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無血戦争  作者: 瑞原螢
6/14

熱狂

 ゆっくりは泳げない、というか、水に沈むというのは、一般にも良く知られた話だ。これは同時に、ゆっくりの比重が1大きくを超えているという事を意味している。

 普通の陸上生物は概ね1前後の比重を持つが、ゆっくりは普通でも1.1程度、密度の高い個体だと1.2程度の比重を持つ。ボウリングの一番重い(16ポンド)ボールでさえ1.3強だという事を考えれば、これはかなり高い値だと言える。

 比重1.1だとしても、ボウリングボール大の成体ゆっくりなら13ポンドのボールに相当するし、バスケットボール大のやや大きめな成体ゆっくりだとすると、体重は実に8.5kg程にもなる。先に出たボウリングの一番重いボールが約7.25kgだという事を考えれば、かなりの体重を持っている事は分かるだろう。


 人間がゆっくりに襲われて怪我をするという事態が理解出来ない人も多い。ゆっくりは脆弱な生物だと思われているので無理もない事なのだが、いかにその体表が脆いとは言えど、これだけの重量の物体に体当たりされたとしたら、無事で済むとは限らないのは理解出来るはずだ。

 ましてや、自転車や単車で走っているところに捨て身で飛び出してきたとすれば、大変な事故の原因にもなりかねない事は想像に難くないだろう。場合によっては、普通車両とかでも怪しいはずだ。



 私達の長い一日は、まだ終わっていなかった。


 私とハマモト伍長、衛生班の二人、隊長、それに、戦術将校とその補佐を加えた計七人は、その殺風景な部屋の合わせテーブルを囲んでいた。

 カガ軍曹に何が起きたのかを検証し、そして、その対策を練るためだ。


 陸戦に限った話でもないが、横列隊形の中ではウイングは危険なポジションだ。常に自軍の端に位置するため、敵から狙われやすく、味方の援護を受けにくいからだ。特に、今回の任務のような散開状態での単独行となれば、それはなおさらだ。

 勿論、ウイングのポジションには腕利きの隊員を当てるのが定石だ。カガ軍曹も、カイトの中でもかなりの腕利きだった。

 そして、それこそが今回起きた事態に関する謎の一つなのだ。

 何故、カガ軍曹ほどの腕利きがやられたのか? それが謎であり、まずはそこに至るまでに何があったのかを検証する事になったのだ。


 まず、私とハマモト伍長が発見時の状況と行った救命措置を、衛生班の二人が到着時の症状を説明した。戦術将校の補佐がそれを聞きながら、殺風景な部屋の唯一のアクセントであるホワイトボードに向かって器用に図を描き、説明文を加えていく。

 一通りの状況が書き込まれたところで、全員の視線がホワイトボードに集まり、全員が同じように口元を歪めた。

 カガ軍曹が、そう単純な攻撃によってやられたわけではなさそうだったからだ。


 天井の穴からゆっくり共が降ってきた事は間違いないだろうが、カガ軍曹が部屋に入る時にその穴に気が付かなかったとは思えない。つまり、そこから単独の奇襲を受けたとは考えられない。

 しかし、私とハマモト伍長が玄関からその部屋に至るまでに戦闘の形跡を見る事がなかったという事を考えれば、軍曹が慌ててその部屋に飛び込んで、頭上から奇襲を受けたという事も考えられない。


 それに、カガ軍曹が仰向けで倒れていた事も気になる点だ。理由はともかく、頭上から奇襲を受けたとしても仰向けに倒れる事は考えづらい。

 うつ伏せに倒れてから、立ち上がろうとしたところをさらに襲われて仰向けに倒れたとも考えられるが、軍曹がそのまま押さえつけられ戦闘不能になるほどの数のゆっくりが、あの天井の小さな穴から一度に降ってきたとも考えられない。


 結局、その場に揃った脳味噌を並べて考えてみたところで、かろうじての仮説が立てられただけだった。


 仮説はこうだ。

 部屋の奥に居たゆっくりに気をとられたか、天井の穴を警戒していたであろうカガ軍曹は、床に置いてあった箱の陰に隠れていたゆっくり共の体当たりを受け、穴の方へよろけたところに上から降ってきた別のゆっくり共が当たり、倒れたところに次々とゆっくり共がのしかかっていったのではないか、と。


 ただ、もしこの仮説が正しかったとしても、それは新たな脅威となるだけだった。

 これまでのゆっくりでも、単純な戦術なら使ってくる事はあった。それは、待ち伏せだったりおびき寄せだったりといった、至極単純なものだった。

 しかし、この仮説通りだったとすると、複数の部隊が連携し、タイミングを取って攻撃を仕掛けてきた事になる。

 これが偶然ではなかったとすれば、日々ゆっくり共の戦術は進化している可能性があるという意味だ。ゆっくりが本来は高度な知的生命体であるという事から考えれば、それ自体の可能性は最初から否定されていたわけではないが、実際にそんな事が起きているとなれば、時間が経つにつれて私達の任務が困難になっていくだろうという事に他ならないのだ。


 もう一つ謎だったのは、カガ軍曹のマスクが外れていたという状況だった。

 彼が何らかの理由でマスクを外していたという事は、考えられない事ではない。ただ、もしそうだとしても、完全に外してしまうとは考えられない。再装着の手間や紛失の危険を考えれば、せいぜい口からずらすか、ストラップでぶら下げてある状態にしておくのが自然なのだ。

 私達がゆっくりを排除した際にラムを引っ掛けて、ぶら下がっていたマスクを外してしまった可能性も無いではないが、単に引っ掛かっただけなら、余程の力で引っ張られないと外れたりはしないだろう。

 となると、……まさか、なのだが、ゆっくりがマスクを外したのだろうか? ゆっくりはそもそも四肢が無いので、細かい作業は出来ないと思われているのだが、もしゆっくりがマスクを外したとなれば、脅威どころの話ではない……。


 それと関連して、カガ軍曹の喉に赤ゆっくりが詰まっていたという事態も、解く事が恐ろしいような謎掛けだった。

 その赤ゆっくりが自分から喉に詰まりに入ったのか、それとも、他のゆっくりが赤ゆっくりを喉に詰まらせたのか……。ただ言えるのは、そのどちらだとしても、知的生命体、いや、少なくとも現代の人間から見れば、狂気としか思えない行動だという事だ。

 もし、たまたま偶然に赤ゆっくりが喉に詰まったのだとしても、少なくとも、赤ゆっくりまでがこの攻撃に参加したという事実がここにはある。


 ゆっくり共は、熱狂状態で人間を殺しに掛かったという事なのだ。


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