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第7回「ウナギはいずこにありや」

 僕に刃は必要ない。僕の拳が砲弾であり、僕の脚が薙刀となる。どんなに鋭利な刃物であろうと、僕の骨肉を破断することは不可能だ。

 ショショはこちらに狙いを定め、猛然と斬りかかってきた。

 僕はそれに対して拳で応戦する。

 激しい衝撃とともに、僕らは後ろへと仰け反った。


「僕と互角か」

「私と互角とは」


 これは意外だった。本当に驚いた。

 僕はうぬぼれていたのかもしれない。まさか、今の僕の一撃を防ぐことができる相手がいたなんて。

 ショショという少女はとんでもない相手かもしれないぞ、と気を引き締めた。

 だけど、同時に決して勝てない相手でもないと思っていた。今の僕が彼女と互角になってしまっているのは、お腹がすいているからだ。うな重ひとつきりでは、この程度の出力が限界だ。


「ウナギが、ウナギが食べたい」


 あえぐように、言った。食べられずに負けるのは屈辱だった。僕はウナギが大好きで、負けるのが大嫌いなのだ。万全の態勢を取れないままに負けるなんて、死んでも後悔するのは間違いなかった。


「そんなことはさせない。ウナギは必ずや守り抜く」


 ショショは再びナイフを構えた。

 この時、僕は彼女の背後で機を窺っていたタチアナさんが、何かの準備をしていることを悟った。あの人は信頼に値する、と即断した。ならば、今は時間を稼ぐ必要があった。


「貴方はなぜウナギを守る」

「それが皇帝陛下のご意思ゆえに」


 ショショが会話に乗ってきた。

 実力が均衡している今ならと考えたが、どうやら正解だったらしい。


「皇帝陛下。すごいのが出てきたぞ」

「陛下の考えがウナギの絶対保護である限り、私はそれに従って戦うまで」

「じゃあ、皇帝陛下が絶滅しろと言ったら」

「無論、従う。ウナギというウナギを巣からいぶり出し、すべて抹殺する。それが私の流儀だ」


 ふいに、僕は彼女のことがとてつもなく哀れに思えた。彼女には「自分」がないのだ。誰かに意志を託してしまった操り人形に過ぎない。

 でも、とも考える。それが幸せに感じる人種もいるのではないだろうか。誰かに何かを指示してもらい、それを上手くこなすことだけが人生の喜びになっている者も。もしかしたら、そういうタイプの方が今や多数派なのかもしれない。僕が少数派でない保証なんてどこにもないし、まして「望月大三郎はどこから来たのかわからない存在である」という現実があるのだ。ならば、僕のような考えを持つのはごくごく少数であるという推論さえ、説得力を伴って浮上する。


「僕とは違うな。僕は心の底からウナギを絶滅させたいと思っている。あんな美味しいやつら、放っておくわけにはいかない。最後の一匹まで丹念に職人に焼いてもらって、最高のタレでがっつり食べる」


 ならば、それでいい。

 僕は僕のままでいい。

 どこまでも自由に、どこまでも大胆に、生きていこうと決めている。


「貴様の方こそ、美味というあやふやな価値観に惑わされているな。本当にウナギが好きなのか。ウナギの肉を愛しているのか。ウナギの魂に恋しているのか。実は好きなのはタレであって、ウナギ本体はどうでもいいのではないか。すばらしい栄養価を誇ると言っても、他の食品で代替可能なのではないか」

「いいや、そうは思わない。ウナギはウナギだ。アナゴではないし、ドジョウでもない。ウナギなんだ。僕のお腹は正直で、ウナギ以外ではそこまで活力にならない。そりゃあ、アナゴもドジョウも美味しいさ。タレをかけただけのご飯だって、ホカホカニコニコいただける。でも、ウナギは特別だ。ウナギはスペシャルだ。ウナギは絶対不可侵だ」


 美食は僕にとっての生命線である。ウナギはとりわけ最上級であり、僕の潜在意識が完全に食い尽くせと叫び続けている。

 おや、してみると、僕もまた「自分」なる意識に従属する、ふわふわとした代物なのかもしれない。こう考えると、ショショの気持ちが少しわかる気がした。

 パチン、と指が鳴らされた。鳴らしたのはタチアナさんだった。


「いい時間稼ぎでした」


 彼女がそう言うと、たちまち僕を白銀色のオーラが包み込んだ。


「力がみなぎる。まるで振り忘れていた山椒をぱらっと追加してもらったみたいに」

「その比喩はちょっと理解が難しいですね」


 ツッコミを入れられてしまった。

 だけど、僕としてはこれが最良の比喩に思えた。うっかり忘れていた薬味のすばらしさを教えてくれたような、そんな湧き上がる力の波を腹の底で感じている。

 僕と対峙していたメイドは、ふうっと強く息を吹いた。それから、ちらりと目線を横に切った。

 次の瞬間には、彼女はまた窓ガラスを蹴り割っていた。


「これほどの力……私単独では抑えることができない」

「逃げるか、ジョジョ」

「ジョジョではない、ショショだ。濁らない、清いままなのが私の誇りだ。そして、私の思考は澄み渡っている。ここは貴様に勝ちを譲ろう。次はこうはいかない」


 ショショは列車の外に身を躍らせた。

 すさまじい身体能力であり、なおかつ柔軟な筋肉の動きだった。あれだけの曲芸をできるかと言われると、僕もちょっとだけ自信がない。あの身のこなしだけで言えば、今は彼女に分があると言えた。

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