第14話 受付嬢のフラグ
「……大分怒ってるな」
震える受付嬢へとそう言い放った私を見て、ボソリとマーサルが呟くのが聞こえる。
それに私の頭の片隅でも確かにここまで感情を露わにするのは自分らしくないな、なんて考えが浮かんだ。
けれども、私には受付嬢に対する態度を柔らかくするつもりなど一切なかった。
確かに今回の私の態度は少し攻撃的かもしれない。
だが、この受付嬢に対してはそれで十分だろうと私は思う。
何せ私達を騙そうとしていたのだから。
それに、何故か私はマーサルに色目を使おうとしていたこの受付嬢が生理的に気に入らなかったのだ。
この受付嬢がどんな人間なのかを私達はジョセフさんから聞いている。
だからこそ、そんな人間が大切な仲間であるマーサルにちょっかいを出そうとしたことが許せないのだ。
「……そう、だよね」
……けれども、そう自分の中で決着をつけようとしてふと私は違和感を覚える。
それにしてはやけに感情的になっていた気がするのだ。
「ようやくどかせたぞ!」
「早く行け!」
「ルイジア、冒険者達が気絶した奴らを違う部屋に押し込んで進んできたぞ!」
しかしその私の思考は、再度私たちのいる大部屋に向かって突き進んできた冒険者達の存在によって邪魔されることになった。
「ああもう!」
「これならまとめてかかってきた方が楽だな!」
私とマーサルは口々に文句を言いながら、それぞれ魔術と投げナイフで冒険者を失神させようとする。
「……え?」
「っ!」
けれども、その私たちの攻撃は冒険者の身体に達する前に何か見えない壁に当たって霧散することとなった。
そしてその光景に私とマーサルは言葉を失う。
もちろん、先程の攻撃は私たちの全力に全く及ばない一撃だ。
けれども、それで十分目の前の冒険者達程度なら対処できると考えていたからこそ、私達は攻撃したのだ。
なのに何故か冒険者達にその攻撃が届くことはなく、そのことに対して私達は驚愕を隠せなかった。
「あはははははは!もうあんた達じゃ勝てないわよ!もう冒険者達は魔法具を発動しているのだから!」
そして、その私達の様子を見た受付嬢は笑い始める。
混乱する私達の姿を心底楽しそうに見つめながら。
「その魔法具は水神の息子からの特性よ!いくらあんた達二人が《二つ名》持ちレベルの実力を有していたとしても、この人数には勝てないわよ!」
「水神の息子!」
その受付嬢の言葉に私は思わず言葉を失うことになる。
私は未だ何で冒険者達が私達を襲ってくるのかを理解できてはいない。
けれども、その裏に何者かがいるだろうなといこと程度は理解していた。
そして受付嬢の言葉が本当ならば冒険者達は水神の息子に言われて私達を襲っておる可能性がある。
……けれども、私達にはマリンシルの独裁者と一切面識はなく、水神の息子に狙われるのは冒険者達から狙われることよりも不可解なのだ。
もちろん、水神の息子が冒険者達の裏にいる人物でない可能性もある。
水神の息子の配下である冒険者達が水神の息子から何かをもらうのは決しておかしなことではなく、私を襲うに至ってその装備を着てきただけなのかもしれない。
だが冒険者達が総出で私を狙っているということを考えれば、水神の息子が裏にいる可能性は決して低いものではないのだ。
「……これは冒険者を倒して受付嬢から聞くしかないわね」
そこまで考え、そうぽつりと私は呟く。
今一体何が起きているのかは分からないが、おそらく受付嬢ならばある程度のことを知っているだろうと私は考えたのだ。
「あははは!無駄よ無駄!この状況を見て見なさいよ!貴女達がいくら強くてもどうしようもないでしょ!せめて神獣さえいればどうにかなるかもしれないけどね!」
けれどもその私の言葉を受付嬢は鼻で笑って否定し、勝利を確信したのか私達へと嘲笑を向けてくる。
……しかし、その受付嬢の認識は誤りだった。
確かに今の状況は《二つ名》もちであれば厄介だっただろう。
何せ、さすがに《二つ名》持ちほどではないとはいえ、ある程度の実力を持った冒険者達が強力な武具に身を包んでいるのだ。
これは確かに《二つ名》持ち程度ではどうにもならないかもしれない。
けれども、神獣なんていなくても私とマーサルなら単独だったとしても、この状況を容易に打開できる。
だから、私は私はそのことを受付嬢へといってやろうか一瞬悩む。
「うん、ご愁傷様」
「……はぁ?」
ーーー けれども、次の瞬間そんなことは口にする必要がないことに気づいて私とマーサルはその場から一歩下がった。
「何を……」
その私達の態度に、受付嬢は怪訝そうか顔を浮かべ、口を開く。
「にゃううっ!」
「ぐぼらぁっ!」
「ぐぼっはぁ!」
……しかし次の瞬間、雷を纏いながら突っ込んできた何かと、その何かに突進されて吹っ飛んだ冒険者達のあげた声で、受付嬢の言葉はかき消されることになった。
「………え?」
そう、その突然の出来事に受付嬢は呆然と目を二、三度瞬く。
けれどもそれが起きることを。
ーーー 置いてけぼりにされたことで暴走したサラルが突っ込んでくることを予想していた私とマーサルは冷静そのものだった。
「にゃう!にゃうう!」
「ごめんねサラル。だから泣かないで。ほらバチバチしまってしまって」
「にゃうう!」
「ほら。手羽先あげるから、少しじっとててね」
「にゃ、にゃう!」
置いてけぼりにされた反動か、冒険者達を突き飛ばした後、私の元へとやってきたサラルを私は手羽先で何とか宥める。
こういう時ほど、手羽先の威力を思い知ることはない。
そして何とかサラルを落ち着かせた私は受付嬢の方へと向き直る。
「で、全部話して貰っていい?」
その私の言葉に一瞬受付嬢は自分のすぐ側まで吹き飛ばされてきた冒険者の姿を見る。
それからその顔を一気に青ざめさせて……
「……はい。何でも答えさせていただきます」
……それからの私の質問に対して、受付嬢は非常に素直に答えることになったのだった。




