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無血戦争  作者: 瑞原螢
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世論誘導

 ゆっくりの死因は、表面的には色々なものがある。ただ、どの死に方も結局は『魔法餡子』や『魔法皮』の壊死による死亡なのだ。

 そんな中でも、多重妊娠を起こした場合のような衰弱での死亡については、少々の説明が必要だろう。


 ゆっくりが妊娠をした場合、母体のエネルギーが擬似子宮の構成と胎芽(植物型妊娠の場合は、茎の突出と実)に強制的に供給されてしまう。エネルギー量自体は質量欠損によって供給されるので全く問題とならないが、問題はその速度なのだ。


 ゆっくりが質量欠損からエネルギーを得る速さはそれほど速くない。そもそも爆発的なエネルギー変換速度があったとしても、脆弱なゆっくりの体がそれに耐えられないからだろうと考えられている。

 エネルギー変換もまた『魔法餡子』によって行われるが、餡子には同時活動の能力限界があり、エネルギー変換を行うと、その分お互いの刺激となる隣接する餡子との交信が減少してしまう。つまり、エネルギー変換が多く必要になればなるほど、交信が減ってしまうのである。

 そして、多重妊娠のような一時に大量にエネルギーが必要な状態になると、『魔法餡子』の活動能力は全てエネルギー変換に使われてしまい、交信が不能になる。そうなると当然、その『魔法餡子』は壊死を起こしてしまう。

 こうした壊死が大規模に起きるか、連鎖的に起きるかしてしまうと、表面上は衰弱死したように見えるのだ。


 ただ将来的には、エネルギー変換速度が向上した個体や、多重妊娠しなくなった個体などが出現しないとは言い切れない。なにせ相手は、『不思議饅頭』なのだから。



 夜戦明けという事で、それほど長い睡眠時間を取れたわけではないが、隊員に大した被害が出なかったせいか、私の目覚めはコトの外に良かった。

 ただ、昼前に受けた命令のお陰で、私の気分は若干重くなっていた。

 それは、マスコミ向けの会見に出ろというものだった。


 普通、こうした会見でコメントをするのは、広報官か次席指揮官あたりだ。重大な局面では首席指揮官である事もある。ただ、今のカイトは組織自体が大きくないので、広報官は存在しない。

 だからといって、私が出るような場所でもないだろうと思ったのだ。

 そういえば、かつて私の相棒だった女は、人前に立つのが好きだった。こういった事は彼女の方が得意なはずだが、今ここには居ない。彼女だったらどう立ち回るだろう?私はそんな取り留めのない事を考えていた。


 結局、どうにも要領を掴みかねていた私は、隊長を掴まえて話をする事にした。

「いや、記者会見なら、美人女性士官が出た方がウケがいいだろ?」

 こっちの慌て具合を知ってか知らずか、隊長は全く気楽そうにしていた。いや、そう見せているだけかも知れないが、それもまた指揮官の資質なのだ。

「なに、報告事項は型通りに読み上げるだけだ。ま、お前が心配してるのは、その後のコメントや質疑応答だろうが……」

 隊長は、何やら凄そうな笑みを口元に浮かべながら言葉を続けた。

「『俺達』には、世間に向けて言いたい事が有るだろ?」

 ハッ、と私は気が付いた。なんて私は間抜けなんだろう!

 これこそ、マスコミを通して世間に訴えるチャンスで、この戦いの最大の障害――世論――を動かすチャンスなのだ。そう認識した私は今更ながら、責任の重大さに体が震え始めた。

「それを、最前線に立ってる『か弱い女性』が訴えてみろ。効果てきめんだ」

 隊長はウインクしながら言う。まさかに私も自分が『美人女性士官』だとか『か弱い女性』だとは思ってはいないが、確かにそれなら女性の方が『訴求力』はあるかも知れない。

「失敗は、……出来ませんね」

 私の声に、既に背を向けて去りつつあった隊長は、右手を軽く上げながら、そしてわざと作ったような軽い調子で答えた。

「責任は俺が取る。思う存分やれ」

 いや、隊長の年金を減らすような真似は出来ない。そう思うと、既に私の震えは止まっていた。



 司会役もする戦術将校との短い打ち合わせの後、私達は会見場に出て行った。

 長テーブルの中央、多数のマイクやボイスレコーダーが向けられている席に座る。向かいには記者席、そしてその奥にはテレビカメラがこっちを向いている。

 既に殆どの椅子が埋まっている記者席を見渡す。いくらかは真実を報道しようという連中だが、多くは言質を取って世間を騒がそうとしている奴らだ。目つきで分かる。

 ま、こっちだって、相手の行動を読んで裏をかいてナンボの商売だ。命懸けなのは普段と同じだが、唐突に頭上から饅頭が降ってこない分だけ気は楽だ。


 一通りの状況説明をした後、質疑応答に移る。何人かの記者が手を挙げ、戦術将校がその中の一人を指す。その記者が席から立ち上がり、所属と名前を明らかにしてから質問をする。記者会見には有りがちな形だ。私にとっては、質問本体以外は興味の無い話なのだが。


