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無血戦争  作者: 瑞原螢
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『メスゴリラ』

 ゆっくりが駆除する対象となった時、どうやってゆっくりを殺すのが最適かが考えられた事がある。この場合、趣味で虐待したり虐待死させるのとはワケが異なり、駆除する側の負担をいかにして減らすかという事が重点となる。

 潰す、粉砕する、衰弱死させる、焼き殺す、水死させるといった辺りが、ゆっくりを殺す際の基本的な方法だろうか。


 潰したり粉砕したりするのは、ほぼ即死させられるという利点がある。即死させるという事は、駆除する側の人間の精神衛生面で利点がある。瞬間的にゆっくりの悲鳴がする事はあるが、捕獲したゆっくりが延々と罵詈雑言を叫んだり悲鳴を上げるのを聞かなくて済むからだ。

 ただ、人間の生活圏で無差別にこれを行うと、残骸が飛散し、その後の清掃が厄介になる。そこで、町レベルでの駆除の場合は、回収箱付きの自動粉砕機を使う事が多い。


 衰弱死させるには兵糧攻めによる餓死が一般的だろうが、元々エネルギー取得のために食事をするわけではないゆっくりなだけに、飢餓に耐性のあるゆっくりはなかなか死なないし、そうでないゆっくりでも『非ゆっくり症』での死に至るまでには決して短くない時間が掛かり、その間、叫んだり暴れたりとかの迷惑被害が出ることがあるので、ゆっくりと積極的に接触してはならない何らかの条件がない限りは、あまり使われる事はない。

 積極的に衰弱死させる方法としては、ゆっくりを多重妊娠させる方法がある。但し、ゆっくりの中には、植物型多重妊娠をしたゆっくりに生えた茎を即座に折る事によって衰弱死を回避するような賢い個体も存在するようだし、仮に衰弱死に至らなかったとすると個体数を増やすだけの結果にさえなりかねないので、確実性という面では劣ってしまう。


 焼いてしまうという方法は直接ゆっくりを殺す方法ではないが、行動不能に陥らせて駆除をし易くするという点では悪くはない。

 ただ、燃料を使って焼く場合やゆっくりの一部に引火させて焼く場合は、ゆっくりが行動不能になるまでに暴れ回って他の場所に引火する危険があるので注意が必要だし、そもそも場所ごと焼き払うような大規模駆除は、人間の生活圏では不可能だろう。


 水死させるというのも実は簡単な話ではない。ゆっくりは水に放り込めば死ぬと思っている人間は多いようだが、それは勘違いに近い。

 確かに水に濡れると、饅頭であるゆっくりの体表である皮は脆くなる。ただ、だからといってすぐに死ぬわけではない。そもそも呼吸を必要としないゆっくりは、水中にいるだけで溺死するような事はない。その点においてはむしろ、人間より水に強いとも言えるかも知れない。

 勿論、よく知られている通り、水に濡れたことが原因で体組織破壊を起こして死ぬゆっくりも存在する。ただ、これは多くの場合、水中に落ちた事でパニックになったゆっくりが暴れて(無理な運動をして)自ら脆くなった皮を裂いてしまったか、外的な衝撃によって裂けてしまった場合が殆どであり、そうでないケースで体が完全に溶け出して死亡したというケースはそうそう存在しない。


 水慣れしているゆっくりは、たとえ水の中に落ちても、水流が強くなく、近くに捕食者がいない限りはそれほど慌てない。それが生き延びられる方法だと知っているからだ。むしろ浮力によってジャンプ力は向上し、身軽に動く事さえ出来る。勿論、水の抵抗によって素早く動くのは難しいが、本来、ゆっくりにとってはゆっくりと動く事は得意なのだ。


