第9話 ジョセフさんの提案
「あ、あはは……」
……ジョセフさんに強制的に渡した、大金貨の存在を今までの話ですっかり忘れていた私は、ジョセフさんが差し出した大金貨に思わず頬をひきつらせた。
「そ、その金貨が一体どうしましたか?」
けれども次の瞬間私は内心の動揺を必死で隠しながら誤魔化そうと、そうジョセフさんにすっとぼけてみせた。
自業自得であるのは分かっているのだが、水神の息子なんて存在で頭が一杯になっている今、ジョセフさんにこの大金貨しか持っていないことをカミングアウトする気力は私には無かったのだ……
「……いや、大金貨を渡しておいてそれで誤魔化せると思ったのか」
「うっ」
……だが、もちろんジョセフさんを私の即席の誤魔化しでどうにかできる訳が無かった。
ジョセフさんは心底呆れたような目で私を見ており、私は思わず恥ずかしさに顔を真っ赤にする。
「はぁ……本当に何でこんな大金をぱっと手渡せるのか……今の俺じゃお釣りなんて渡せないぞ」
その私の様子にジョセフさんは深々とため息を漏らした。
私はジョセフさんから生暖かい目線を感じて、さらに身を縮こまらせる。
「でも、これは有難く受け取っておくよ」
「………え?」
けれども、それ以上ジョセフさんが大金貨の受け取りをごねることは無かった。
そしてそのジョセフさんの態度に私は驚愕を隠すことが出来なかった。
生真面目を体現したようなジョセフさんなら、絶対に大金貨の受け取りでゴネると私は想像していたのだから。
だからこそ、私は驚愕の視線をジョセフさんへと向けてしまう。
するとその私の視線から私の思いが伝わってしまったのか、ジョセフさんは少し顔を赤く染めて口を開いた。
「ま、まあなんだ。確かに宿代には過剰だと思うが、それでもこれは嬢ちゃんらにとって感謝の気持ちなんだろう?だったら誇らしいし、この場で突き返すのも間違っている気がしてな……」
そう告げたジョセフさんは少しそっぽを向いていたせいで、その表情を私が伺うことは出来なかった。
けれども、その言葉は少しぶっきらぼうで、私はジョセフさんが照れていることに気づく。
そしてそのことに気づいた瞬間、私は自然と顔をにやけさせていた。
ジョセフさんの思いが、想像以上に嬉しかったのだ。
「まぁ、だがそうは言っても大金貨は正直金額的に大きすぎると言わざるを得ない」
「っ!」
……けれども次の瞬間、ジョセフさんの言葉に私の顔は一気に青ざめることになった。
これでもし、渡すのならば金貨にしてくれと言われたら、あまりにも情けなさすぎる。
そう考えた私はだらだらと冷汗を流す。
「だから、余剰分は俺らが嬢ちゃんらがマリンシルにいる間、サポートすることで報いさせてもらう」
「本当ですか!」
だが、奇跡的にも私の懸念通りに物事が進むことは無かった。
思わず安堵の息を漏らす私に対し、ジョセフさんは笑顔で言葉を続ける。
「お前さんはどうやら、何としてでもマリンシルでやりたいことがあるんだろう」
「え?どうしてそれが……」
「今のマリンシルの様子を聞いてもなお、出て行こうかどうか悩んでいただろう。その様子を見ていれば誰だって何かマリンシルをされない理由があると分かるさ」
「あ……」
「まぁ、最初俺は嬢ちゃんがマリンシルから出たいと言われれば誰も知らない抜け道に案内するつもりだったのだが、お前さんの様子を見て助力する方が良いと思ったのさ」
私はジョセフさんが告げた言葉に想像以上にジョセフさんが私の様子を見てくれていたことを理解する。
そのジョセフさんの気遣いに私は思わず笑みを顔に浮かべていた。
「どうやら正解だったみたいだな」
そしてジョセフさんはその表情から、私の認識を理解してそう告げた。
「恐らく嬢ちゃんと兄ちゃんはかなり強いだろう?」
「はい。恐らくジョセフさんよりもは」
「はは!はっきり言うねえ。まぁ、それについては俺も理解できているから特に何にも感じねえんだがな」
「す、すいません……」
