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第6話 ジョセフさん

戸惑いながらも、それでも迷うことなくこの場から立ち去った男性の背中についていくマーサル。

私から見てそのマーサルの態度は明らかに不審だった。

先程の様子を見る限り、明らかにマーサルと目の前の男性と初対面だ。

それでもマーサルは男性について行くとき躊躇いすらしなかった。


………それも男性が相当な実力を持っていることを理解しながらだ。


別に戦って負けるとは思わない。

だが、人間の中でも逸脱した能力を男性が精霊を狙っている場合、面倒なことに巻き込まれる可能性が高い。

最悪の場合、マリンシルからすぐに離脱しなければならないかもしれないのだ。


………そしてこんな状況で私が警戒心を解くことが出来ることはなく、私は油断なく男性の一挙一動を監視する。


「……ルイジア、多分あの男性はそこまで警戒する必要はない」


「………え?」


けれども、警戒する私にマーサルは小声でそう告げた。

そのマーサルの声は真剣そのもので、だからこそ私は一瞬言葉を失う。

マーサルの言葉は、幾ら何でも警戒を緩めすぎているとしか思えなかったのだ。

だから私はマーサルの男性に対する過度な信頼について尋ねようとして、けれどもその疑問を口にするその前にマーサルは口を開いた。


「………あの男性が持っていたあのナイフ、あれは精霊の宿屋として認められたものだけが持てる証明書のようなものなんだ」


「………え、うそ」


………しかし、そのマーサルの説明を私は信じることは出来なかった。

何せ、今男性が向かっている方向は前にマーサルに聞いていた宿屋の方向とは全く別だったのだから。


「………私もそう思ったが、あれは複製できるものではない」


けれども、その私の言葉に対しマーサルは自身の顔にも疑問を浮かべながら、それでも男性の持つナイフが偽物ではないと断言した。


「あのナイフは前の所有者が認めたものではないと継ぐことはできない。つまりあの男性は疑わしくはあるが、正真正銘の精霊の宿屋だ」


精霊は人間に対してかなりの警戒心を持っている。

そして精霊の宿屋は精霊の人間界にある砦とも言える重要な場所だ。

何重にでも保険をかけていることは疑いようはない。


「………そう」


だから私は一応マーサルに向けて納得したように頷いてみせる。

………しかし、それでも今男性に気を許すのは早計であると私は考えていた。

男性についてあまりにも情報が少なすぎる。

そんな状況では、いくら精霊の宿屋の証であるナイフを持っていたところで信じることはできない。

そしてそう考えていた時だった。

突如今まで黙り込んでいた男性が半身だけ振り返り、そう告げたのは。


「別に警戒は解かなくていいぜ。まぁ、後でちゃんと説明するから、今は素直について来てくれると嬉しいが」


「そう、ですか……」


私はその男性の言葉に頷きながらも、その顔から険しさが消えることはなかった。

私とマーサルは決して大きな声では話していない。

それに万が一のことを考えて、男性とはある程度距離を離してあるていている。

それなのに男性ははっきりと私達の会話を聞いていた。

それは男性の隙の無さを示していて、だから私は男性への警戒をさらにあげる。


「………本当に何者なの」


そして次に私が告げた言葉に対しては、男性の返事が返ってくることはなかった………








◇◆◇







「………いや、気にしないでくれ。少し精神的にきつかっただけだから」


「ほ、本当に、そのごめんなさい……」


「………本当に申し訳ございません」


初老の男性、ジョセフと名乗った彼に対して強い警戒心を向けながら彼の宿屋までやってきた私達。


………けれども何故か、現在私達はジョセフさんに謝り倒すこととなっていた。


というのも、最初私達はジョセフさんのことを、不当な手段で精霊の宿屋である証のナイフを奪った悪人かと疑っていたのだが、前精霊の宿屋の管理者からの手紙でその考えは誤解であったことは直ぐに証明された。


………けれどもその手紙はとんでもないものだった。


もちろんそれは手紙が偽物だったというわけではない。

その手紙には魔術刻印、魔術師が扱う個人を証明するための魔術、に精霊の宿屋であることを証明する合言葉が刻まれており、正真正銘の本物だった。

が、その中には前精霊の宿屋からのとんでもない言葉が書かれていたのだ。


………この頃マリンシルが不穏なので、とりあえず休暇を頂いて別の国に行かせていただきます。報告に行くのはめんどくさいので、代わりの人間にナイフを渡しておきます、という。


