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多次元史録  作者: 米澤
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【多元世界の戦争】

【多元世界の戦争】


「我が君主は同盟を求めておりまする」


 巨大な大男はその独特の長い髭と長い髪が、果てしなく広い謁見の間の石畳の床につきそうなほど、首部を垂れていた。『関聖帝君』物理空間で生きていたときの名を関羽といった。


 肘掛けを髑髏で作った巨大な玉座に、南蛮の衣服を身にまとい、堂々と虎の如きまなざしで関羽を睨みつけ、座っている男『次元帝』またの名を織田信長という。


「これほどまでに戦況を拡大させておきながら和議とは、いささか都合が良すぎるのではないか?」


 金色の髑髏の杯で赤い酒を飲む次元帝は、低い声で言いながらも、この戦いでどれだけの損害を被ったかを胸に抱き、いらめいたものを言葉の端々に滲み出していた。


 物理空間でもともとが気性の荒い人物なだけに、和議という申し出に家臣、特に信長をよく知る『猿王』豊臣秀吉はそばに控えながら信長公がどう答えを出すかをうかがっていた。それは虎の尾を踏む思いである。


 信長公は史実にあるように、まさしく戦国の世を切り開いた男でありながら、なにをするかわからないところのある人物だ。だから秀吉はハラハラしていた。


「貴殿の君主『義帝』劉備殿との合戦も、100年を超えた。それでも劉備殿は和議を結びたいともうすか?」


 関羽は顔を上げた。その赤ら顔は、眉も太く、一騎当千という言葉がまさしく似あう人物である。


「義帝陛下はこの戦の先に多元空間の未来は見えないと。民が疲弊するばかりと申し、和議を求めておりまする」


 この時、和議を言い出した劉備の顔が関羽の脳裡によぎった。義に厚い人物であるから、民が苦しむことを何よりも嫌う君主。だからこそ彼は劉備に、この世界の義帝に物理空間の時代から付き従い、義兄弟の誓いもかわしたのである。


「この次元に来てより、多くの戦を行い、多くの下界へ干渉してきた。戦には犠牲はあるものと心得ておる。おぬしの主、その心得が足りぬのではないか、のう?」


 心酔する君主の言われように、さすがの大男関羽も冷静の蓋が外れそうになったのか、青龍刀の長い柄を手に取り一瞬、殺気立った瞳を信長に向けた。


 これに身構えたのは信長本人ではなく、周囲にいる家臣団であった。各々、槍、刀に手をかけ関羽に睨みをきかせる。


「申し上げます」


 とその時に謁見の間の巨大なスライド式の扉が開き、黒い甲冑をまとった兵士が駆け込んできた。

 片膝をつき頭を下げ、信長へ兵士は叫び事態を伝えた。


「清川八郎殿、謀反。下界へ降り、干渉を始めたもようにござりまする」


「なに、清川殿が」


 はっとしたのは滝川一益である。清川八郎を信長に引き合わせたのは滝川一益であり、それが謀反となると、さすがに百戦錬磨の武将の一益も、顔を蒼白にせざるおえない。


「家康はおるか」


 間髪を入れず信長は叫んだ。


「ここにおりまする」


 すぐに家臣団の中から口ひげを蓄えた男が進み出た。


 これは好機だ、と心中ではニタリと笑みを浮かべる家康である。


「うぬは密偵を飼っていると聞いておる。清川の件、うぬに任せる」


 家康は即座に答えた。


「柳生のこせがれ十兵衛なる人物に追わせまする。探索に半蔵を向かわせまする」


『多元戦士』柳生十兵衛と服部半蔵。この組み合わせがすぐに狸と評される家康の脳裡に名前が出てきた。


「見苦しいところをお見せした。では関羽殿。和議の話、今しばしまたれよ。予に利があるとなればすぐにでも和議を結ぼう。しかし来たの『地創公』チンギス・ハーンの動きを見ねばなんともいえぬ。この多元空間、予であろうと予測がつかぬのでなぁ」