 結局、水で確実にゆっくりを殺すには、高圧水流などで一気に物理的に破壊する方が確実だろうという話になっているのだ。



 とはいえ、以前から虐待や駆除にも使われていた、ゆっくりに対して放水するという方法は、この戦場においても悪いアイディアではない。

 継続的供給方法の問題で22式の近接装備の主力にはならなかったが、高圧水流で攻撃するという、まるで高圧洗浄機のような近接兵器は、実際に有効だったのだ。


 直接の殺害するための攻撃とはならないにしても、床を濡らしたり浸したりする程度に水を撒いておくのも悪くない。それだけでもゆっくりの体表を脆くし、動きを鈍くする効果はあるだろうから。

 勿論、人間側の足元も怪しくなるから、それにさえ注意出来ていれば、だが。


 今回の私とハマモト伍長、それともう二人の計四人の制圧目標は、何かの会館だったらしく、二階建てのやや大きな建物だった。

 そして幸運な事に、この建物には開放式のスプリンクラーが付いていて、建物の権利者からその作動許可も取れているのだ。

 この町での戦いは最大限の財産の保全を前提にしているため、多くの場合、『マスターキー』の使用にさえも権利者の許可を取る必要があるという面倒なものだったが、この建物の権利者は幸いにも私達の作戦に理解のある人物で、ある程度の被害はしかたないし、スプリンクラーの使用も許可すると言ってくれたのだ。


 大きな建物などには、大規模な消火設備が付いていることが多い。ただ、資料施設とかの半端に近代的な消火設備だと、ガス式の消火設備が多い。それらはゆっくり駆除に関しては無力だ。ハロゲン化物消火設備ならまだマシだが、二酸化炭素消火設備は最悪だ。ゆっくり共に無力なだけではなく、人間がオダブツとなってしまう。

 スプリンクラーであっても、感熱型や煙感知型などでは対ゆっくりには使いづらい。その点、この建物のスプリンクラーが開放型だったのも幸運だったのだ。


 私とハマモト伍長は建物正面から侵入し警戒、制圧を狙い、もう二人が裏口から侵入して管理室を目指し、スプリンクラーを作動させるという作戦だった。



 その建物の正面には比較的大きな駐車場が有り、その手前も空き地となっている。普通の戦場だったら、こんな開豁地から近寄ろうものなら間違いなく七面鳥撃ちになる。

 相手が人間だったら絶対に正面から近寄りたくないような建物だが、相手はゆっくり共だ。私とハマモト伍長は遠慮なく入り口に近づいていく。

「こちら、リンクス・ファイブ。突入準備完了」

 裏口に回った二人から連絡があった。伍長を見ると、彼は小さくうなずいた。

「よし、突入!」

 自分の命令と共に、私達も建物に入っていった。


 正面玄関を入るとすぐコンコースのような場所があり、右手前には二階に通じる階段、左奥には長い直線通路があった。ただ、古い建物なのか安普請なのか、天井が剥げていたり床がきしんだりもする。

 私達はそのコンコースでゆっくりの出現を警戒しながら、裏口から入った友軍の連絡を待っていた。

「こちら、リンクス・ファイブ。管理室に到達。これよりスプリンクラーを動作させます」

「了解」

 私の返答から数秒、そこら方々の天井に備え付けられたスプリンクラーから水が放射され始めた。と、建物のあちらこちらからゆっくり共の悲鳴が聞こえる。床や通路に露出していたゆっくり共が、水を被ったのだろうか。

 スプリンクラー毎に、出だす順番もまちまち、出る量も一定でもなかったが、それでも降り続いた水は床が浸るほどになっていた。それを確認し、下令する。

「スプリンクラーの動作を停止、制圧開始!」

「了解」

 返答からほどなく水は止まり、私達は制圧のために移動を開始した。


 裏口から入ったチームは順に一階の部屋を制圧し、その間に私達は階段を上がって二階を制圧する予定になっていた。

 ハマモト伍長が階段のふもとでコンコース側を向いて警戒し、私が階段を踊り場へと向かって昇っていく。階段の踊り場は建物の正面を向いていて、大きな窓からは陽の光が差し込んでいる。そこから折り返して二階に上がるような形だ。


