第4話 サラル降臨
私の言葉に気圧され、ルシアは一瞬半歩退いた。
「認めましたね!」
だが、次の瞬間にはこの場から去ろうとする私が逃げ出そうとしているとでも勘違いしたのか、勝ち誇った笑みでそう叫んだ。
「必死に言い訳して、もう騙しきれないと判断したら逃げ出す。大罪を犯していてそれだけで済むと思っているのですか?」
それは明らかにこちらを挑発する意図で投げかけられた言葉で、けれども私はルシアが何を叫ぼうが何の反応も返すことはなかった。
私は何かを言い返す僅かな時間でさえこの場に長引くことを避けたかったのだ。
しかしそんな私の内心をどう勘違いしたのか、私を見てルシアはさらに勝ち誇る。
「お姉様、貴女には然るべき罰を受けてもらいましょう!」
そして、とうとう最初追放だと言っていたことも忘れ、そう言い出した。
「なっ!待て!そこまでしなくとも……」
そしてそのルシアの言葉に反応したのは何故か王子だった。
いや、王子から向けられる下心満載の視線から薄々とは分かるのだが、私は考えたくなくてさらに足を早める。
「大丈夫です、殿下。大罪人となった後には姉は貴女の奴隷として……」
「っ!そ、そうか……この国では奴隷は禁じられているし、そんな言葉に心を動かされたわけではないが、こんな大罪を犯して追放だけで済むというのも考えものか……」
そして、そんな勝手なやりとりが聞こえてくるときには私はもう既に広場の出口に辿り着いていた。
正直、今回はあまりにも酷すぎた。
アルベルトが必死になって貴族を抑えようとしていたので、貴族の腐り具合ももう少しマシになったかと思っていたのだが、さらに暴走していたのだから。
恐らくこのままでは貴族はさらに暴走する。
そう判断した私はぽつりと言葉を漏らした。
「……国から出る前に少し手を打っておきますか」
私はその言葉を最後に広場を後にするべく広場の出口をくぐろうと足を踏み出した。
「おい!ルイジアが!」
「っ!しまった!」
今になって私が広場から出たことに気づき、王子とルシアが喚き出す。
けれども私はそれを無視し、この場から去ろうとして……
「逃げられるとお思いでしたか?」
しかし、暗闇から聞こえたその声に私は足を止めることになった……
◇◆◇
暗闇に隠れていた人間、それは貴族が雇ったと思わしき傭兵達だった。
そして後ろを振り向くと、私を見ている貴族達の顔には隠しきれない下劣な笑みが浮かんでいた。
その顔に私の背に嫌悪感で悪寒が走る。
「……なるほど、貴族様は心配性なのね」
そして顔を歪めながら、私はそう吐き捨てた。
恐らく貴族は最初から私を生かして返すつもりが無かったのだろう。
本物の聖女が生きていればそれだけでかれらの計画は歪む。
それを避けるためには私を殺すのが一番確実なのだ。
……そしてそれ以外に一つ、私を捕らえかの聖女の身体で遊びたいとも考えているだろう。
「はぁ……」
私はそんな貴族の思考を悟り、ため息を漏らす。
本当に何故そんなことを考えられるのか。
今私が死ねば、この国は終わる。
何せ聖女が必死に正していた歪みが崩れることになるのだから。
そしてそんなことになれば権力争いだのそんな状況ではなくなる。
この国にいる人間全てが死にかねないのだから。
「私も心苦しいのですが、大罪には罰を与えなければ国が立ち行きませんからなぁ!」
しかし、そんな風に言って笑う貴族は一切そんなことを理解していなかった。
……たしかに表向きには聖女の役目は秘匿されている。
けれども、ここまで大きな貴族がそのことを知らないとはいつのまにかこの国の貴族達のレベルはここまで落ちていたのだろうか。
そして、一番愚かなところはそこではない。
そう考えて、私は再度溜息をつく。
聖女とは決して無力な存在ではない。
他国ではもう既に伝説の魔術として消え去った技術を体得して……
ーーー そして過去には暴れる神獣を独力で抑える力を持った聖女さえいたという。
それに対して貴族が用意していたのは100人程度の傭兵だった。
「諦めな姉ちゃん。お前一人なら、俺一人でもどうにもできる」
……その傭兵の練度が低いことを私は衛兵の一人が発した言葉で悟る。
どうしてこんな実力差も分からない人間達で私を止められると思えたのか、そんなことを考えて私は呆れかえる。
私にはこの場にいる全員をあっさりと殺すことだってできる。
まぁ、そんなことをしてもトカゲの尻尾切りでしかないからやらないが。
この国の貴族の存在自体を変えなければこの問題は終わらないのだ。
「サラル。おいで」
だから私は敢えて無用な戦闘を避け、この場から逃げることにした。
「ふふ。どうやら等々やけに……」
空に向かって何事かを呟いた私の姿を見て、ルシアはそう心底蔑んだ目で私を見る。
「ーーーーーー!」
「っ!」
しかし、そのルシアの顔は空からする雄叫びが耳にある入った時凍りついた。
そしてルシアはようやく悟る。
私が一体何をしていた、いや、何を呼んだかを。
「ーーーッ」
そして次の瞬間、その場に現れたのはアルタイラを守る武神である猛虎だった。
白銀の毛皮に、圧倒的存在感。
アルタイラを守る神獣の一体の出現に私以外の人間が等しく戦意を喪失して崩れ落ちる。
……全員が、理屈でなく本能で悟ったのだ。
目の前にいる存在には抗ってはならないと。
抗えば命の保証はできないと。
「ごめんなさいね。こんなところに呼び出して」
しかし、その存在に対して私はまるで自身の弟にでも接するかのようにそう話しかけた。
その光景にその場にいる全員がようやく悟る。
そう、聖女という存在が何であるかを。
今更そのことに気づいたのだ。
「では、御機嫌よう。私は王都から出て行かせていただきますので」
そして、跪いた人間達に私はサラルの背に乗りそう笑いかけた。
それは暗に、今の私をどうにかできる自信があるのか、という挑発を込めていて……
……けれども、その私の言葉に対して何か言うことができるものは存在しなかった。
「ーーー!」
次の瞬間、その人間を嘲笑うかのようにサラルは雄叫びを上げ、その場から走り去っていった……