16話 茶会
「ティア様、こちらをどうぞ」
チェンシーから差し出されたのは、美しい白のレースで飾り立てられた扇だった。
「以前、頼んでいたものね」
「はい。必要かと思い、持って参りました。ご注文どおり、芯の部分には、毒針を仕込んでおります」
「ありがとう」
可愛らしい見た目に反して、スライドさせると飛び出る針には、リゼアイリアでのみ採れる毒花の猛毒を仕込んである。
基本的には夜会での対暗殺者用に準備していたのだが……まぁ、ここで使うとは思いもしなかった。
初日の襲撃騒動のことから、ファンベルツィアの貴族が揃うこのお茶会では、厳重な警戒態勢がひかれることになっていた。
しかし、お茶会の場は男子禁制。女性騎士は配備されているが、普段の厳戒態勢からすると少々手薄な状態。
お祖母様のことだから、秘密裏に暗部を配備している可能性が高いと考え、事前にお祖母様にはうちの影が動くと伝えてある。
影の方にもイシュアから、お祖母様のところの暗部の人間とは上手く連携するように伝えてもらった。
タイミングよく部屋に落ちた黒い影に向かって声をかける。
「イシュア、今回の任務の徴証は、【金のフェルナ】よ。影のみんなには、決して間違えがないように配っておいてね。それから、お祖母様のとこの、暗部は【紫のフェルナ】だそうだから、それもよろしくね」
徴証とは、影たちの主が誰なのかを示す、いわば、身分証のようなものだ。
この徴証で、味方か敵かの区別がなされている。
現場で、他の雇い主のいる同業者と協力する際は、事前に徴証の確認を行っておくのだ。
「徴証を間違えるミスなんて死に直結だからねぇ、間違えないよ〜」
再び姿を消したイシュアは、さっそく徴証の配布と情報の共有に取り掛かったのであろう。
ちなみに、持たせる徴証は、任務の度に変更させている。
『影』が決して『ルピアナティア王太子の影』だということをバレないようにするためだ。
………徴証は、私の大切な『影』が必ず私の元に戻ってこれるようにするためのものでもある。
徴証には、所持者が生命の危機に瀕する怪我をした際、私の元に飛ぶという転移魔法が仕込んである。
思考の海にどっぷりと沈んでいた私は、ドアをノックする音によって意識を引き上げられた。
「セルエドです」
「どうぞ」
がチャリと音を立てて開いたドアの影から、小さな籠を持ったセドが現れた。
セドはそのまま、こちらへと歩いてくると、持っていた籠をチェンシーに手渡した。
「チェンシー殿、こちらが頼まれていたフェルナの花です。庭師より預かりました」
「ありがとうございます、セルエド卿」
チェンシーは、籠の中身を確認し中から小さな花を取り出した。
【フェルナの花】丸みを帯びた6枚の花びらが特徴的な可愛らしい小さな花。華やかさには欠けるが、主役の花飾りを引き立てるような愛らしい小花である。
チェンシーが取り出したフェルナの色は、淡い水色と真っ白なものの2種類だ。
主役の花飾りは、もちろん淡い黄色をした【ルピア・ティア・ローズ】
チェンシーは、それらを手際よく私の結い上げた髪に、飾り付けていった。
「……セルエド、準備の方は整っている?」
「はい。先程、イシュアより、本日の任務に就く影及び薔薇騎士全員に、徴証を配り終えたと報告がありました」
「今回の指揮官はセルエド、あなたよ。他国の管轄でやりづらいとも思うけれど、期待していますわ」
「光栄に存じます」
王国一美しいと言われる騎士団……【薔薇騎士】
その背に背負った大輪の薔薇は、彼らの覚悟と忠誠の重みである。
こんな場面でプレッシャーをかけることもないだろう……そう、思いもするけれど、やはり、彼らはただの騎士ではないのだ。
背負っているものが違いすぎる。彼らの覚悟を、忠誠心を、一番に認めてあげることが、私の最大級のお返しだ。
「仕上がりました」
「ありがとう、チェンシー。茶会が終われば夜会の準備に忙しくなるわ。今のうちにゆっくり休んでいてちょうだいね」
「かしこまりました」
椅子から立ち上がった私は、ゆっくりと少しだけ息を吐き出す。
「ティア様、庭園の入り口まで、お供いたします」
「えぇ。頼んだわ」
差し出されたセドの手に、自身の手をゆっくりと重ね、覚悟を決めて一歩を踏み出したのだった。
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お茶会の会場は、王城の中心部に存在する庭園。
リゼアイリアの大庭園とはまた違った趣のある、華やかな庭園だ。
「ごきげんよう。よくいらっしゃってくださいました、リゼアイリア王太子殿下。本日はゆっくりと楽しんでいってくださいな」
「ごきげんよう、ファンベルツィア王妃殿下。お招きいただき、ありがとうございます」
国際法的にも身分ではリゼアイリアの王太子の方が上なのだが、他国での最初の挨拶の際は、やはり、主催者に声をかけてもらうまで待つのが礼儀である。
社交界のルールはどの国でも絶対。
お辞儀の仕方も相手の身分によって変わるし、挨拶の仕方や名前の呼び方だってそうだ。
どんな相手でも、その日最初の呼び方は家名に敬称で呼ぶ。
声をかけるのは、地位が高いものから低いものへ。
リゼアイリアの王太子は、他国では、主催者の王族と同格に下るのが通例。
社交界も中々めんどうなものである。
「エルメス公爵夫人も、ごきげんよう」
「ごきげんよう。リゼアイリア王太子殿下」
「ティア様、こちらのご夫人も紹介しますわ。ベゼル公爵家夫人のバシェラ様」
「お初にお目にかかります、ベゼル公爵夫人」
「お会いできて光栄です。リゼアイリア王太子殿下」
こうして、お祖母様の紹介で、重要な家のご婦人方とお話をしていき、時間はどんどんと過ぎていった。
茶会ももう中盤を随分と過ぎた頃、庭園内の端の茂みに怪しい気配を探知した。
《南南西、正面向かって10時の方向に赤バツ》
通信魔法で、喋らずに影へ連絡を飛ばす。
連絡を受ける以前にきっと、イシュアは、気付いていただろうが、わざわざ私が指示を飛ばすのは、正確性を期すためのものでもある。
《暗殺者3名確認、4班動け》
《……暗殺者3名確保、護送6班に引き渡します》
《暗殺者1名確認、3班配備地です》
《暗殺者1名確保、護送6班に引き渡します………庭園外北不審者あり》
《1班、2名確認に動きます》
このような会話がずっと続いている。
……さすがに、今回は多いな。
「殿下の本日のドレスとても美しいですわ!」
「ありがとうございます。ベゼル公爵夫人」
「こちらもマダム・バタフライの作品ですわよね!羨ましいですわ〜!!」