「いや気にしないでくれ。俺もこの年齢まで来ればそこまで強さなんてものに執着していないさ。まあとにかく話を戻すが、嬢ちゃん達はかなり強いわけだ。なのにマリンシルを去ろうか悩んでいる。その理由はあの小さい精霊達だろう?」
「っ!」
ジョセフさんの推理、それは私の悩みをあっさりとあばきだした。
そして私は思わずジョセフさんの推理力に驚きを漏らす。
それは出来る限り隠しておいた方がいい情報で、だから態々私が口にしていないものだったのだから。
「その通りです……」
だが、精霊の宿屋であるジョセフさんには隠しても意味はないと私はすぐに頷いてみせた。
「……まぁ、精霊って人間にとっては金のなる木だからな。しかもあの子達は貴重な精霊の子供だ。そりゃあ、幾らあんたらでも躊躇するよな……」
そしてその私の返答にジョセフさんは顔を歪めながらそう告げる。
どうやらジョセフさんは精霊の事情にもかなり通じているらしい。
「ここからが本題だ」
そんなことを私が考えている中、ジョセフさんは顔つきを真剣なものに変え口を開いた。
「嬢ちゃんがマリンシルに残るなら、俺はあの子達を精霊用にと作っておいた専用の隠し家で護衛しよう」
「ーーーっ!」
次の瞬間、私は驚愕を隠すことが出来なかった。
ジョセフさんの言葉、それはそれほど私にとってありがいものだったのだ。
ジョセフさんの告げた専用の隠し家、それは従来の精霊の宿屋にも迫る安全な場所だろう。
しかも、そこにジョセフさん程の実力者が護衛に付いてくれるのだ。
「ほ、本当に良いんですか!」
そしてそのことは、ちびっこ達を守ることでは考え得る限り、最高の状態だった。
だからこそ、私は興奮気味にジョセフさんに聞いてしまう。
「ああ、任せろ!大金貨を貰っているんだこれくらい当然だ。……まぁ、本業のこともあるから妻に関してはあの子達の護衛は出来ないんだが」
「いえ!大丈夫です!本当にありがとうございます!」
この状況で私にジョセフさんに対する文句があるわけがなかった。
もしかしたら、ちびっこ達は宿屋に閉じ込められることに暇を持て余して文句を言うかもしれないが、ジョセフさんが見張っていてくれる限り脱走はできない。
それにちびっこ達を精霊の国に逆戻りさせるよりはずっと良いのだ。
「ありがとうございます!」
だから私は突然訪れた幸運に喜びを隠しきれず、勢いよく頭を下げながらジョセフさんへとお礼を告げる。
「いや、気にする必要なんてないさ。妻は子供好きだし、俺たちの方があの子達に泊まってくれることにお礼を言いたいぐらいだからさ」
けれども、そんな私に対してジョセフさんはそう笑いながら告げる。
その姿はまさに紳士そのもので、私は一瞬ジョセフさんの姿が神に見える錯覚に陥った。
「それにこれじゃあまだ、金額分サポート出来たとは言えないしな。だからマリンシルでの紙幣について教えて、その後紙幣に換金してやるよ」
「………あ」
……けれども、次の瞬間ジョセフさんの言葉に私の興奮はあっさりと冷めることになった。
そう、今になってようやく私は大切なあることを思い出したのだ。
決して忘れてはならなかったあることを。
「そ、そのジョセフさん……」
「ん、どうした?先に換金したかったりすのか?そうだな、だったら先に説明しようとしていたが先に……」
「い、いえ、そうではなくて……」
「どうした?」
私は、疑問を隠そうとせずこちらを見てくるジョセフさんに羞恥を覚えながら口を開く。
「そ、その大……しか手持ちがなくて」
「すまんが、聞き取れなかった……もう少し大きな声でお願いして良いか?」
「わ、私は大金貨しか手持ちがなくて……」
「………は?」
次の瞬間、私の言葉を聞いたジョセフさんが私をみて固まり、部屋の中何とも言えない空気が漂い始める……
そしてその後私は、ジョセフさんから向けられる可哀想なものを見つめるような視線の中、俯き羞恥と情けなさでふるふると震えることしか出来なかった……
……この時ほど、マジッグバックを大金貨でいっぱいにした自分を私が恨んだことはなかったと、後に私は後悔するのだった。