第11話 冒険者ギルド
ジョセフさんからマリンシルで流通する紙幣を私達が見せてもらった後も、宿屋では騒ぎが絶えることはなかった。
帰ってきたジョセフさんの奥さんがとても綺麗な人で、ジョセフさんの妻自慢が始まったり。
お昼にぐっすりと眠っていたせいで夕食の時には元気になったちびっこ達が暴れ出したと散々なことがあったのだ。
……特に、元気になったちびっこ達に本日のおやつである手羽先を食べていたところを発見されたサラルは、悲惨な目に遭っていた。
ちびっこ達が手羽先を食べている姿を見せられたにも関わらず、ごたごたのせいでおやつをお預けされ、ようやく念願のおやつにありつけたのにもかかわらず、今度は手羽先の味を知ったちびっこ達から追いかけられることになったのだから。
マーサルがちびっこ達を叱り、私が飴玉で意識を逸らしたお陰で何とかサラルは手羽先を守りきることはできたのだが……
「にゃ、にゃぅ……」
……最終的にサラルは部屋の隅っこで震えながら丸くなり、涙目で周囲を警戒しながら手羽先を食べるようになっていた。
逃げ回る際、手羽先からタレが飛び宿屋が少し汚れてしまったのだが、ジョセフさんはサラルを怒ることはなく、憐れみのこもった目で見ていたことが凄く印象的だった……
まあそんなこんなで、マリンシル滞在1日目は非常に濃い日程になった。
かなり体力のあるマーサルが今日一日だけでかなり衰弱していたことを考えれば、どれほど色々なことがあったか理解できるだろう。
……マーサルの疲労は、ちびっこ達の暴走が一番の原因な気もするが。
とにかく私はそんな濃い1日を過ごしたのだが。
「……本当に何であんな紙幣が」
けれども、その間私の頭をずっと占めていたのはマリンシルの紙幣のことについてだった。
ジョセフさんに紙幣を見せられてから、日にちを跨いだ今も私は、ずっとこのことを考えていた。
たしかにこの世界に前世の世界のものがあることは決しておかしなことではない。
私のような転生者が存在することを私は知っているのだから。
……けれども、その場合水神の息子は転生者であることを示していて、だから私は改めてマリンシルの独裁者について考え直すことになっていた。
圧倒的な力を有する、もしくはただ転生者なだけ、ならば私はあまり注意を払わなかったかもしれない。
けれども、転生者であり圧倒的な力を有するのならばその裏には何かあるように感じてならなかったのだ。
「水神の息子、彼は一体何者なんだろう……」
今そのことを考えようが、それにはなんの意味もないことぐらい私も理解してある。
何せ現段階では情報が足りなすぎるのだ。
私はそのことを理解しながらも思考を止めることができず。
「……ルイジア、何を悩んでいるのかは知らんが今は目の前のことに集中しろ」
「にゃう……」
「っ!」
けれども、そんな私は隣から響いてきたマーサルの声と心配げなサラルの鳴き声によって正気に戻ることになった。
マーサルの声に反応し、私が頭を上げると目の前に広がっていたのは大きな建物の門、マリンシルの冒険者ギルドの入り口だった。
そう、現在私達はマリンシルの貨幣に換金するために冒険者ギルドにやってきたところだった。
私は冒険者ギルドの前で思考にふけってしまっていたようだ。
「ごめんなさい……そうよね。とにかく今は目の前のことを片付けないと。サラルもありがとね。別に調子が悪いわけではないから心配しなくて大丈夫よ」
「……ルーア達はいないが気は抜かないでくれよ。悩み事があるなら換金が終われば可能な限り私も手をかすから」
「にゃう!」
「ありがとう」
マーサルとサラルの返答に私は笑顔でお礼を告げる。
まあ、もう既に私の顔には人の認識を阻害し、顔の造形を分かりにくくする魔術が発動しているから笑顔は伝わらないかもしれないが。
ついでに今ここにいるのは、ちびっこ達を万が一のことを考えジョセフさんの宿屋でお留守番してもらっているので、サラルとマーサルと私の3人だけだ。
