対ゆっくり
カイトが標準装備として使っている銃は、最新鋭の22式対物小銃と、少々古いが信頼のおけるバレットM82対物ライフルだ。
(※注:『バレットM82』バレット社が1986年に開発した対物ライフル。本体重量は約12.9kg)
この他にもスラッグ弾装備のショットガンや信号銃もあるが、ショットガンは施錠されているドアを開ける(鍵や蝶番を破壊する)ためだけに使われる(スラッグ弾と言えども、ゆっくり相手では単に穴が空くだけになる可能性が大きい)、いわゆる『マスターキー』なので、実際にゆっくり相手に使われる銃は先の二種類だ。
(※注:『スラッグ弾』ショットガン用の大型単弾。大型動物の狩猟や、施錠されたドアを開けるためなどに使用される事が多い)
リョウコが狙撃に使っている銃はM82だが、私達が装備している22式はそれを元にして 開発された物だ。22式には『対物』と名が付いているものの、実際には対ゆっくり戦闘を前提として作られている。
例えば、銃床の肩当部は他の小銃と比べて扁平で、ゆっくりを突き潰しやすいようになっているし、ゆっくりの破片(要するに、餡子など)が飛び散った時に銃身に入って腔発を起こす事がないように銃口には蓋が付いていて、機械式になっている引き金を引くと、一段目で蓋が開き、二段目で弾が発射されるようになっている。
(※注:『腔発』砲身や銃身内に異物が入ったなどの原因で、発射された砲弾などがその中で破裂してしまう事)
さらに特徴的なのは、銃剣の代わりにラム(衝角)と呼ばれる物が標準で装着出来るようになっている事だ。
ラムというのは慣例的な呼び名で、実際には銃剣代わりの尖った器具とかではない。その実態は、ローラー状になったブラシなのだ。
この清掃用のようなブラシのついたローラーは、ハンドガードの親指が当たる付近にあるボタンを押すことによって電動で高速回転する。それによって、接触したゆっくりをバラバラに切り裂くのだ。
(※注:『ハンドガード』ライフルなどの銃身下や脇についている、支え手を添える部分)
一方で、ラムが人間に当たっても、(まぁ、痛いには痛いのだが……)皮膚を裂いたりする事はない。場合によってはアザぐらいは出来るかも知れないが、少なくとも命に関わるような大怪我にはならない。ラムは、混戦の時でも味方を傷つける事なく迅速にゆっくりを排除出来る優れものなのだ。
実はこの銃の開発段階では、ラム以外にもいくつかの対ゆっくり装備が考えられていた。高圧水流や、液化窒素による凍結ガスなどだ。ただ、持続的な戦闘が可能な事や、混戦において味方への被害の危険性などを考慮した結果、ラムを採用する事に落ち着いたらしい。
現に、ラムを取り外して代わりにそうしたオプションを装備する事も可能になっている。
M82と22式はどちらも12.7mm口径の同じ弾を使うのだが、私達の隊が通常使う弾は徹甲弾ではなく榴弾だ(一応、特殊な状況に対応するため、徹甲弾も携行しているが……)。
(※注:『徹甲弾』装甲を貫通する事を目的とした砲弾や銃弾。『榴弾』命中すると炸裂する砲弾)
これは勿論、命中したゆっくりを粉々に吹き飛ばして即死させるためなのだが、口径が小さいとはいえ榴弾だ。安普請の小屋ぐらいだったら一発で吹き飛ばすぐらいの威力はあるし、仮に人間に当たったら、真っ二つになるか、バラバラになるだろう。
また、ゆっくりのような柔らかい目標に当たっても確実に炸裂するように信管の作動圧が下げられているので、デリケートな取扱いが要求される。
22式は『小銃』と名が付いているものの、反動が大きく、とても普通の小銃のように連射が可能なものではない。たとえ腰だめであっても、普通の人間がまともに連射するのはかなり厳しい。
一応、三点バースト連射の機能は付いているのだが、私自身も訓練以外でそれを使った事はない。
(※注:『三点バースト』自動小銃や短機関銃を連射した場合、三発目以降は殆ど命中しないという統計的事実に基づいた効率的な連射方法で、この方式で連射すると、引き金を引いたままにしても三発撃った時点で連射が止まる)
そもそも榴弾を使うのが普通で、流れ弾や不発弾があったら危険だという点と、弾倉には10発しか入らないという点と合わせて、一発必中を旨とする武器であり、用法でもあると言える。
つまり、運用面ではバズーカや歩兵用無反動砲に近いが、それらに比べて後方爆風が存在しない分、狭い場所からでも射撃が可能になっている。言うなれば、『歩兵が小銃の代わりに砲を携行している』という事だ。
(※注:バズーカや無反動砲は、発射時の反動を抑えるために爆風を後方へと逃がすので、後方に味方がいたり壁が有る場合や、狭い空間で発射した場合は、爆風による危険が伴う)
但し、榴弾を使う以上、近接状態での射撃は自分や味方に被害が及ぶ危険性がある。そのため、ゆっくりとの近接戦闘は、飽くまでラムと銃床(恐らくそれに加えて、軍靴)に頼る事になる。
これらの点も、対ゆっくり戦闘が通常の戦闘と大きく違う点なのだ。
ハマモト伍長の所に着いた私が目にしたものは、路地でラムを振り回して戦う彼と、どうやって集まったのか分からないが、おびただしい――三桁に届こうかという――数のゆっくり共だった。もっとも、そのゆっくり共の半分以上は既に死んでいた――ハマモト伍長が倒していた――のだが。
「加勢するよ」
私もラムを起動しつつ駆け寄り、伍長の横に並んでゆっくり共を排除していった。
このゆっくり共ときたら、いつ聞いても全く酷い悲鳴を上げる。悲鳴を上げないほど即死させるといのも、なかなかに難しい。悲鳴どころか、放送局だったら始末書で電話帳が出来そうなほどの罵詈雑言も身が張り裂けんばかり(いや、実際に裂けてるヤツもいるが……)の大声で叫ぶ。
私達がしているイヤホンには、無線スピーカーの機能の他に、それをしたままでも周囲の音を拾ってくれる機能がある。まるで集音機や補聴器のような機能なのだが、幸いにして、そこそこ高価なそれと同じように、極端に大きな音などは自動的に減衰させてくれる。
もしこの機能が無かったら、私はこの町のゆっくりを排除する前に気が狂う自信が有る。いや、私だけではないかも知れないけれど。
一番厄介な状況は、まだ一人だった時に彼が既に打破していたのであろう。私が加わってからほどなく、その路地に詰まっていたゆっくり共は排除された。排除されたとは言っても、辺りは餡子だらけだが。
なるほど、ゆっくり共も少しは考えているのだろうか。こうした見通しの悪い路地で人間を襲えば、人間側の仲間もなかなかに助けづらい。少なくともリョウコの位置からは死角で、援護射撃が出来なかったわけだ。
「中尉殿、お手を煩わせて済みません」
「それより……、カガ軍曹が入っていった家は、あれ?」
ハマモト伍長は、まだ動いているゆっくりの残骸を銃床で静かにさせながら言ったが、私はそれには答えず、ラムで路地の先に見える扉の開けっ放しの家を指した。
今回の任務では『マスターキー』を携行していないので、扉に鍵の掛かっていない建物のみが制圧対象となっている。だから、ビーコンの消失位置と合わせて考えれば、そこにカガ軍曹が入っていったと考えるのが自然だろう。
「ええ」
伍長も、その家の方向へと顎を向けた。