第15話 逆鱗に触れた受付嬢
大人しくなった受付嬢は私に質問されると自分から進んで真実を告げるようになった。
「………っ!」
「ほ、本当よ!私は嘘なんて言ってないわよ!」
……けれども、受付嬢の言葉はさらに謎を深めただけだった。
何せ受付嬢告げた言葉の内容は、私を狙ったのは白い子猫のような子虎を連れた集団を見つけたら、その中の女性と子猫子虎を捕らえろ、と水神の息子から命じられたというものだったのだから。
その言葉に私とマーサルは思わずその顔を疑問げなものとする。
私達には水神の息子に目をつけられるようなことなど全くしていない。
もしかしたらあの《禿頭》が水神の息子に頼み込んだかもしれないのだが、それなら何故サラルを目印にしろと言ったのか分からない。
普通《禿頭》達が目印として情報をあげるとしたら、一方的にぼこぼこにされたマーサルの情報だろう。
それにおかしいのはそれだけでは無い。
何せ水神の息子はサラルを子虎と一瞬で見抜いているのだ。
一見するとサラルは子猫にしか見えない。
私はサラルを連れていても不思議がられないように、サラルにより子猫に見える大きさになって貰うよう頼んでいるのだから。
子虎だと言われて注視すれば分かるかもしれないが、普通に見ている分には分からない。
それにもかかわらず、水神の息子はサラルを子虎だと見破っていた。
「……何者なんだ、水神の息子というやつは」
マーサルもそのことに薄気味悪さを感じたのか、そう言葉を漏らす。
私も得体の知れない水神の息子の存在に背筋に寒気を感じて……
「にゃう!にゃう!にゃうぅ!」
けれども、ご機嫌そうな態度で手羽先を頬張るサラルの姿にその寒気が飛んでいくのがわかった。
酷くご機嫌斜めだったサラルを慰めるため、私は手羽先を上げていたのだが、それで機嫌が上方修正されているらしいサラルはとても幸せそうだった。
そしてその姿の愛らしさに私は落ち着きを取り戻す。
「そうね。確かに分からないと厄介なことこの上ないけど、水神の息子だっていざだとなればどうにでもできるもんね……」
「まあそうだな。お前に倒せない人間なんていないだろうよ」
私の言葉にまだ少し顔を強張らせたマーサルも同意し、ようやく穏やかな空気が流れ始める。
「そ、それじゃあ私も解放してよ!」
……けれども、受付嬢が発したその言葉によってこの場の空気はさらに変わることとなった。
◇◆◇
「ほ、ほら、私はマリンシルでは裁けないわよ!貴女達のことは全部黙っていてあげるから私を解放して!」
……私達の纏う雰囲気が変わったことに気づくことなく受付嬢はそうまくし立てる。
受付嬢の言葉、それは確かに真実だった。
受付嬢をマリンシルで裁くことはできない。
何せ本来であれば犯罪者を裁く場所であるこの冒険者ギルドは酷く荒れている。
そんな場所が身内である受付嬢をきちんと裁くとは思えない。
「ただで返すわけないでしょう」
「……え?」
……だが、それだけの理由で受付嬢を許すつもりは私にはなかった。
私はジョセフさんからマリンシルのギルドの現状について聞いている。
そしてその中で、このギルドの職員の話についても耳にしていたのだ。
良識あるギルド職員はマリンシルのギルドを後にしており、残っているのは冒険者の蛮行を利用して私欲を満たしている人間だけ。
「貴女が今までどんなことをしてきたのか私は知っているのだから」
だから私は受付嬢をただで返すつもりなどさらさらなかった。
別に私を襲ったのが脅されたなどの理由ならば見逃すのもやぶさかではなかった。
けれども彼女は明らかに私欲もあり私達を襲った。
決して命を奪おうとか思っているわけではないが、もう悪事を行いくらいには反省して貰うつもりだ。
「っ!」
私の表情から私の説得を諦めた受付嬢の顔が歪む。
けれども、彼女はそれで諦めることはなかった。
次の瞬間、マーサルへと受付嬢は微笑みかけた。
「ねえ、私が貴方のものになってあげるから私を助けて!ほら、こんな地味な女よりも私の方がいいでしょ!」
そう告げた受付嬢はマーサルがその言葉に頷くと疑いもせず信じている。
「いや、絶対に嫌だが?」
「なっ!」
……だがマーサルはあっさりと受付嬢の言葉を拒否した。
その顔には嫌悪感すら浮かんでおり、受付嬢は衝撃に言葉を失う。
しかしそんか受付嬢の様子など一切位に返す様子なくさらにマーサルは口を開く。
「そもそもルイジアをお前は地味だと思っているかも知れないが、お前よりも数倍綺麗だぞ……」
そう告げたマーサルの言葉には隠しきれない呆れが浮かんでいた。
そしてそれは私が魔法を解いた時の容姿を客観的に評価しているからこそのものだと私は理解したが……
「っ!」
……しかし、そんな風に異性に正面切って褒められたことのない私は思わず赤面してしまった。
「なっ!?」
そしてその私の反応が想定外だったのか、マーサルが驚愕の声を上げる。
次の瞬間、真っ赤な私を見て自身も羞恥がこみ上げてきたのかマーサルは言い訳し始めた。
「い、いやだから、そのお前の容姿を客観的に評価しただけで……」
それは普段の私達の様子を知っていれば間抜けに感じられたかも知れない。
「何よ!」
だが、普段の私達の様子どころか、私の本当の容姿さえ知らない受付嬢は目の前で惚気られたとでも思ったのか怒りの声をあげた。
ただでさえ、マーサルに散々言われて傷心だった彼女は私達に激怒し、せめてもの抵抗に嫌がらせでもしてやろうと考えたのか、サラルの方へと手を伸ばした。
「にゃう!?」
「これでも……」
そして彼女はサラルの食べていた手羽先を私達の方へと放り投げようとする。
「にゃぅぅぅ!」
「………え?」
……けれども受付嬢が私達に手羽先を放り投げることはできなかった。
なにせ、その前に激怒したサラルが巨大化したのだから。
普段のサラルならばもう少し冷静であっただろう。
けれども今のサラルの沸点は低くなっていて、食べかけの手羽先を取るという行為は今のサラルにとって致命的だったのだ。
「ああ、これは大変だわね……」
「ルイジア!?止められないの……」
「ーーーーーー!」
そして次の瞬間、激怒したサラルによって冒険者ギルドは潰れ去ることになった……