確かにマリンシルが不穏であるのは今までのことだけで充分に理解できた。

そしてそのせいで精霊の宿屋をマリンシルから撤退することに関してはなんら問題はない。


でも報告めんど臭いから代わりの人間置いとくてなに………


………そして手紙を見た私達がジョセフさんから話を聞いたところ、どうやらジョセフさんは強引に精霊の宿屋をやらされていたらしい。

何でも、「まぁ、こんな治安の悪い場所精霊来ないでしょ。大丈夫大丈夫!頑張って!」とだけ一方的に言い残されて逃げられたらしい……

それを聞いた私がマーサルの方へと向くと、マーサルは酷くばつが悪そうな顔で、精霊の宿屋についてのとある真実を教えてくれた。

……精霊の宿屋を任せるにはある程度の実力が必要で、かつ秘密を守ってくれる人間を選ばないといけないので、代わりに変人が多くなってしまったらしい。


そしてその中でも特にこのマリンシル担当は極度の物臭だったとか………


つまりこの一件を整理すると、どうやら私達は一方的に押し付けられた仕事でありながら、律儀に必死にこなそうとして、態々私達を宿屋に案内してくれたジョセフさんを一方的に警戒していたと。

………うん、やたら笑顔が引きつっていると思ったけど、そりゃこんな状況になればそうもなるね。


そのことに気づいた瞬間、私達は頭を下げてジョセフさんに謝罪を始め、そして今に至る………


「………愚痴って悪かったな。あんたらは何も悪くないっていうのに。詫びとして今回の夕食はサービスしてやるぜ!」


それからしばらくの間、ジョセフさんに私達は謝罪をしていたが、少ししてジョセフさんは申し訳無さそうに頭をかいた後、笑いながら厨房へと歩き出した。

そのさっぱりとした態度は酷く男らしいもので、先程あれだけ警戒してしまったことに対する申し訳なさとともに私はジョセフさんに対する好感を抱く。

………だが、食事に料金を貰う前提のジョセフさんの態度にとある疑問を抱いて私は口を開いた。


「そ、その、ジョセフさんは精霊の宿屋をするに関して、精霊からの報酬をもらってないのですが」


「………………え?なんか貰えるのか?」


次の瞬間、嫌な沈黙が宿屋を包んだ。


「えっと、そのですね……」


………そしてその沈黙に大体の事情を察した私は説明をするべく口を開いた。

精霊の宿屋は特別な場所で通常の人間は泊まることはできない。

だが、その代わりに精霊の国に行くことで精霊から一年に一個、人間界で酷く高価な精霊の霊薬などの報酬をもらうことが出来るのだ。

それを売れば庶民ならば10年程度なら余程の贅沢をしても過ごすことのできる莫大な金額が手に入る。


「………あの野郎!」


………そしてその言葉を聞いたジョセフは怒気のこもった声を漏らした。

うん、やっぱり。


「も、申し訳ない!」


ジョセフさんの態度にマーサルが顔を青くして頭を下げる。

……何せ、精霊の宿屋とはかなり神経を使う仕事だ。

秘密の保持にもかなりの金額が必要となる。

なのにジョセフさんは今まで報酬なしに精霊の宿屋の仕事を肩代わりさせられていたのだ……


「……いや、気にしないでくれ。あいつを問い詰め無かった俺のミスだ。ま、まぁ、精霊の国に行けばこれまでの報酬もらえるんだろう?だったらこれで赤字から立て直せる。知らせてくれてありがとな」


だが、マーサルをジョセフさんが咎めることはなかった。

いや、それどころかその強張った顔を強引に笑みに変えて私にの方へと振り向く。


「そ、それにこの宿屋は人間もいて、精霊の宿屋失格みたいだな。だ、だから別に食事も合わせて料金なんていらな………」


「払います!いえ、払わせて下さい!」


いや、青い顔して震えながらそんなこと言わないで下さい!?

………そしてマーサルと私の二人がかりの説得の結果、私達はジョセフさんへと料金を払うことを了承してもらったのだった。


ジョセフさん、本当に申し訳ございませんでした………

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