「何故、ゆっくりの駆除なんかにこんなにも時間が掛かっているんですか?」

 まぁ、予想された質問だ。こっちのミスを掘り出そうという顔をしている。が、こっちとしても待ってましたという質問でもある。

「まず、この町のゆっくりについてですが、皆さんが知っている普通のゆっくりとは違います。外見は殆ど変わりませんが、はるかに凶暴な生物です」

 正確ではないが、嘘ではない。少なくとも人間にとっては、凶暴化しているのは間違いない。

「次に、これは駆除というような生易しいものではありません。現にここまで、多数の死傷者が出ています。言うなれば、戦争というレベルです」

 記者席が色めき立つ。日本人は、『戦争』という言葉に対してとてつもなく脆弱だ。たとえそこで行われている事が実際に『戦争』以外の呼び方を持っていなくても、『戦争』という言葉自体に拒絶反応を起こす。

「我々は懸命に努力しておりますが、残念ながらこうした状況はそう簡単に打破出来るものではありません」


 私の回答に記者席は暫くざわついていたが、そんな中でもまた記者の手が挙がる。

「本当に戦争レベルだとすると、何故、自衛隊ではなくあなた方が対処しているのですか?」

 勉強不足の記者なのか、それともわざと煽っているのかは分からないが、こんな分かりきった馬鹿馬鹿しい質問でも丁寧に答えねばならない。こういうのはこっちのストレスにはなるが、下手にキレ気味に答えたらどんな報道をされるか分からない。慎重に答えるに限る。

「この町のゆっくりに対する対処法が特殊であり、自衛隊と言えども一朝一夕に対処が可能ではないという事です。各所から集められ、ゆっくりの対処訓練をされた人員が我々カイトで、実際に自衛隊などから出向している隊員も多数おります。ただ、訓練にも時間が掛かるため、現在の人員としては未だに十分な数を確保出来ていません」


 さて、他の記者だが、やはり勉強不足の質問が続く。

「どうして他の害獣のようにゆっくりを駆除出来ないのですか?」

 中には明らかに「勉強不足だろ。時間の無駄だ」という顔をして、その質問をした記者の方を睨んでいる記者もいるが、こっちはただ根気良く答えるしかない。

「例えば、ゴキブリだって完全に駆除する事は難しいでしょう。さらに、ゆっくりの場合は薬剤散布は殆ど効きませんし、仮に効く物が有ったとしても、それらは人間にも有害なので難しいのです。ましてや、今まで非常に有効とされていた唐辛子ガスさえ、この町のゆっくりに対しては致死率は高くないのです」


 次の質問が、ようやく来たおあつらえ向きのパスだった!

「ゆっくりの駆除に関して、一番大きな障害になっているのは何なのですか?」

 私はこのチャンスに内心興奮しながらも、表情や声のトーンに出ないように慎重に答えた。

「まず重要なのは、この町はほぼ完全にゆっくりによって占領されているという事です。この状態でゆっくりを全て駆除するというのは、建物のどこの隙間に隠れているのか分からないゆっくりを全て駆除しなければならないという事で、事実上、不可能と言えるでしょう。しかも、敵の占領地域に乗り込まなければいけないわけですから、こちら側も危険に晒されますし、実際に被害も出ています」

 前置きをしておいて、次に危機感を煽る。

「現在、町にいるゆっくりは、万から十万のオーダーに達するほど繁殖しているのではないかと推測されています。現状では、なんとか町から外にゆっくりが出る事は防いでいますが、今後、地上、もしくは、下水道から町の外へとこの凶暴なゆっくりが侵出しようとするかも知れません。そして、その数によっては私達が防ぎ切れるとも限りません」

 再び、会見場がざわめく。私は、追い討ちと言うか、本題を持ち出す。それでもなるべく、攻撃的な言い方にならないように気を付けながら。

「町ごと焼き尽くして良いのなら話は別ですが……、現在の状況では、全ての駆除は元より、数を増やさないようにするのも困難ですし、この凶暴なゆっくりがいつ町の外へ侵出を始め、その先で繁殖しても、全くおかしくないという状態と言えます」


 ざわめいた状態のまま、会見は終了した。



 私達は会見場から隣の部屋に引き上げた。そこには柔らかな笑顔のリョウコが待っていた。

 扉が閉まって記者達の視線が消えると、戦術将校は無言のまま口元に笑みを浮かべなから強くうなずき、私に握手を求めてきた。

 そして、握手を終えた私に向かって、リョウコは笑顔のまま右手を掲げて言った。

「Gimme Five!」

 私とリョウコはハイタッチした。


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