 そういうと鼻で次元帝は優美に笑うのであった。



 すぐに柳生十兵衛と服部半蔵が狸顔の武将に呼び出され、謁見の間の広い石畳の部屋の中心に立たされていた。


 服部半蔵は黒い甲冑を身にまとっているが、顔は黒い布で覆われ眼しか見えず、頭からは鎖帷子で覆われた頭巾をかぶっていた。


 柳生十兵衛は、この100年の間に多元空間へ転生して以来の剣術を超えた、例えば多元空間によく現れる身の丈が5メートルは越えるであろう、醜くおぞましい漆黒の、多元空間独特の野生動物を10万匹相手に、刀一本で始末してしまうほどの凄まじい力から『多元戦士』の名で呼ばれていた。


 容姿はたっつけ袴に黒い羽織、隻眼の右眼だけが魔王信長を見つめていた。


 服部半蔵は頭をそげているが、柳生十兵衛は、堂々と頭を上げている。


「これ、おぬしも頭を下げぬか」


 狼狽したのは家康の方であった。


 それでも咳払いをして家康は2人に目的を告げた。


「多元空間へ転生した者はその強大なる力によって、物理空間に多大なる影響を及ぼす。信長様の野望は知っていよう。すべての地球の平定である。そのため、裏切者清川八郎を見つけ次第斬れ。そうでなければ、地球をまるまる1つ。あるいはもっとやもしれぬが地球が清川八郎の手により歴史が変えられ、奴の手に落ちてしまう。それだけはなんとしても避けねばならぬ」


 多元空間はすべての物理空間と接している。そのため、この空間で起こった出来事は、物理空間すべてに影響を及ぼす。今も増え続ける地球。その地球すべてに影響を及ぼす空間に転生した者は、次元を超越した存在となる。つまり三次元と一次元の時間で構成された物理空間では、次元を超越した存在となった、たった1人の多元空間人ですらも、地球上の歴史、有史以前から遥か未来までも変えることができる。


 すべての歴史、すべての地球と多元空間を手にすることを望む織田信長にとって、それは裏切りでしかないのだ。


「御意」


 半蔵は素直にそういうと、すぐにその場から姿を消した。消したというよりも肉体が溶けて床と融合してしまったように見えた。


 対する剣豪は、未だに信長の眼を見ていた。


 信長もまた十兵衛の隻眼をじっと見つめ、微動だにしない。が、その巨大な妖気は確実に隻眼の侍を覆い尽くしていた。


「俺は俺の好きなようにやらせてもらう。口出しはするな」


 次元帝に向かって隻眼の男はそう発すると、後ろを向いて広大な謁見の間を歩いていくのだった。


 信長は心中でこの男を面白いと感じていた。誰もが自分の力が強大になる度に恐れ、おののいていく。そんな中で今の若い侍は平然としていた。間違いなく信長の力が解放されれば、この場で十兵衛の肉体は粒子の一粒まで崩壊してしまっただろう。


 それでも平然と隻眼で今、信長は勝負を挑まれた。こんな面白い男、何百年ぶりにみたことだろうか。そう思うと、信長は笑みを浮かべずにはいられなかった。


 この光景をただ見ていた和睦の使者たる関羽は、改めて織田軍の脅威、織田信長という超越者の圧倒的な存在感を目の当たりにして、さすがに背中に寒いものを感じていた。


「さて、関羽殿。それで和議の話をいたしましょうか」


 そういったのは、ニコリとして近づいてきた温厚そうな丹羽長秀であった。彼は信長が信頼する家臣の重鎮の1人でであり猿王豊臣秀吉が羽柴と名乗っていた時代、柴田勝家と共に気を使って苗字に漢字を入れるほどの重鎮であった。


 関羽はその温厚な男の後ろにもしかし、不気味な妖気が見えていた。この人物もまた超越した力を持っていることはすぐにわかり、気を付けて物事を発しねば帰ることすらままならない、と思うのであった。


 ここはすべての物理空間に影響を及ぼす【多元空間】あらゆる歴史上の人物が覇権を争う、混乱の次元である。


【多元世界の戦争】 完

 


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