 と、また板がミシミシときしむ音がする。が、今度は床ではない。天井のようだ。

 音がメキメキにと変わり、伍長の頭上の天井板が歪む。

「伍長! 真上だ!」

 音がする場所を探していた伍長だったが、私の声に振り返りつつ頭上を見上げ、ようやくそれを見つけた。

「下がれ! 危ないぞ!」

 私の声とほぼ同時に伍長はコンコース側へと飛び退いたが、それよりほんの僅かに遅れて天井は大きく裂け、ボトボトと大量にゆっくり共が落ちてきた。


 一階の天井裏は、(どこから入り込むようになったのかは分からないが)二階の床から入り込んだゆっくり共が住居としていたのだろう。

 建物自体の傷みも激しいし、そもそも天井板は重量物を乗せるような構造ではないが、特に建物の中でもコンコースのような柱の少ない部分の床板や天井板は比較的脆い。

 水が染み込んで天井板が柔らかくなったところに、やはり水が染み込んで重くなったゆっくり共が驚いて身を寄せ合いでもしたのか……。

 いずれにせよ、天井板は重量に耐え切れずに裂けてしまったのだろう。


 いや、理由は今はどうでもいい。今の私達にとっては、目の前のゆっくり共にどう対処するかの方が重要だ。

 「おそらを……」

 「ゆげっ……!」

 何匹かはお約束の台詞を言っていたようだが、途中から聞こえるのは殆どが悲鳴だった。最初に落ちてきた数匹は床に落ちた衝撃で潰れて即死したが、徐々にその死体がクッションとなってその上に生きて着地するゆっくりが増えてきた。

 私達はラムを起動させて即座に排除しようとしたが、まだまだ天井板が裂け続け、ゆっくり共も振り続けていたので、それぞれ後退せざるを得なくなった。結果、私は踊り場のさらに昇り階段まで近い位置まで昇る事になり、私とハマモト伍長の間はゆっくりの山によって塞がれる形になった。


 あまり楽しい状況ではない。私はラムで手前から排除しつつ、無線で報告する。

「こちら、リンクス・ツー。現在交戦中。敵数、およそ百から二百……」

 最悪だ。悲鳴を聞いて集まってきたのか、二階の方からもゆっくり共が水しぶきを上げながら跳ねてきた。いくら水で体が脆くなっているだろうとしても、この数は厄介だ。

「……訂正。およそ三百。……なお増加の可能性有り。……リンクス・ファイブ、援護出来るか?」

「こちらも交戦中です。障害除去し次第、援護に向かいます」

「了解」

 こちら側にもこれだけの数のゆっくりが出現しているぐらいだ。向こうも接敵しているとなれば、そんなに少数とは思えない。少なくとも、援護はすぐには来ないと思った方が良いだろう。

 無線を聞いていた隊長が、助け舟を出そうとする。

「ホークアイ、リンクス・ツーを援護出来るか?」

 そうだ。この建物の前面は開豁地だ。リョウコが陣取っているビルからなら、直接見えるはずだが……。

「陰になっていて、目視確認出来ません」

 ……無理もない。リョウコが居るのは四階建てのビルの屋上、つまり、事実上の五階だ。距離的にそれほど遠くないこの建物の中を覗くには、俯角が付き過ぎているのだ。

 隊長はすぐに次善の策を命令した。

「オオサワとオカムラはリンクス・ツーの援護に向かえ」

「了解」

「ホークアイはポジションを離れます」

「了解」


 混乱せんばかりに通信が飛び交っていたが、私達は目の前のゆっくり共で手一杯の状況だ。ただ、すぐに援護が来ないらしい事は理解出来る。

 にも関わらず、私にはまだ気分的に余裕があった。踊り場に居るため、方向的には挟み撃ちになっているワケでもないという点と、それでもどうにもならなくなった時は、窓を破ってそこから飛び降りればなんとかなりそうだったからだ。

