2話 生い立ちと2日前
ルピアナティア・ロゼリア・ロズマリン
この国、リゼアイリア王国の唯一の王女。
私はリゼアイリア国王、スフェルラート・ロゼイド・ロズマリンの一人娘。
父そっくりのプラチナブロンドと『王家の印』ライトグリーンの瞳を持つ。
色は父の遺伝子を丸々継いだが、顔立ちは母に瓜二つだそうだ。
そんな母は私を生んだときに亡くなった。
父は後宮に何人もの側妃たちがいる。ちなみに母もその中の一人だった。子供をつくる気はサラサラなかったらしく、側妃に子ができたことが発覚した時点で、即刻処刑。
父が言うには
『このように血にまみれた俺の遺伝子を残すなぞ恐怖でしかないな』
とのことだ。
母が私を妊娠した際に殺されなかったのはいまだに謎だ。
私が産まれた日父は戦で城を開けていた。
母が王女を産んだと聞き急遽父は帰城。私には目もくれず母の元へ駆け寄った。
父が帰城したときには既に私は生後5日が経っていた。
そして、私が初めて目が見えるようになった日。
いつも感じる母の温もりがなく、目を泳がせた。
何かポツリと呟いたかすれた声が耳に入ったと同時に、父が大声で母の名を呼んだのが聞こえた。
そして、初めて見た父の顔からは、激しい憎悪と哀しみが読み取れた。頬に伝う一筋の雫も気にせず、父の手は私の首に伸びた。
あぁ、私ここで死ぬんだ。と思ったが父の手は閉まることなく触れるだけで停止した。
『お前を産まなければシェリーは……』
その一言で、父にとって母がどれだけ大切な存在だったのかわかった。
大勢いる側妃の一人……ではなく、ただ一人……最愛の人。
母はそれほど体が弱いわけでもなかった。
否、どちらかと言えば健康体の象徴のような人だった。だから何故私を生んだだけで死んだのか多くの者が疑問に思った。
父は世間に母は『病死』である、と伝えた。
……だが、私は知っている。
母は側妃の一人に殺されたことを。
そしてその事を父も知っていた。父は冷酷な人間だ。その側妃が母を殺したことを知っていながらもいまだに後宮においている。実際は『飼い殺し』というような状況であるが……。
父が言うところ、私の『立花の儀』に見せしめとして処刑するそうだ。
『立花の儀』はいわゆる女子限定の成人式のようなもので、一般的に13歳~16歳までに行う。
ちなみに男子は『立剣の儀』という。
めでたい日になにすんじゃい!とも思うがまぁ、いいんじゃないかな。母を殺したあの人だけは私も許せない。
っと!まぁまぁ、これはおいといて……。
そうそう、今までの話を聞いてなんとなく察していただろうが、私には生まれた時からの記憶がある。
ちなみに『前世』というものの記憶もあるが、生まれた時から私は私であると区切りをつけた部分もある。
そして、現在………
「処刑はやめてくださいませ」
お父様の目を見てはっきりと告げるが……
「何度言ってもダメだ。これは俺とフィル、それにアルの意見でもある」
チッ、あいつらも共犯か……!!
それでは、問題となっている事件の全貌をお伝えしよう。
それは遡ること2日前………。
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ロズマリン王城ロゼ宮殿
(ふぁ~。いい天気だわぁ~)
ぐーっと背伸びをして空を見上げた私。
ここはロゼリア宮。通称、薔薇姫宮殿。
そもそも『ロゼリア』とは王位継承者に与えられる名で、王位継承者が女児の場合は『ロゼリア』、男児の場合は『ロゼイド』を与えられる。
父は『ロゼイド』の名を持っている。
リゼアイリア王国の王位継承権は一人にしか与えられない。
王位継承権を得るためには国王の承認が必要である。
国王の条件は多いのだが一番大切なのは、『自分の身を自分で守れるほどの腕があるか』だ。
この国の王位継承者は一人と限られるため継承者となっても、国王となっても殺され確率が高い。
よって殺されないようにするためにも他のどの王族よりも、また他のどの貴族よりも強い必要がある。
私も王位継承者なので一応腕に覚えはある。
私はまだ10歳なので剣はそこまで強くないが、魔法ならこの国の誰よりも強い。
私は庭園の薔薇を見ながらゆったりと歩いていく。
この薔薇は『ルピア・ティア・ローズ』という種類でお父様が私のためにつくってくれた薔薇だ。
色は淡い黄色で、花びらの形が涙の雫のような形になっている。
幾重にも重なったこの薔薇はフリルのようにも見えて本当に可愛らしい。
ここには淡い黄色の薔薇しかないが、国王とその継承者しか入ることのできない薔薇園には金色と銀色の花がある。
ガサリ。
!!
背後の茂みの中から気配を感じた。
私は咄嗟に扇子に忍ばせている針を抜き出しこっそりと構えた。
まだ誰か分からないから、迂闊に剣を出すことはできない……。
ガサッ!!
