第7話 水神リヴァイアサン
「やっと来たか」
私がいつもリヴァイアサンがいる湖に来た時、不機嫌そうな顔を一人の青髪の青年がそこで待っていた。
青い着物をかなり大胆にはだけた状態で妖艶に着こなしているその青年を見て、私は悟る。
彼がかなり怒っていることを。
正直、これだけ怒っている彼には近寄らないほうがいいと、これまでの経験で私は知っているし、積極的に近づきたいとは思わない。
けれども私はその怒り狂った青年を前にして逃げることはできなかった。
何故なら私はここまで怒っているだろうと、そう分かっているからここに来たのだから、今逃げ帰るわけにはいかなかった。
何故なら彼こそが人化した状態のリヴァイアサンなのだから。
「えっとリヴァイアサン、実は……」
「お前が婚約破棄された一件ならもう知っている」
恐る恐る口を開いた私に対して、不機嫌そうにリヴァイアサンは吐き捨てた。
それは聞く人が聞けば、何故神獣がそんなことを知っているのかと驚く場面だろうが、リヴァイアサンのことを知っている私は対して驚くことはなかった。
リヴァイアサンの性質、それは快楽主義。
面白いものがあればそれが人間の作ったものであれ、気にせずちょっかいを出す。
そして実は普段、リヴァイアサンは人化して、この国を回っているのだ。
しかも、神獣が人化できる外見は一種類しかないのにも関わらず、リヴァイアサンはいつの間にやら変装を覚えていてこの目立った外見を隠して民衆に溶け込んでいる。
そのため殆どの人間は知る由もないが、リヴァイアサンはかなり人間の社会に詳しいのだ。
それもどこにコネを作っているのかは知らないが、なんでそんな情報を、と思ってしまうようなことさえ知っている。
そしてそんなリヴァイアサンが私の身に起きた全てのことを知らないとは思えず、私はなんと言えばいいか分からず黙り込んだ。
「本当にお前の妹はつまらない人間だな。お前との血の繋がりが嘘に思える。聖女の鍛錬をこなすことさえ出来ない人間が、名声だけを求めて身分を偽るとは、どれだけ愚かなのか」
しかし、そんな私を気にせず、リヴァイアサンはそう吐き捨てた。
それは不機嫌極まりない声で、私は久々にリヴァイアサンが激怒したことを悟る。
リヴァイアサンは快楽主義で気分屋、けれども本当に怒ることはほとんどない。
けれど今、そのリヴァイアサンは激怒していた。
「えっと、でも確かに聖女の鍛錬はきついし……私だってもう一回やれと言われてもやりたくないよ!」
そしてそのリヴァイアサンの怒りを悟った時、私は反射的にそう言葉を重ねていた。
当たり前だが、ルシアを庇うような言葉を言ったのは別に本意ではない。
内心ではリヴァイアサンの意見に賛成しているし、乗っかってルシアに対して言いたい文句は山ほどある。
正直、例え本心でなかったとしてもルシア達のような存在を庇いたくないと思っている程だ。
けれども、このままでは激怒したリヴァイアサンは私を貶めたルシア達だけでなく、この国に対してその怒りをぶつけかねない。
それ程までにリヴァイアサンは激怒しているのだ。
だから私はその怒りを抑えるために、そう口に出してみせたが……
「やりたくない、それだけでお前はやりきるだろうが」
「うっ!」
けれども、私はリヴァイアサンの切り返しにあっさりと言葉を失う。
本当にその通りだから何も言えない……
リヴァイアサンとも長い付き合いだし、私のこと完全に理解しているな……
「今回に関してはさすがに俺も自分を抑える気は無いぞ」
しかし、だからといって口を閉じるわけにはいかない。
リヴァイアサンも決して平民までその怒りをぶつけることはないだろう。
けれども確実に王家はその対象になる。
そしてその場合、明らかにこの国は立ち行かなくなる。
そうなれば一体どんなことが起きることか……
だから私は何とかリヴァイアサンを止めようと考える。
「でも、その……」
しかし、どうすればいいのか私の頭に浮かんでくることはなかった。
口から出てくるのは文の頭の言葉だけで、肝心の内容は全く思いつかない。
そして諦めの悪い私のそんな姿に、リヴァイアサンは呆れたように口開いた。
「だから言っただろう。今回に関しては俺も引かないと。大切な存在を傷つけられて……ーーーっ!」
……けれども、その途中でリヴァイアサンは言葉を止めた。
「え?大切な存在……」
私は一瞬、リヴァイアサンが言った言葉に唖然とする。
しかし、リヴァイアサンの顔は罰が悪そうに歪められていて、その言葉は決して私の聞き間違い出なかったことを私は悟る。
「へへー!」
「……んだよ」
リヴァイアサンは他の神獣と違って、滅多に私に対して好意を示さない。
そしてだからこそ私はそのリヴァイアサンの言葉が嬉しくて……
「でも、だったらダメ!」
そしてだから私は手をクロスさせて大きなバツを作った。
「はっ?お前あれだけやられて何も……」
「いいから!私はリヴァイアサンが慰めてくれたから!」
「なっ!な、慰めてなんて……」
そして私は何事か焦ったように言葉を重ねようとするリヴァイアサンを無視して、手の平を合わせて頼み込んだ。
「だからお願い!」
「っ!」
お願い、それはリヴァイアサンに最も効果的な方法の一つだった。
リヴァイアサンは何時もは偉そうで適当にしか見えないのに、私がこう頼み込むと絶対に断ることはなくて……
「ちっ、勝手にしろ。そのほかは俺の勝手にさせてもらうからな。どうせあの新参者も連れて行くんだったら、俺はいらないだろ」
……そして今回も例外ではなかった。
「ふふふっ」
機嫌が悪そうに、それでも時々こちらを見ながら去って行くリヴァイアサンの姿、それを見て私は思わずそう笑いを漏らした。
「……もしかして、リヴァイアサンは結構ツンデレ?」
そして本人に聞かれたら怒鳴られそうな言葉を私は呟いたが、その言葉は幸いにしてリヴァイアサンの耳に入ることはなかった……