 得てして致命的なミスというのがそんな時に起こるものだというのは、私自身、良く分かっていたはずなのだが。


 気分が悪くなりそうなほどの数のゆっくりを前にしていたが、それでも私達はラムを振り回し、襲い掛かってくるゆっくり共を分解し続けた。

 そして、少しばかり前に出て掃除をしようと、左足を前へと踏み出した時だった。

 私はその足を、ゆっくりの死骸の餡子と床に撒かれた水が絶妙な割合で混ざり合った滑らかな半流動体へと置いてしまったのだ。結果、私はバランスを崩し、尻餅をつく事になった。

 それを見てチャンスと思ったのか、二階から階段を跳ね降りる途中だったやや小さな、それでも成体のれいむ種が、そこから私の方へと向かって飛び掛ってきた。その狙い自体が不正確だったせいもあるのだが、私は体を左に捻ってそれを避け、それを戻すように勢いをつけながら、銃床で私の右に転がったれいむを叩き潰した。


 だが、私は迂闊だったとしか言えない。続いて襲い来るゆっくりに備え、ラムを起動させるために銃を持ち替えようと、右手を離して左手のみでハンドガードを支えていたほんの一瞬の事だった。

 狙ったのか偶然なのかは分からないが(仮に狙ったのだとしたら、恐ろしい事なのだが)、今頃遅れて落ちてきたれいむ種が左手首に当たり、私は銃を取り落としてしまったのだ。

 そのれいむ自体は当たった衝撃で体が裂け、階下へと転げ落ちていった。ただ、私が見上げた階段の上、二階の床には、今にも直接そこから私に飛び掛ろうと、水しぶきを上げながら助走の跳躍をしている、かなり大き目のまりさ種が居たのだ。今こいつに飛び掛かられたら、さすがの私も危ない。


「にんげんさんはぁ……!」

 そのまりさは、お約束の呪いの言葉を叫ぼうとしていた。ただ、私の耳にはもう一つの――とても聞き慣れた――声が聞こえていた。

「リンクス・ツー! 伏せろ!」

 実際問題として、私が手を伸ばして銃を拾い、ラムを起動させ、飛び掛ってくるまりさを迎え撃ったとしても、なんとかギリギリで間に合ったのかも知れない。

 ただ私は、あの声には絶対に従うのだと、もうずっと昔から決めていたのだ。

 私は反射的に身を屈めた。しかし、面白いショウが見られると確信していた私は、視線だけはそのまりさから外さなかった。


 ビシッというガラスにヒビの入る小さな音と共に、ボスッという鈍い音がし、まりさが吹っ飛ばされる。

「ゆぶっ?」

 まりさは、自分の体に大きな穴が空いている事に気が付いていないようだ。左目は完全に無くなっているのに。

「フリーズ! ワンモア!」

 再びリョウコの声がする。と、今度はまりさの右目の下に大穴が開く。

「ゆぎいぃ! いたいぃ!」

 これだけ体を欠損して、それでもまだ生きていて、言葉も喋れるのは驚きに値するのかも知れないが、リョウコの方は勿論、そんな事にはお構いなしだ。

「キープ! ワンモア!」

 見事に、まりさの体は真っ二つになった。


 私は後で知った事だが、リョウコはわずか三分の内に、20kgほどもある装備を抱えてあのビルの屋上から三階まで駆け下り、そこにM82を設置し、弾倉を徹甲弾に差し替え、榴弾を排出して徹甲弾を装填し、乱れた呼吸のまま、あのまりさに三発のブルズアイを叩き込むという、神業と呼んでも良い離れ業をやってのけたのだった。

(※注:『ブルズアイ』狙い違わぬ命中の事。金的)


「ケイ、行けッ!」

 上官に向かってそれはないだろう、と、内心愉快になっていたが、リョウコに言われるまでもなく私は銃を拾い、立ち上がりながらラムを起動させた。

 二階でまりさに続いて飛び掛ろうとしていた何匹かのゆっくり共は、まりさがどうして真っ二つになったのかが分からなかったのか、その場で恐慌を起こしていた。勿論、私は遠慮なくと言うか、有り難く、その連中をラムで掃除し、まだかろうじて動いていたさっきのまりさの残骸も、見事に扁平にした。