この人は………
「ごきげんよう。ルピアナティア王女。」
「ごきげんよう。メイネイア様。どうしてこちらにいらっしゃるのかしら?」
私は毅然とした態度をとる。
この人、メイネイア様はお父様の側妃で私が幼い頃から何度も懲りずに毒を盛ったり、暗殺者をよこしてきたりした人だ。
今まで、そこまで危うくはなかったから放置してきた。
マズイな……。今日は『影』も『騎士』も【外】に出してるから護衛が付いてない。この女を今ここで斬ったとしても別に問題にはならないけれど、処理が面倒なのよね〜。
そもそもこの女、不法侵入だし。
「あら、私がここにいて何が悪いのかしらぁ?」
首を小さく傾けてわざとらしく聞いてくる。
「ここは、わたくしの宮ですわ。勝手に入られては困ります。そもそも、あなたのような方がここに入れると思っていて?」
まるで屈辱だと言わんばかりの顔で扇子を持つ手に力を入れている。
「あんたに何がわかるっていうのよ!小国の公女風情が陛下に近づくなんて、汚らわしい!!!あんたみたいな小娘が王位継承者なんて、あり得るわけないじゃない!!」
この人、何が言いたいの?
すごく支離滅裂よ?
「わたくしの母の祖国は確かに小国だったわ。けれど、今では我がリゼアイリアの力も得て、周辺諸国の中では大国と言っても良いほどになっておりますの。
その点、あなたの祖国はどうでしょう。
国民にたいしての重税、貴族の腐廃、最終的には国民にすら反旗を翻され、我が国に敗戦したのは一体どこの国だったかしら。
母の祖国は小国ではありましたが無謀な戦いも、国民の重税も課さなかったわ。
王族も貴族も一丸となって質素倹約を心掛け、王族は国民からも貴族からも信頼厚く、陛下も我が国との国交、友好を結ぶのにふさわしいと判断し、条約を結んだの。
母は陛下から信頼を得て側妃の座に就いたのですわ。
………だけど、あなたはただの『人質』でしょう?
いえ、もっと酷いわ。だって、あなたがこちらに来ることで、あなたの祖国にはお金が入るのですから。まるで色を売るだけの売女だわ。ふふっ」
終始笑顔で楽しげに話続ける私。
「う…さ…」
「え?」
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!!!!!!」
わっ、ヤベ、狂った!
「あんたみたいなのに何が分かるのよ!!!!!!」
怒り狂ったメイネイア様は懐から何か小瓶を取り出しました。
おっと?これはマズイかな……
バシャッ!!!!
「ッッ……!」
思ったときにはもう遅く、顔はなんとか防ぎましたが髪からは液体が滴っています。
うわ………これ……っ……て………
そこまで思い、私の意識は遠のいていきました。
「ん……?」
見覚えのある、白いレースの天盖。
ここは……。
ガタリ!
「ティア様ぁぁぁぁぁ!!やっとお目覚めになったのですね!ティア様ぁぁぁぁぁぁ!!」
うるさい。
無言で防音結界を張り、もういちど寝ようとする私。
それにたいしてヤバイと思ったのかドンドンと結界を叩いて泣き叫んでいるテル。
「あぁ、もう、しょうがないわねぇ」
ヒュッと結界が消えたことで力の行き場を無くした手につられ顔面から転けたテル。
「ところで、テル、今はいつ?」
「……ティア様は半日ほど、お眠りだったんですよぉ。だから今はお昼ちょっと前です」
「そう、良かったわ。お昼はお父様もいらっしゃられるから、いなかったら不自然に思われるわ」
「本当にそうですよぉ。あいつ、勘だけは野生並みですから」
うんうん、と無言で頷く私。
いや、だってホントだし。
「誰が私を見つけてくれたの?場合によっては口止めしなくては……」
「あぁ、大丈夫ですよ。ティア様を見つけたのはフィルとアルでしたから」
「そう、それなら安心ね」
そう、場合によっては口止めしなくてはいけないのだ。
軽い感じでこんなのをお父様に報告してみろ、犯人、確実に殺されるからな。
そう、私が赤ん坊でまだ、なんにもしゃべれなかったとき私を無理矢理だっこして泣かせた側妃が何人も処刑された。
いやぁ、あれマジでトラウマだわぁ~。
私は今まで宰相であるテルと協力し、小さい嫌がらせから暗殺未遂までを隠し通してきた。
ただ、一番の問題は今回、私が一時意識を失った、ということ。
今までの事件等、お父様は気づいておられるだろう。
それでも、犯人、側妃が死ななかったのは一重に私がかすり傷ひとつ無く無事であったからだ。
まぁ、その場合私からもあえて報告はしなかった……
のだが…………
今回はヤバイ。
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まぁ、思った通りか……。
さすがに、今回は無理でしょう。
メイネイア様には悪いが、さすがに行きすぎだ、あの時かけられた液体は毒であった。口に入らずとも皮膚から吸収され、体を蝕むというものだ。幸い駆けつけたのがリゼアイリア王国魔術師団長のフィルとリゼアイリア王国騎士団長のアルであったから助かった。
フィルは上級魔法の体内浄化が使えるし、アルは現場の証拠処理をしっかりと行ってくれただろう。
二人は私の師で、魔法をフィルから、剣をアルから習っている。
とりあえず、私を裏切った二人は後で折檻しよう……。