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第6回「ウナギを守りてメイド来る」

 リゼル・セルビーを拘束してから、僕たちは党支部の地下へとやってきた。そこは幹部だけしか立ち入ることができない場所で、ここまで来るのは初めてだった。実際、今ここにやってきたのは支部長である樺山さん、客分であるタチアナさん、それに僕と、僕が背負っているリゼルだけだった。一般の党員は長い長い階段の上で見張りを続けていた。

 階段が終わったと思ったら、もう一つ階段があって、さらにエレベーターに乗った。年代物のエレベーターに思えた。古いハリウッド映画に出てくるような、「かご」という表現が最適な代物だ。見る人が見たら、この製品は1900年代に云々と解説をしてくれるような気がした。

 エレベーターが着くと、さらに扉があって、そこに樺山さんが手をかざした。赤い走査線が走って、思ったよりあっけなく扉は開いた。


「党の支部の中に、なぜ地下鉄が」


 僕は純粋に冒険心を掻き立てられた。

 そうなのだ。党支部の地下に、なんと地下鉄が走っていたのだ。ここにはそんなものがあるはずもないのに。いや、そもそもこの町には地下鉄なんてないはずだった。

 先ほどのエレベーターの雰囲気とは裏腹に、地下鉄構内は新しく設置されたもののようにピカピカだった。


「私は『愛と欲望の地下鉄』と呼んでいます。貴方の世界の『欲望という名の電車』という戯曲が好きでして。ご存じですか」

「知りません」

「そうですか」


 タチアナさんはちょっと残念そうだったので、僕も申し訳ない気持ちになった。もう少し文化芸術のことについても勉強すべきかもなと反省した。

 そこへ、音もなく列車が入ってきた。まるで辺りが無音になってしまったかのような気がして、僕は耳のあたりを手で叩いたが、これはちゃんと聞こえた。


「これは、本当に現実なんですか」

「現実ですよ。もっとも、現実と虚構を隔てるものが何であるかは、私にも定かではないですけれど。さあ、乗りましょう」


 僕は樺山さんを見た。

 行ってこい、と彼女は腕組みをした。

 行ってきます、と僕は力強く拳を握った。

 そうして、タチアナさんとともに列車に乗り込んだ。


「誰もいない」

「ええ。専用列車ですから」

「これに乗っていれば、異世界に着くんですか」

「そう、私や彼女にとっての故郷、ディルスタインへ着きますよ」


 列車は来た時と同じように音もなく動き出した。樺山さんの姿は見る見るうちに小さくなった。だが、これが今生の別れなどではないことは、しっかりと確信していた。なぜなら、僕がこの程度で死んでしまうはずもないし、樺山さんも既存の勢力などにやられるはずがないからだ。

 リゼルをシートに置き、タチアナさんにも座るよう勧めた。彼女が座るのを待ってから、僕も座ることにした。別に紳士的な振る舞いを心掛けたわけではなかったが、そうすべきだと心の中で誰かが叫んでいた。してみると、やっぱり僕の中に紳士が潜んでいたのかもしれない。あるいは、紳士の顔をした悪魔だろうか。タチアナさんがもしも敵だったら、という前提に立って考える悪魔だ。


「どうして地下鉄なんでしょうか。誰かが作ったのかな」

「そうですねえ。本当に『地下鉄』というものかどうかはわかりませんね。私の世界にはまだ地下鉄道はありませんし、それに、貴方と私とでは少々見えているものが違うようですから」

「見えているものが違う」

「そうです。視覚というものはしょせん外の世界を認識する機械にすぎません。そのレンズが違えば、映り方も大きく変わってくる。概念が根本から変化すれば、見えるものは全く違ってくるでしょう」


 わかりにくいことがわかった。少なくとも、タチアナさんと僕とでは違うものが見えている可能性があるようだ。

 いや、あれはどうだ。

 僕の目の前、つまりタチアナさんの視界にも映っているであろうそれは、あまりにも異質だった。

 地下鉄の窓の向こうに、メイドさんが張り付いている。彼女は勢いをつけたかと思うと窓を打ち割り、さらに全身を躍らせて中へと入ってきた。赤髪のショートヘアが勝気に映える少女だった。


「見つけたぞ」

「敵だ」


 僕は確かめるようにつぶやいた。


「そのようですね」


 タチアナさんも同調した。

 僕らはわざわざ言葉に出すことなく散開し、メイドさんを挟み撃ちする格好になっている。

 しかし、彼女は全く意に介していないらしい。両手に一本ずつナイフを持ち、僕に狙いを定めたようだった。

 直感が告げている。

 彼女は、強い。


「我が名はショショ・アレハンドラ・バスケス。皇帝陛下の勅命である。貴様らを断罪する」

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