藪蛇
余計な事をしなければ。
暗く深い森の奥。
分厚い黒雲が太陽光をさえぎり、青白い雷光がけたたましく稲光る、そんな陰気な土地に、魔王の城は建っていた。
世界平和という大義名分を掲げ、幾度となく人間たちが攻めこんできたが、世界の三分の一を支配下に置く、絶大な力を持った魔王の居城である。そのことごとくを返り討ちにし続けた。
だが、人々は諦めようとはしない。なにせ、人間は増えすぎた。食糧に、土地、資源など、もはや自分たちの土地だけでは賄えない所まで来ていたのだ。
すでに、国同士の争いは激化の一途をたどり、人間たちには魔王の領土へ侵攻するしか手が残されていなかったのだ。
今日も今日とて人間の五人組が攻め込んでくるという一報が届き、魔王たちは、戦いに備え対策会議を行っていた。
魔王城のだだっ広い会議室。これまた馬鹿でかい円卓に座る四人のうち、屈強な猫耳男が卓の上で足を組みなおしながら発言する。
「え~、てなわけで、今回は俺ら三人で潰す。お前は予定通り式典に出ろ、いいな」
「で、でもさ、アー君。たまには僕が、―― ひぃっ!」
頭から雄々しい角を生やした小柄な男が口を開くと、アー君と呼ばれた猫耳男が、踵を振り下ろし卓を鳴らす。その音に、小柄な男は震え上がった。
「アー君はやめろって言ってんだろ。ったく、そりゃガキの頃の呼び名だろうが」
二人のやり取りに、残りの二人――真っ黒な四枚羽を持つ魔女と、ローブを羽織った三つ目の女性は優しく笑みを浮かべる。
「まぁ、いいじゃないの。今はあたし達しかいないんだし、呼びなれたほうで構わないでしょ。ね、アー君?」
ローブの女が目を細め妖艶な笑みをこぼすと、猫耳男はバツが悪そうに舌打ちして見せた。
「まぁまぁ、別に嫌ってわけじゃないでしょうが。ね、ミーちゃんもそう思うでしょ?」
突然話を振られ、ミーちゃんと呼ばれた四枚羽の魔女は、とたんに顔を真っ赤に染めたが、
「……私は、少し嬉しいです」
静かに肯定した。
「はいはい、それじゃこの辺で話をもとに戻しましょうか」
ローブの女は一通り楽しんだのだろう。二三度手を叩く。
「それじゃぁ、おさらいするわよ。あたし達三人で勇者を迎撃、こねくり回した後いつものように近くの村にポイ捨て。その間、ヨー君は別世界の領民に顔見せ。三日間、式典を開くらしいから粗相をしないこと。王様なんだから胸張って堂々とね」
「でもでも、みんなが戦ってる時に僕だけパーティーに出るなんて、ダメだよ」
小柄な角男が手をばたつかせながら抗議する。だが、猫耳男の睨みが紫電のように飛ぶ。
「あのなぁ、ヨー。敵はたったの五人なんだぜ? 俺ら三人が出て行くだけでも赤っ恥だってのに、それがお前まで出て行ったらそれこそ部下に笑われちまわぁ」
「で、でも」
それでも何か言いたげな角男から視線をはずし、「埒があかねぇ。頼まぁ、ミー」猫耳男は呆れたように魔女へと目配せをした。
「わかりました。それではヨー君、時間が迫っていますので」
魔女は立ち上がり、パチンと細い指を鳴らす。すると、どこからともなく石造りの門扉が出現した。続いて猫耳男とローブの女が立ち上がり、左右から角男を抱え上げると、
「ちょ、ちょっと、まだ僕は納得してないよぉ!」
あぁ、はいはいと、二人は空返事を繰り返すだけ。
「こないだだって、そうじゃんか! 人間を怪我させたって聞いたんだから!」
ローブの女は困ったように笑う。
「あー、アイツねぇ。……ほんとはぶち殺してやろうと思ったんだけどね」
猫耳男も鼻息荒く頷いた。
「おうよ。『魔王の力を封じる術』だっけか。なんだそりゃ。うちの大将に何しやがんだって感じだよな」
「だからって、暴力はダメだ! 人間は知性のある生き物だよ。話せばきっと分かり合えるんだからね!」
足をばたつかせ、身をよじって嫌がる角男を、このままでは埒が明かないと、二人は無理やり門へと押し込んだ。
「も、もう! 分からず屋たちめ! お土産もってきてやんないからね!」
ゆっくりと閉まりはじめた扉から、角男の声が漏れてくる。
「いらねぇいらねぇ、とっとと行け」
わめく角男の声が完全に聞こえなくなったのを確認すると、三人は、会議室から出て歩きはじめた。
「それで、あの門が完全に閉まるまでどんぐらいかかんだ?」
猫耳男の問いに魔女が答える。
「ちょうど二時間くらいでしょうか」
「閉じてしまえば、もう誰も向こうの世界には行けないんでしょ?」
ローブの女が首の骨を鳴らすと、魔女は中空から取り出した杖をくるりと回した。
「はい。私にしかあの門を開くことは出来ませんから」
三人は、城外へ続く扉の前まで来るとお互いの顔を見合い、
「それにしても、『敵は五人』ねぇ」
「信じてもらえて助かりました」
「まぁ、疑うって事を知らねぇヤツだからな。――式典も無理やりねじ込んだんだろ?」
「少し強引でしたけど」
重たい音を響かせながら扉を開いた。
まず飛び込んできたのは地鳴りのような音だった。そして、むせ返る血の香り、城下を埋め尽くす人の山。
魔王の居城は今まさに陥落しようとしていた。
「……これは死ぬわね。いつもならこれくらいの数どうってこと無いんだけど」
見下ろしながらローブの女は溜息をつき、
「ヤツらが妙な術を開発したってのは本当らしい」
猫耳男は面倒くさげに指を鳴らし、
「全然力が入らないのはそのせいでしょうか。もう少し早く気付いていれば対処のしようもあったのですが」
魔女は、よいしょと屈伸運動を行った。
その間も、地面に転がる部下達を踏み越えて、人の塊は雄叫びと共にどんどんと近づいてくる。
「あ~ぁ。アイツが本気だしゃ、人間なんざ一瞬で消滅すんだけどなぁ」
「あははは、無理無理。ヨー君、優しいから」
「ふふふ、そうですね。そういうところが私は好きです。――だから」
――門が閉じるまであと二時間。
三人は子供の頃のように笑いあうと、迫り来る人の波へと駆け出した。
――最後の一匹。猫耳男が殺されるまであと一時間五十分。
――魔王が忘れ物を取りに戻るまであと一時間五十五分。
――魔王が涙を流すまで、あと一時間五十九分。
――人間が絶滅するまで……あと二時間と一分。
おわり
パソコンの中でお題を発見。
『〇〇時1分』
当時何かを書こうとしていたのでしょうね。とりあえず書き上げてみました。
去年の暮れからドタバタと。ようやく一息つけたので、また投稿していければと考えております。