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無血戦争  作者: 瑞原螢
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「しねえぇ!」

 対ゆっくり戦闘を前提としているだけに、カイトの装備自体も、通常の対人戦闘のそれとは大きく違う。銃や近接武器も特殊だが、それ以外も独特だと言える。

 相手が銃や砲弾を使ってくるわけではないので、防弾装備や対破片装備の殆どは省かれている。鉄帽(鉄兜)の代わりにライナーヘルメット、防弾服の代わりに最低限の防刃能力のチョッキといった風に、至近戦闘時のゆっくり共の動きに対処するために軽量化を施されている。


 但し、背の低いゆっくり共の攻撃を受ける事を前提としているため、脛当てだけは追加で装備となっている。

 ゆっくりと戦う際には何よりも倒される事が危険なので、ゆっくり共の体当たりの的となり易い足は保護すべきだという観点からだ。アキレス腱などは軍靴(半長靴)によってある程度は保護されるが、脛はゆっくりの背の高さでも強打を受ける危険性があるので、特に保護が必要というわけなのだ。


 特殊部隊の類だという事を考えれば、ゴーグルやマスクをしているのも珍しい事ではないはずだ。ただ、このマスクは、普通の防塵マスクなどとは違った奇妙な形をしていると思われるだろう。

 実は、ゆっくりにのしかかられて塞がれても窒息状態になりにくいように、凹凸の多い形をしているのだ。そして、仮にそのマスクの呼吸穴さえも塞がれてしまったとしても、マスク自体には小さなボンベが接続されていて、短時間なら呼吸を助けてくれるようになっている。



 カガ軍曹が入ったと思われる家の入り口近くにまで来ると、あの毎度耳障りな「ゆー、ゆー」という声が聞こえてくる。声から察するに、連中は結構な数が居るようだ。

 普通のゆっくりなら、「こっそりにげるよ、そろ~り、そろ~り」などというお決まりの間抜けな声を上げて見つかったりするものだが、あいにく、この町のゆっくりはそこまで間抜けでもない。隠れている時は意外と静かにしている連中なのだ。

 ただこの場合、ゆっくり共が声を上げているという事は、連中は隠れてはいない、という意味でもある。ありがたい情報だ。

 ただ、こっちもさっきの路地では大虐殺をやって、ゆっくり共の悲鳴が轟いていたわけだから、ここの連中も何かしら気がついていてもおかしくない。……いや、家の中でこれだけ騒いでいれば、気がついていないかも知れない。どちらなのかは、ここのゆっくり共がどれぐらい間抜けなのかに懸かっている。


 私達二人は、必要最低限な注意を払いつつ、可能最大限に急いで、招かれてもいない家の中に土足で入る。相手はゆっくりだとはいえ、殺人ゆっくりだ。それに、数匹程度しかいないとも思えない。払える注意は払っておいたほうがいい。足音を忍ばせて玄関から廊下へと上がる。

 後ろから襲われる危険性が低い今、ゆっくり共が他にもまだ隠れていてこっちに奇襲を掛けてくるとすれば、恐らく頭上か物陰からだろう。一応、後方にも注意を裂きながらだが、ハマモト伍長が主に上方を、私が下方を警戒しながら進んで行く。

 と、左手に開いたドアがある。間取りから考えるに、ダイニングキッチンといったところだろうか。そして何より、ゆっくり共の声がする。


 私と伍長はハンドサインで示し合わせ、一気に部屋に飛び込んだ。先に飛び込んだ私が向かって左に、続く伍長が右にと、お互いの背を守るように警戒方向を開く……はずだった。

 が、そうはならなかった。飛び込んだ私達の正面には、山のように積み重なった、数十はあろうかというゆっくり共がいたからだ。そして、その山の下からは、人間の――恐らく、と言うか、間違いなくカガ軍曹の――手が力無く出ていたのだ。


