第5話 決断の後押し
途中第三者目線ありです
サラルの背に乗って広場を脱してから一、二分後には私は自室に戻っていた。
あの広場からここまで普通の人間ならば十数分をかかる道のりをだ。
そのことを考えれば私が今ここにいることは普通ならばあり得ないことだろう。
けれども、それだけのことを為せる能力がサラルにあることを知っていた私には驚きはなかった。
何せ、サラルが全力を出せば大陸さえ数秒の内に横断できるのだから。
「……どうしよう」
そして、代わりに私の頭を占めていたのは先ほどのことだった。
「……私が本当にこの国を出て行っていいのかな?」
冷静になった私の頭に浮かんできたのは、そんな考えだった。
それは決して王子やルシア、貴族達を考えての迷いではない。
被害を受けるのがそんな人間だけだったら私は何の迷いもなくここから出て行くだろう。
けれども聖女がいなくなり、実際に一番被害を受けるのは平民達なのだ。
「はぁ……」
私は平民達に対しては悪いイメージを持っていなかった。
いや、それどころか好感さえ持っている。
権力に溺れ、暴走をし始めた貴族に対して平民を日々を生きるために必死に働いているのだ。
たしかにこの国は他の国に比べ豊かで、毎日の生活が保障されている。
けれどもそれは働かなくていいということではなく、平民は日々汗水垂らして働いているのだ。
……そして、聖女がいなくなって被害を受けるのは間違いなく平民だった。
「どうしよう……」
だからこそ、私は悩む。
今の腐りきった貴族達を一掃するためには私がこの国から去ったほうがいいことは分かっている。
けれども、その場合平民達はかなりのダメージを受ける。
もちろん、平民達に対するダメージを少なくする方法はある。
けれども、その方法では貴族が一掃されるまでの期間、平民達がある程度苦しい生活を強いられることになるのだ。
「でも、今を逃せば貴族達は取り返しのつかない存在に成長する……」
平民達の苦しみをある程度許容してでも、貴族達を一掃しないといけないことはわかっている。
けれど、私は悩みを消すことは出来なかった。
「ルイジア様!」
「えっ?」
そして、部屋の外から侍女に呼び掛けられたのはそんな時だった。
私は戸惑いつつも、扉をあける。
「これ、ルイジア様が戻ってきたら渡してくれと言われていて……」
すると侍女から私は一枚の手紙を渡された。
私は何故、こんな手紙がきたのか、そして誰からきたのかと頭をかしげつつ、封を切って中の手紙を取り出し……
「っ!」
……そして絶句することになった。
◇◆◇
「ま、まさかあんな存在を聖女が操ることが……」
貴族の震えた声が、静まり返った広場に響いた。
ルイジアが去った後、広場では何とも言えない空気が漂っていた。
その原因は先ほどのルイジアと、そして彼女に従った猛虎。
貴族達は当初、聖女はただのお飾りだとそう思い込んでいたのだ。
ただ儀式で踊っているだけの、ただ見目麗しい、それだけの女性。
しかし、そうでなかったことを貴族達は先程のことでようやく悟ったのだ。
「どうすれば……」
けれども、もうその後悔は手遅れだった。
何せ聖女に喧嘩を売った後なのだ。
今更謝ろうがもう手遅れなことは決まっている。
けれども、このままでは怒り狂った聖女に殺される可能性があると、貴族達は今更ながら震え始めていた。
「いや、もう手は打ってある」
「っ!」
しかし、そんな神妙になった広場に自信に満ちた声が響いた。
「王子!?」
そして一瞬、貴族達はその声の主に驚いた。
何せ過去の自分は彼のことをボンクラだと、そう決めつけていたのだから。
「ああ。安心しろ!」
けれども、そう頷く王子の顔は自信に満ちていた。
そしてその王子の様子に貴族は今まで自分達が王子に抱いていたイメージは間違いたのかと思い始める。
それから徐々に安堵が貴族達に広がっていき、これからの輝かしい未来に貴族達の頬が緩み始めた。
「……何と言ってもルイジアは私に惚れているのだからな!」
そして、その騒ぎの中、王子がぼそりと漏らした声を聞いたものは誰もいなかった。
……その言葉を聞き、王子がどんな手をルイジアに打ったのかを聞けば、致命的になるその前にことを止められたかもしれないのに。
……何も知らない愚者達の祝宴は、夜が明けるその時まで続いた。
◇◆◇
「……ここまで馬鹿にされるとは思ってなかったわ」
あの侍女から貰った手紙を見てから私はこの国から出ることを即決した。
その手紙の主は何と、あの王子だったのだ。
そしてその内容を見て、私は久々に激怒した。
今まで聖女として感情を荒ぶらせないように訓練をしてきたのにも関わらずに。
……そして怒り狂う私は知ることはなかった。
その手紙の内容、そのふざけた内容を王子は決して私を挑発するために書いたのではなく、当然のものだと思いこんでいることに……
~手紙~
ルイジアへ。
今回に関しては、お前が追放になってしまったということに私は次期国王として残念に思う。
けれども、聖女だと偽るのはそれだけの大罪なのだ。
私にもどうすることもできないのだ。
……けれども、ひとつだけ方法がある。
それはお前が私の愛人になることだ。
お前が私のことを好いているのは私は分かっている。
だから愛人になるというのはうってつけの提案だろう?
夜に私の部屋で待っておけ。
服を用意しているから、それを着て部屋で待っていろ!