得られないし、逆に、ショ糖とクエン酸が与えられさえすれば他の液体や方法でも構わないのだ。

 但し、本来はオレンジジュースだけを掛けても部位欠損は治癒しない。幹細胞が存在していないからだ。しかし、多くの場合は、オレンジジュースを掛けた際に組織の一部が溶け出し、それが患部で幹細胞の役目を果たして再生の基点となっているのだ。

 つまり、より効果的にゆっくりの再生治療を行うなら、水溶き小麦粉とオレンジジュースを併用した方が良いのだが、組織の溶出による偶然の幹細胞の供給というのは自然にも起きる事があり、負傷後に雨に濡れるという、一般的には致命的な状況に陥ったゆっくりが、偶然に再生を起こして治癒したという例もある。


 また、スロードラッグ自体は代謝能力を向上させるため、人間の場合は同時に老化を促進させてしまう。しかし、ゆっくりは生理的寿命自体が存在しないので、老化という概念自体が意味を持たないのだ。

 条件さえ整えば、ゆっくりの治癒能力は人間よりも優秀だと言えない事もないのかも知れない。


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