 反射的に、私達はラムを起動させていた。と、山の脇に居た一匹のまりさ種がまず私達に気が付き、醜い表情を向けながら飛び掛ってきた。

「しねえぇ!」

 それがそのまりさの最後の台詞になったが、お約束の「にんげんさんは」も「ゆっくり」もあったもんじゃない。随分とご挨拶なまりさだ。


 極力動揺を抑えつつ、無線で叫ぶ。

「こちらリンクス・ツー。カガ軍曹がやられた。衛生兵をよこして」

「了解。三分だ」

 隊長の声がすぐに返ってくる。ビーコンが消えた時点で準備していたのか、かなり早い。それでも、早過ぎるという事はない。

「ナガサカとオカノは衛生班のルートを確保しろ。他の隊員は右へホイール。左ウイングから三人は隊形を丸めろ。撤退準備だ」

(※注:『ホイール』隊形に隙間が出来てしまった場合に、その隙間を埋めるように部隊全体を移動させる事)

 隊長の声が続く。が、取り敢えず私達には、目の前の問題が先だ。


 もしやと思って上を見ると、ゆっくり共が自力でやったのか、天井板が一部ずれて穴が空いている場所がある。ここからゆっくり共が降ってきたという事は推測出来る(勿論、その内の数割は着地時点で死んだという事も)。一応、そこも警戒しつつ、山へと近づいて行った。

 他のゆっくり共も、次々と山から離れてこっちへ襲い掛かってくる。が、それほど次々にとなる前に、こっちからその山を崩しに掛かっていった。数は少なくないとはいえ、正面切っての戦いとなれば、こっちは二人で充分だ。本日二度目の悲鳴の洪水の中、生きているゆっくりは順調に数を減らしていく。


 山の下の方になっていたゆっくり共は、既に自分達の重みで潰れて死んでいたが、それもラムで排除し、徐々にカガ軍曹の体が見えてくる。と、カラカランと音がして、ラムが何かを弾いた。

 見ると、マスク……、カガ軍曹がしているはずのマスクだった。と言う事は、軍曹は……。

 それ以前にも増して、急いでゆっくり共――既に残っているのは死んでいるヤツばかりだが――を排除していく。仰向けに倒れているカガ軍曹の口と鼻を塞いでいたゆっくりも排除した。


 が、何かおかしい。もしやと思って軍曹の口を開けて中を見ると、なんと喉に赤れいむが詰まっているのだった。

 私は彼の口に手を突っ込み、半分溶けかかった赤れいむを取り出し、床に叩きつけた。そして、右手を軍曹の左の首筋に当て、左手で彼の右肩を叩きつつ名前を呼んだ。

「ヒデ! カガ軍曹!」

 返事は無い。どころか、私の右手にも鼓動が伝わってこない。即座に私は軍曹の体に馬乗りになり、心臓マッサージを始めた。


「中尉殿、代わります」

 隣の部屋などに他のゆっくりが隠れていないか警戒していたハマモト伍長が戻ってきた。私は心臓マッサージを続けながら言った。

「いえ、先に弾薬を回収して」

「あ、はい」

 伍長は手早くカガ軍曹のストラップや弾帯(ベルト)から弾薬を回収してから、心臓マッサージを交代した。

「心肺停止。現在、心臓マッサージ中。……他に、肋骨骨折、鎖骨骨折、頭部打撲などが見られます」

 軍曹の銃を回収した私は、無線を衛生班回線に切り替え、苦々しい思いで報告していた。


 ほどなく衛生班が到着し、カガ軍曹に救命装置を取り付けると、ストレッチャーにその体を移し、表に停めてあった軽装甲車(兼救急車両)に運び込んだ。

 私とハマモト伍長に出来る事は全てやったはずだが、嫌な喪失感と疲労感だけが残っていた。


 それでも、ここは戦場で、私達は兵隊だ。最後まで、やるべき事をしなければならない。

「伍長、撤退するぞ。ゴーグルを着けろ」

「チェック!」

 私の命令に、ハマモト伍長は周囲の詳細確認のために外していたゴーグルを着け直して答えた。

 それを聞いた私は、左胸のストラップから唐辛子ガス弾を外し、一個を念のために天井板の隙間から天井裏に放り込み、もう一個をその場に転がした。


 この唐辛子ガス、人間でもまともに喰らったらただでは済まないような代物だが、普通のゆっくりの中には、これを喰らっただけで死ぬヤツもいるらしい。但し、この町のゆっくりにどれだけ効くかは疑問だ。ただ、気休めだとしても、無いよりは遥かにマシだ。私達、前線の兵士は、与えられた物で戦うしかないのだから。


 ガスが正常に噴出し始めたのを確認し、私とハマモト伍長はその場を後にした。

 二人分の銃が、やけに重く感じた。


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