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多次元史録  作者: 米澤
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灰色の風

【灰色の風1】


 江戸の町は侍のために作られ、町民は狭い区画に押し込められる形で生活していた。


 そもそも江戸の街のほとんどは武家屋敷で整備されており、日本橋を中心とした海沿いの狭い地域が町人、商人が住むことを許された街づくりとなっており、長屋が所せましと並んでいた。


 深川にある飯屋の2階。ここが柳生十兵衛がいつも通っている安住の場所である。時には吉原に繰り出して馴染みの女と会うことも、身体を重ねることもあったが、柳生の血筋。父は大名大目付の役職にある柳生但馬守である。


 いつ命を狙われるかもわからず、馴染みの女と身体を交わらせていた時に、どこぞの忍びに狙われた経験もあったため、常に1人で行動し、酒を飲み、飯を食う時も常にこの飯屋【浮雲】を使っていた。


 ここの亭主、弥助は柳生の草、つまり柳生配下の工作員であるから、町人外のことを常に父である柳生但馬へ知らせていた。そのため、万が一にも十兵衛が襲われたところで、奉行所沙汰になることはなく、むしろ加勢になるとの考えからもこの浮雲を使用していた。


 弥助の作る飯はいつもうまい。十兵衛はそれも気に入り、この日も2階の座敷で晩酌をしながらつまんでいた。


 あけ放った障子からは、江戸の夜風が狭い座敷に流れ込み、たっつけ袴のこの侍の頬と隻眼を撫でた。

 

しかしこの日は1人客が現れたことを、十兵衛の隻眼は感づいた。


「隠れずとも出てこい、そこにいつまで潜んでいるつもりだ」


 その声は飯屋の屋根に張り付いた雲水僧姿の男に聞こえていた。


 男はすぐさま褐色の顔をニコリとさせてはねるようにあけ放たれた障子の間からくるりとはねるように室内へ入り込んできた。


「服部半蔵か」


 隻眼の侍はすぐにその眼で雲水姿の男の身元を分析した。


 なりは旅をしたボロボロの雲水僧姿なれど、その身のこなしを見るからに忍者であることはすぐに推察できた。


「いつから気付いておられた」


 半蔵があぐらをかいてどっかりと畳に腰を据えて聞く。


「俺が化け物どもを叩き斬った時から、おぬしはすでに見ていたであろう」


 見抜かれていたことに、半蔵はからからと乾いた笑い声を発した。


「拙者もまだまだですなぁ」


 平穏そうに服部半蔵は言っているが、この男、全国の忍びを束ねる忍者の長。その気になれば幕府を転覆させることなど造作もない男なのだ。


 杯の酒を飲み干し、十兵衛は半蔵に杯をわたす。


 忍者の長は素直にそれを受け取ると、侍の注ぐ酒を受け取った。


「十兵衛殿がきゃつらを斬ったことで、世は裏返りましたぞ。御覧なされ、この江戸の町を」


 雲水が指さす方角はいつの間にか黒い雲が空に垂れこめ、夜でもはっきりと稲妻が町を照らし出す。


 そこにはいくつもの巨大な塔が見えていた。


「この時代、あのような高き塔など江戸の町人町になどございませぬ。十兵衛殿が斬った忍びの力があち

らの世界と江戸をつなげたのでしょう。生臭いにおいがなだようてござる。拙者も何代目の半蔵であるか、皆目見当もつきませぬ。こうなっては幕府が何代目の将軍かもわからなくなるいもうした」


 そう江戸は多元宇宙と今、つながった状態にある。つまり何が起こっても不思議ではない物理空間へと変貌しているのだ。


「俺はこの江戸に入り込んだ清川八郎を斬れと命じられた。だから斬る、それだけのことだ」


 杯をお膳に置き、参った、と言いたげに半蔵は首の後ろを撫でた。


 事実、確かに多元宇宙からの大きな力を持った者を成敗してしまえば、江戸と多元宇宙とのつながりは断ち切れ、江戸は元の姿に戻る。半蔵もそれは承知なのだが、十兵衛のように単純には考えられなかった。


「拙者は江戸城を探索するつもりでおります。裏切者清川八郎がいるとすれば、間違いなく江戸城の中」


 半蔵は見立てを口にすると、隻眼の男は静かに微笑する。


「どこにいようと、誰であろうと知ったことではない。俺は正面から斬るだけだ」


 これを聞くとまたからからと乾いた笑いを半蔵は発した。


「さすがは『多元戦士』柳生十兵衛殿ですな。この江戸が正常に戻ったところを、信長公が介入して歴史を変えて、日本そして地球を一気に制服、この宇宙の地球は見事信長公の手の中にという算段」


 半蔵がまた笑い声を発すると十兵衛は酒を杯につぎ、一気の飲んだ。そして顔を真正面に向けた時、すでにそこに半蔵の姿はなかった。


 さすがは服部半蔵、この十兵衛ですら気配を感じず消えるか、と心の中で不敵に笑い江戸の湿った灰色の風が入ってくる障子の隙間を見た。


 稲光がとどろくたび、町に複数立った巨大な塔がその影を不気味に十兵衛の隻眼へ影を落とすのだった。


 

灰色の風2へ続く

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