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第5回「いざ、異世界のウナギを絶滅する時」

 樺山さんが、ゆっくりと拍手をした。

 僕が決然とウナギ絶滅の言葉を投げつけたことを、褒めてくれているのかもしれなかった。


「望月くん。君が非常に冷静でいてくれることに、私は敬意を表するよ。そうだ。君の内なる衝動は、ウナギの絶滅を求めている。そのメンタリティは、とりわけ平均的日本人のそれを超えていて、尊敬にすら値するほどだ」

「美味しいものは積極的に食い殺すべきですわ。ええ、そうですとも。でなければ、生まれてきた甲斐がない」


 タチアナさんはそう言っていたが、僕の考えは少し違った。ウナギは特別なのだ。もっと別の何か、そう、特別な何かに突き動かされて、絶滅のための戦いを続けるべきだと確信している。


「破戒僧め……」


 リゼルが呻いた。少しだけ、可哀想に感じた。

 でも、それは、弱った老猫が車に轢かれた姿を見るのと同じで、「自分はああなりたくない」と感じ、また「自分は現在ああなっていない」と安堵するのと同様なのかもしれなかった。

 つまり、自分が哀れでないことに再確認に過ぎない。


「リゼル。貴方は何のために生まれてきたのですか。天からの大いなる使命を感じないのですか。ウナギを絶滅に追い込むことは、私たちが生まれてきた意味と言っても過言ではないのですよ」

「そう思います。僕は、必ずやウナギを滅さねばならない」


 タチアナさんとは全く同じ考え方ではないが、それでも似てはいるようだ。

 そうなのだ。これは僕だけの問題ではない。全人類の、全生命のための考えだ。

 ウナギ、滅ぶべし。

 この価値観を誰もが抱かない限り、いずれ未来は閉ざされる。そんな気がしてならない。


「よし。では、戦闘細胞たる君に新たな指令を与える。タチアナさんとともにディルスタインに赴き、かの地のウナギ絶滅闘争を成功に導くのだ。そして、その滞在の間により多くのことを学び、強くなれ。地球のウナギ絶滅を成功裏に終わらせるためにもな」

「わかりました。で、この人はどうしましょう。殺しますか」


 僕がリゼルをぞんざいに示すと、樺山さんは驚いたような表情になった。これは僕にとって意外だった。彼女は敵味方関係なく冷酷非情だと思っていたからだ。


「殺すのか」

「はい。彼女の生首を掲げて凱旋するのが、とても効果的かなと思って」

「君は本当に物騒だ、望月くん。その思想は嫌いではないが、薄ら寒いものも覚える。敵には回したくないよ。ああ、彼女を殺す必要はない。代わりに、君への『宿題』としよう。彼女、ええと、名前は」

「リゼル・セルビーですね」


 タチアナさんが助け船を出した。なんだかサッカークラブみたいなファミリーネームだな、とぼんやり思った。


「そう、リゼル・セルビーを保護派から絶滅派に寝返らせるのだ。これは殺すよりも難しく、しかし、殺すよりも有効な一手だ。彼女ほどのいかにもな強情者を転向させたとあれば、多くの敵を味方に引き入れることができる」

「僕が全部殺してしまえば済む話です」

「純粋な闘争本能に敬意を表するが、残念ながら、世の中は敵対者を消すだけでは始まらないこともある。むしろ、調整弁としての敵性存在を残しつつ、友好関係にある相手を増やしていくのは重要なことだ」


 そのやり方はとても迂遠に思えて、僕は反対したかった。

 しかし、樺山さんは政治的な意味において、僕より達者である。その考え方は間違っていないのだろうと思った。戦いに勝つということは、相手をすべて討ち取って終わりではないに違いない。僕はそれでいい、絶滅させられれば問題ないと思うのだが、どうやら世間というものは、そんな考え方を受容しないようだ。

 それなら、ここは何も言わずに従うとしよう。それが戦闘細胞である僕の役割だ。

 ふいに、タチアナさんが僕の耳元に顔を寄せてきた。


「それに、貴方がウナギと同じくらい気に入るものがあるかもしれません。そう、人肉というね……」


 悪魔のささやきだった。

 僕と、彼女は、似ている。

 そう感じた現実を、今改めてトレースしなおしていた。もしかすると、彼女は人肉愛好家なのかもしれなかった。してみると、僕にもその素質を認めているのかもしれなかった。

 まさか、そんな。

 そんな風にショックも受けたが、もしかしたらという疑念もちらついていた。

 どうだろう。僕は、同胞を美味しくいただけるのだろうか。

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