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第9回「何ゆえにウナギを絶滅させるのか」

 褐色の肌の少女は、窓からの陽光で輝いて見えた。僕はそこに神々しいものを感じて、何だか涙が出そうになった。高貴というのはこういうものを言うのかもしれない。着ている服はシンプルなものだったが、それさえも気品の表れのような気がしてくる。


「ファティマ・アシュトン。天象士をしています」


 天象士というのがよくわからなかったが、気象予報士のようなものかな、と一人合点した。


「望月大三郎です」

「ええ、存じておりますよ、望月くん。座ってください。これから貴方には重大な話をしなくてはなりません」


 この答えは意外だった。僕が詐術にかけられたのでもなければ、ここは全く別の場所のはずだ。僕には古い知人や親戚なんかがいるはずもない。いや、覚えてはいないけれど。

 そうすると、彼女は僕の出自を知っている可能性があった。


「僕をご存知なのですか」

「これから、その点についてお話ししましょう。ありがとう、安斎くん。タチアナさんもご苦労様でした。もっとも、これからもっと苦労をかけることになりますが」

「じゃあ、俺たちは外で待ってますよ」

「頑張ってくださいね」


 安斎くんとタチアナさんが退室した。

 僕は柄にもなく緊張を覚えて、ファティマさんの目をじっと見ないようにした。


「どうぞ、座ってください。これから際限なくおったまげてもらう予定ですから」


 砕けた口調のおかげで、その緊張がちょっとほぐれた。


「楽しみにしていいんですか。僕は絶叫マシンでも無表情なんですよ」

「ちょっとは驚く演技をしてほしいかな……って」

「うわあ」

「まだ何も話してませんから」

「失礼しました」


 僕は笑いながら席についた。ファティマさんも笑ってくれているのが好感触だった。これでこの場に山盛りのウナギの蒲焼きがあれば最高だった。そこまで求めるのはぜいたくだろうか。

 ファティマさんが僕の対面に座って、「そうね」と口を開いた。


「でも、その素直さに敬意を表して結論から話させていただきますが、貴方は人間ではありません」


 僕はどんな顔をしていいのかわからなかったが、開幕のジョークというわけでもなさそうだったので、驚きが後からさざ波のようにやってきた。


「マジですか」

「正確に言えば、地球を含めたいくつかの世界で共同研究された『対ウナギ決戦兵器』として作られたものです。貴方、大三郎の他にも望月ナンバーには誠太郎と小次郎がいましたが、いずれもウナギとの戦いの中で敗れていきました。貴方は栄誉ある戦いを完遂するための三代目。46億年の闘争を終わらせる希望の光なのです」

「いきなりすごい世界観に放り込まれた気がして、ちょっと混乱してるんですが。というか、46億年前には人間どころかウナギもいないのでは」

「それは違います。いいえ、さらに言えば、46億年もあくまで地球史という枠組みでしかない。数多の次元を超えた壮絶な戦いの詩なのです。……ケツァルコアトルを知っていますか」

「アステカの神ですかね。確か蛇の姿を持った」


 テスカトリポカとセットで覚えていた。雑学も役に立つものだ。

 ファティマさんは小さく首肯した。


「それはウナギです」

「これもウナギ……。まさか、蛇はウナギ。だとすると、楽園のアダムとイブに知恵の実を食べるように勧めたのも」

「ウナギです」

「エジプトや日本など古今東西あらゆるところで信仰の対象となっているのも」

「蛇にしてウナギです」

「そんなバカな」


 僕は何だか頭がおかしくなりそうだった。ウナギの絶滅なんかを党是にしている組織に入っていて何を今さら、という感じではあるかもしれない。しかし、さすがにここまで話が飛躍すると、理解が追いついてこないというのが実情だった。

 でも、ちょっと落ち着いて考えると、そういうこともあるかもねという気分になってきた。大体ここまで不可思議な出来事が続いているのだから、他に未知の事項が待っていないわけがないのだ。五秒後に貴方は死ぬなどと宣告されなかっただけマシな話で、どうせやることは今までと変わらないウナギの●●なのである。

 ああ、そうだ。もしかすると、僕の思考の中から欠落してしまったものを見つけるヒントも生まれるかもしれない。

 実のところ、僕にも●●が具体的に何なのかはわかっていないのだ。

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