人数的には決して多いとは言えないだろう。
けれども、私達であればこの冒険者ギルドに所属する冒険者が一斉にかかってきても返り討ちにできる自信がある。
だから最悪の事態が起きてもなんとかすることはできるだろう。
私はそう考えることで覚悟を決め、冒険者ギルドの扉へと歩き出した。
◇◆◇
談笑に夢中で全くこちらに注意を向けない衛兵達の横を通り、冒険者ギルドの中に入った私達を待っていたのはギルドの中にいた冒険者からの注目だった。
「ギャハハ!とんでもない優男が来やがった!あんな優男が冒険者なんて過酷な職業をこなせると本当に思ってんのか!」
「全くだ!隣にいる女と側にいる猫にでも守って守らんじゃねえか!」
そして次の瞬間、冒険者達の口から発せられたのはマーサルに対する心無い罵声だった。
どうやら冒険者達はマーサルが剣を腰にさしていることで、冒険者志望だと考えたらしい。
まあ、事実は全く別なのだが。
けれども、そんなことを私達は冒険者に告げることなく歩き出した。
昨日私達はマリンシルでの冒険者ギルドの様子をジョセフさん達から聞いており、とにかく無視するしかないと教えられていたのだ。
少しでも反論すればそれを元に喧嘩を売られたと勝手に解釈して襲ってくるらしい。
だから私とマーサルはまるで冒険者達がいないかのように振舞いながら真っ直ぐギルド内の受付へと進んでいく。
そしてその間私はてっきりもう少し冒険者達がヤジを飛ばしてくると考えていたが、最初のマーサルへの罵声だけで反応のない私達に冒険者達は興味を失ったらしく、あらぬ方向へと向いてしまった。
そのことに私は一瞬疑問を抱く。
何せ私がジョセフさんに聞いた限りでは、冒険者はかなり乱暴らしいのだが。
けれども、別段直ぐに私達から興味を失ってくれることは決して悪いことではない。
そう考えた私は冒険者達を無視して、受付の方向へと足を進めることにした。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
私達が受付に辿り着いた瞬間、微笑みとともにそう告げたのは見目麗しい女性、受付嬢だった。
受付嬢をしていたのは非常に美しい女性だった。
もしかしたら冒険者達が大人しいのはこの女性の目の光るところで暴れ、嫌われるのを恐れているからかもしれない。
そんなことを考えながら私は口を開いた。
「マリンシル紙幣への換金をお願いしたいのですが……」
「……はい。では、換金したい貨幣を渡して頂けないでしょうか」
その瞬間、受付嬢の声のトーンが下がった。
私は理由が分からず、顔を上げるがマーサルに向けられていたのは変わらない笑顔だった。
「金額によっては紙幣の発行に時間がかかることもありますので、ご了承頂けると幸いです!」
少しそのことに違和感を持ちながらも、それでも早くこの場から去りたい私は換金を早く済ませるために大金貨を取り出し、カウンターへと置いた。
「この換金をお願いできるでしょうか」
「なっ!?」
次の瞬間、大金貨を見た受付嬢の顔に隠しきれない驚愕が浮かび、そしてその大金貨をすぐに懐へと隠した。
「えっ?」
私はその受付嬢のまさかの態度に驚愕を漏らす。
しかし、そんな私の態度を無視して受付嬢は私の耳元に顔を近づけて口を開いた。
「……こんな場所でこんな大金を見せないでください!誰に見られているか分からないんですよ!」
「あ……」
その瞬間、私は自分の認識不足を悟る。
注目が下がったせいで油断していたが、この冒険者ギルドで大金貨を易々と見せるべきでは無かったのだ。
そのことを改めて認識した私は項垂れる。
「はぁ……次からは気をつけてくださいね。少し待っていてください。大金貨分の紙幣をすぐ持ってきますから」
そしてそんな私に受付嬢は溜息と共にそう告げて奥へと消えて行った……