 踊り場まで戻った私は、今度は一階への階段の掃除に掛かった。もう既に、ハマモト伍長も落ち着いて生き残りのゆっくり共の始末に掛かっており、応援の四人がほぼ同時に着いた頃には、階段のゆっくりは綺麗に掃除されていた。

 いや、綺麗と言うには、あまりに餡子まみれだったが。



 ゆっくりが特異な存在なのは、生命としての本来的な形が、他の生物と違っているからではないかと研究者は言う。


 現代の科学では、生物の形態は、炭素体生物と珪素体生物の二種類の可能性があると考えられているが、いずれも『肉体』が有り、その上に起きる現象が『精神』であるとされている。

 ところが、ゆっくりは本来『精神』が主体で、『肉体』、つまり、『饅頭』という入れ物にそれを収めているのではないかと考えられているのだ。

 これは、いわゆる『超知覚生命体』という存在であり、元々はと言えば、空想科学世界のものだ。


 炭素体生物である人間からすると、『超知覚生命体』という存在はとても理解し難い事ではあるが、本質的にはどちらも生命体としては同じと考えても良い。

 どちらも肉体が機能を停止してしまったら、それは死を意味しているからだ。

 『超知覚生命体』なのに肉体が機能を停止したら死んでしまうというのも、理解に苦しむ事かも知れない。だが、一旦肉体を失ってしまったら二度と肉体を得る事は出来ない以上、二度と自身の状況は変化しない(勿論、『思考』も起こりえない)。『生きている』という事は、『自身の状況が常に変化し続ける』という意味なので、二度と状況の変化しなくなった『超知覚生命体』は存在を停止、即ち、『死んでいる』のだ。


 これは、時間と空間の関係に似ている。

 時間は、三次元空間に加えて四番目の座標軸であるとよく言われる。しかし、三次元空間の三つの座標軸とは等価ではない。

 なぜなら時間とは、空間における変化を表すための座標に過ぎず、空間が存在しなければ、存在自体が無意味、つまり、存在しなくなってしまう座標だからだ。


 ゆっくりの操る言語には、非生物も『さん』付けで呼ぶ、いわゆる『アニミズム』の傾向があると言われるが、これも、ゆっくり自身が『超知覚生命体』である事が根拠の一つとなっているのではないかと言われている。

 『超知覚生命体』であるゆっくりにとっては、生物も、非生物も、さらには現象さえも、等価というか同じ距離感を持って接するもので、言わば、『人間さん』も『壁さん』も『炎さん』も、それら自体は全てをどれも『事象』として受け取っているのだろう、という事だ。



 他のカイトの隊員でさえビックリするほどに私とハマモト伍長は餡子まみれだったが、幸いな事に今回の戦闘でも、私の臀部と左手首の打撲と、リョウコの右肩の打撲(?!)を除いては、特に隊に被害は出なかった。

 あれだけの事をやってのけたリョウコも、全くケロリとした表情で本隊に戻ってきた。いや、ケロリ自体は、いつもの事なのだが。


 厳密にはまだ任務中だったのだが、私は何故だかたまらなくなり、リョウコに抱きついていた。

 隊の他の連中がビックリまなこで私達の事を見つめていた事は、想像に難くない。女性士官が女性下士官に、しかも、任務中に抱きつくなど、滅多にある事でもないからだ。

 リョウコ自身も驚いたのか、一瞬、体が硬直していた。


 隊長も呆れたのかも知れないが、それでも、私にではなく、リョウコに向かって言った。

「あー、ササキ曹長、シミズ中尉はお疲れのようだ。送っていってやってくれ」

「あ……、はい」

 リョウコも、一応任務中とは思えないような、気の抜けた答えを返した。


 隊長と他の隊員が去ると、私はそれまで我慢していたものが目から流れ出るのが分かった。

 リョウコは、優しく私の頬を叩いた。

「ほら、美人女性士官は部下の憧れ、でしょ? 情けないところを部下に見せちゃ駄目よ」

 私は小さくうなずくと、手で頬を拭った。


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